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増幅に頼らず極めてわずかな量のDNA分析に成功! 火星など極限環境での生命の発見を可能とする装置“MinION”

2024年03月31日 | 火星の探査
現在の火星に生命は存在するのでしょうか?

この疑問は、長年の探査を通して検証されていますが、現時点では火星の表面に生命の痕跡は発見されていません。
ただ、探査機に搭載される分析機器には性能上の限界があるので、痕跡を検出できていないだけという可能性もあります。

今回の研究では、わずかな量のDNAを分析する装置“MinION”を使用して、火星の土壌を模した物質でその性能を検証しています。
その結果、“MinION”の精度であれば、最小で2ピコグラム(5000億分の1グラム)のDNAも検出できることが確認されました。

この結果が意味しているのは、地球上で最も生命が少ない環境でもDNAを確実に検出できること。
将来的な火星からのサンプルリターンミッションで求められる土壌分析の精度を満たしていると考えられます。
この研究は、アバディーン大学のJyothi Basapathi Raghavendraさんたちの研究チームが進めています。
図1.今から40億年前の火星(イメージ図)。最大で水深1600メートルに達する海が数億年間存続していたと考えられ、過去の火星には生命がいたかもしれない。生命が実際に誕生し、現在でも生き残っているのかは、多くの関心を集めている。(Credit: ESO, M. Kornmesser)
図1.今から40億年前の火星(イメージ図)。最大で水深1600メートルに達する海が数億年間存続していたと考えられ、過去の火星には生命がいたかもしれない。生命が実際に誕生し、現在でも生き残っているのかは、多くの関心を集めている。(Credit: ESO, M. Kornmesser)


太古の火星では生命が誕生し現在も生き残っている?

太古の火星では、地球のように液体の水が存在していたと考えられていて、火星独自の生命が誕生していた可能性もあります。
一方、現在の火星は極度の低温かつ乾燥した不毛な環境の惑星なので、とても生命の存続に適しているとは思えません。

ところが、生物学の発達によって、現在の火星並みの劣悪な環境でも生き残る生物が続々と発見されています。
このこと考えられるのは、太古の火星で生命が誕生し、現在まで生き残っているかどうかということ… 重大な関心ごとになっているようです。

火星独自の生命または生命の痕跡の発見は、1970年代に打ち上げられたNASAの火星探査機“バイキング1号”や“バイキング2号”で最初に試みられました。

それ以来、様々な探査機が火星の土壌や大気に含まれる物質を分析・同定しています。
でも、現在のところ火星の土壌から生命やその痕跡は発見されていないんですねー

また、生命に由来すると見られる分子“バイオマーカー”はいくつか発見されているものの、その多くは生命活動以外の理由でも生成され得る低分子なので、決定的な証拠とは言えない状況でした。


DNAを用いた検出方法

生命やその痕跡の発見において、これまで試みられていない方法の一つに“DNA”の検出があります。

DNAは生命の痕跡となるには議論の余地のないバイオマーカーと言えます。
ただ、過去の探査の結果や火星に類似した地球の環境での分析結果を考慮すると、DNAを直接検出することは困難で、効率的な抽出と増幅(※1)が必須だと、これまで考えられてきました。
※1.特定の条件でDNAを分析可能な量まで増やすこと。
火星でDNAの直接検出が、これまで試みられていない主な理由は2つあります。

1つは、高度なDNA分析が行える条件を、火星探査機で整えることが難しことです。
このため、この問題を解決するには、火星の土壌サンプルを地球に持ち帰る必要があります。
2021年に火星に着陸したNASAの火星探査車“パーサヴィアランス”は、火星表面のサンプルを採取して地球へと輸送する“火星サンプルリターンミッション”の一翼を担っています。
火星表面で採取されたサンプルは、早ければ2033年に地球に帰還する予定なので、火星で高度なDNA分析が行えないという問題は、将来的に解決することになります。

もう1つの理由は、高度なDNA分析では曖昧な結果が得られやすいことです。
一般的なDNA増幅法“PCR(ポリメラーゼ連鎖斑法)”法は、わずかな汚染にも敏感に反応するので、器具や試薬などに含まれる無関係な生物組織由来のDNAも増やしてしまいます。

また、PCRで増やしたDNAにはエラーが生じやすいという欠点もあります。
仮に、火星独自の生命に由来するDNAがあるとすれば、その存在はDNAの塩基配列(※2)が地球の生命のDNAとは一致しないことで証明されるはずです。

でも、PCRで増やしたDNAにエラーが生じやすいのであれば、見慣れない塩基配列のDNAが本当に未知の生命に由来するのか、それとも地球の生命に由来するDNAにエラーが生じただけなのかを特定することは困難で、説得力のある証拠と見なされなくなる可能性もあります。
※2.DNAを構成する4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の配列順の情報。遺伝情報は塩基配列によって決定されるので、DNAがどの生命に由来するのかを調べる上で、塩基配列は重要な情報となる。
PCRよりもエラーの少ないDNA増幅の手段には“MDA(多重置換増幅)”法などもあります。
でも、これらの方法にはDNAの特定の領域だけを増やしてしまうなど、別の欠点もありました。


増幅に頼らないDNAの分析技術

これらのことから、火星で採取されたサンプルから火星生命由来のDNAを確実に見つけようとするなら、増幅に頼らないDNAの分析技術が必要となります。

極度の乾燥という点で火星と類似した環境にあるアタカマ砂漠などの研究により、火星に類似した環境で期待される生物細胞数は土壌1グラム当たり1000~10万個と推定されています。
これは、土壌1グラム当たり500フェムトグラム~2ナノグラム(2兆分の1グラム~5億分の1グラム)のDNAを直接分析できる技術があれば、DNA増幅によって起こる潜在的なエラーを除外できることを意味していました。

火星からのサンプルリターンミッションにより持ち帰られるサンプルは容器1つあたり約15グラム。
計画では、生命の存在の有無を決定するのに使われる量は数百ミリグラム~数グラムなので、DNAの直接検出に必要な感度は1兆分の数グラムになります。


極めてわずかな量のDNA分析を可能とする装置

今回の研究では、極めてわずかな量のDNAを分析することが可能なOxford Nanopore Technologies社のナポアシーケンサー“MinION”を使用。
火星の土壌を模した物質で“MinION”の性能、特に分析の下限値を検証しています。

ナノポアとは、ナノスケールの小さな穴にタンパク質が配置されたポリマーシートのこと。
穴をDNAが通過するとき、穴に配置されたタンパク質とDNA分子の間で発生するわずかな電流をとらえることで、DNAの塩基配列を決定することができます。

Oxford Nanopore Technologies社が開発したこのDNA分析法は、“ナノポア配列決定法”と呼ばれています。

実験では、火星の土壌を模した“MMS-2”という人工土壌の中にDNA検出目標となる大腸菌と出芽酵母を様々な濃度で混ぜ、“MinION”でDNAが分析可能かどうかの調査を実施。
汚染を避けるため、実験はISO 5クラス(※3)のクリーンルーム内で行われました。
※3.国際規格“ISO 14644-1”に基づくクリーンルームの清浄度。半導体製造工場で求められる最低限度の清浄度に相当する。
その結果、最小で2ピコグラムのDNAを検出することに成功。
塩基配列を元に、大腸菌または出芽酵母だと決定するだけの品質が得られることが判明しました。

感度の高い“ナノポア配列決定法”でも、これほどの感度を達成した前例はなく、“MinION”は増幅なしにDNA配列を決定した最も高感度な装置ということになります。

興味深いことに、今回の実験では大腸菌と出芽酵母以外の生物である、人やいくつかの細菌のDNAも発見されました。
実験試料の条件を変えて実験を繰り返した結果、これは実験を行った研究員自身、クリーンルーム内の空気、DNA抽出に使われた試薬や水のどれかから実験試料に混入した汚染物質だと推定されます。

実験が極めて正常な環境で行われたことを考慮すると、これほど感度の高いDNA分析方法では、今まで気づかれなかった汚染も検出できることを意味しています。
これは、将来的に実際の火星の土壌で分析を行う際に考慮されるべき事項だと考えられます。
図2.汚染を避けるため、実験は清浄度のクラスが高いクリーンルームの中で実施されたが、それでも検出可能な汚染があることが示された。(Credit: Raghavendra, et al.)
図2.汚染を避けるため、実験は清浄度のクラスが高いクリーンルームの中で実施されたが、それでも検出可能な汚染があることが示された。(Credit: Raghavendra, et al.)


極限環境での生命の発見へ

今回の研究では、サンプルに含まれる極めてわずかな量のDNAでも、分析が可能なことが示されました。

ただ、研究チームの一人であるJavier Martin-Torresさんは、火星の表面に独自の生命が生き残っている可能性は低く、火星のサンプルからDNAが検出される可能性は低いと考えています。

でも、今回示されたDNAを検出する感度の高さは、他の天体の地球外生命体をサンプル内から検出するためのベンチマークとなる可能性があります。

また、“ナノポア配列決定法”は分析装置が小型という特徴があります。
砂漠や極地といった極限環境に生息する地球の生命の研究では、物資輸送が困難という問題もあるので、今回の研究結果は極限環境での生命の発見という場面でも生かされるはずです。

一方、本研究では、極めて清浄な環境でも、目的外の生物DNAによる汚染の存在が示されています。
この結果は、医学や薬学、化学など、生物汚染が望ましくない環境での汚染検出に生かされる知見にもなるはずです。


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なぜ、火星の大気に含まれるメタンは1日という短時間で濃度が変化するのか?

2024年03月10日 | 火星の探査
火星の大気には、わずかながらメタンが含まれています。
メタンは自然現象だけでなく生命活動によっても放出されるので、その起源は注目されていました。

ただ、火星のメタンには多くの謎があるんですねー
その1つが、激しい濃度変化を示唆する測定結果です。

そこで、研究チームが考えたのは、火星の大気構造の変化によって、メタンの濃度は1日以内の短時間でも変動するということ。
研究では、比較的簡易なモデルではあるものの計算を実施。
その結果は、これまでの測定結果を裏付けるものになりました。

もし、この研究内容が正しい場合、日の出の直前にメタン濃度の激しい上昇が予測されるので、研究チームではこの時間帯に計測が行われることを期待しています。
この研究は、ロスアラモス国立研究所のJohn P. Ortizさんたちの研究チームが進めています。
図1.NASAの火星探査車“キュリオシティ”。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)
図1.NASAの火星探査車“キュリオシティ”。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)


火星のメタンは自然現象と生命活動のどちらで生じたのか

単純な炭化水素であるメタンは、火山活動や岩石の成分変化などの自然現象によって放出されています。

一方、メタンは微生物が代謝を行うことでも放出されることが知られていて、地球では自然現象によって発生するメタンよりも、生物活動に由来するメタンの方が多く放出されています。

火星の大気にも、体積にして約24億分の1という極めてわずかな割合ですが、メタンが含まれています。
でも、火山活動に関連して放出される他の分子が見つからす…
このことを合わせると、メタンの存在は火星に独自の生命が存在していて、現在でも活動しているかもしれないという予備的な証拠となります。

ただ、現在火星で活動している、または将来予定されている探査機の計測装置では、同位体比の測定のようなより確度の高い証拠は評価できないんですねー
なので、今のところ生命の存在を決定することもできていません。
図2.火星のメタンが自然現象と生命活動のどちらで生じているのかは分かっていないが、いずれにしても地下に発生源があると考えられている。メタンは地下の割れ目や断層を通じて地表へと漏れ出ている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図2.火星のメタンが自然現象と生命活動のどちらで生じているのかは分かっていないが、いずれにしても地下に発生源があると考えられている。メタンは地下の割れ目や断層を通じて地表へと漏れ出ている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)


激しく変動する火星大気に含まれるメタンの濃度

このため、当面は現時点で利用可能なデータから、メタンの発生源や起源を推定する研究が進められています。
どのような原因で生じているにしても、メタンは地下に発生源があると考えられていますが、それ以上の詳細はよく分かっておらず、多くの謎を抱えています。

謎の一つは、火星大気のメタン濃度が激しく変動することです。

火星大気中でのメタンの寿命は約330年だと考えられています。
なので、例え発生源が局所的だったとしても、メタンは火星全体に拡散することができます。

でも、実際のメタンの濃度は火星の北半球が夏の終わりを迎える頃に最大になることが分かっています。
このことは、NASAの火星探査車“キュリオシティ”によって継続的に測定されたデータに基づくものですが、その理由は分かっていません。

また、季節と連動した長期的な変化以外に分かってきたのが、1日以内の短時間でも変化する可能性があることです。

“キュリオシティ”は火星大気中のメタンを見つけたものの、ヨーロッパ宇宙機関とロスコスモスの火星探査機“トレース・ガス・オービター(TGO)”は、高高度大気中でのメタンの検出には失敗しています。

この違いについては、“トレース・ガス・オービター”が昼間に計測を行うのに対して、“キュリオシティ”は主に夜間に計測を行うためだと推定されています。
実際、“キュリオシティ”も昼間に測定を行った際にはメタンの検出に失敗しています。

こうした大気中のメタン濃度の変化についてのプロセスは不明です。
でも、安定なメタン分子を効率的に破壊する未知のプロセスか、もしくはメタンを吸収する何らかのプロセスがあることを示唆しています。


地下奥深くにあるメタンが大気中へ放出されている

そこで、研究チームが考えたのは、メタン濃度の変化の理由が火星大気の気圧変化と循環にあるということでした。
そして、このことを検証するためのモデルを作成しています。

メタンは火星の地下、それも地表付近ではなくかなり深いところに発生源があり、亀裂を通じて大気中へ放出されると考え、継続した研究を行うことになります。
図3.気圧ポンピングによるメタンの移動のメカニズム。地下にあるメタンは気圧が低い時には割れ目を通じて上昇し、気圧が高い時には押し戻される。ただ、メタンの一部は岩石の微細な隙間に吸着されてそれ以上地下に行かなくなるので、地下に押し戻される量よりも地表へ上昇する量の方が多くなる。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図3.気圧ポンピングによるメタンの移動のメカニズム。地下にあるメタンは気圧が低い時には割れ目を通じて上昇し、気圧が高い時には押し戻される。ただ、メタンの一部は岩石の微細な隙間に吸着されてそれ以上地下に行かなくなるので、地下に押し戻される量よりも地表へ上昇する量の方が多くなる。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
研究チームが推定した火星のメタン濃度の変化は次のようなものでした。

気圧が低くなると、地下のメタンは亀裂を通じて上昇する。
一方、気圧が高くなるとメタンは亀裂を通じて地下へと戻されるが、その一部は岩石やレゴリスの微細な隙間に吸着されるので、全てが地下へと戻る訳ではない。
この出入りの差により、地下奥深くにあるメタンは地下から大気中へと放出される。
このプロセスは“気圧ポンピング(Barometric Pumping)”と呼ばれます。


大気中へと放出されたメタンの挙動

また、大気中へと放出されたメタンの挙動も気圧の変化で説明ができます。

メタンは気圧が低くなると地表から上空へと上昇し、気圧が高くなると上空から地表へと下降します。
上空は地表よりも体積が大きいので、上昇したメタンの濃度は相対的に薄くなります。

火星の大気は地球よりも安定しているので、気圧変化の原因は昼間と夜間の気温差であることがほとんどです。
昼間は気圧が低くなって上昇気流が発生し、メタンは上空へと拡散し濃度が低下します。
これが、“トレース・ガス・オービター”や“キュリオシティ”が昼間にメタンの検出に失敗した理由になります。

一方、夜間は気圧が高くなって下降気流が発生し、メタンは地表に留まりやすくなります。
これが、“キュリオシティ”が夜間にメタンを検出した理由になります。

一方で、季節による変動は気圧の変化に加えて大気循環の変化や気温の変化も関係していると推定されます。

火星の大気循環モデルは、完全に理解されているわけではありません。
でも、夏と冬では地表と接する循環の厚さ(大気境界層)が変化すると予測されます。

また、気温が高いと岩石やレゴリスに吸着したメタンが逃げやすくなります。

これらを合わせると、夏のメタン濃度は冬と比べて高くなります。
北半球の夏に最大濃度を記録するのは、北半球と南半球で発生源に偏りがあるためと考えられています。
図4.今回のモデルで推定された、季節ごとのメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夏の濃度上昇と、秋の穏やかな低下を予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図4.今回のモデルで推定された、季節ごとのメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夏の濃度上昇と、秋の穏やかな低下を予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)

図5.今回のモデルで推定された、1日のメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夜間に濃度が高く、昼間に濃度が低いことを予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図5.今回のモデルで推定された、1日のメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夜間に濃度が高く、昼間に濃度が低いことを予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)


特徴的なメタン濃度の変化を計測するタイミング

今回の研究では、簡単な1次元モデルを作成し、測定されたメタン濃度を説明可能かどうかを検証。
その結果、かなり簡単なモデルでありながらも、1日以内の変化と季節による変化について、両方ともよく説明することができました。

一方、今回の研究では、モデルで計算されたメタン濃度と、実際の測定値に大きなズレが生じる時間的タイミングも見つけています。
これは、モデルが簡単すぎて再現が出来ていないだけという可能性もありますが、現在利用可能な計測データからは推定できない他の可能性も排除できません。

メタン濃度を測定可能であり、かつ長期的にデータが計測されている“キュリオシティ”は、すでに運用開始から10年以上が経過していて、間もなく寿命を迎えるかもしれません。

“キュリオシティ”の気体成分計測装置は機械的負荷と電力負荷の両方が大きいので、負荷を抑えるためには計測回数を最小限にする必要がありそうです。

研究チームでは、大気中のメタン濃度の変化が気圧や大気循環によって起きるとした場合、特徴的なメタン濃度の変化があると推定。
今回のモデルでは、日の出の直前に当たる朝の4時から7時にかけて、メタン濃度の急激な上昇が生じることが推定されました。

この変化は特に、北半球の夏に顕著であると指定されます。
このため、この時期に絞ってメタン濃度の計測を行うことで、今回の研究結果が正しいかどうかを検証することができるはずです。

実は、今回の研究論文が書かれた時、ちょうど火星の北半球が夏を迎えていました。
今は、その時期を過ぎていて、秋は穏やかにメタン濃度が減少します。
もしも研究チームが提案するような計測が行われた場合、適切なタイミングはこれから検討されるでしょう。


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太古の温暖な火星環境では生命の材料分子が効率的に生成されていた! “大気の光化学モデル”を用いて発見

2024年03月01日 | 火星の探査
今回の研究では、太古の火星大気に含まれる、アミノ酸などの生命材料分子の原料となる重要分子“ホルムアルデヒド”の生成量を推定しています。

用いられたのは、“大気の光化学モデル”という、大気中の化学物質の反応と変化を計算するためのモデル。
その結果、ホルムアルデヒド分子が太古の火星の温暖な時代に、継続的に生成されていたことが示されました。

この研究成果は、東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻の小山俊吾大学院生、同・寺田直樹教授、同・理学研究科 地学専攻の古川善博准教授たちの共同研究チームによるもの。
詳細は、英オンライン総合学術誌“Scientific Reports”に掲載されました。
図1.太古の温暖な火星でホルムアルデヒド(H2CO)が大気中で生成され、海の中で生命の材料分子に変換されるプロセスの概念図。(Credit: Shungo Koyama)
図1.太古の温暖な火星でホルムアルデヒド(H2CO)が大気中で生成され、海の中で生命の材料分子に変換されるプロセスの概念図。(Credit: Shungo Koyama)


太古の火星に存在した温暖な環境

現在の火星は、赤道付近なら夏場に0℃を上回ることもあります。
でも、平均すると約-70度という、地球上と比べてとても寒冷な環境になっています。

ただ、火星の表面には、水が流れた跡と考えられる地形“バレーネットワーク”が残されていたり、鉱物中の地球化学的な証拠から、約38~36億年前の太古の火星には、液体の水や海が存在し得る温暖な時代があったと考えられています。

また、火星は地球よりも小型なので、惑星として出来上がった直後の全面が溶融したマグマオーシャンの時代から地球よりも早く冷え、生命が存在し得る温暖な環境になったと見られています。
そのような太古の火星では、液体の水の存在から、地球よりも先に生命が発生した可能性があると考えている科学者もいます。

でも、地球型の生命が誕生するのに必須なのは、水に加え、アミノ酸などの生命の材料分子です。
そう、単に液体の水があるだけでは生命の誕生は不可能なんですねー

なので、火星における生命の可能性を解明するには、生命の材料分子が存在する可能性を明らかにする必要があります。

そこで、カギを握るのが、生命の材料分子である糖やアミノ酸の原料となる重要な分子として知られるホルムアルデヒドです。
でも、太古の火星でホルムアルデヒドがどのくらい生成し得るかは、これまで分かっていませんでした。


温暖な時期に限って生命の材料分子が継続的に生成されていた

今回の研究では、“大気の光化学モデル”を用いて、太古の火星大気を模した条件下で、ホルムアルデヒドの生成量を計算しています。

計算の結果として導き出されたのは、火山から噴出される水素が一定以上存在すれば、約40億年前から30億年前の広い時代で、多くのホルムアルデヒドが大気中の化学反応によって生成されていたこと。
特に、約38~36億年前の温暖な時期に、ホルムアルデヒドが最も効率的に生成されることが示されました。

また、生命の起源に重要な役割を果たしたと考えられている、“リボ核酸(RNA)”の構成要素“リボース”という糖についても調査しています。

この研究では、今回計算されたホルムアルデヒドの生成量を元に、これまで行われてきたホルムアルデヒドから糖を合成する化学反応“ホルモース反応”の実験データを組み合わせ、太古の火星の海中における“リボース”の生成量を推定。
その結果、太古の火星の温暖な時期に限って、“リボース”に代表される生命の材料分子である糖が継続的に生成されていた可能性が示されました。

火星は、人類がこれまで最も多くの探査機や着陸機、探査車などを送り込んできた惑星です。
現在も複数の探査機や着陸機、探査車が軌道上と地表で活動中で、NASAが送り込んだ“キュリオシティ”や“パーサビアランス”などの探査車による地質調査によって、今回推定された時代の有機物の特徴も明らかにされつつあります。

今後、研究チームでは、今回生成することが推定できたホルムアルデヒドの同位体などの特徴から、当時の地層に堆積した有機物の特徴を推定。
これを、探査によって得られたデータと比較することで、当時の火星でどのように有機物生成が進んだのかを、より詳細に明らかにしたいと考えています。

その一環として、火星表面の地形や推定した当時の気候情報と組み合わせ、火星のどこで生命材料分子ができやすかったのかを、明らかにすることに挑むそうです。


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火星の赤道付近には大量の水の氷を含む厚い堆積層が存在している!? その量は火星表面を1.5~2.7メートルの深さで覆うのに十分

2024年02月15日 | 火星の探査
今回の研究では、火星の“メデューサエ溝状層(MFF; Medusae Fossae Formation)”と呼ばれる地域に、水の氷を含む厚い堆積層が存在する証拠を発表しています。

堆積層の厚さは最大で3.7キロもあり、火星全体を厚さ1.5~2.7メートルで覆えるほど大量の水が氷として存在する可能性があるようです。
この研究は、スミソニアン協会のThomas Wattersさんを筆頭とする研究チームが進めています。
研究の成果をまとめた論文は、“Geophysical Research Letters”に掲載されました。
図1.火星のメデューサエ溝上層(MFF; Medusae Fossae Formation)の位置を示した図。メデューサエ溝上層はオリンポス山(Oiympus Mons)の南西、赤道(Equator)のすぐ南に位置している。画像の色は標高に応じて着色されている。(Credit: ESA)
図1.火星のメデューサエ溝上層(MFF; Medusae Fossae Formation)の位置を示した図。メデューサエ溝上層はオリンポス山(Oiympus Mons)の南西、赤道(Equator)のすぐ南に位置している。画像の色は標高に応じて着色されている。(Credit: ESA)


赤道から数度しか離れていない水の氷を含む堆積層

ヨーロッパ宇宙機関によると、メデューサエ溝上層は風食作用で形成された高さ数キロの地形が、差し渡し数百キロにわたって広がる地域。北半球の低地と、南半球の高地のちょうど境界付近に存在します。

注目すべき点はその緯度です。
水や二酸化炭素の氷が堆積している北極や南極といった極冠とは異なり、メデューサエ溝上層は赤道から南に数度しか離れていません。

これまで、メデューサエ溝上層に堆積層が存在することは知られていました。
でも、何でできているのかまでは分かっておらず、火山灰や砂塵(ダスト)が堆積している可能性も考えられていました。
図2.火星の赤道付近に埋蔵されているとみられる水の氷を含む堆積層の分布と推定される厚さを示した図(堆積層を覆う物質の厚さを300メートルと見積もった場合)。堆積層の厚さは最大で3キロ近くに達していることが分かる。(Credit: Planetary Science Institute/Smithsonian Institution)
図2.火星の赤道付近に埋蔵されているとみられる水の氷を含む堆積層の分布と推定される厚さを示した図(堆積層を覆う物質の厚さを300メートルと見積もった場合)。堆積層の厚さは最大で3キロ近くに達していることが分かる。(Credit: Planetary Science Institute/Smithsonian Institution)
2007年にメデューサエ溝状層の堆積層を報告した研究チームも率いていたWattersさんは、ヨーロッパ宇宙機関の火星探査機“マーズ・エクスプレス”に搭載されている地下探査レーダー高度計“MARSIS”を使って、メデューサエ溝上層の観測を行ってきました。

当初、“MARSIS”のデータから推定された堆積層の厚さは最大2.5キロ。
でも、最新の観測によって明らかになったのは、南極冠騒擾堆積物(SPLD)の最大の厚さに匹敵する最大3.7キロもあることでした。

また、堆積物はレーダー波に対して比較的透明で密度が低く、極冠と同様に層状の氷が堆積していることを、最新のデータは示していました。
図3.ヨーロッパ宇宙機関の火星探査機“マーズ・エクスプレス”に搭載されている地下探査レーダー高度計“MARSIS”による観測範囲(上の白線)と観測データ(下)を示した図。表面を乾燥した物質(砂塵もしくは火山灰)に覆われた2つの山塊は水の氷で満たされている可能性がある。(Credit: CReSIS/KU/Smithsonian Institution)
図3.ヨーロッパ宇宙機関の火星探査機“マーズ・エクスプレス”に搭載されている地下探査レーダー高度計“MARSIS”による観測範囲(上の白線)と観測データ(下)を示した図。表面を乾燥した物質(砂塵もしくは火山灰)に覆われた2つの山塊は水の氷で満たされている可能性がある。(Credit: CReSIS/KU/Smithsonian Institution)
今回の研究では、この堆積物の新たな観測結果とモデルを使って分析しています。
すると、火山灰や砂塵だけが堆積すると自重で圧縮されてしまうので、実際に観測された堆積層の厚さと低密度の両方を説明できないことが分かります。

そこで、研究チームが考えているのは、メデューサエ溝上層の堆積層では、氷を含む砂塵が厚く堆積した層の上を、深さ300~600メートルの乾いた物質の層(砂塵もしくは火山灰)が覆っているということです。

スミソニアン協会によると、メデューサエ溝上層に氷として埋蔵されている水の量は、北極冠騒擾堆積物(NPLD)の最大50%で、北米大陸の五大湖の総水量を大きく上回り、火星の表面を1.5~2.7メートルの深さで覆うのに十分な量と推定されています。

メデューサエ溝状層に氷を含む堆積層が残された頃の火星は、自転の傾きが今とは異なり、現在の赤道付近が寒冷で極地が温暖だったと考えられています。
図4.推定されるメデューサエ溝状層(Medusae Fossae Formation:MFF)の断面図。下の画像が上の画像の白線部分(概ね北北西~南南東)における地下の推定構造を示している。表面(赤)の下には乾いた物質の層(オレンジ)があり、その下には水の氷を含む厚い堆積層(青)が存在するとみられている。(Credit: CReSIS/KU/Smithsonian Institution)
図4.推定されるメデューサエ溝状層(Medusae Fossae Formation:MFF)の断面図。下の画像が上の画像の白線部分(概ね北北西~南南東)における地下の推定構造を示している。表面(赤)の下には乾いた物質の層(オレンジ)があり、その下には水の氷を含む厚い堆積層(青)が存在するとみられている。(Credit: CReSIS/KU/Smithsonian Institution)


将来の火星探査において注目される堆積層

火星の地下に埋蔵されているとみられる水の氷は、様々な観点から注目されています。

水は人間の生存や生活に欠かせない物質の一つで、電気分解により得られる水素と酸素はロケットエンジンの推進剤として利用できるので、将来の有人火星探査では現地で氷を採掘することも検討されています。

また、掘り出された氷からは、古代の火星の気候に関する情報が得られたり、過去の(場合によっては現在の)生命の痕跡が見つかったりする可能性もあります。

こうした事情もあって、メデューサエ溝上層は火星探査において特に注目される地域の一つとなる可能性があります。

赤道のすぐ近くに位置するメデューサエ溝状層では、温度の維持に必要なエネルギーが比較的少なくて済みます。
さらに、標高が比較的低いということは、大気を利用して探査機や着陸船を減速しやすいことになります。

埋蔵量の多さは、スペースXのイーロン・マスクCEOが掲げる火星入植のような事業でも注目されるはずです。
厚さ数百メートルの砂塵の下に眠っているかもしれない氷の発見は、将来の火星探査の行方を大きく左右することになるのかもしれませんね。


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火星大気の散逸に影響しているかも? 太陽コロナ質量放出が大気に与える影響を米中の火星探査機が観測

2023年11月21日 | 火星の探査
今回の研究では、アメリカと中国の火星探査機により、太陽コロナ質量放出(CME)が火星大気に与える影響を観測しています。

太古の火星には厚い大気があり、気候は温暖で、その表面には大量の液体の水が存在した時期があったと考えられています。
この研究で分かってきたのは、太陽コロナ質量放出による影響により大気が散逸した可能性があること。
火星を温暖で住みやすい惑星から、今日のような乾燥した過酷な世界に変える役割を果たしたようです。
この研究成果は2023年8月8日付で“The Astrophysical Journal”に掲載されています。
図1.NASAの火星探査機“MAVEN”によってとらえられた火星北半球の紫外線が増。(Credit: NASA/LASP/CU Boulder)
図1.NASAの火星探査機“MAVEN”によってとらえられた火星北半球の紫外線が増。(Credit: NASA/LASP/CU Boulder)

太陽コロナ中のプラズマが大量に放出される突発的な現象

太陽活動に伴って太陽コロナ中のプラズマが大量に放出される突発的な現象が、太陽コロナ質量放出です。
太陽コロナ質量放出が、太陽風と相互作用しながら惑星間空間を伝播していくと惑星間コロナ質量放出(ICME)と呼ばれます。
図2.NASAの太陽観測衛星“SOHO”によってとらえられた2000年11月に発生した2つのコロナ質量放出。(Credit: ESA/NASA/SOHO)
図2.NASAの太陽観測衛星“SOHO”によってとらえられた2000年11月に発生した2つのコロナ質量放出。(Credit: ESA/NASA/SOHO)
惑星間コロナ質量放出が地球に到達すると、地磁気が一時的に弱まる現象“磁気嵐”が発生することがあります。

磁気嵐は規模が大きくなると、極域で見られるオーロラが活発になるだけでなく、低緯度の地域でもオーロラを見れることができたりします。
大規模な磁気嵐は、私たちの生活とも密接に関連していて、地上の送電設備や人工衛星へ障害を与えることもあります。

地球の大気は強力な磁場によって保護されているので、多くの場合惑星間コロナ質量放出が地球上の人間や社会活動に大きな影響を及ぼすことはありません。

でも、宇宙空間では状況が異なってきます。
惑星間コロナ質量放出により発生した高エネルギー粒子によって、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在している宇宙飛行士は被爆する危険性が高まり、人工衛星や搭載機器が損傷する可能性もあります。

一方、固有の磁場が存在しない現在の火星では、大気は磁場によって保護されていません。
そのため、将来の火星ミッションにおける、惑星間コロナ質量放出の影響と“火星への航海”や“火星での居住可能性”との関連は重要な課題になります。

火星大気の進化

今回の研究では、惑星間コロナ質量放出が火星の大気に及ぼす影響を調べています。

2021年12月4日に太陽で発生した太陽コロナ質量放出は惑星間コロナ質量放出となり、第1回水星スイングバイを行ったばかりの“ベピコロンボ”の探査機(※1)を通過。
その後、12月10日に火星に到達しています。
※1.“ベピコロンボ”はJAXAとヨーロッパ宇宙機関が共同で推進する水星探査ミッション。それぞれの周回探査機が飛行を担当するヨーロッパ宇宙機関の電気推進モジュールに搭載され水星を目指している。
惑星間コロナ質量放出の到達を待ち構えていた中国国家航天局の火星探査機“天問1号”(※2)は太陽に照らされた火星の昼側から、NASAの火星探査機“MAVEN”(※3)は夜側から観測を実施しました。
※2.“天問1号”は中国が2020年に打ち上げた火星探査機。
※3.“MAVEN”はNASAが2013年に打ち上げた火星探査機。火星の上層大気を中心に観測することを目的としている。
図3.惑星間コロナ質量放出の中国国家航天局の火星探査機“天問1号”とNASAの火星探査機“MAVEN”の軌道図。水星探査ミッション“ベピコロンボ”の探査機は、太陽に近い位置から惑星間コロナ質量放出の通過を確認している。(Credit: Yu et al. 2023)
図3.惑星間コロナ質量放出の中国国家航天局の火星探査機“天問1号”とNASAの火星探査機“MAVEN”の軌道図。水星探査ミッション“ベピコロンボ”の探査機は、太陽に近い位置から惑星間コロナ質量放出の通過を確認している。(Credit: Yu et al. 2023)
惑星間コロナ質量放出が火星の昼側に到達すると、太陽風の動圧によって火星の電離層は圧縮され、プラズマ密度が急激に変化する“電離層界面”の高度が数日かけて徐々に低下していきます。
一方、“MAVEN”は夜側に存在するイオンの大幅な減少を測定しています。
図4.惑星間コロナ質量放出の火星の電離層に対する影響の概要。点線は電離層界面の高度、実線は電離層プラズマの密度を示す。(Credit: Yu et al. 2023)
図4.惑星間コロナ質量放出の火星の電離層に対する影響の概要。点線は電離層界面の高度、実線は電離層プラズマの密度を示す。(Credit: Yu et al. 2023)
地球の通常の状態では、電離層のプラズマの一部が夜側に移動します。
でも、火星の場合はイオンが惑星間コロナ質量放出によって押し流され、大気から宇宙空間に流出したことを示唆しています。

火星の大気はごく一部しかイオン化していないので、惑星間コロナ質量放出によって散逸した大気はごく少量に留まるようです。
ただ、数十億年にわたるタイムスパンを考慮すると、惑星間コロナ質量放出による複合効果はより大きくなる可能性があります。

太古の火星には厚い大気があり、気候は温暖で、その表面には大量の液体の水が存在した時期があったと考えられています。
イオンの大気からの散逸は火星大気の進化を形作った可能性が高く、火星を温暖で済みやすい惑星から、今日のような乾燥した過酷な世界に変える役割を果たしたと考えられます。

近年、太陽活動に伴う“宇宙天気”が注目を集めています。
今回の研究は、惑星間コロナ質量放出の強力な磁場と高い動圧がもたらす宇宙天気が、火星の大気に及ぼす影響を浮かび上がらせてくれたと言えますね。


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