goo blog サービス終了のお知らせ 

宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

半径約7800キロ。太陽系最大の衝突クレーターは木星の衛星ガニメデにあった!

2020年08月07日 | 木星の探査
NASAの惑星探査機“ボイジャー1号”と“ボイジャー2号”、そして木星探査機“ガリレオ”が撮影した画像を詳細に再解析してみると、衛星ガニメデの表面全体に多重リングクレーターが存在していることが明らかになります。
この半径7800キロに及ぶ太陽系最大規模のクレーターを作るには、半径150キロほどの小惑星がマッハ約60という高速でガニメデに衝突する必要があるようです。


ガニメデの表面全体に及ぶ太陽系最大の衝突クレーター

17世紀にガリレオ・ガリレイが望遠鏡で発見したガリレオ衛星のひとつガニメデ。
ガニメデは木星の第3衛星で半径は約2630キロ、冥王星や水星よりも大きく太陽系最大の衛星です。
木星を周回する4つの大型衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)は、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で発見したので通称“ガリレオ衛星”と呼ばれている。衛星が大きいのでガリレオ手製の低倍率の望遠鏡でも見ることができた。

このガニメデの誕生や進化を解明することは、木星の衛星系の形成を理解するだけでなく、太陽系全体の歴史を知ることにもつながるようです。
4次元デジタル宇宙ビューワー“Mitaka”で再現した木星(左)と衛星ガニメデ(右)。ガニメデ表面の暗い色の領域には、平行に走る溝状の構造“ファロウ”が見える。(Credit: 加藤恒彦、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
4次元デジタル宇宙ビューワー“Mitaka”で再現した木星(左)と衛星ガニメデ(右)。ガニメデ表面の暗い色の領域には、平行に走る溝状の構造“ファロウ”が見える。(Credit: 加藤恒彦、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
1979年と1980年の惑星探査機“ボイジャー1号”と“ボイジャー2号”によるフライバイ観測、1995年から2003年にかけての木星探査機“ガリレオ”による周回軌道からの探査が行われてきたガニメデ。
現在は、NASAの木星探査機“ジュノー”が周回軌道からの探査を実施中。

これらの探査や観測から分かったのは、ガニメデの表面には古い地質からなる暗い色の領域と、新しい地質の明るい色の領域とが存在すること。
およそ衛星の3分の1を占める暗い領域には多くのクレーターが残っていました。

そして、この暗い領域にしかない特徴的な地形が“ファロウ”と呼ばれる平行な溝状の構造。
多くの衝突クレーターが“ファロウ”の上にあることから、この溝状の構造はガニメデで最も古い地形だと考えられてきました。
一方の明るい領域は比較的新しいことが分かっていて、クレーターがほとんどないことが確認されている。

今回、この“ファロウ”に着目したのは、神戸大学と大島商船高等専門学校の研究者からなるチーム。
研究チームでは、過去の探査画像を詳細に再解析してガニメデの歴史の復元を試みています。

その結果、ある一点を中心に“ファロウ”が同心円状に分布し、ガニメデの表面全体に及ぶ多重リング構造になっていることが初めて明らかになります。
多重リングとは、小惑星や彗星などによって形成された衝突クレーターの周囲に形成される複数のリング状の構造。

このことが示唆しているのは、かつてのガニメデの表面全体に多重リングクレーターが存在していたこと。
半径7800キロに及ぶ太陽系最大規模の衝突クレーターの発見でした。

実は、多重リングクレーターは木星の衛星の中で2番目に大きいカリスト(第4衛星)でも見られ、それは“ヴァルハラクレーター”と呼ばれています。

これまで、太陽系最大の多重リングクレーターは“ヴァルハラクレーター”で、半径は約1900キロもありました。
でも、今回ガニメデで発見された多重リングクレーターの半径は約7800キロほど… “ヴァルハラクレーター”の4倍以上もあるんですねー

今回の発見により、太陽系最大の衝突クレーターのサイズが一気に拡大したことになります。
ガニメデ表面の様子。明暗の領域があり、暗い領域には平行な溝状の構造“ファロウ”が存在する。(Credit: NASA)
ガニメデ表面の様子。明暗の領域があり、暗い領域には平行な溝状の構造“ファロウ”が存在する。(Credit: NASA)


ガニメデ内部の分化した層構造は桁違いの大衝突により形成された

研究チームでは、この巨大クレーターを形成した衝突の規模を推定するため、国立天文台が運用する“計算サーバ”を用いて天体衝突シミュレーションを実施。

すると、半径150キロほどの小惑星が秒速20キロの速度(時速7万2000キロ=マッハ約60)という高速でガニメデに衝突したとすれば、観測されたクレーターの構造を説明できることが分かります。

約6500万年前に恐竜をはじめとする生物の大量絶滅を引き起こした小惑星“チクシュルーブ”ですら、推定されるサイズは半径が5~7.5キロ。
太陽系最大の衝突クレーターは、桁違いの大衝突により形成されていたんですねー
また、この大衝突が起こったのは40億年以上前のことだと考えられています。

40億年以上前といえば、地球の地質時代で言えば冥王代といわれる太陽系の創世期になります。
こういった大規模な衝突の痕跡がガニメデに残っているということは、ガニメデの形成過程や進化において重要な意味を持ってきます。

たとえば、ガニメデとカリストは同程度のサイズの衛星ですが、がリストの内部には分化した層構造はないと考えられています。
一方でガニメデの内部には、岩石と鉄と氷が分化した層構造が存在すると考えらています。

このような層構造の形成に必要になるのが大量の熱です。
そう、約7800キロもの巨大クレーターを形成した衝突がその原因になった可能性があるんですねー

さらに、今回の研究は、2030年代に予定されているガニメデの探査計画においても重要な意味を持っています。

ヨーロッパ宇宙機関が進めている木星系衛星探査計画“JUICE”では、可視分光映像カメラや国立天文台が開発に参加するレーザー高度計を用いて、ガニメデの詳細な地形を調査します。
“JUICE”の探査機打ち上げ予定は2022年、木星圏到達は2030年頃。レーザー高度計“GALA”は、ドイツ航空宇宙センターが中心となり、スイスやスペイン、日本のJAXA、千葉工業大学、大阪大学、国立天文台などが開発に携わっている。

この探査で多重リングクレーターの構造の解析が進めば、今回の研究結果を検証できるはずです。
これにより、ガニメデの起源や進化について、さらには木星の衛星系の起源について、より理解が深められるかもしれませんね。


こちらの記事もどうぞ


太陽系最大の嵐は木星で発生している! ハッブル宇宙望遠鏡、ジェミニ天文台、探査機“ジュノー”による同時観測から分かってきた大気構造。

2020年06月04日 | 木星の探査
未だに謎が多い、木星の縞模様や目玉のような大赤班。
この特徴的な模様を作り出す木星の大気構造について、長年の謎が解き明かされたんですねー
研究では、ハッブル宇宙望遠鏡や地上のジェミニ天文台、そして木星を間近で観測する探査機“ジュノー”による多波長の同時観測データが使われたようです。


太陽系最強の嵐

ガリレオが人類で初めて望遠鏡で木星を観測してから400年以上…
太陽系最大のこの惑星については、天文学者からアマチュア天文ファンが、地上の天体望遠鏡から宇宙望遠鏡、探査機を用いて数多くの観測研究を行ってきました。

でも、木星の縞模様や目玉のような大赤班といった、特徴的な模様を作り出す大気については未だに謎が多いんですねー

今回、アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校の研究チームが調べたのは、地球から約8億キロ離れた木星で発生している太陽系最強の嵐。
研究では、ハッブル宇宙望遠鏡と地上のジェミニ天文台が複数の波長で観測した結果と、NASAの探査機“ジュノー”が木星周回軌道上から取得したデータを組み合わせています。

地球のものと比べてはるかに長続きし、規模も大きいの木星の嵐。
発達した雲の高さは70キロと地球の積乱雲の5倍以上にもなり、稲妻のエネルギーは地球で発生する最強の雷と比べると3倍に達します。

53日周期の楕円軌道を描いて木星を周回する“ジュノー”は、木星に接近するたびに雲へ迫り、稲妻によって発生する電波を観測。
“ジュノー”に搭載されているマイクロ波放射計は、木星の厚い雲の層を突き抜ける高周波の電波を検出して、大気の奥深くまで探ることができます。
これにより、稲光そのものが見えなくても、雷が発生した位置を記録することができました。

同時に、ハッブル宇宙望遠鏡とジェミニ天文台は、遠くから木星の大気の姿を高解像度で撮影していました。
この撮影により、雲がどれくらい厚いのか、そしてどれだけ深いところからの信号を観測しているのかが分かっています。


稲妻の発生に関連した3つの構造

研究では、雲の3次元マップを作るため、“ジュノー”が検出した稲妻マップを、ハッブル宇宙望遠鏡による可視光線画像とジェミニ天文台による熱赤外線画像に重ね合わせています。

すると、稲妻の発生と関連のある下記の3つの異なる構造が明らかになります。

1つ目は、低層にある水と氷の雲(下図:中央に描かれた低い雲)。
2つ目は、湿った空気が上昇することで形成される、木星の積乱雲とでも言うべき対流雲(下図:左側に描かれた高い雲)。
3つ目は、対流雲の外で乾燥した空気が下降することで形成されると思われる晴天域(下図:中央の水の雲と右側の積乱雲との間)。
稲妻(紫色)と関わりの深い、木星の対流雲(本質的には積乱雲)、水の雲や晴天域を示したイラスト。(Credit: NASA, ESA, M.H. Wong (UC Berkeley), and A. James and M.W. Carruthers (STScI))
稲妻(紫色)と関わりの深い、木星の対流雲(本質的には積乱雲)、水の雲や晴天域を示したイラスト。(Credit: NASA, ESA, M.H. Wong (UC Berkeley), and A. James and M.W. Carruthers (STScI))
ハッブル宇宙望遠鏡のデータが示していたのは、対流雲の高さと水の雲が存在する領域の深さ。
一方、ジェミニ天文台のデータから明らかになったのは、下層の水の雲が姿をのぞかせる高層雲の切れ目でした。

これらのことから明らかになってきたのは、水蒸気の対流と雷の関係。
そう、木星の大気中に含まれる水の量を見積もるための新たな手段が得られたことになるんですねー

水に関する情報は、木星をはじめとしたガス惑星や氷惑星がどのように形成されたのか?
さらに、太陽系そのものがどのように作られたかを理解する上で重要なことになります。


大赤班の中に現れる黒い構造の正体

“ジュノー”や過去の探査機によって、大赤班の中に現れては消え、形を変えていく黒い色の構造が見つかっています。

その正体は高層の黒い色をした雲なのか、それとも高層の雲に裂け目ができて黒い低層が見えているものなのでしょうか?
残念ながら個々の観測からは、はっきりとしたことは分かっていませんでした。

それが、今回の“ジュノー”による観測中に、ハッブル宇宙望遠鏡とジェミニ天文台がいつも以上に頻繁に木星を観測したことで、こうした構造の研究が可能になったんですねー

研究では、ハッブル宇宙望遠鏡による可視光線画像とジェミニ天文台による熱赤外線画像を比較。
すると、可視光線では暗かった部分が、赤外線ではとても明るく見えていることに気付きます。

そして、分かってきたのが、この構造が雲の層にできた穴だということ。
雲のない領域(穴)から、木星内部の熱が赤外線の形で放射されていたんですねー
ジェミニ天文台によってとらえられた画像では、その熱が明るく見えたということです。
(上段左と下段左)2018年4月1日に撮影されたハッブル宇宙望遠鏡の可視光線画像。大赤班の中に暗い部分が見える。(上段右)同日にジェミニ天文台が同じ領域をとらえた熱赤外線画像。冷たい雲が暗い領域として見えていて、その裂け目から逃げ出した熱が赤外線で明るくとらえられている。(下段中央)ハッブル宇宙望遠鏡による紫外線画像。大赤班が赤く見えるのは、波長が短い青い光が雲に吸収されて赤い光が反射するため。さらに短い近紫外線でも大赤班の部分では吸収されて暗く見えることが分かる。(下段右)ハッブル宇宙望遠鏡とジェミニ天文台が取得したデータを合わせて作成された多波長合成画像(青が可視光線、赤が赤外線)(Credit: NASA, ESA, and M.H. Wong(UC Berkeley)and team)
(上段左と下段左)2018年4月1日に撮影されたハッブル宇宙望遠鏡の可視光線画像。大赤班の中に暗い部分が見える。(上段右)同日にジェミニ天文台が同じ領域をとらえた熱赤外線画像。冷たい雲が暗い領域として見えていて、その裂け目から逃げ出した熱が赤外線で明るくとらえられている。(下段中央)ハッブル宇宙望遠鏡による紫外線画像。大赤班が赤く見えるのは、波長が短い青い光が雲に吸収されて赤い光が反射するため。さらに短い近紫外線でも大赤班の部分では吸収されて暗く見えることが分かる。(下段右)ハッブル宇宙望遠鏡とジェミニ天文台が取得したデータを合わせて作成された多波長合成画像(青が可視光線、赤が赤外線)(Credit: NASA, ESA, and M.H. Wong(UC Berkeley)and team)
2011年8月5日に打ち上げられた“ジュノー”は、5年かけて木星付近に到着し、周回軌道に入ったのは2016年7月5日のことでした。

木星のガス層を探索してその組成や磁場などを観測し、木星誕生の謎に迫るのが“ジュノー”の目的。
木星上で数千年にわたって吹き荒れている巨大な渦“大赤班”についても、解明が期待されています。

過去にどの探査機も投入されたことのない軌道から、巨大ガス惑星を近い位置で観測する“ジュノー”。
ハッブル宇宙望遠鏡などの天文衛星や地上の天文台との連携した観測により、これからも木星の新た姿を見せてくれそうですね。


こちらの記事もどうぞ
  大気が十分に混ざっていないから? 木星探査機“ジュノー”が明らかにする大気の深さによって変化する水の量
    

大気が十分に混ざっていないから? 木星探査機“ジュノー”が明らかにする大気の深さによって変化する水の量

2020年03月13日 | 木星の探査
探査機“ジュノー”による観測から、木星の赤道領域の大気を構成する分子の約0.25%が、水であると見積もられました。
過去の探査で示唆されていたのは水が極めて少ないという可能性。
でも、その量は予想以上に多様なようです。
“ジュノー”に搭載された“JunoCam”がとらえた木星の南赤道地域の画像


木星大気に含まれる水の量

太陽系の惑星の中で最初に形成されたと考えられている木星には、太陽に取り込まれなかったガスやチリの大半が含まれていると見られています。

そして、木星がどのように作られただけでなく、木星の気象学や内部構造を知る上で、重要な意味を持ってくるものがあります。

それは水の量です。
ただ、大気の奥深くに存在する水の量を正確に観測することは、非常に難しいことになるんですねー

なので、木星大気に含まれる水の量の正確な値は、過去数十年にわたり惑星科学分野における課題の一つになっていました。

1995年12月には、NASAの木星探査機“ガリレオ”がミッションの最後に木星大気へと降下しながら、深さ約120キロ(気圧約22000hPa)の領域で大気に含まれる水の量を計測しています。
このとき明らかになったのは、水の量が予想されていた値の10分の1ほどしかないことでした。

さらに、データから示されたのは、水の量が最も深いところで増加しているらしいこと。
これまで、非常に深いところでは大気は十分に混ざり合っていて、水の量は一定だと理論的に考えられていたので、この増加は驚くべき結果でした。


場所によって水の量は変化する

今回の研究では、アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校のチームが、木星大気に含まれる水の量を調査しています。
用いられたのは、NASAの木星探査機“ジュノー”による観測データでした。

現在、“ジュノー”は53日周期で木星を周回しながら様々な機器による観測を行っています。

そのうちの1つがマイクロ波計測器“MWR(Microwave Radiometer)”です。
この計測器は6つのアンテナを使って、様々な深さの大気の温度を同時に計測することが可能。
水の量は、その温度データから見積もることができました。
マイクロ波計測器“MWR”は厚い白い雲を見通して、様々な深さの大気の温度を同時に計測。その温度データから水の量を見積もることがでる。
マイクロ波計測器“MWR”は厚い白い雲を見通して、様々な深さの大気の温度を同時に計測。その温度データから水の量を見積もることがでる。
研究チームでは、他の領域よりも大気がよく混ざっていると考えられる赤道領域について、8回の接近探査によって得られた深さ約150キロ(気圧約33000hPa)の場所のデータを分析。
すると、木星大気を構成する分子の約0.25%が水であると見積もられます。

この数値は、太陽の(水素と酸素の量から換算される)水の量の3倍に相当し、“ガリレオ”による結果よりも多いものでした。

今回の研究により、木星大気に含まれる水の量が非常に多様なことが分かってきました。
でも、深いところでも大気が十分には混ざっていないことを示した“ジュノー”の発見は謎のまま…
研究チームでは、今後も謎の解明に取り組むことになります。

今後、“ジュノー”は木星の北半球を重点的に探査していきます。
緯度や領域によって大気に含まれる水の量がどのように変化するのか?
サイクロンが多くみられる極域のデータから、木星全体の水についてどのような知見が得られるのか?
このような疑問に“ジュノー”による観測データは何を示すことになるのか… 興味は尽きません。

次回、25回目のフライバイは4月10日の予定、“ジュノー”が送ってくるデータが楽しみですね。


こちらの記事もどうぞ
  密度の低い巨大な中心核が木星には存在している? それは大規模な正面衝突の痕跡かも…
    

複雑で分厚い大気を持つ衛星タイタンでは、紫外線が届かない場所でも複雑な分子が作られている?

2020年03月09日 | 木星の探査
地球以上に複雑で分厚い大気を持つ土星最大の衛星タイタン。
このタイタンの成層圏の深い場所で、複雑な分子が作られることがアルマ望遠鏡のデータから分かってきました。
太陽系外から降り注ぐ銀河宇宙線が、タイタンの大気成分に影響を与えていることを、世界で初めて観測的に明らかにしたんですねー
この成果は、最先端の地上望遠鏡と解析技術を組み合わせることで実現したもの。天体に送り込まれる探査機に匹敵する科学成果になるようです。


タイタン大気中に存在する複雑な分子ガスの解明

土星の衛星タイタンは、地球と同様に窒素を主成分とし、地表で1.5気圧という分厚い大気を持つ天体です。

大気中に存在しているのは、地球大気には見られない複雑な分子ガス。
これらが多様な化学過程を経て、生命の構成要素であるアミノ酸を生成する可能性も指摘されています。

そのため、タイタンの大気における化学過程の解明は、現代の惑星科学の重要なトピックになっているんですねー

これまで、NASAの惑星探査機“ボイジャー”や“カッシーニ”が行ったタイタンの詳細な観測でも、大気中にシアン化水素(HCN)やプロパン(C3H8)など多様な分子が存在することが分かっています。
  さらに、観測ではその量が季節によって1000倍程度もダイナミックに変化することが示されている。

でも、“カッシーニ”のミッションは2017年9月に終了してしまいます。
さらなる研究の進展のために、地上の大型望遠鏡を用いた観測と解析技術の構築が必要となったわけです。
2017年9月13日、NASAの土星探査機“カッシーニ”が最後に撮影したタイタン。濃い大気に含まれる「もや」に覆われている。この撮影の2日後に“カッシーニ”は土星大気に突入して運用を終えている。
2017年9月13日、NASAの土星探査機“カッシーニ”が最後に撮影したタイタン。濃い大気に含まれる「もや」に覆われている。この撮影の2日後に“カッシーニ”は土星大気に突入して運用を終えている。(提供:NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute)
今回、東京大学の研究チームが着目したのは、タイタンの大気中にごくわずかに存在する“アセトニトリル(CH3CN)”という分子。
“アセトニトリル”は有機溶媒としてよく使われる液体ですが、タイタンの大気中には気体として存在している分子です。

タイタン大気の窒素分子(N2)が壊されると2個の窒素原子(N)になります。
これが水素・炭素を含むほかの分子と反応して作られるのが“アセトニトリル”のような窒素化合物になります。

それでは、何が窒素分子(N2)を壊すのでしょうか?


紫外線と銀河宇宙線による窒素分子の破壊

窒素分子(N2)を壊すもの。それは、太陽からの紫外線や、天の川銀河の中を飛び交っている高エネルギーの宇宙線“銀河宇宙線”です。
  銀河宇宙線は、宇宙から来る放射線の一種。天の川銀河には、太陽のような恒星が2000億個ほどあると考えられている。そのような恒星のうち重たいものは、一生の最期に大爆発を起こす。その残骸が源になって、宇宙には銀河宇宙線(高エネルギーの粒子)がたくさん飛び交っている。

ただ、紫外線と銀河宇宙線ではN2分子の分解の仕方が微妙に異なっています。

N2分子を形作っている窒素原子のほとんどは、陽子7個と中性子7個からなる窒素14(14N)です。
ただ、中性子が1個多い窒素15(15N)という安定同位体もわずかに存在しています。
  地球上では窒素原子の約0.36%が15Nになる。

紫外線が窒素分子(N2)を壊す場合、2個とも14NからなるN2分子と、Nの片方または両方が15NになっているN2分子とでは、吸収する紫外線の波長がわずかに違ってきます。

また、大気の最上層から紫外線が侵入して窒素分子(N2)を壊していくと、徐々に紫外線が吸収されて減っていきます。
なので、ある高度よりも深い場所には紫外線が届かなくなります。

この効果は“自己遮蔽”と呼ばれ、存在量がより多い14N2分子の方により強く働き、15Nを含むN2分子にはあまり働きません。
このため、紫外線による分解では、大気の深い場所ほど15Nの割合が多くなります。

では、銀河宇宙線はどうかというと、エネルギーが約100MeV~1GeVと極めて高い銀河宇宙線は、同位体の種類によらず、衝突した窒素分子(N2)をすべて壊してしまうんですねー

このため、銀河宇宙線は大気の深い場所にまで侵入してN原子を作り出すことができ、銀河宇宙線による分解では14Nと15Nの割合は、分解前の割合と変わらないという特徴があります。

この性質の違いを使えば、“アセトニトリル”の同位体比を観測することで、材料になったN原子がどの高度で、まだどんな過程で作られたかが分かるということです。
タイタン大気での窒素化合物の生成過程。大気内の比較的高い場所では、太陽からの紫外線によって窒素分子(N<sub>2</sub>)が壊され、ここから様々な窒素化合物が作られる。この場合には<sup>15</sup>Nの割合が比較的多くなる。一方、銀河宇宙線は大気の深い場所にまで届き、窒素分子(N<sub>2</sub>)を壊して窒素化合物の材料を生み出す。この場合は<sup>15</sup>Nの割合は比較的少なくなる。
タイタン大気での窒素化合物の生成過程。大気内の比較的高い場所では、太陽からの紫外線によって窒素分子(N2)が壊され、ここから様々な窒素化合物が作られる。この場合には15Nの割合が比較的多くなる。一方、銀河宇宙線は大気の深い場所にまで届き、窒素分子(N2)を壊して窒素化合物の材料を生み出す。この場合は15Nの割合は比較的少なくなる。(提供:NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute/Iino et al.)


タイタン成層圏の深い場所にも存在する“アセトニトリル”

南米チリに設置されたアルマ望遠鏡では、観測の前に必ず行うことがあります。

それは、目標天体とは別に、大きさや表面温度がよく分かっている太陽系天体を比較対象として観測すること。
研究チームは、ここに目を付けたんですねー

この比較対象用のデータとして、過去に得られていた大量の観測データから、タイタン大気の14Nと15Nを含む“アセトニトリル分子”が回転するときに出す電波の信号を抽出後に分析しています。

そして、得られたのが、タイタンの大気に含まれる“アセトニトリル”の量が、およそ10ppb(約1億分の1)だということ。
15Nを含む“アセトニトリル”の割合は、14Nを含む“アセトニトリル”の約125分の1だという値でした。

この比率は、シアン化水素(HCN)やシアノポリイン(HC3N、HC2Nなど)など、他の窒素化合物の場合に比べるとやや小さいものです。

また研究チームでは、“アセトニトリル”の電波スペクトルの形から、大気中の高度に応じた“アセトニトリル”の存在量を推定することにも成功。
その結果、タイタンでは大気の上層部から高度約150キロまでの範囲で、“アセトニトリル”が比較的多く存在していることが分かります。

これらのことが示しているのは、タイタンの成層圏(高度約40~300キロ)の深い場所でも、銀河宇宙線によってN2分子が分解され“アセトニトリル”が作られていること。
太陽系の外から降り注ぐ銀河宇宙線が、タイタンの大気成分に影響を与えていることを、世界で初めて観測により明らかにしたんですねー

これまで、太陽系内天体の科学研究で大きな成果を上げてきた探査機による観測ミッションでは、観測天体の近傍から詳細な観測ができます。
でも、研究テーマの立案から観測までには、多くの時間や人的コストが必要になってきます。

それが、最先端技術を投入して建設された地上大型望遠鏡を用いることで、探査機でなくても遠く離れた天体の大気成分の詳細な観測が地上でも可能になる。
今回の研究から分かってきた、もう一つの大きな成果ですね。


こちらの記事もどうぞ
  NASAが新ミッションを発表! 衛星タイタンにドローンで降り立って有機物を探査
    

密度の低い巨大な中心核が木星には存在している? それは大規模な正面衝突の痕跡かも…

2019年08月30日 | 木星の探査
木星の中心に低密度で巨大な中心核が存在する可能性が、探査機“ジュノー”による観測から分かってきたんですねー

2011年8月5日に打ち上げられた“ジュノー”の目的は木星誕生の謎を解明すること。
この低密度な核は、形成から間もない木星に地球の10倍ほどの天体が正面衝突した結果作られたようです。
○○○


木星には巨大な中心核が存在する?

太陽系最大の惑星である木星は、質量の90%以上が水素とヘリウムでできた巨大ガス惑星です。

その深部に存在すると考えられているのが、岩石と氷成分からなる中心核。
でも、詳細はいまだ謎に包まれているんですねー

木星の中心核の存在の有無及び大きさは、木星誕生を紐解く重要なカギになるとされています。

現在、NASAの探査機“ジュノー”が木星を周回しながら、大気や磁場、重力場などの調査を行っています。

その重力場の測定から、地球質量の8倍以下と従来予想されていたよりもはるかに巨大な中心核が木星内部に存在し、最大で木星の大きさの半分程度にも達する可能性があることが示されました。

さらに分かってきたのが、この中心核が岩石・氷成分と水素・ヘリウムが混ざり合った、密度の低い巨大な核であること。

木星が低密度の巨大中心核を持っているとすれば、これがどのようにして誕生したのかが新たな疑問となっていました。


木星と天体の大規模な正面衝突

今回の研究では、この巨大中心核の起源として天体衝突の可能性に着目。
約45億年前に形成の最終段階にあった木星で大規模な天体衝突が起こったとして、数値シミュレーションによる研究を進めています。

様々な条件でシミュレーションを行った結果示されたのが、地球の10倍程度の質量をもつ天体が木星にほぼ正面衝突した場合に、衝突天体が木星の深部まで到達し、木星の中心核と衝突合体すること。

このとき、衝突に伴う衝撃波と乱流による大気の乱れで木星の中心核の物質が上層部へと輸送され、周囲の水素やヘリウムと激しく混ざり合うことで、密度の低い巨大な中心核が形成されることが分かります。

一方、より小さな天体が衝突したり、天体が大きな角度で衝突した場合には、低密度の巨大中心核は形成されませんでした。
○○○
木星と地球の10倍の質量をもつ天体との正面衝突の様子。
(左上)衝突前、(右上)木星の中心核との衝突直前、(左下)木星の中心核の破壊後、(右下)衝突から10時間後。色は密度を表す。

また、多数のシミュレーション結果を解析すると、衝突現象のおよそ50%は正面衝突に近いものであることも分かります。
そう、木星と天体の大規模な正面衝突は、確率的に十分に起こりうる現象だということも示されたんですねー
木星若い頃に大規模な正面衝突を経験していた
これらの結果から結論付けられるのは、木星が形成の最終段階に大規模な天体衝突を経験した可能性があること。
太陽系形成初期に起こった天体衝突によって、木星に低密度で巨大な中心核ができたんですね。
○○○
太陽系形成初期に起こった若い木星と原始惑星との衝突(イメージ図)。



こちらの記事もどうぞ
  “ジュノー”の軌道周期短縮はなし。理由は探査機の状態と軌道変更のリスク