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巨大惑星や褐色矮星の進化、大気の研究に重要! 太陽のような恒星を周回する恒星になれなかった星を発見

2023年01月05日 | 宇宙 space
すばる望遠鏡の超高コントラスト補償光学システムを利用した観測により、太陽のような恒星を周回する褐色矮星の姿がとらえられました。

さらに、直接撮像に加えて位置天文衛星などのデータを組み合わせる新しい手法を用いて、この天体“HIP 21152 B”の正確な質量を求めてみると、質量が精密に決まっている褐色矮星の中では、最も軽く、惑星質量に迫る天体であることが明らかになったんですねー

このことから、“HIP 21152 B”は巨大惑星と褐色矮星の進化や、その大気の研究をする上で重要な基準(ベンチマーク)天体になると期待されています。
図1.恒星“HIP 21152”の伴星として発見された褐色矮星“HIP 21152 B”の画像。★印と矢印はそれぞれ、恒星(中心星)と“HIP 21152 B”の位置を表している。中心星はマスクされていて、★印の周囲に見えるパターンは中心星の影響によるノイズ。“HIP 21152”は、年齢が約7.5億年の若い太陽のような星で、おうし座の方向約160光年の彼方に位置する我々に最も近い散開星団の一つ、ヒアデス星団に属している。ヒアデス星団は、ほぼ同時期に生まれた若い星々の集まりとして、星や惑星の進化を調べる上で重要な研究対象であり、多くの天文学者を惹きつけている。そのヒアデス星団の伴星型褐色矮星としては、“HIP 21152 B”が直接撮像によって確実に発見された初めての天体となった。2020年10月~2021年10月にかけての3回の撮像観測を合成した動画(下図)。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図1.恒星“HIP 21152”の伴星として発見された褐色矮星“HIP 21152 B”の画像。★印と矢印はそれぞれ、恒星(中心星)と“HIP 21152 B”の位置を表している。中心星はマスクされていて、★印の周囲に見えるパターンは中心星の影響によるノイズ。“HIP 21152”は、年齢が約7.5億年の若い太陽のような星で、おうし座の方向約160光年の彼方に位置する我々に最も近い散開星団の一つ、ヒアデス星団に属している。ヒアデス星団は、ほぼ同時期に生まれた若い星々の集まりとして、星や惑星の進化を調べる上で重要な研究対象であり、多くの天文学者を惹きつけている。そのヒアデス星団の伴星型褐色矮星としては、“HIP 21152 B”が直接撮像によって確実に発見された初めての天体となった。2020年10月~2021年10月にかけての3回の撮像観測を合成した動画(下図)。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
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恒星になれなかった星“褐色矮星”を探す

“褐色矮星”は、恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の興味深い星です。
褐色矮星の定義は複数存在するが、一般には木星のおよそ13倍~80倍の質量を持つ天体を褐色矮星とみなす。そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素の核融合が起こる。一方、質量以外では、重い惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられている。
木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を持つと期待されるので、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも褐色矮星は重要な存在になります。

褐色矮星には、宇宙空間を単独で漂う“孤立型”と、恒星を周回する“伴星型”の2種類が存在しています。

1995年に最初の褐色矮星が発見されてから数千個の褐色矮星が見つかっています。
でも、“伴星型”の褐色矮星の頻度は100個の恒星当たり数個ほどと希少なんですねー

なので、天文学者は“伴星型”の褐色矮星を発見する方法について頭を絞ってきました。

今回の研究では、伴星型褐色矮星と惑星を効率的に発見するための方法を新たに構築し、すばる望遠鏡による撮像探査を進めてきました。
研究を進めているのは、アストロバイオロジーセンター、国立天文台、東京工業大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、NASAなどの研究者で構成される国際共同研究チームです。
この探査で利用するのは、銀河系内の恒星が独自の速度を持って運動することによる“固有運動”の情報です。

ある恒星を伴星が周回する場合、その恒星の固有運動が伴星の重力の影響で加速します。
ただ、褐色矮星や惑星のような軽い伴星によって引き起こされる速度変化は非常に小さいので、これまでその測定は困難でした。

でも、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”によって転機が訪れます。
“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
“ガイア”は、1990年代に活躍した位置天文衛星“ヒッパルコス”の後継器ですが、両衛星の測定値の差を調べることで、固有運動の微小な加速を導出することが可能になりました。(図2左)
“ヒッパルコス”は、1989年に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星。1993年まで観測を続け、星々の位置や運動の高精度なデータをもたらしてくれた。
研究チームでは、両衛星のデータを利用して、太陽系近傍にある恒星の固有運動の加速を調査。
巨大惑星や褐色矮星の伴星が存在する可能性のある複数の恒星を選出しています。

そして、すばる望遠鏡の最新の高コントラスト観測装置“SCExAO(スケックス・エーオー)”と“CHARIS(カリス)”を用いた観測を進め、恒星“HIP 21152”を周回する褐色矮星“HIP 21152 B”を直接撮像により見つけました。
図2.(左)固有運動の加速の様式図。惑星や褐色矮星などの伴星が恒星を周回している場合、伴星の重力により中心星の固有運動が加速する。そのため、異なる時期に測定した位置天文衛星“ヒッパルコス”と“ガイア”の固有運動の測定に差が生じる。(右)“HIP 21152 B”の軌道解析結果。丸印は数字で示された年における“HIP 21152 B”の予測位置と実際に観測された位置(青丸)。黒の曲線は最も可能性が高い軌道、色付きの曲線は可能性のある他の軌道を示し、色の違いはその軌道に対応する“HIP 21152 B”の質量を表す。左下の別枠は観測位置周辺の拡大図。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図2.(左)固有運動の加速の様式図。惑星や褐色矮星などの伴星が恒星を周回している場合、伴星の重力により中心星の固有運動が加速する。そのため、異なる時期に測定した位置天文衛星“ヒッパルコス”と“ガイア”の固有運動の測定に差が生じる。
(右)“HIP 21152 B”の軌道解析結果。丸印は数字で示された年における“HIP 21152 B”の予測位置と実際に観測された位置(青丸)。黒の曲線は最も可能性が高い軌道、色付きの曲線は可能性のある他の軌道を示し、色の違いはその軌道に対応する“HIP 21152 B”の質量を表す。左下の別枠は観測位置周辺の拡大図。(Credit: アストロバイオロジーセンター)

これまでで最も軽く惑星質量に迫る天体

次に、研究チームが行ったのは“HIP 21152 B”の軌道を調べることでした。

すばる望遠鏡による合計4回の直接撮像と、岡山188センチ望遠鏡の分光器“HIDES(ハイデス)”による恒星“HIP 21152”の視差速度観測、そして位置天文衛星による固有運動データを組み合わせることで、“HIP 21152 B”の軌道を決定することに成功しています。

伴星の軌道が決まると、ケプラーの法則が示すようにその質量を推定できます。
軌道解析(図2右)からは、“HIP 21152 B”の質量は木星の22~36倍と決定されました。

これほど精密に質量が決定された褐色矮星の例は、まだ20程度しかありませんでした。
これまで、褐色矮星の質量を推定するために主に用いられてきたのは“進化モデル”を利用した方法。“進化モデル”は褐色矮星の年齢の変化に応じた光度や温度を示したもので、観測で得られた高度や温度から褐色矮星の質量が決まる。でも、この手法では年齢(一般的に、主星や属する星団の年齢が褐色矮星と等しいと仮定)や進化モデルの不定性のために、得られる褐色矮星の質量が不正確になる。“HIP 21152 B”はヒアデス星団に属するため年齢の不定性による影響は少ないが、“進化モデル”の不定性の影響は依然として残ることになる。“進化モデル”を利用して“HIP 21152 B”の質量を推定した場合は、軌道解析から決定された質量の1.3倍大きな値が得られた。
また、“HIP 21152 B”は質量が精密に決まっている褐色矮星の中では最も軽く、惑星質量に迫る天体であることも明らかになりました。
今回の研究成果と同時期に、ヨーロッパの研究チームも“HIP 21152 B”の撮像に成功している。一方、“HIP 21152 B”が伴星であることの証明や、その力学的な質量を導出したのは今回の研究が初めて。
このことから、“HIP 21152 B”は褐色矮星や巨大惑星の大気の研究の上で重要な天体になるはずです。

今回の研究では、“HIP 21152 B”のスペクトルも取得されています。
そこから示されたのは、“HIP 21152 B”の大気の特徴がL型とT型と呼ばれる褐色矮星のスペクトル型を、移り変わる型に分類されることでした。

T型の大気ではメタンによる強い吸収が見られますが、L型の大気ではそれがほとんど見えません。

この変化は大気の温度や雲の存在と強く関係していて、直接撮像されている“HR 8799”の惑星も類似したスペクトルを示しています。

この点でもやはり、“HIP 21152 B”の質量や年齢という最も基本的な特徴が正確に決まっていることが重要になります。

どのような質量の天体がいつ、“HR 8799”の惑星や“HIP 21152 B”で見られているような大気の特徴を示すのでしょうか?
この観点において、今回の巨大惑星と褐色矮星の大気を調べることが可能になったことは大きな成果といえます。

“HIP 21152 B”は、今後の天文学・惑星科学の進展で重要な役割を果たすベンチマーク(基準)になると期待されています。
図3.すばる望遠鏡の“SCExAO”と“CHARIS”で取得した“HIP 21152 B”のスペクトル図(青線)。褐色矮星の大気に存在する水蒸気とメタンによる光の吸収の範囲(注5)が上に横線で示されている。“HIP 21152 B”のスペクトルの凹みはそれらの気体による吸収によって生じたもの。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図3.すばる望遠鏡の“SCExAO”と“CHARIS”で取得した“HIP 21152 B”のスペクトル図(青線)。褐色矮星の大気に存在する水蒸気とメタンによる光の吸収の範囲(注5)が上に横線で示されている。“HIP 21152 B”のスペクトルの凹みはそれらの気体による吸収によって生じたもの。(Credit: アストロバイオロジーセンター)

分子の吸収波長帯の表示には、ジュネーブ大学が提供するウェブツールを参考にしている。
新しい着眼点に基づいた惑星や褐色矮星の探査を進める今回の研究プロジェクトは現在も進行中です。

また、すばる望遠鏡の直接撮像装置も継続して改良が行われていて、新しい光学機能の運用開始が予定されています。

今回の研究プロジェクトが目指す効率的な探査計画の進展と、すばる望遠鏡の観測装置の開発や改良により、今後も様々な重要天体が発見されることが期待されますね。


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