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120憶℃以上の環境では存在可能な原子核の総数が増える! 超高温環境での新たな原子核の性質が判明

2024年01月30日 | 宇宙 space
天文学では、水素とヘリウムよりも重い元素のことを“重元素”と呼び、水素に対する重元素の割合は重元素量と呼ばれています。

その重元素は、恒星内部の核融合反応により鉄までの元素が生成され、恒星の死に伴い星間空間へと放出されます。
なので、星の生と死のサイクルが十分に繰り返されていない初期の宇宙では、現在の宇宙に比べて重元素量が低かったと考えられています。

一方、超新星爆発や中性子星同士の衝突(※1)といった、超高エネルギーの天文現象によって生成されると考えられているのが、金やウランなどの重元素です。

その重元素の詳細な生成プロセスを理解することは、原子核全般の性質や、中性子星内部のような極端な環境を知ることに繋がる重要な研究になります。
※1.太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなり、星は自身の重力を支えきれずつぶれてしまう。この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“重力崩壊型超新星爆発”を起こすと考えられる。この爆発の後に残される、かつて恒星の中心核だった高密度の天体が中性子星になる。大雑把に言えば、中性子星は非常に多くの中性子で構成された巨大な“原子核”と言えるので、中性子星の性質は極端な環境における原子核の性質によって決まると考えられている。
今回、ザグレフ大学のAnte Ravlićさんたちの研究チームは、詳細がほとんど理解されていない超高温での“ドリップライン”の変化に関する研究を実施。
約230憶℃(2.0MeV)までのシミュレーションの結果、120憶℃(1.0MeV)以上の超高温の環境下ではドリップラインが大幅に変化することで、存在可能な原子核の総数が増えることが明らかになったそうです。
図1.中性子星同士の衝突(イメージ図)。衝突点は最高で1兆℃、その周辺も数百℃以上の超高温環境となり、非常に重い元素を大量に生み出すと考えられている。(Credit: University of Warwick, Mark Garlick)
図1.中性子星同士の衝突(イメージ図)。衝突点は最高で1兆℃、その周辺も数百℃以上の超高温環境となり、非常に重い元素を大量に生み出すと考えられている。(Credit: University of Warwick, Mark Garlick)


非常に重い元素を生み出す超高エネルギーの天文現象

身近にある全ての物質は“原子”でできていて、その原子は中心部に存在する“原子核”と、その外側を周回する“電子”という構造をしています。

原子核は、“陽子”と“中性子”という2種類の粒子がいくつか結合している高密度な塊になります。
陽子と中性子は、まとめて“核子”と呼ばれていて、原子核の性質は陽子と中性子の数で定まっています。

研究では、陽子と中性子の数が近い原子核同士で性質を比較することがよくあります。
このため、陽子と中性子の数を縦軸と横軸に取って、原子核を2次元的に並べた“核図表”がよく使われます。

ただ、原子核は“強い相互作用”と呼ばれる力で塊の状態が維持されていますが、核子をつなぎとめる数には限界があるんですねー
このため、核子の片方がもう片方に対して多すぎる場合、余剰な核子は繋ぎ止められずにこぼれ落ちてしまいます。

核子がこぼれ落ちる限界となる数を核図表に記すと線で結ぶことができ、この線を“ドリップライン”と呼びます。
簡単に言えば、ドリップラインとは原子核が存在できる範囲を示した境界線(※2)と言えます。
※2.より厳密にいえば、ドリップラインを越えた原子核も存在する。ドリップラインを越えた範囲の原子核は、こぼれた核子が原子核の周りに存在する特殊な状態にある。このような状態の原子核は“ハロー核”と呼ばれる。このため、より正確に言えば、ドリップラインは原子核がハローを形成せずに一塊の状態で存在できる限界となる。今回の研究のように、原子核同士の反応を前提とする場合には、一塊の状態では無い原子核の存在は原則として考慮されないので、ドリップラインが事実上の原子核の存在限界として扱われる。
ドリップラインは陽子と中性子のそれぞれに設定されています。
でも、特に注目されるのは、中性子の側に引かれる中性子ドリップラインです。

超新星爆発や中性子星同士の衝突といった超高エネルギーの天文現象においては、大量の中性子が放出されることで、原子核に何個も中性子が結合することがあります。

そのような原子核は不安定であり、中性子が崩壊して陽子となり、より重い元素に変化します。
このため、超高エネルギーの天文現象においては、恒星内部の核融合では大量に生成されない、非常に重い元素を生み出すことになります。

2つのドリップラインのうち、中性子ドリップラインは中性子が結合できる限界を表しています。
生み出される重元素の種類や量といった重元素生成プロセスに大きく関わることから、中性子ドリップラインがどこにあるのかを知ることは非常に重要です。

ただ、原子核は非常に高エネルギーの環境であり、詳細な性質はあまり多くは分かっていないんですねー
中性子ドリップラインが正確に知られているのは既知の元素の1割にも満たない、陽子の数が10個までの元素(水素からネオンまで)に限られています。

でも、これは超高温の環境である超高エネルギーの天文現象と比べても著しく低い温度環境での話で、これまで超高温環境におけるドリップラインはほとんど理解されていませんでした。


超高温環境でのドリップラインの変化

今回、研究チームでは、超高温環境でドリップラインがどのように変化するのかを調べるため、理論計算的なシミュレーション研究を実施。
研究では最大で約230憶℃までの超高温環境を想定して計算を行っています。(※3)
※3.研究には“相対論的エネルギー密度汎関数理論(REDF; Relativistic energy density functional theory)”と呼ばれる、原子核の研究でよく使われる“密度汎関数理論”に“一般相対性理論”の効果を加えた理論が使用されている。今回は超高温を想定し、さらに核子同士の結合が非常に緩いドリップライン付近の計算を行うため、“ボンチェ=レヴィット=ヴォーテラン連続体減産手順(Bonche-Levit-Vautherin(BLV)continuum subtraction procedure)”という手法が採用された。
図2.今回の研究で計算された、通常環境(青色)、約60憶℃(緑色)、約120憶℃(黄色)、約230憶℃(赤色)でのドリップライン。温度が高くなるほど、魔法数(黒色点線)付近で大きく折れ曲がっていたラインがまっすぐになっているのが分かる。(Credit: Ante Ravlić, et al.)
図2.今回の研究で計算された、通常環境(青色)、約60憶℃(緑色)、約120憶℃(黄色)、約230憶℃(赤色)でのドリップライン。温度が高くなるほど、魔法数(黒色点線)付近で大きく折れ曲がっていたラインがまっすぐになっているのが分かる。(Credit: Ante Ravlić, et al.)
その結果、約60憶℃(0.5MeV)の時点で中性子ドリップラインの変形が始まり、約230億℃にかけて中性子ドリップラインの大きな変化が起こることが判明しました。

通常の環境での中性子ドリップラインは、特に魔法数(※4)の付近で大きく折れ曲がることが予測されています。
でも、その急激なカーブは温度の上昇とともに均され、約230憶℃ではほぼ直線的になります。
※4.原子核を構成する核子が特定の数である場合、その原子核は他と比べて非常に安定になることが知られている。この特定の数を魔法数と呼ぶ。魔法数は閉殻構造や原子核の変形など、原子核の安定性に関わる。
このようなドリップラインの変形が起こるのは、核の安定性に関わるいくつかの性質(閉殻構造や原子核の変形)が消滅してしまうためです。
同じような変化は陽子側にある、陽子ドリップラインでも発生します。

今回の研究では、通常の環境と比較して120憶℃以上の環境では、存在可能な原子核の総数が増えることが判明しました。

ドリップラインの変形により存在可能な原子核の総数が増えることは、超高エネルギーの天文現象における重元素合成プロセスにも一定の影響があります。

また、今回計算された温度範囲は、中性子星の内部のような環境でも適用されるので、極端な環境における核反応の様子をある程度明らかにしたという点でも、今回の研究は重要なものといえます。

さらに、今回の計算手法は通常の環境におけるドリップラインの検討など、原子核全般の性質を調べる研究にも応用される可能性があります。

ただ、その具体的なシミュレーション結果を得るには非常に多くの計算をする必要があり、現状の技術では困難です。

そのため、重力波と電磁波を組み合わせたマルチメッセンジャー天文学など、宇宙で実際に発生する天文現象のデータを分析することで、シミュレーションの計算条件を絞り込むことが当面の課題になるそうです。


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