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なぜ、宇宙最初の光“宇宙マイクロ波背景放射”の偏光は回転するのか? 未知の素粒子や新物理探索の手掛かりになるかも

2024年02月03日 | 宇宙 space
今回の研究では、“宇宙複屈折”と呼ばれる現象に対し“重力レンズ効果”を取り入れた精密な理論計算を実現しています。

宇宙複屈折とは、直線偏光した宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background; CMB, (※1))の偏光面が回転する現象です。
※1.生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にあった。でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られる。この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離され、この現象を“宇宙の再電離”という。宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れたことにより、空間を通り抜けられるようになった“宇宙最初の光”が、現在の空に広がる“宇宙マイクロ波背景放射”として観測されている。宇宙膨張の影響を受けて波長が伸び、現在は電波の波長で観測される。宇宙マイクロ波背景放射の観測はビッグバン宇宙論の根拠として、また、その強度分布や偏光分布の観測は、標準宇宙モデルの確立に大きく貢献した。
近年、宇宙マイクロ波背景放射の精密観測データの解析により、その存在が99.9%以上の確実性で報告されています。
未知の素粒子や新物理探索の手掛かりとして注目されていて、近い将来予定されている、宇宙複屈折の高精度な観測の活用のため、理論計算の精密化が求められていました。

そこで、今回の研究では、精密な理論予測に不可欠な重力レンズ補正を解析的に求め、それを取り入れた計算コードの開発に成功しています。

また、このコードを用いて、将来得られる水準の模擬的な観測データを作成・解析した結果、宇宙複屈折による未知の素粒子探索において、重力レンズ効果の考慮が必要不可欠であることを示しています。
この研究は、東京大学 大学院 理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センターで研究を行ってきた理学系研究科物理学専攻博士課程1年の直川史寛大学院生、東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(WPI-Kavli IPMU)の並河俊弥特任助教による共同研究グループが進めています。

本研究は、米国物理学会のフィジカル・レビュー・D(Physical Reveiw D)誌に2023年9月27日付で掲載されました。
また、フィジカル・レビュー・D誌よりEditors' Suggestion(注目論文)に選出されています。
Editors' Suggestionは編集者によって、特に重要で興味深く、よく書かれていると判断された論文が選ばれています。
図1.宇宙複屈折に加え重力レンズ効果を受けた宇宙マイクロ波背景放射偏光イメージ図。宇宙初期に生じた宇宙マイクロ波背景放射の光(左奥)の偏光パターン(図中の白い線)が、宇宙複屈折により回転しながら伝わる。その結果、現在観測される宇宙マイクロ波背景放射(右手前)では、黒い線で表されたようなパターンになる。でも、実際には、中間にある宇宙大規模構造が作り出す重力による時空の歪みで光の進路は曲げられ、右手前の白い線で表される偏光パターンが観測される。(Credit: Naokawa and Namikawa, https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525)
図1.宇宙複屈折に加え重力レンズ効果を受けた宇宙マイクロ波背景放射偏光イメージ図。宇宙初期に生じた宇宙マイクロ波背景放射の光(左奥)の偏光パターン(図中の白い線)が、宇宙複屈折により回転しながら伝わる。その結果、現在観測される宇宙マイクロ波背景放射(右手前)では、黒い線で表されたようなパターンになる。でも、実際には、中間にある宇宙大規模構造が作り出す重力による時空の歪みで光の進路は曲げられ、右手前の白い線で表される偏光パターンが観測される。(Credit: Naokawa and Namikawa, https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525)


宇宙マイクロ波背景放射の偏光の向きと回転現象

“宇宙はどこまで広がっているのか?”や“宇宙はどのように始まったのか?”といった疑問に挑む宇宙論は、基礎物理学に基づく宇宙の理論モデルを、観測的に実証することで前進してきました。

現在、広く受け入れられている標準宇宙論“ラムダ-CDMモデル(※2)”は、宇宙マイクロ背景放射やIa型超新星、遠方銀河の観測などにより実証されてきました。
※2.Λ-CDMモデル(ラムダ・シーディーエム・モデル)は、暗黒エネルギー(Λと表現される)と冷たい暗黒物質(Cold Dark Matter; CDM)の存在を前提とした宇宙モデル。暗黒エネルギーと暗黒物質の正体は依然不明だが、多くの観測的事実によってそれらの存在が明らかになっている。それを元にしたΛ-CDMモデルは、現在得られている観測事実の説明に最も成功しているモデルで、標準的な宇宙モデルとして受け入れられている。
一方、ラムダ-CDMモデルには、素粒子標準モデルなど現在知られている物理理論では説明できない謎が多く残されています。
暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の存在は、その代表例になります。

日々、新たな理論モデルが構築され、その実証のためにより精度の高い観測や実験が進められています。
2020年には、南雄人さん(当時は大阪大学核物理研究センター)とKavli IPMUシニアフェローを兼ねる小松英一郎さん(マックス・プランク宇宙物理学研究所所長)の研究成果において、宇宙マイクロ波背景放射の観測データから、新たに興味深い現象が勧告されています。
その現象は宇宙複屈折と呼ばれ、宇宙マイクロ波背景放射の“偏光”に関する現象でした。

光は一般に波の性質を持ち、ピンッと張ったロープを揺らした時に伝わる波のように、進行方向に対して垂直に振動します。
この現象を“偏光”と呼びます。

通常、光が進む間、偏光の向きは一定ですが、特別な環境下では回転することが知られています。
ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”が、過去に取得した宇宙マイクロ波背景放射の偏光データを精密に再解析した結果、宇宙マイクロ波背景放射の光も宇宙初期に放たれてから現在までの間に、わずかに偏光の向きが回転している可能性が報告されました。
これが“宇宙複屈折”です。

宇宙複屈折は、現在知られている物理学の理論では説明が極めて難しく、その背後には未知の物理現象が潜んでいると期待されています。
特に有力な候補が、未知の素粒子アクシオン(※3)です。
※3.アクシオンは、素粒子標準模型には存在しない未知の素粒子。元々は量子色力学(QCD)と呼ばれる分野の“強いCP問題”を解決するために考え出された素粒子をアクシオンと呼ぶ(この場合は特にQCDアクシオンとも呼ばれる)。そのQCDアクシオンと同様の特性を持った素粒子をアクシオン素粒子(Axion-Like Particle; ALP)と呼び、暗黒物質や暗黒エネルギーの候補として、現在精力的に探索が進められている。本記事でのアクシオンは、このALPアクシオンのことを指しているが、本文中では単にアクシオンと表記している。
アクシオンは光子と反応し、偏光の向きを回転させることが理論的に知られています。
なので、宇宙全体にアクシオンが一様に分布していれば、報告された宇宙複屈折の説明が可能になります。

さらに、このようなアクシオンは暗黒物質や暗黒エネルギーの役割を果たす可能性もあります。
今後、さらに精度の良い宇宙複屈折の観測を行うことで、アクシオンなど宇宙複屈折を引き起こす物理の正体に迫ることができるはずです。


宇宙マイクロ波背景放射も重力レンズ効果を受けている

将来、宇宙マイクロ波背景放射のさらなる精密な偏光観測は、サイモン図天文台(Simons Observatory)や日本主導のLiteBTRDによって実現される予定で、宇宙複屈折の観測は大幅な精度向上が見込まれます。

これら将来のプロジェクトによる宇宙複屈折の高精度な観測データと、理論的に計算したシグナルを比較することで、アクシオンの質量や光との反応しやすさなどの素性の詳細に迫ることができます。

そのために必要なのが、理論計算の精度の向上です。
でも、これまでの計算では“重力レンズ”と呼ばれる効果が取り入れられておらず、十分な精度の計算が行われていませんでした。

光は原則として宇宙空間を真っ直ぐ進むのですが、その進路の途中にブラックホールや暗黒物質などの重力源がある場合、周りの時空が歪められ、光の進路はわずかに曲げられてしまいます。
この重力がレンズの役割を果たす現象を“重力レンズ”と呼びます。

宇宙マイクロ波背景放射も、宇宙空間に分布する暗黒物質によって重力レンズの効果を受けています。
このため、宇宙マイクロ波背景放射の精密な理論計算を行う場合には、重力レンズ効果も取り入れた計算を行う必要があり、標準宇宙論の枠内では計算方法が確立しています。

でも、宇宙複屈折のような標準宇宙論を超える枠組みでは、回転角が一定となる特殊な場合を除き、重力レンズ補正の方法が確立していませんでした。
将来の宇宙マイクロ波背景放射実験におけるデータ解析では、重力レンズが重要な役割を果たすので、宇宙複屈折の解析おいても重力レンズ補正が必要になります。

そこで、今回の研究では、重力レンズ効果を取り入れた宇宙複屈折の理論計算を確立。
将来の解析で必須となる、重力レンズ効果を含んだ宇宙複屈折の数値計算コードの開発に取り組んでいます。。


宇宙複屈折の分析には重力レンズ補正が必要

研究グループでは、宇宙複屈折のシグナルが重力レンズ効果によって、どのように変化するのかを表す解析的な計算式を求めることになります。

得られた式に基づき、重力レンズ補正を行うプログラムを、中塚洋佑さん(当時は宇宙線研究所)たちによる先行研究Nakatsuka et al.(2022)で開発された計算コードに追加し、宇宙複屈折に対する重力レンズ補正計算を、世界に先駆けて実現。
開発した計算コードを用いて、重力レンズ補正の有無によるシグナルの違いを調べています。

その結果、サイモンズ天文台など将来の地上観測を想定した場合、仮に重力レンズを無視すると、観測される宇宙複屈折のシグナルは理論予言で上手くフィッティングできないので、そのような理論は統計的に排除されることになります。
すなわち、将来観測される宇宙複屈折のシグナルは、重力レンズ効果を入れないとうまく説明できない訳です。

さらに、将来観測で得られるデータを模擬的に生成。
その模擬的なデータを用いて、宇宙複屈折におけるアクシオンの探索で重力レンズ効果がもたらす影響を調べています。

その結果、仮に重力レンズ効果を考慮しないと、観測データから推定されるアクシオンのモデル・パラメータには統計的に有意な系統誤差が生じることが分かりました。
つまり、重力レンズ補正無しでは、誤ったアクシオンモデルを得ることになります。

これらにより、将来の高精度な宇宙複屈折の観測とその分析において、今回開発した重力レンズ補正ツールは必要不可欠なことが分かりました。
図2.重力レンズ効果の有無による宇宙複屈折シグナルの違い。重力レンズ効果の有無による違いを調べたもの。水色の点は重力レンズ効果を無視した場合のシグナル。赤色の点は重力レンズ効果を考慮した場合のシグナル。また、赤色の誤差棒は、宇宙マイクロ波背景放射の将来観測計画であるサイモンズ天文台で観測した際に想定される観測誤差。重力レンズの有無によるシグナルの違いは、観測誤差に対して無視できない大きさである。(F. Naokawa & T. Namikawa “Gravitational lensing effect on cosmic birefringence”, Phys. Rev. D 108, 063525, Copyright (2023) the American Physical Society https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525 より抜粋、一部改変。)
図2.重力レンズ効果の有無による宇宙複屈折シグナルの違い。重力レンズ効果の有無による違いを調べたもの。水色の点は重力レンズ効果を無視した場合のシグナル。赤色の点は重力レンズ効果を考慮した場合のシグナル。また、赤色の誤差棒は、宇宙マイクロ波背景放射の将来観測計画であるサイモンズ天文台で観測した際に想定される観測誤差。重力レンズの有無によるシグナルの違いは、観測誤差に対して無視できない大きさである。(F. Naokawa & T. Namikawa “Gravitational lensing effect on cosmic birefringence”, Phys. Rev. D 108, 063525, Copyright (2023) the American Physical Society
https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.063525 より抜粋、一部改変。)


宇宙複屈折を用いた新物理探索

宇宙複屈折を用いた新物理探索はすでに幕を開けています。

実際、2022年には宇宙複屈折を活用して、初期暗黒エネルギー(※4)の探索が高精度で行えることが理論的に示されました。
その後、2023年には“プランク”の観測データを用いて実際に初期暗黒エネルギーの探索を実施。
残念ながら、初期暗黒エネルギーが宇宙複屈折を引き起こす証拠は見つかりませんでしたが、この両研究において、今回の研究で開発した重力レンズ補正ツールが既に活用されています。
※4.初期暗黒エネルギーは、宇宙の初期に存在し、現在はその影響が無視できるような暗黒エネルギー。現在の宇宙の加速膨張の起源とされ、存在が広く受け入れられている暗黒エネルギーとは別物。現状、初期暗黒エネルギーの存在を示す証拠はないが、もし存在すればハッブル定数問題(観測手法によってハッブル定数の値に有意なズレが生じている問題)を解決できると期待されている。
また、今後数年のうちに新たな宇宙マイクロ波背景放射偏光観測データが提供される予定です。
例えば、アタカマ宇宙論望遠鏡(Atacama Cosmology Telescope; ACT)による、新たなデータリリースが近いうちに行われる予定があり、研究グループでは今回開発したコードを用いたデータ解析を計画しています。

さらに、サイモンズ天文台など次世代の将来計画が世界中で進行中であり、宇宙複屈折の解析において、本研究で開発した重量レンズ補正ツールは大いに活用されるはずです。
図3.南米チリ北部のアタカマ砂漠(標高5200メートルの高地)で建設中のサイモンズ天文台。小口径望遠鏡では間もなく本格的な観測を開始する。(Credit: Debra Kellner)
図3.南米チリ北部のアタカマ砂漠(標高5200メートルの高地)で建設中のサイモンズ天文台。小口径望遠鏡では間もなく本格的な観測を開始する。(Credit: Debra Kellner)


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