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月のマントル組成は月全体で不均質!? 月周回衛星“かぐや”の観測データから場所や深さで違うことが判明

2023年07月07日 | 月の探査
月のマントルの組成が場所や深さによって異なることを示す地質学的な証拠が発見されました。

この発見は、JAXAの月周回衛星“かぐや(SELENE)”に搭載された“スペクトルプロファイラ”および“マルチバンドイメージャ”による月全面の観測データから分かったこと。

観測データを解析することで、月面上の“カルシウムに乏しい輝石(LCP)”に富む岩体と“かんらん石”に富む岩体、それぞれの岩体の場所の詳細な地質構造を明らかにしています。

調査研究を進めて分かってきたのは、巨大隕石の衝突により月のマントル領域から掘り起こされた岩石の成分は、衝突盆地によって“カルシウムに乏しい輝石”が支配的であるものと、“かんらん石”が支配的であるものとに分かれることでした。

このことは、月のマントル組成が月全体で不均質であることを意味します。

たとえば、“かんらん石”に富むマントル物質が“カルシウムに乏しい輝石”に富むマントル物質を覆う層構造があり、衝突してきた巨大隕石の大きさの違いにより掘り起こされる岩石が異なった可能性や、水平方向(月の表と裏など)でマントルの組成が大きく異なる可能性が考えられます。

今回、調査解析された場所からは、月のマントル物質の不均質性についてさらに詳細な情報が得られるはずです。

そう、将来のサンプルリターンミッションでの重要な候補地点の一つということです。

月のマントルは、どんな物質で構成されているのか

月の表側にある巨大衝突盆地の周辺には、“かんらん石”を豊富に含む岩体が分布しています。
これらの岩体は、衝突盆地を作った巨大隕石の衝突で、月の深い場所から掘り起こされたマントル物質だと考えられています。

一方、月の裏側にある“南極エイトケン盆地”の周辺では、天体の衝突で月のマントル物質が掘り起こされて堆積したレゴリスで覆われていて、そのスペクトル特性から“低カルシウム輝石”が支配的だと報告されています。

このことから、月のマントル物質は“かんらん石”ではなく、“低カルシウム輝石”だと考える研究者もいます。

でも、レゴリスは様々な岩石の破片が混在したもの。
そう、必ずしも“南極エイトケン盆地”の形成時に掘り起こされたマントル物質の特徴を示しているとは限らないんですねー

また、“低カルシウム輝石”に富む岩体の全球分布や露頭(岩石や鉱脈の一部が地表に現れている所)の詳細な調査はされていないので、月のマントル物質が“かんらん石”に富むのか“低カルシウム輝石”に富むのかについては、長く議論が続いていました。

“低カルシウム輝石”はマントルに由来する

今回の研究では、“かぐや”に搭載された“スペクトルプロファイラ”と“マルチバンドイメージャ”による観測データを用いて、“低カルシウム輝石”に富む岩体が月全体にどう分布しているのかを調べています。
この研究を進めているのは、産業技術総合研究所地質調査総合センターの山本聡さんを中心とする研究チームです。
研究チームは、“スペクトルプロファイラ(Spectral Profiler ; SP)”の全データの中から、マントル由来と考えられる“低カルシウム輝石”のスペクトルを抽出。
すると、“低カルシウム輝石”に富む岩体は、表側の北半球にある“雨の海盆地(インブリウムベイスン)”と“南極エイトケン盆地”の周囲に集中して見つかり、これらの地域では“かんらん石”に富む岩体よりも“低カルシウム輝石”に富む岩体の方が多いことが分かりました。(図1)
図1.“かぐや”の観測で得られた“南極エイトケン盆地”(左)と“雨の海盆地”(右)でのマントル由来とみられる岩体の分布。白が低カルシウム輝石(LCP)、赤がかんらん石に富む岩体がある場所。背景は“かぐや”による地形データで、色が赤いほど標高が高い。東経0度(E0°)が月の表側、西経180度(W180°)が裏側の中央経度になる。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
図1.“かぐや”の観測で得られた“南極エイトケン盆地”(左)と“雨の海盆地”(右)でのマントル由来とみられる岩体の分布。白が低カルシウム輝石(LCP)、赤がかんらん石に富む岩体がある場所。背景は“かぐや”による地形データで、色が赤いほど標高が高い。東経0度(E0°)が月の表側、西経180度(W180°)が裏側の中央経度になる。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
さらに、“マルチバンドイメージャ(Multi-band Imager ; MI)”のデータを用いて、鉱物・岩石分布の鳥瞰図による地質構造の詳細調査を実施。(図2に例を示している)
その結果分かってきたのは、“低カルシウム輝石”に富む物質は、山頂の急斜面や小さなクレーターの壁面など、宇宙風化をあまり受けていない(=レゴリスの堆積が少ない)新鮮な露頭で見つかることでした。

これにより、“かぐや”が検出した“低カルシウム輝石”は、様々な物質が混ざっているレゴリス由来ではなく、マントルから掘り起こされた岩体だと考えることができます。

つまり、“南極エイトケン盆地”と“雨の海盆地”の形成では、主に“低カルシウム輝石”に富む物質がマントルから掘り起こされたと推定できるんですねー
図2.“雨の海盆地”の北東にある“アルプス山脈”付近の鳥観図。青い部分に低カルシウム輝石に富む岩体が露出している。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
図2.“雨の海盆地”の北東にある“アルプス山脈”付近の鳥観図。青い部分に低カルシウム輝石に富む岩体が露出している。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)

マントルの組成が月全体で均質ではない理由

一方、地殻厚がほぼゼロなので衝突盆地形成時にマントルを掘り起こしたことが確実である“モスクワの海”や“危機の海”などでは、“かんらん石”に富む岩体のみ見つり、“低カルシウム輝石”に富む岩体は見つかりませんでした。(図3)
図3.“危機の海”(左)と“モスクワの海”(右)の周辺での、マントル物質由来とみられる岩体の分布。この地域では低カルシウム輝石の岩体(白)は見つからない。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
図3.“危機の海”(左)と“モスクワの海”(右)の周辺での、マントル物質由来とみられる岩体の分布。この地域では低カルシウム輝石の岩体(白)は見つからない。(Credit: JAXA宇宙科学研究所)
これらの結果を総合すると、月のマントルに由来する岩石の組成は、衝突盆地ごとに異なっていることになります。

そして、このことが意味しているのは、マントルの組成が月全体で均質ではないことです。

そこで考えられるのは、月のマントルが二重構造になっている可能性。
“かんらん石”に富むマントル物質が“低カルシウム輝石”に富むマントル物質を覆っていれば、衝突してきた巨大隕石の大きさの違いにより異なった深さの岩石が掘り起こされるわけです。

また、月は表と裏で地形や地質が大きく異なる“二分性”があります。
このことから、実際に月の場所ごとにマントルの組成が大きく異なる可能性も考えられます。

この深さ方向や水平方向の不均質は、かつて月面が大量の隕石衝突で融けてマグマで覆われていた“マグマオーシャン”の時代に、鉄やチタンを含む物質が深い層へ沈み、かんらん石や輝石などの軽い物質が浅い層に浮き上がる“マントル転倒”という現象に起因しているのかもしれません。

今後期待されているのは、こうした衝突盆地周辺の探査やサンプルリターンを行うこと。
これにより、月のマントルの構造や組成、進化の過程を解き明かす手掛かりが得られるはずですよ。


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月の中心部には、ほぼ純粋な金属でできた固体の“核”がある! 過去の大規模なマントル転倒の証拠も見つかった?

2023年06月03日 | 月の探査

地震活動から見えてくる月の内部構造

火山やプレート運動などは存在せず、地質学的には死んだ天体のように見える地球唯一の衛星。
その“月”の内部構造は惑星科学における長年の謎になっているんですねー

20世紀前半までは、月の内部は地球のような層ごとに分かれた構造をしているのか、それとも火星の衛星フォボスやダイモスのように均質な構造をしているのかも分かっていませんでした。

この謎に大きな進展があったのは、NASAのアポロ計画によって月面に地震計が設置されてからでした。

地震波の性質(速度、屈折角、減衰の度合いなど)は、通過する物質の性質(密度、温度、固体か液体かなど)によって変化することが知られていて、地球の内部構造は地震波の観測を通して推定されています。

月にも“月震”と呼ばれる地震活動があることが地震計の設置により判明したので、測定された地震波のデータを元に月の内部構造を推定することができます。
月の地震“月震”は、地球の重力が生み出す潮汐力の影響で月がたわんで発生していると考えられている。
これにより明らかになってきたのが、月には地球と同じような層状の内部構造があるらしいこと…
ただ、月震の規模や頻度は地球と比べて低いことに加え、月面に設置された地震計の数が少ないので、地球のように詳細な構造を探るにはデータが不足していました。

月には中心部に半径約330キロの金属核“コア”がある

アポロ計画から半世紀以上経った現在では、アポロ計画以外にも地震計が設置されていて、データの量も豊富になってきました。

ただ、今度はその膨大なデータの解釈に悩まされることになっていきます。

このような背景もあり、月の内部に関する研究に大きな進展が見られたのは、つい最近のことでした。

2011年になり、月には中心部に半径約330キロの金属核“コア”があることや、少なくともその一部は液体であること、マントルと核の境界部には部分的に溶けた柔らかい層(半径約480キロ)があることが明らかにされました。

でも、それ以上の明確な構造は引き続き不明のままでした。

特に、月の中心部には半径250キロの個体金属核が存在するという予測も出されましたが、この時点では決定的ではありませんでした。

この理由は、核の半径が月そのものの半径の約20%と極めて小さく、それだけ通過する地震波が少ないためでした。
地球など岩石惑星の多くは約50%あります。
今回の研究で、月の核は固体と液体に分離していることが明らかにされた。また、核とマントルの境界部の組成や物質は、過去の月で起きたマントル転倒の強力な証拠になるとしている。(Credit: Géoazur/Nicolas Sarter)
今回の研究で、月の核は固体と液体に分離していることが明らかにされた。また、核とマントルの境界部の組成や物質は、過去の月で起きたマントル転倒の強力な証拠になるとしている。(Credit: Géoazur/Nicolas Sarter)

月の核はほぼ純粋な金属でできている

今回、コート・ダジュール大学のArthur Briaudさんたちの研究チームが発表したのは、「月の核の謎について決定的な答えを得た」というものでした。

研究チームは、これまでに取得された地震波のデータの再分析に加え、月の形状の厳密なデータや月内部の熱対流のモデルも使用して、月の内部構造に関する分析を行っています。

その結果、明らかになったのは、月の中心部には個体の核が存在する可能性が高いこと。
地球の中心部には液体の外核と固体の内核が存在することが明らかになっていますが、月の核も地球と同じような構造をしていることになります。

ただ、月の内核の半径は約258±40キロであり、これは内核の半径が月の半径のわずか15%しかないことを意味していました。

また、推定された平均密度は7.822±1.615グラム/立方センチメートル。
これは、月の核はほぼ純粋な金属でできているという、これまでの予測と一致することになります。

なぜ月の表側と裏側では岩石や元素の種類が大きく異なるのか

さらに、今回の研究では、外核の外側を覆う部分的に溶けたマントル下部について、鉄とチタンの鉱物(Ilmenite)が豊富に含まれていることも示されました。

研究チームでは、これは月の内部に関する別の重大な謎である“マントル転倒(Mantle overturn)”の強力な証拠であると考えています。

月には、表側と裏側で岩石や元素の種類が大きく異なるという謎があります。

特に、月の模様として観察される黒っぽい玄武岩が主体の“海”は、月が誕生してから10億年程度が経った時点でマグマが供給されたことを示唆しています。

ただ、マグマが供給されるには熱源が必要になるんですねー
でも、どうやって月の誕生後これほど遅いタイミングで大規模な熱源が発生したのでしょうか?

このような熱源の発生を説明するメカニズムとして1995年に提唱されたのがマントル転倒でした。

マントル転倒では、月が誕生後に冷えて固まっていくに従い、マントルの上部で鉄やチタンなどの重い元素を含む鉱物が先に結晶化し、マントルの下部にはマグネシウムなどの軽い元素が集中するようになったと考えています。

この場合、重い物質が軽い物質の上に乗っていることになるので、やがてマントル全体のバランスが不安定になり、重い物質は“転倒して”沈み込むことになります。

すると、重い物質が沈み込んだ際の重力エネルギーと、重い元素の中に含まれる放射性物質の崩壊熱が組み合わさることで、核の外側で再加熱が発生。
発生した熱は対流を引き起こし、マントルの物質と熱を上部へと運び上げ、鉄などの重い元素を含む玄武岩マグマを月の表面に噴出させることになります。

これが現在、月の表側にある海になったと考えられています。

マントル転倒が起きた結果、鉄やチタンなどの重い元素を含む鉱物は核の近くへと沈み込むことになるわけです。

今回の研究結果は、マントル転倒の強力な証拠になる重い元素の沈み込みに対応する状態をまさに示していて、内核の発見とともに重要な成果といえます。

示された月の内部構造モデルは、月の磁場が予測より弱すぎることなど、他にも山積みになっている月の謎の解明にも影響を与えることになりそうです。


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原始の地球に火星サイズの天体が衝突! そして月はほんの数時間で作られた のかもしれない

2022年12月01日 | 月の探査
地球に別の原始惑星が衝突して月が生まれた。
この仮説を、過去最高の解像度のシミュレーションで検証してみると、これまでの予想よりはるかに速く、数時間で月が形成されるという結果が得られたようですよ。

ジャイアントインパクト説

月はどうやって生まれたのでしょうか?

月が形成される原因として最も有力な仮説がジャイアントインパクト(巨大衝突)説になります。

この説によれば、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、地球と月を形成したと考えられています。

大きい方は地球になり、大気と海のある地質学的に活発な惑星になるのにちょうどよい大きさと環境へと進化。
小さい方が月になるのですが、こちらには地球のような特性を保持するのに十分な質量はありませんでした。
巨大衝突“ジャイアントインパクト”のイメージ図。
巨大衝突“ジャイアントインパクト”のイメージ図。

過去最高の解像度でシミュレーションを実行

これまで、地球に“テイア”が衝突して月が誕生する過程をシミュレーションで再現しようとする研究は何度も行われてきました。

でも、ほとんどの研究で示唆されてきたのは、飛び散った破片が軌道上で集積して月が形成されるまでに数か月から数年かかるということでした。

これに対して、NASAエイムズ研究センターの研究チームが発表したのは、月はわずか数時間で出来たとする論文です。

これまでのシミュレーションでは10万~100万個の粒子を用いて衝突の過程を計算することが多かったのに対し、研究チームは1億個の粒子を使い、過去最高の解像度でシミュレーションを実行しています。
研究チームによるシミュレーション動画。衝突で飛び散った物質はすぐに2つの塊を形成する。内側の大きな塊は地球に取り込まれてしまうが、その過程で重力により外側の小さな塊を安定した軌道へと弾き出す。この小さな塊が月になる。(Credit: NASA's Ames Research Center)

ジャイアントインパクト説が抱えていた問題点

今回のシミュレーションは、これまでジャイアントインパクト説が抱えていた問題を克服できるかもしれないんですねー

月と地球の組成はよく似ていて、月から持ち帰られた岩石の成分は火星や他の場所の岩石と比べて、はるかに地球のものと類似していることが知られています。

でも、これまでのジャイアントインパクト説では、衝突によって飛び散った“テイア”の破片が月になったので、原始地球の物質はほとんど月に含まれていませんでした。

この場合だと、現在の地球と月の組成が類似しているのは、“テイア”と原始地球の組成がたまたま似ていたからだということになってしまいます。
でも、その可能性はかなり低いものです。

組成の一致を説明するための仮説として、衝突で蒸発した岩石の渦から月が生まれたとするものがあります。

ただ、このシナリオでは月の公転軌道が地球の自転方向に対して傾いている理由を説明しにくくなります。

一方、今回のシミュレーション結果では、衝突の破片は粉々にはならず、外側は熱で溶けていても内側は完全には溶けていませんでした。

そのため、“テイア”由来の岩石を内側に封じ込めたまま、外側には地球からの成分が溶け込むことになります。

これにより、地球と月の表面で似た成分の岩石が見つかることが説明できます。

また、これまでのシミュレーションでは、地球から一定距離以内にある破片は再び落下していました。

でも、今回のシミュレーションで示されたのは、破片同士の相互作用で一部が安定した軌道へ飛ばされうること。
そこから、最終的に現在の月の軌道となることも説明できます。

宇宙において衝突はありふれた現象で、惑星系が形成され進化していく過程を理解する上で欠かせない要素です。

月の誕生について知れば知るほど、私たちの地球の進化について新たに気づくこともあります。

絡み合う地球と月の歴史は、似ていたり全く異なったりする衝突に左右されたほかの惑星の物語と通じるものがあるのかもしれませんね。


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将来の月面基地で資源として使えるかも… NASAが太陽に照らされた月の表面に水分子を発見!

2020年11月12日 | 月の探査
2022年11月15日更新

太陽に照らされた月の表面に水分子(H2O)を発見したことをNASAが発表しました。
これまで、月の表面に水素は見つかっていました。
でも、それが水分子なのか、それとも鉱物と結びついた形で存在する水酸基(OH)なのかは分からず…
分かっていたのは、月の極域にある永久影の中に水分子が存在する可能性があることでした。
今回の発見と合わせると、水分子が月の表面全体に分布している可能性が出てきたことになります。

月の極域には水の氷が存在している

月の水をめぐる研究には長~い歴史があります。
ただ、アポロ計画が行われた時代には、月は完全に乾燥した世界だと考えられていたんですねー

それは、月では太陽の光が当たる部分の温度が約120度にもなるからです。
水は蒸発するうえ、月には大気がほとんど無いので、その蒸発した水を保護することができず、すぐに宇宙空間へ拡散してしまいます。

でも、その後の探査により、月の極にある“永久影”の中に水が氷の状態で存在する可能性が浮上。
月は自転軸の傾きがとても小さいので、月の極域にあるクレーターの内部には、太陽の光が決して届くことのない領域が生じています。
これを永久影といい、温度は最高でもマイナス157度ほどにしかなりません。

なので、そこに彗星が落下するなどして水がもたらされれば、氷の状態で保存される可能性があります。

ただ、まだ確定には至っておらず、水分子なのか、あるいは水酸基なのかははっきりしていません。

仮に水が存在するとしても、その埋蔵量については計算によってまちまち… 本当のところよく分かっていないのが現状です。

空飛ぶ天文台で月を観測する

一方、月の表面の日当たりのいい場所では、これまでに水素が存在することが分かっていました。
でも、それが水分子の形で存在するのか、水酸基として存在するのかを明確に区別することができてません。

そこで研究チームは、NASAとドイツ航空宇宙センター“DLR”が運用する成層圏赤外線天文台“SOFIA”を使って観測を実施。
“SOFIA”は、ボーイング747型機に口径2.5メートルの赤外線望遠鏡を搭載し、高度約14キロの成層圏を飛びながら観測する「空飛ぶ天文台」として知られている。
【追記1】
2022年9月28日に“SOFIA”の最後の調査飛行が実施されました。
元ユナイテッド航空機の“SOFIA”の機齢は45年にものぼっていました。
ベースになっている747SPは、“ジャンボジェット”ことボーイング747シリーズの中で唯一となる胴体短縮型。
通常のタイプより約15メートル縮められた胴体は、航続距離の延長が目的でした。
この世代の旅客機としては、屈指のロングフライトが可能な機体だったようです。
“ジャンボジェット”シリーズで最もメジャーな747-400が製造されたのは、貨物型などを含めて700機ほど。
対して747SPの製造機数は45機、シリーズの中でも少数派のタイプで、NASAでも「稼働している数少ない一機」としていました。
NASAでは同機の退役理由を「運用コストと生産性が見合わなくなったため」としています。
“SOFIA”の退役により、激レア機747SPがまた1機姿を消すことになりました。
【追記2】
2022年9月に運用を終了した“SOFIA(機体記号:N747NA)”ですが、アメリカ・アリゾナ州ツーソンにあるピマ航空宇宙博物館で保存・展示することになりました。
ピマ航空宇宙博物館は、6つの格納庫、80エイカーの屋外展示場に、世界中から集められた425機以上の航空機が展示される、世界最大級の航空宇宙博物館です。
“SOFIA”は、現在保管されているカリフォルニア州パームデールのNASAアームストロング飛行研究センターから、ピマ航空宇宙博物館のあるアリゾナ州ツーソンへ、2022年12月13日に最終フライトを行います。
“SOFIA”の展示については、公開時期など改めて発表されるそうですよ。
NASAとドイツ航空宇宙センターが運用する成層圏赤外線天文台“SOFIA”。(Credit: NASA)
NASAとドイツ航空宇宙センターが運用する成層圏赤外線天文台“SOFIA”。(Credit: NASA)
物質は、その組成や構造によって、特定の波長の光を吸収したり放射したりする性質があります。
なので、その光を観測することで天体の組成を調べることができます。

特に赤外線の波長域を使えば、水をはじめ、可視光の波長域では見られない様々な物質を調べることができます。

でも地上だと、地球の大気に含まれる水蒸気や二酸化炭素の吸収や放射の影響を受けてしまいます。
なので、地上の天文台からは赤外線領域を精度良く観測することが原理的にできないんですねー

一方、衛星や探査機などに搭載して宇宙に望遠鏡を持って行くには、大きさや質量などに大きな制約があり、性能が限られてしまいます。

そこで、大気の薄い成層圏から、衛星に搭載が難しい大きな望遠鏡で観測できる“SOFIA”の登場になったわけです。

どのようにして水が作られ維持されているのか

本来、ブラックホールや星団、銀河などの観測に使われている“SOFIA”。
月の観測は2018年の試験観測が初めてのことでした。
水分子が見つかった月のクラヴィウス・クレーターの位置と、それを発見した成層圏赤外線天文台“SOFIA”。(Credit: NASA)
水分子が見つかった月のクラヴィウス・クレーターの位置と、それを発見した成層圏赤外線天文台“SOFIA”。(Credit: NASA)
観測が行われた場所は、月の南半球にあるクラヴィウス・クレーター。
すると、6.1μmの水分子に特有の波長を検出したんですねー

観測の結果、1m3の土の中に、100~412ppmの水分子が閉じ込められていることが分かりました。

では、水はどのようにして作られるのでしょうか?
空気のない過酷な月面で、どのようにして水が存在できるのでしょうか?
この発見は、新たな謎を投げかけることなりました。

厚い大気が無ければ、太陽の光を浴びた月面の水は宇宙空間に失われてしまうはず…
何かが水を発生させ、そして何かが水を閉じ込めているはずです。

水を発生させるシナリオとして、研究チームでは以下の可能性を挙げています。
水は月面に降り注ぐマイクロメテオライト(流星チリ)によって、少しずつ運ばれ堆積している。
太陽風が月面に水素を届け、月の土壌にある酸素を含む鉱物と化学反応を起こして水酸基を作り、さらにマイクロメテオライトの衝突による放射線が、その水酸基を水に変えている。

また、その水が月に貯蔵されているメカニズムとして挙げているのは以下の可能性です。
マイクロメテオライトの衝突で生じた熱によって、土壌中のガラスに閉じ込められた。
月の土の結晶の間に入り込み、そこに日差しが当たらなければ存在し続けることができる。

研究チームでは、今後も“SOFIA”使った観測を続けることを考えています。
太陽の光が当たる別の場所や、月の満ち欠けの間に水がどう動くのかをさらに観測することで、水がどのようにして生成され、貯蔵されるのかという謎を解き明かすそうです。
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影したクラヴィウス・クレーター。(Credit: NASA, Moon Trek, USGS, and LRO)
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影したクラヴィウス・クレーター。(Credit: NASA, Moon Trek, USGS, and LRO)

月の水は資源として利用できるのか

一方、月の水をめぐる問題は、科学的な点だけではありません。
有人月面基地の資源として利用できるかどうか、という点でも重要になっています。

水は人間が生きていく上で必要不可欠なものです。
さらに、電気分解して水素と酸素にすることで、酸素を生命維持に使ったり、水素と酸素をロケットの推進剤にすることもできます。

現在、運用中の国際宇宙ステーションでは、水は定期的に地球から持ち込むことでまかなっています。

では、月にも同じように水を輸送できるのでしょうか?

輸送には巨大なロケットが必要な上に、何度も運ぶ必要があり、莫大なコストがかかることになります。
なので、月で水が現地調達できるかどうかは、これからの有人月探査や、月面都市などが実現するかどうかのカギを握っているといえます。

もし、月の水を資源として利用することができれば、地球から運ぶ水の量を少なくできる上に、より多くの科学機器などを運ぶことができ、新たな科学的発見を可能にすることができます。

現在、NASAが進めている有人月探査計画“アルテミス”で予定されているのは、水が存在する可能性がある月の南極を探査すること。
もし、月の表面にも水が存在するなら、探査や月面基地の建設候補地が大きく増えることになります。

ただ、今回“SOFIA”がクラヴィウス・クレーターで見つけた1m3あたり100~412ppmという水の量は、地球のサハラ砂漠に含まれる量の100分の1ほど…
サッカーのピッチほどの広さに、300mlの飲料缶の中身があるようなものです。

また、研究チームが挙げているように、水がガラスや結晶の間に存在するのであれば、取り出して利用するのはやや難しくなります。

一方、近年では水を完全にリサイクルする技術も確立されつつあります。
なので、最初にある程度まとまった量を取り出すことができるなら、利用価値が生まれる見込みはあります。
NASAが国際協力で実現を目指している有人月探査計画“アルテミス”のイメージ図。現時点では、すでに水があるとされる月の南極を拠点に探査を行うことが検討されている。(Credit: NASA)
NASAが国際協力で実現を目指している有人月探査計画“アルテミス”のイメージ図。現時点では、すでに水があるとされる月の南極を拠点に探査を行うことが検討されている。(Credit: NASA)

氷を安定した状態に保つ“コールド・トラップ”というクレーター

今回の研究とは別に、理論モデルとNASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”のデータを用いた論文があります。

この論文で指摘しているのは、月の全域に現在予測されているよりも多くの“コールド・トラップ”と呼ばれるクレーターが存在する可能性です。
気温が常に氷点下になっている小さな影が“コールド・トラップ”。“コールド・トラップ”では、クレーター内に堆積した氷が上空の大気を冷却して冷たい空気の層を形成。この冷たい大気の層が遮蔽物のようになることで、クレーター内の氷を安定した状態に保っていると考えられている。太陽系初期の歴史が、このクレーター内に化石のように残されている可能性がある。
まだ“コールド・トラップ”の内部で水を直接検出したわけではありません。

なので、今後必要になるのは、クラヴィウス・クレーターや小さな“コールド・トラップ”などに探査機を送り、水の有無や埋蔵量についてより詳細かつ直接的に調べること。
また、その水や氷にアクセスできるか、取り出せるかといったことも調べる必要があります。

これらの結果が良好なものでない限り、資源としてあてにすることはできません。

すでにNASAでは、水を探すことを目的とした超小型探査機“ルナー・フラッシュライト”を2021年に、また同じく水を探す無人探査車“ヴァイパー”を2022年に打ち上げることを計画しています。

これらの探査により、月の水についてより多くのことが分かるのかもしれません。
そして、より多くの利用しやすい水の存在が明らかになるといいですね。


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8億年前の地球と月を50兆トンという大量の隕石シャワーが襲っていた! JAXAの月周回衛星“かぐや”の観測データから分かったこと

2020年08月01日 | 月の探査
月周回衛星“かぐや”の観測データから明らかになってきたこと。
8億年前、100キロ以上のサイズの小惑星が粉砕し、40~50兆トンという隕石ができたんですねー
この大量の隕石はシャワーのように地球と月に降り注いだようです。


月面のクレーターから分かること

地球では火山や地震などの地殻変動や火山活動、降雨、降雪、さらには津波などによる浸食があります。
なので、太古のクレーターはそう多くは残っていません。

特に不明瞭なのは、スノーボールアース時代より以前の時代におけるクレーターの形成頻度。
全地球規模で氷河におおわれた“スノーボールアース時代(6.5~6.4億年前と7.3~7.0億年前)”が2回あった。
そこで、今回の研究で着目しているのは、風化がほとんどない月面のクレーターでした。

クレーターのサイズ分布を元に推定された地質年代は、一般的に“クレーター年代”と呼ばれています。

今回の研究でターゲットにしているのは、直径20キロ以上のサイズを有する59個の月面クレーター。
このクレーターの周辺地域に存在する0.1~1キロサイズの微小クレーターのサイズ分布を、月周回衛星“かぐや”の観測データを用いて精査することで、中心にあるクレーターの形成年代を測定しています。
日本初の月周回衛星“かぐや”。(Credit: JAXA)
日本初の月周回衛星“かぐや”。(Credit: JAXA)
その結果、研究グループが突き止めたのは、59個のうち8個(モデルによっては17個)の形成年代が一致すること。
このような現象が、偶然起こる確率は極めて低く、小惑星の破砕で誕生した大量の破片(隕石)が、月全体にシャワーのように降り注いだ可能性が考えられています。

さらに、アポロ計画で持ち帰られた月の岩石試料を用いた放射年代測定や月面クレーターのサイズ、月と地球の衝突断面積などを考慮。
すると、スノーボールアース時代以前の8億年前に、少なくとも総量40~50兆トンという大量の隕石が、シャワーのように地球に降り注いだことが明らかになりました。

地球に衝突した隕石といえば、約6500万年前の恐竜をはじめとする生物の大量絶滅を引き起こした巨大隕石“チクシュルーブ”が有名です。

ただ、今回判明した大量の小惑星シャワーは、チクシュルーブ隕石の30倍~60倍に匹敵するそうです。
そのため、当時の地球表層環境に甚大な影響を与えたと考えられています。
形成年代測定が行われた月面クレーター。赤丸はコペルニクス・クレーターと同時期に形成されたもの。(Credit: 大阪大学/東京大学)
形成年代測定が行われた月面クレーター。赤丸はコペルニクス・クレーターと同時期に形成されたもの。(Credit: 大阪大学/東京大学)


隕石のシャワーの母天体になった小惑星

それでは、どのような小惑星が隕石のシャワーの母天体になったのでしょうか?

粉砕した隕石が直径93キロもある月のコペルニクス・クレーターを形成するには、母天体のサイズは少なくとも100キロ以上が必要になります。

さらに必要なのは、その場所が“共鳴軌道”と呼ばれる不安定領域の近傍に存在すること。
“共鳴軌道”とは、一つの天体を公転する2つの天体が、互いに重力の影響を及ぼし合う結果、両者の軌道が変化してしまう不安定な軌道のこと。

これらを考慮した結果、100キロ以上の母天体は8.3億年前に分裂し、約半分近くの破片の軌道が乱されて小惑星帯から失われた“オライリア族”である可能性が高いことが分かってきます。

なお、“オライリア族”は、“はやぶさ2”が探査した小惑星“リュウグウ”などと反射スペクトルが似ていることから、C型の地球近傍小惑星の母天体候補として注目されている小惑星族です。

また、一般に地球近傍小惑星の寿命は短いので、数億年ごとに小惑星帯から供給されるメカニズムが必要なことなども含めると、次のようなシナリオが考えられます。

8億年前に大規模に粉砕した小惑星の一部は惑星や太陽に落下。
一部は現在の“オライリア族”として小惑星帯に残り、また一部はラブパイル構造となって地球近傍小惑星へと軌道が変わっていった。
ラブパイル小惑星とは、小惑星“リュウグウ”や初代“はやぶさ”が探査を行った小惑星“イトカワ”など、破砕した岩塊が弱い重力で再集積したもろい構造を持った小惑星のこと。


研究成果から示唆されること

今回の研究成果から3つの点が示唆されています。
  1. 8億年前の地球表層環境への影響
    今のところ恐竜を滅ぼしたチクシュルーブ隕石が作り出した“K-pg”境界層(かつてはK-T境界層と呼ばれていた)のような、地球化学的な明確な証拠は見つかっていません。

    “K-Pg”境界層とは、地上では希少なイリジウムが異常に濃縮した層のこと。
    中生代(の白亜紀)と新生代(の古第三紀)を分けていて、巨大隕石の衝突によって宇宙からもたらされたイリジウムが降り積もって誕生したと考えられています。
    こうした明確な地層は見つかっていませんが、全球凍結の直前に海洋中のリン濃度が4倍に急増し、生命の多様化が促進された可能性は報告されています。

    小惑星シャワーで地球に降り注いだリンの総量は、現在の海洋中に溶け込んでいる総量と比較して10倍以上と見積もられ、地球の表層環境に何らかの影響を与えたとしてもおかしくないはずです。
    8億年前の環境変動が地球外に原因があったのかもしれません。

  2. 炭素質などを多く含んだC型小惑星がもたらした揮発性物質による月面の汚染
    これまで、アポロ計画で持ち帰られた岩石試料から考えられていたのは、月には炭素などの揮発性物質は存在しないということ。
    でも、近年の観測で氷の形で水が発見されたほか、炭素イオンも各所に存在することが明らかになっています。

    こうした事実から、月は揮発性元素を持つか持たないかではなく、月はいつから揮発性元素を持っていたのかに論点が変わってきています。
    この揮発性元素は、今回のC型小惑星によるシャワーがもたらしたと考えられることから、太陽系46億年の歴史から見ると8億年前という比較的最近のことだと考えられます。

  3. 地球近傍のC型ラブパイル小惑星と月の関連性
    破砕年代と軌道要素から考えられるのは、今回の小惑星シャワーの母天体が“オライリア族”である可能性が高いこと。
    “オライリア族”は、反射スペクトルの類似から小惑星“リュウグウ”などの母天体候補の可能性もあります。
2020年12月6日には“はやぶさ2”が地球に帰還します。
持ち帰った小惑星“リュウグウ”のサンプルの放射年代を測定すれば、母天体の破砕年代が明らかになります。

その結果として、小惑星シャワーと地球近傍のC型ラブパイル小惑星との関連性が明らかになるはずですよ。


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