今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを用いて、宇宙の膨張率を示す“ハッブル定数”を新たに測定しています。
研究チームは、セファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星という3種類の天体を用いて、10個の近傍銀河までの距離を測定。
いずれも、これまでで最も正確とされる宇宙の膨張率の値、メガパーセクあたり秒速70キロメートル(70km/s/Mpc)と算出されました。
この値は、宇宙マイクロ波背景放射の観測に基づくハッブル定数の推定値と誤差範囲内で一致。
観測方法によってその値が異なるという大きな問題“ハッブルテンション(Hubble tension)”と呼ばれる矛盾は、存在しない可能性を示唆していました。
今回の研究結果は、宇宙の進化に関する標準的な宇宙論モデルが正しい可能性を支持するもの。
宇宙の年齢や進化を解き明かす上で、ハッブル定数の正確な値を把握することは現代宇宙論における最重要課題の一つで、本研究はその謎に迫るための重要な一歩と言えます。
今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による更なる観測によって、“ハッブルテンション”の有無や、宇宙論への影響について検証を進める必要があるようです。
宇宙の膨張速度“ハッブル定数”と“ハッブルテンション”という問題
私たちの宇宙は誕生以来ずっと膨張し続けていることが確認されています。
宇宙の膨張速度は、1929年に天文学者エドウィン・ハッブルが遠方の銀河の距離と後退速度の関係を発見したことに因んで“ハッブル定数”と呼ばれています。
以来、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、様々な観測技術を駆使し宇宙の広大さに挑み続けることになります。
宇宙の膨張速度を求めるには、地球からの距離を正確に求めることができる天体を使う必要があります。
初期の観測では、セファイド変光星と呼ばれる、周期的に明るさが変化する星が重要な役割を果たしています。
セファイド変光星は、その周期と明るさの間に明確な関係があることが知られていて、この関係を利用することで、地球から銀河までの距離を測定することが可能になります。
でも、セファイド変光星を用いた測定には、星間物質による減光の影響など、様々な誤差要因が含まれていたんですねー
このことから、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、Ia型超新星と呼ばれる非常に明るい天体現象を利用した測定方法を用いるようになります。
白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。
この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象を“Ia型超新星”と呼びます。
Ia型超新星は爆発直前の質量がどれも一定となるので、爆発後のピーク光度もほぼ同じと考えられています。
このことから、観測された見かけの明るさと比較することで、地球からの距離を測ることが可能になる訳です。
このような天体や現象は標準光源と呼ばれ、“クエーサー”や“ガンマ線バースト”なども標準光源として利用されています。
超新星は明るい現象で、発生した銀河が遠くても距離を測ることができるので、Ia型超新星は重要な標準光源の一つになっていて、宇宙の加速膨張が発見されるきっかけにもなったりしています。
さらに、Ia型超新星を用いると、セファイド変光星よりも遠方の銀河までの距離を測定することが可能でした。
現代の宇宙に関する理論に基づくと、ハッブル定数は宇宙のどこで観測しても一定になるはずです。
でも、実際には、近くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(セファイド変光星による)と、遠くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(宇宙マイクロ波背景放射による)には、大きな食い違いがあることが分かっています。
どちらの測定方法にも致命的な誤りは見つかっていないので、食い違いが生じる理由は分かっていません。
この食い違いによる問題は“ハッブルテンション”と呼ばれ、宇宙論研究者を悩ませてきました。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた赤外線観測
ハッブルテンション問題の解決には、より高精度なハッブル定数の測定が不可欠となります。
そこで、研究者たちが期待を寄せているのが、2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡です。
この望遠鏡は、高い赤外線感度と高性能な分光器を持ち、遠方の深宇宙を観測することができます。
今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の優れた赤外線観測能力を活用し、ハッブル定数測定に新たなアプローチを試みています。
具体的には、これまでのセファイド変光星に加えて、赤色巨星分枝の先端と呼ばれる星と、炭素星と呼ばれる星の明るさを利用し、3つの独立した手法でハッブル定数を測定しています。
赤色巨星分枝の先端は、太陽程度の質量を持つ星が進化の最終段階で到達する明るさの限界値です。
一方の炭素星は、その大気に炭素を多く含む赤色巨星の一種で、近赤外線波長で非常に明るく観測されます。
これらの星は、セファイド変光星とは異なる物理的メカニズムに基づいていて、系統誤差を抑えながらハッブル定数を測定することが期待されています。
研究チームは、10個の近傍銀河をターゲットとし、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いてセファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星の観測を実施。
その結果、3つの手法から得られたハッブル定数は、誤差の範囲内で非常によく一致していて、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データの質の高さと、3つの手法の信頼性を強く示唆する結果となりました。
測定の結果は、セファイド変光星のハッブル定数(H0)は72.05±1.86km/s/Mpc、赤色巨星分枝の先端のハッブル定数(H0)は69.85±1.75km/s/Mpc、炭素星のハッブル定数(H0)は67.96±1.57km/s/Mpc。
これらの値は、宇宙マイクロ波背景放射に基づく測定結果と矛盾しない範囲にあり、ハッブルテンション問題の解決に向けて重要な示唆を与えてくれました。
高精度な観測データの蓄積と解析の進展へ
本研究の結果は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による高精度な観測データが、ハッブル定数測定の精度向上に大きく貢献し、宇宙論の標準モデルの検証に重要な役割を果たすことを示しています。
ただ、現時点ではジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データは、ハッブルテンション問題を完全に解消するには至っていません。
それでも、今後の観測データの蓄積と解析の進展によって、より正確なハッブル定数の値が得られ宇宙論の標準モデルの検証が進むことが期待できます。
今後の研究の方向性として、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などの観測データを用いることが重要と言えます。
これにより、セファイド変光星の周期-光度関係の精度をさらに向上させることが期待できます。
セファイド変光星を用いた距離測定の精度向上は、ハッブル定数測定の精度向上にも貢献するはずです。
また、より多くのIa型超新星の宿主銀河を観測し、赤色巨星分枝の先端やセファイド変光星、炭素星を用いた距離測定を行うことで、ハッブル定数の統計誤差を減らすことも重要です。
現在のサンプル数は限られていますが、将来的な観測計画によってサンプル数を増やし、より信頼性の高い統計解析を行うことができるはずです。
さらに、観測データの解析手法を改良し、系統誤差をさらに抑制することで、ハッブル定数測定の精度を極限まで高めることも期待されます。
星間物質による減光の影響や観測機器の特性に起因する系統誤差などを、詳細なモデリングや較正作業を通じて抑制していくことが重要といえます。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、宇宙論研究に革命をもたらす可能性を秘めています。
ハッブル定数測定における本研究の成果はその可能性を示す端的な例で、今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測成果に大きな期待が寄せられます。
ハッブル定数の謎を解き明かすことは、宇宙の過去、現在、未来を理解することに繋がる重要な課題です。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の運用により、宇宙の謎を解き明かすための新たな章を歩み始めたと言えます。
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研究チームは、セファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星という3種類の天体を用いて、10個の近傍銀河までの距離を測定。
いずれも、これまでで最も正確とされる宇宙の膨張率の値、メガパーセクあたり秒速70キロメートル(70km/s/Mpc)と算出されました。
この値は、宇宙マイクロ波背景放射の観測に基づくハッブル定数の推定値と誤差範囲内で一致。
観測方法によってその値が異なるという大きな問題“ハッブルテンション(Hubble tension)”と呼ばれる矛盾は、存在しない可能性を示唆していました。
今回の研究結果は、宇宙の進化に関する標準的な宇宙論モデルが正しい可能性を支持するもの。
宇宙の年齢や進化を解き明かす上で、ハッブル定数の正確な値を把握することは現代宇宙論における最重要課題の一つで、本研究はその謎に迫るための重要な一歩と言えます。
今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による更なる観測によって、“ハッブルテンション”の有無や、宇宙論への影響について検証を進める必要があるようです。
この研究は、シカゴ大学のWendy L. Freedmanさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”に“Status Report on the Chicago-Carnegie Hubble Program (CCHP): Three Independent Astrophysical Determinations of the Hubble Constant Using the James Webb Space Telescope”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2408.06153
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”に“Status Report on the Chicago-Carnegie Hubble Program (CCHP): Three Independent Astrophysical Determinations of the Hubble Constant Using the James Webb Space Telescope”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2408.06153
図1.今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測した新しいデータを用いて、上の銀河“NGC 3972”を含む10個の銀河からの光を測定することで、宇宙が時間とともに膨張している速度を新たに読み取っている。(Credit: Yuval Harpaz, data via JWST) |
宇宙の膨張速度“ハッブル定数”と“ハッブルテンション”という問題
私たちの宇宙は誕生以来ずっと膨張し続けていることが確認されています。
宇宙の膨張速度は、1929年に天文学者エドウィン・ハッブルが遠方の銀河の距離と後退速度の関係を発見したことに因んで“ハッブル定数”と呼ばれています。
以来、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、様々な観測技術を駆使し宇宙の広大さに挑み続けることになります。
宇宙の膨張速度を求めるには、地球からの距離を正確に求めることができる天体を使う必要があります。
初期の観測では、セファイド変光星と呼ばれる、周期的に明るさが変化する星が重要な役割を果たしています。
セファイド変光星は、その周期と明るさの間に明確な関係があることが知られていて、この関係を利用することで、地球から銀河までの距離を測定することが可能になります。
でも、セファイド変光星を用いた測定には、星間物質による減光の影響など、様々な誤差要因が含まれていたんですねー
このことから、天文学者たちはより正確なハッブル定数の値を求めるために、Ia型超新星と呼ばれる非常に明るい天体現象を利用した測定方法を用いるようになります。
白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。
この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象を“Ia型超新星”と呼びます。
Ia型超新星は爆発直前の質量がどれも一定となるので、爆発後のピーク光度もほぼ同じと考えられています。
このことから、観測された見かけの明るさと比較することで、地球からの距離を測ることが可能になる訳です。
このような天体や現象は標準光源と呼ばれ、“クエーサー”や“ガンマ線バースト”なども標準光源として利用されています。
超新星は明るい現象で、発生した銀河が遠くても距離を測ることができるので、Ia型超新星は重要な標準光源の一つになっていて、宇宙の加速膨張が発見されるきっかけにもなったりしています。
さらに、Ia型超新星を用いると、セファイド変光星よりも遠方の銀河までの距離を測定することが可能でした。
現代の宇宙に関する理論に基づくと、ハッブル定数は宇宙のどこで観測しても一定になるはずです。
でも、実際には、近くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(セファイド変光星による)と、遠くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(宇宙マイクロ波背景放射による)には、大きな食い違いがあることが分かっています。
どちらの測定方法にも致命的な誤りは見つかっていないので、食い違いが生じる理由は分かっていません。
この食い違いによる問題は“ハッブルテンション”と呼ばれ、宇宙論研究者を悩ませてきました。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた赤外線観測
ハッブルテンション問題の解決には、より高精度なハッブル定数の測定が不可欠となります。
そこで、研究者たちが期待を寄せているのが、2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡です。
この望遠鏡は、高い赤外線感度と高性能な分光器を持ち、遠方の深宇宙を観測することができます。
今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の優れた赤外線観測能力を活用し、ハッブル定数測定に新たなアプローチを試みています。
具体的には、これまでのセファイド変光星に加えて、赤色巨星分枝の先端と呼ばれる星と、炭素星と呼ばれる星の明るさを利用し、3つの独立した手法でハッブル定数を測定しています。
赤色巨星分枝の先端は、太陽程度の質量を持つ星が進化の最終段階で到達する明るさの限界値です。
一方の炭素星は、その大気に炭素を多く含む赤色巨星の一種で、近赤外線波長で非常に明るく観測されます。
これらの星は、セファイド変光星とは異なる物理的メカニズムに基づいていて、系統誤差を抑えながらハッブル定数を測定することが期待されています。
研究チームは、10個の近傍銀河をターゲットとし、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いてセファイド変光星、赤色巨星分枝の先端、炭素星の観測を実施。
その結果、3つの手法から得られたハッブル定数は、誤差の範囲内で非常によく一致していて、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データの質の高さと、3つの手法の信頼性を強く示唆する結果となりました。
測定の結果は、セファイド変光星のハッブル定数(H0)は72.05±1.86km/s/Mpc、赤色巨星分枝の先端のハッブル定数(H0)は69.85±1.75km/s/Mpc、炭素星のハッブル定数(H0)は67.96±1.57km/s/Mpc。
これらの値は、宇宙マイクロ波背景放射に基づく測定結果と矛盾しない範囲にあり、ハッブルテンション問題の解決に向けて重要な示唆を与えてくれました。
高精度な観測データの蓄積と解析の進展へ
本研究の結果は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による高精度な観測データが、ハッブル定数測定の精度向上に大きく貢献し、宇宙論の標準モデルの検証に重要な役割を果たすことを示しています。
ただ、現時点ではジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測データは、ハッブルテンション問題を完全に解消するには至っていません。
それでも、今後の観測データの蓄積と解析の進展によって、より正確なハッブル定数の値が得られ宇宙論の標準モデルの検証が進むことが期待できます。
今後の研究の方向性として、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などの観測データを用いることが重要と言えます。
これにより、セファイド変光星の周期-光度関係の精度をさらに向上させることが期待できます。
セファイド変光星を用いた距離測定の精度向上は、ハッブル定数測定の精度向上にも貢献するはずです。
また、より多くのIa型超新星の宿主銀河を観測し、赤色巨星分枝の先端やセファイド変光星、炭素星を用いた距離測定を行うことで、ハッブル定数の統計誤差を減らすことも重要です。
現在のサンプル数は限られていますが、将来的な観測計画によってサンプル数を増やし、より信頼性の高い統計解析を行うことができるはずです。
さらに、観測データの解析手法を改良し、系統誤差をさらに抑制することで、ハッブル定数測定の精度を極限まで高めることも期待されます。
星間物質による減光の影響や観測機器の特性に起因する系統誤差などを、詳細なモデリングや較正作業を通じて抑制していくことが重要といえます。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、宇宙論研究に革命をもたらす可能性を秘めています。
ハッブル定数測定における本研究の成果はその可能性を示す端的な例で、今後のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測成果に大きな期待が寄せられます。
ハッブル定数の謎を解き明かすことは、宇宙の過去、現在、未来を理解することに繋がる重要な課題です。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の運用により、宇宙の謎を解き明かすための新たな章を歩み始めたと言えます。
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