モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



せっかく竹田に来たんですから。。。岡城址に行きました。水曜日 その上 時折
小雨がポツリポツリ。。。人がいません。入る時に私達は殿様やお姫様と呼ぶこと
にしました。随分歳とった姫様二人 わたしは“momo姫”です。

入場券もお洒落ですよ。巻物には岡城の歴史が書いてあります。


 



源頼朝と仲違いをした源義経を迎え入れるため、文治元年(1185)岡城を築城した
と伝えられている。しかし、頼朝の怒りを買った惟栄は群馬県沼田荘に流され、
義経入城の夢は幻と消え去ったのである。(竹田市の公式ホームページより)
巻物にも書いてあり、判官贔屓の私はこれを見ただけで泣きたくなります。。


♪くずれしままの 石垣に  哀れを誘う わくら葉や

古い歌ですね。。「古城」 これは2番の歌い出し。。
有名な「荒城の月」じゃなく「古城」 なのは義経のせいですね。。




♪矢弾のあとの ここかしこ ああ 昔を語る 大手門




ほんとは ここは 荒城の月 のモデルと言われていて 歌詞ならこちらです。
でもゆかりのあるのは 滝廉太郎で作曲ですからね。。

詩は土井晩翠 荒城の月 2番です。

♪秋陣営(じんえい)の霜の色
 鳴きゆく雁(かり)の数見せて
 植うる剣(つるぎ)に照りそいし
 昔の光いまいずこ

西の丸跡から観ました。   からすよ...........。。




出るとき 大手門の内側からです。
大手門の“大手”は“追手”から来ていて敵を1箇所に集めて迎え討つとの説明書き。
ふっと1本の木が 立ちすくむ侍のように見えました。(石垣の間の低木)
ずっとずぅっと立っていて、いつの間にか樹になった・・そうみえませんか?





城下町竹田。。。
岡藩の隆盛を物語る武家屋敷が並ぶ道幅の狭い場所を 創生館を探しました。
私は以前同級生と泊りがけで行った時にまわっていますが、今回は城下町を
ゆっくり歩く時間がありません。。。

武家屋敷の1画に竹田創生館があり 観光案内所を兼ねています。



最初の巻物の裏に 岡城の説明もありますが どうぞネットでご覧下さい。


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