五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

十二月八日太平洋戦争の開戦日

2014-12-09 04:43:42 | 五高の歴史
12月8日は太平洋戦争の開戦の日である。毎年廻ってくる日であるが今年で何年めになるのであろうか?昭和16年12月8日ラジオが開戦を報道していたが俺はまだ何が始まったのかわかったものではなかった。昭和19年小学校、当時は小学校は少国民学校と言っていたようである。昭和19年の4月は俺の小学校入学であった、アスカ・キスか玉砕からサイパンそして硫黄島の玉砕さては本土空襲と常に逃げまどい防空壕への避難ばかりでそんな記憶しかない。何のために戦争を始めたものか当時の為政者の心が知りたい。現在の安部首相は隙あらばまた国民を戦争に駆り立てようと画策している感じである。

五高の当時の資料を引き出して調査して見るに関係書類は殆んどが廃棄処分されている。聞くところによると駐留軍の調査でもあればうるさく困るので関係書類はすべて処分したと言う事であった。続習学寮史等に記載のあることについてもっと調査したいと思っても関係資料が存在しないことにはどうも仕方がない。

昨年の12月8日には次のようなことを記載している。十二月八日あの真珠湾奇襲攻撃から何年になるか?今国会では秘密保護法と言う法律が強行採決され成立したと大々的なニュースとして新聞紙上をにぎあわしていたが、安倍政権は数に任せて何でも出来ると喜んでいる感じである。有識者はじめとして各種の団体がこの秘密保護法に反対の表明をしていたが、しかし法律が成立した以上は一般国民はそれに従わなければならない。

秘密保護法が成立すると日本はまた秘密国家として戦争に突き進む等の多くの有識者の話があっていたが一体今後はどうなっていくのか、吾が生活にはそう大変わりはしないだろう。

年金生活者にとって毎年毎年削減されて行く年金の支給額が安くなって行くこっちの方が余程関心がある。国家公務員を定年退官してから何年になるだろうか?退職当初は遊んでいてこんなに金が貰えるならと喜んだのも束の間、毎年毎年安くなり今では自分の生活が出来なくなってしまった。現役時代の月給にしても支給額の約半分近くは公の差し引きとして天引き徴収されていたので、その時は引かれる引かれると思っていたが、その時代も公務員の待遇はよかよかと言われていた。しかし当時の金融機関関係のボーナスなどはうん十万円と上を見れば限がなく下を見れば限がないと言われるように、この秘密保護法が成立したことに鑑み感じたことであった。

今日も周辺道路では今度の衆院選挙に鑑み運動員がスピーカのボリュームを大にして叫んでいるやかましい。しかし県議選や市議選の時の様には喧しく感じないようだ。この地域は自民と共産の二人の立候補と言う事である。両者とも名前も知らない誰の利益のために小選挙の区割りがしてあるのだろうか?世評ではこの地区では自民の方が絶対有利になるようにとか、そんなら俺は投票には行かないと決めてしまっておこう。


第2次大戦の思い出0戦の残骸、知覧記念館