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129憶光年彼方のクエーサーから強烈に噴き出す分子ガスを発見! 分子ガスのアウトフローが銀河の星形成を抑制していた

2024年02月20日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、アルマ望遠鏡(※1)を用いた観測により、129憶光年彼方の銀河(※2)で明るく輝くクエーサー“J2054-0005”からの強力な分子ガスのアウトフローをとらえることに成功。
そのアウトフローが、初期宇宙の銀河の成長に大きな影響を与えていた強い証拠を、世界で初めて発見しています。
※1.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。

※2.今回の天体の赤方偏移の値はz=6.04。これを元に最新の宇宙論パラメータ(H0=67.7km/s/Mpc, Ωm=0.3111, ΩΛ=0.6889)で距離を計算すると、129億光年になる。
現代の宇宙では、星形成が不活発な巨大銀河の存在が知られています。
その原因として理論的に考えられているものの一つが、銀河からのガスの噴き出し“アウトフロー”です。

ただ、これまで宇宙初期のクエーサーにおいて、分子ガスのアウトフローが観測された例はわずか2天体しかなく、その2天体で観測されたアウトフローは星形成の進行を左右し銀河の成長に影響を及ぼすほど強いものではありませんでした。

本研究では、クエーサー“J2054-0005”からの分子ガスのアウトフローを、分子ガス中のヒドロキシルラジカル(OH)分子から作る“影絵”として検出することに成功。
影絵の様子を詳しく調べて分かったのは、星の材料となる分子ガスが銀河の外へ激しく噴き出していることでした。
その速度は毎秒1,500キロにも達し、流出している分子ガスは1年間当たり太陽質量の1,500倍に相当する莫大な量になります。
さらに、この流出量が、銀河の中で新たに作られる星の量と比べて大きいことも明らかになります。

この銀河からは、1000万年ほどで星の材料となる分子ガスが枯渇し、新たな星が作られにくくなると考えられます。
今後、より多くの銀河を観測することで、さらなる初期宇宙の銀河成長メカニズムの解明に期待できそうです。

本研究の成果は、分子ガスの噴き出し“アウトフロー”が銀河の星形成を抑制するという理論予測を裏付ける重要なもの。
本研究の成果は、日本時間2024年2月1日(木)のアストロフィジカルジャーナル誌に掲載される予定です。
この研究は、北海道大学高等教育推進機構のDragan SALKA(サラク=ドラガン)助教、筑波大学数理物質系の橋本拓也助教、早稲田大学理工学術院の井上昭雄教授を中心とする研究チームが進めています。
図1.宇宙初期の銀河中心で明るく輝くクエーサー“J2054-0005”から噴き出す分子ガスのアウトフローを、アルマ望遠鏡で“影絵”としてとらえているイメージ図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
図1.宇宙初期の銀河中心で明るく輝くクエーサー“J2054-0005”から噴き出す分子ガスのアウトフローを、アルマ望遠鏡で“影絵”としてとらえているイメージ図。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)


銀河における星形成の抑制メカニズム

現在の宇宙では、星を活発に作っている渦巻銀河や、星形成を終えた楕円銀河の存在が知られています。
でも、銀河でいつどのようにして星が作られにくくなるのかは、現代の天文学の大きな謎になっているんですねー

実は、宇宙誕生後わずか15億年頃には、すでに星形成が不活発な巨大銀河が存在していたことが知られていました。
このような不活発な銀河は、過去に星形成が活発な時期を経て、何らかの原因によって星形成が抑制されたと考えられています。

その原因として理論的に考えられているものの一つが、銀河からのガスの噴き出し“アウトフロー”です。
例えば、現在の宇宙では、ガスが銀河円盤の上下に噴き出すアウトフロー現象が観測されています。
分子ガスは星の材料なので、特に分子ガスのアウトフローは星形成の進み具合を調節する大切な働きをしています。

そこで、星形成の抑制メカニズムを明らかにするには、遠方つまり初期の宇宙に遡って、星形成とアウトフローの関係を調べることが重要になります。

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍もの質量を持つ超大質量ブラックホールが存在していることが知られています。
特に、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体は、クエーサーと呼ばれています。
銀河の初期形態とも考えられていて、遠方にあるにもかかわらず明るく見えています。

宇宙初期のクエーサーは星形成が活発であり、超大質量ブラックホールの影響も相まって、強烈な分子ガスのアウトフローを生み出している可能性があります。

でも、これまで宇宙初期のクエーサーにおいて分子ガスのアウトフローが観測された例は、わずか2天体しかありませんでした。
その2天体で観測されたアウトフローは、星形成の進行を左右し銀河の成長に影響を及ぼすほど強いものではありませんでした。


ガスの動きを吸収線の光のドップラー効果として観測

今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いて129億光年彼方に位置するクエーサー“J2054-0005”を観測しています。

“J2054-0005”は、宇宙年齢10億年未満の時代において、最も明るく輝くクエーサーのひとつ。
このような明るい天体は観測し易いという利点があります。

分子ガスの動きは、分子の放つ電波の波長の変化として観測できます。
電波観測では、光のドップラー効果によって、私たちの方へ動いているガスが発する電波(光の一種)の波長は短く(青く)なり、遠ざかるガスからの電波の波長は長く(赤く)なります。
なので、この波長の変化量を測定することで、銀河の中でのガスの動きを知ることができる訳です。
一酸化炭素(CO)などが放つ“輝線”が、分子ガスの観測によく用いられます。

でも、銀河から噴き出すアウトフローを観測する場合、銀河本体の回転による放射信号の方が大きいんですねー
アウトフローによる放射信号が弱くて検出できないことなど、複雑な要因が絡み合い、観測は難しくなります。
このため、これまでのCOなどの輝線の観測では、クエーサー“J2054-0005”からのアウトフローは検出されていませんでした。

一方、クエーサーの発する連続波(様々な波長の混ざった光)のうち、観測者から見て手前側にあるガスが固有の波長の電波を吸収することによって生じる“吸収線”をいわば“影絵”のように観測すれば、輝線観測の場合にある複雑な要因がなく、ガスの動きを吸収線の光のドップラー効果として観測ができます。
ただ、当該の波長の強度が強い連続波光源がガスの背後にある必要があります。

ヒドロキシルラジカル(OH)分子の119マイクロメートル(=0.119ミリメートル)の吸収線は、こうした観点から今回の観測に適していて、これを観測することでクエーサー“J2054-0005”からのアウトフローを初めて検出し、速度も正確に求めることに成功しています。

本研究は、アルマ望遠鏡だからこそ実現できた成果と言えます。
遠方の天体が放つ光や電波は微弱なので、観測するには高い感度を持つ望遠鏡が必要になります。
また、宇宙は膨張しているので、遠方の天体からの光や電波の波長は長く引き伸ばされることになります。

今回の研究では、このような観測波長を高い感度で観測できる唯一の望遠鏡であるアルマ望遠鏡を用いたことが、成功へのカギになったと言えます。


理論予想を裏付ける重要な成果

今回の研究では、クエーサー“J2054-0005”からの強力な分子ガスのアウトフローをとらえることに成功しました。
さらに、アウトフローが初期宇宙の銀河の成長に大きな影響を与えていた強い証拠を、世界で初めて発見しています。

図2に示すとおり、分子ガス中のOHによって生じる吸収線を検出しています。
遠方のクエーサーで、これほど高い有意度のOHの吸収線が検出された初めての例になりました。

吸収線の波長から明らかになったのは、アウトフローの速度は典型的に毎秒700キロ、最大で毎秒1,500キロにも達すること。
流出した分子ガスの量は、年間当たり太陽質量の1,500倍ほどに上り、この量は“J2054-0005”が年間当たりに新しく作る星の質量の2倍に相当する莫大なものでした。
今後、およそ1000万年という短い期間で、星の材料となる分子ガスが枯渇していくと予想されています。

本研究は、分子ガスのアウトフローが銀河の星形成を抑制するという理論予想を裏付ける重要な成果と言えます。
図2.分子ガス中のヒドロキシルラジカル(OH)によって生じる吸収線。ガスが放出される場合は、観測者に向かってくるので短い波長に吸収線の中心が移動する(ドップラーシフト)。一方、ガスが落下する場合は、観測者から遠ざかるので長い波長に移動する。今回は吸収線が短い波長に移動しているので放出、つまりアウトフローだと分かった。また、吸収線の幅が大きく広がっているので、アウトフロー中のOH分子は速いものから遅いものまで様々な速度を持ってアウトフローしていることが分かる。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), D. Salak et al.)
図2.分子ガス中のヒドロキシルラジカル(OH)によって生じる吸収線。ガスが放出される場合は、観測者に向かってくるので短い波長に吸収線の中心が移動する(ドップラーシフト)。一方、ガスが落下する場合は、観測者から遠ざかるので長い波長に移動する。今回は吸収線が短い波長に移動しているので放出、つまりアウトフローだと分かった。また、吸収線の幅が大きく広がっているので、アウトフロー中のOH分子は速いものから遅いものまで様々な速度を持ってアウトフローしていることが分かる。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), D. Salak et al.)


銀河の進化と分子ガスのアウトフローの関係

本研究は新しい謎にも繋がっています。

“J2054-0005”では、星形成を抑制するほどの強いアウトフローが認められました。
一方、過去に調べられた2例のクエーサーのアウトフローは、星形成に大きな影響を及ぼすほど強いものではありませんでした。

この違いは何によって引き起こされるのでしょうか?

今後の研究でカギとなるのは、より多くのクエーサーに対してOHを観測することで、星形成を抑制するほど強いアウトフローが起きている銀河の割合を統計的に調査することです。
また、アルマ望遠鏡はアンテナ間を広く離して配置することによって、高い空間分解能を実現できます。

今後、アウトフローが銀河のどこでどのように発生しているかを解明できれば、銀河の進化と分子ガスのアウトフローの関係を、さらに深く理解できると期待されています。


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含まれる暗黒物質の量が少ないから? 天の川銀河の外側の回転速度は他の銀河より遅いことが判明

2024年02月13日 | 銀河・銀河団
銀河の回転速度は、重力の法則によって予測されるものとは異なることが知られています。
このことは“銀河の回転曲線問題”と呼ばれています。

銀河の回転曲線問題は多くの銀河で測定されています。
でも、観測上の困難さから私たちが住んでいる“天の川銀河”では、正確な測定がこれまで実現していませんでした。

今回の研究では、12万個以上もの恒星のデータを元に、3万個以上の恒星の移動速度を推定し、天の川銀河の回転速度を推定しています。
その結果、銀河外縁部の回転速度が予想以上に遅いことが判明しました。

この結果が正しい場合、天の川銀河の中心部には予想よりも少ない量しか“暗黒物質(ダークマター)”が含まれていないことになります。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のXiaowei Ouさんたちの研究チームが進めています。
図1.天の川銀河のイメージ図。(Credit: NASA, JPL-Caltech, ESO & R. Hurt)
図1.天の川銀河のイメージ図。(Credit: NASA, JPL-Caltech, ESO & R. Hurt)


理論と観測で銀河の回転速度が違う“回転曲線問題”

ある重力源を中心として天体が公転する場合、その速度は重力源の強さと距離によって決まります。
このことは、1619年にヨハネス・ケプラーによって“ケプラーの法則”として示されています。

例えば、太陽系の場合だと、水星は約47km/sで公転していますが、地球は約30km/s、海王星は約5km/sと、太陽から遠ざかるに従ってどんどん遅くなっています。

このことは銀河に対しても当てはまるはずです。

銀河は多くの天体が集合してある程度の大きさを持っているので、中心部の太陽のみが重力源とみなせる太陽系ほど単純に計算はできません。
それでも銀河内の各位置での重力の強さは計算できます。
このため、ケプラーの第3法則を基本とした計算が可能になります。

この重力の強さは、銀河の明るさを元に、恒星の質量を推定することで得ることができます。
図2.銀河“M33”の回転曲線。理論的に予測される回転曲線(点線)は、観測で示された回転曲線(実線)とは大幅にズレていることが分かる。(Credit: Stefania.deluca)
図2.銀河“M33”の回転曲線。理論的に予測される回転曲線(点線)は、観測で示された回転曲線(実線)とは大幅にズレていることが分かる。(Credit: Stefania.deluca)
でも、銀河の恒星の移動速度が観測できるようになった1930年代から1950年代になると、この予測と矛盾する結果が出てくるようになるんですねー

ケプラーの第3法則で計算すると、恒星の移動速度は銀河の中心から離れれば離れるほど遅くなるはずでした。
でも、実際の観測で得られたのは、中心付近と外縁部で移動速度がほぼ変化しないという結果です。
一部の銀河では、外側に向かうとむしろ移動速度が上昇するという例すら見つかっています。

理論で得られる回転速度のグラフと、実際の回転速度の測定結果のグラフが大幅に食い違うことから、このことは“銀河の回転曲線問題”と呼ばれることになります。
回転曲線問題は、1970年代にはほぼ確定的な問題となり、現在でも宇宙論における主要な未解決問題の一つになっています。


直接観測することができない物質の重力効果

銀河の回転曲線問題を解決するために提唱された説はいくつかあります。
中でも、最も広く支持されているのは“暗黒物質(ダークマター)”の存在です。

そもそも、暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。
銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かるんですねー

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“暗黒物質説”の始まりになっています。

正体不明の暗黒物質ですが、その存在は銀河の回転速度以外の観測方法でも証拠が見つかっています。
なので、存在すること自体はほぼ間違いないのではないかとされています。

ただ、暗黒物質の正体は何なのかを探る研究は、何十年も続いているにもかかわらず、ほとんど進展がない状態です。
いずれにしても、回転速度を通じて銀河に含まれる暗黒物質の量や分布を推定することは、暗黒物質の正体を絞り込むことに繋がるはずです。


天の川銀河の回転速度を測定する

意外なことかもしれませんが、私たちが住む天の川銀河の回転速度の測定は困難で、近年まであまり正確な値が測定されていませんでした。

銀河の回転速度は、恒星の移動速度を元に計算されています。

天の川銀河以外の銀河にある恒星の場合、地球から恒星までの距離は銀河までの距離とイコールなので問題になりません。
でも、太陽系が属する天の川銀河の場合、恒星までの距離は地球に近いものから遠いものまで様々な値を取ります。

地球は天の川銀河の中ほどに存在するので、銀河の外縁部に存在する恒星は地球からの距離も遠くなります。
この場合、見た目の位置変化がほとんど無くなるので、恒星の移動速度を測定することは難しくなってしまいます。

天の川銀河が回転する速度を正確に測定するには、恒星の位置や距離を極めて正確に観測し、しかもそのデータが多数揃うことで初めて実現します。
今回の研究も、恒星の位置に関する多数の正確な測定データがあってこそ実現したものです。

特に利用されたのは、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”(※1)の3次元位置データでした。
“ガイア”は多数の恒星を一度に観測し、その正確な位置データを取得しています。
※1.“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
その他に“スローン・デジタルスカイサーベイ(SDSS)”(※2)、“2μm全天サーベイ(2MASS)”(※3)、NASAの赤外線天文衛星“WISE”の観測データも使用されています。
※2.スローン・デジタル・スカイ・サーベイは、アメリカ・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡を使った3次元宇宙地図作成プロジェクト。

※3.1997~2000年にかけてアメリカ・アリゾナ州のホプキンス山天文台と、南米チリのセロトロロ汎米天文台の望遠鏡を使った近赤外線波長域における初の全天サーベイ観測プロジェクト。
図3.今回の研究で移動速度が調べられた3万3335個の恒星のプロット図。1つの矢印は、約1600光年の区域内に存在する恒星の移動速度と方向の平均値。(Credit: Xiaowei Ou, et al)
図3.今回の研究で移動速度が調べられた3万3335個の恒星のプロット図。1つの矢印は、約1600光年の区域内に存在する恒星の移動速度と方向の平均値。(Credit: Xiaowei Ou, et al)
研究では、恒星の観測データを元に天の川銀河の中心からの位置と距離を決定。
その後に恒星の移動速度、最後に天の川銀河そのものの回転曲線を決定しています。

この研究のデータセットは膨大で、位置や距離が調べられた恒星は12万309個、銀河の回転曲線決定するために移動速度が推定された恒星だけでも3万3335個ありました。
この中には、銀河中心部から最大で約8万1000光年離れた恒星も含まれていました。

これらのデータを用いて、中心部から約2万~9万光年の範囲で天の川銀河の回転曲線を推定することに成功しました。


天の川銀河に含まれる暗黒物質は本当に少ないのか

研究結果の一部には驚くべきものもありました。
大部分が他の銀河と一致していた天の川銀河の回転曲線に、中心から約6万5000光年以上の外縁部で急速な低下が見られたからです。

つまり、天の川銀河の最も外側に位置する恒星は、他の銀河の測定によって推定された回転曲線とは一致せず、より遅い速度で公転していることになります。

これは、外縁部の恒星の移動速度が遅くならない原因を、直接観測できない暗黒物質の重力効果に求めたこととは逆の結果と言えます。
そう、外縁部の恒星の移動速度が遅いということは、その分だけ天の川銀河に含まれる暗黒物質の量が少ないということになるんですねー

研究チームによるシミュレーションによれば、銀河中心部の暗黒物質の量がこれまでの予測より少ないと仮定すれば、今回の研究結果を最もよく説明できたそうです。

それを踏まえて再計算すると、今回の研究では暗黒物質を含む天の川銀河全体の質量(ビリアル質量)は太陽の1810億倍になります。
この値は、これまでの推定(一般化NFWプロファイル)である太陽の6940億倍に対して、約4分の1という大幅に少ないものでした。

天の川銀河は宇宙における典型的なタイプの銀河であり、今回の結果は宇宙全体に適用可能なはずでした。
この結果は、これまでの研究と比べてあまりにも大きな違となるので、研究チームでもその取扱いに困っているそうです。

今回の研究結果のように、天の川銀河に含まれる暗黒物質は本当に少ないのでしょうか?
それとも研究手法に何らかの誤りがあって、おかしな結果が導き出されているだけなのでしょうか?
あるいは、暗黒物質による重力効果を必要としない、修正ニュートン力学のような新たな重力理論の兆候なのでしょうか?

このことは、誰にも分かっていません。

研究チームでは、今回の研究で天の川銀河の回転曲線を得ることが可能なことが示されたので、さらなる改善された計算結果や研究手法によって、今回発生した矛盾が解消されるのではないかと期待しています。


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銀河形成シミュレーションでは多くの計算が必要! 超新星爆発の複雑な広がりをAIを用いて高速に再現する手法を開発

2024年02月08日 | 銀河・銀河団
これまでの銀河形成シミュレーションでは、超新星爆発を組み込むと計算コストが極端に増大してしまい、“富岳”のような最新のスーパーコンピュータを用いても、銀河内での超新星爆発の影響を直接的に計算することは困難でした。

そこで今回の研究では、これまでのシミュレーションに替り深層学習を用いて、超新星爆発の広がりを予測する手法を新たに開発。
新たに開発された新技術によって、計算の効率やエネルギー消費の面で大きな改善を実現しています。

この成果は東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 平島敬也大学院生、同・藤井通子准教授、同・理学系研究科 物理学専攻 森脇可奈助教、東北大学大学院 理学研究科 天文学専攻 平居悠 日本学術振興会特別研究員‐CPD(国際競争力強化研究員)、神戸大学大学院 理学研究科 惑星学専攻 斎藤貴之準教授、同・牧野淳一郎教授、モルフォらの共同研究チームによるもの。

詳細は英国王立天文学会が刊行する天文学術誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society”に掲載されました。
図1.AIが超新星爆発を生成するイメージ。(Credit: Butusova Elena, Gorodenkoff/Shutterstock.com、平島敬也(出所:東大Webサイト))
図1.AIが超新星爆発を生成するイメージ。(Credit: Butusova Elena, Gorodenkoff/Shutterstock.com、平島敬也(出所:東大Webサイト))


銀河の形成や進化過程の解明

超新星爆発が分子雲中で発生すると、大量のエネルギーでガスを押しのけてしまいます。
これにより、新しい星の形成が阻まれるのと同時に、一部のガスを加速させ乱流を駆動することで新しい星の形成を促進すると考えられています。

そのため、超新星爆発の影響を正確に理解することが、銀河の形成・進化過程を解明する上で不可欠になっています。

銀河は多数の星、ガス、ダスト(チリ)、およびダークマターなどで構成されています。
その結果、超新星爆発以外にも、重力や流体の動き、冷却など、様々なプロセスによって銀河の進化が駆動されます。
これらの相互作用を単純な方程式だけを使って説明することは困難なので、これまで数値シミュレーションを使って研究が進められてきました。

そうしたシミュレーションでは、銀河全体の約10万光年という巨大なスケールから、数光年単位の細かなスケールまでを対象に計算が行われています。

ただ、天の川銀河のような大型銀河の全体をシミュレーションする際に、超新星爆発の詳細な影響を再現することは、スーパーコンピュータ“富岳”を用いても、計算量や効率性の観点から非常に難しい課題になっていました。


深層学習を用いた3次元数値シミュレーション

今回の研究では、深層学習を用いた動画生成技術を活用。
これにより、3次元数値シミュレーションの結果を、高速に再現する新型モデルを開発しています。
図2.天の川銀河と超新星爆発のスケール比較の図。天の川銀河(左)の円盤の直径は約10万光年で、超新星爆発の際に形成されるシェル(右)は約100光年なので、およそ1000分の1の大きさになる。また、銀河円盤が1回転するのに数億年を要する中、シェルの膨張はわずか数千年という短期間で進行する。(Credit: NASA/JPL-Caltech/ESO/R. Hurt、平島敬也(出所:東大Webサイト))
図2.天の川銀河と超新星爆発のスケール比較の図。天の川銀河(左)の円盤の直径は約10万光年で、超新星爆発の際に形成されるシェル(右)は約100光年なので、およそ1000分の1の大きさになる。また、銀河円盤が1回転するのに数億年を要する中、シェルの膨張はわずか数千年という短期間で進行する。(Credit: NASA/JPL-Caltech/ESO/R. Hurt、平島敬也(出所:東大Webサイト))
今回、開発された新型モデル“3D‐MIM”では、銀河形成シミュレーションの中でも多くの計算リソースを必要とする超新星爆発の部分を、高速に再現することを可能にしています。
特に高速に再現できたのは、分子雲内で起こった超新星爆発に伴うシェル構造が膨張し密度が変化する様子でした。

また、“3D‐MIM”を使用すると、超新星爆発の影響を直接受ける可能性のある領域の大きさを、事前に予測することが可能になります。
その結果、計算上の遅延を引き起こす可能性のある特定のエリアを事前に特定し、そこに特化し最適化されたアルゴリズムで計算を行うことで、計算効率を大幅に向上させることが期待できます。

“3D‐MIM”は、大規模な分子雲内で超新星爆発を発生させたシミュレーションを教示データとして大量に学習済みです。

この教示データの作成に用いられたのは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイII”。
モデルの学習には東大スーパーコンピュータ“Wisteria/BDEC-01 Aquarius”が用いられたほか、モデルの推論の最適化は“富岳”で実施され、“富岳”の推論高速化にはモルフォ製の深層学習推論エンジン“Soft Neuro”が用いられています。

今回の研究で開発された新しい深層学習モデルは、今後銀河形成シミュレーション・コード“ASURA-FDPS”に組み込まれる予定です。
また、“富岳”上では深層学習モデルの最適化作業も進められています。

なお、今回の新たなアプローチにより計算が効率化されると、円盤の直径がおよそ10万光年にも及ぶ天の川銀河のような大型銀河に属する1つ1つの星の動きまでもを、詳細に再現するシミュレーションが可能になるそうです。

今回の研究では、深層学習の推論速度の向上が実現されました。
さらに、“富岳”を用いた実験では、今回開発された新技術によって、計算の効率やエネルギー消費の面で大きな改善が実現されています。

今後、スーパーコンピュータ“富岳”や深層学習などの先進技術を天文学研究に応用していく中で、学術・産業の連携の強化と技術の発展が期待されます。


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天の川銀河の磁場の三次元分布が初めて明らかに! 活発な星形成を引き起こすガスの集積過程が明らかになるかも

2024年01月19日 | 銀河・銀河団
天の川銀河の“いて座銀河腕”内部の磁場構造を初めて三次元的に解明。(Credit: University of Tokyo)
天の川銀河の“いて座銀河腕”内部の磁場構造を初めて三次元的に解明。(Credit: University of Tokyo)

今回の研究では、天の川銀河の渦巻き腕(注1)の一つ“いて座銀河腕”の内部の磁場構造を、三次元的に明らかにすることに世界で初めて成功しています。
注1.天の川銀河は全体がゆっくり回転していて、回転する方向に巻き込まれるような渦巻構造をしていると考えられている(“渦巻銀河”と呼ばれる)。渦巻きの濃く見える部分を“渦巻き腕”と呼び、渦巻き腕にはガスや塵が多く集まっていて、この内部で盛んに新しい星が生まれている。
研究では、いて座の天の川方向の184個の星を広島大学かなた望遠鏡(注2)を用いて精密に観測。
注2.かなた望遠鏡は、広島大学東広島天文台が所有する口径1.5メートルの光学望遠鏡。可視光・赤外線の偏光観測を広い視野で行うことに特化した観測装置“HONIR(広島大可視赤外線同時撮像装置)”を用いて、星からの光が磁場の影響を受けて生じる“偏光”を多くの星について観測する。
観測の結果を、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”(注3)が測定した各星までの正確な距離と組み合わせることで、“いて座銀河腕”の内部の磁場が、星までの距離に応じて天の川の方向から大きく傾いて折り重なるように分布することを、初めて明らかにしました。(図1、図2)
図1.“いて座銀河腕”方向の星間磁場の向きと地球からの距離毎の分布。(左図)星空画像中の白線が一つ一つの星の示す星間磁場の向き。(右図)左図の結果を各星の距離毎に分解し、それぞれの距離の磁場分布を取り出すことに成功した。(Credit: University of Tokyo)
図1.“いて座銀河腕”方向の星間磁場の向きと地球からの距離毎の分布。(左図)星空画像中の白線が一つ一つの星の示す星間磁場の向き。(右図)左図の結果を各星の距離毎に分解し、それぞれの距離の磁場分布を取り出すことに成功した。(Credit: University of Tokyo)
図2.地球からの距離毎の磁場の三次元分布。(Credit: University of Tokyo)
図2.地球からの距離毎の磁場の三次元分布。(Credit: University of Tokyo)
さらに、それぞれの距離で、磁場は乱れることなく非常に滑らかに分布することも分かりました。
注3.“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
この研究では、天の川銀河の磁場を奥行き方向に切り分けて検出する技術を初めて確立することで、これまで全く知られていなかった磁場の三次元分布を明らかにしています。
今後、この手法を用いることで、天の川の中で活発な星形成を引き起こすガスの集積過程について、観測的に明らかにできると期待されています。
この研究の成果は、東京大学大学院 総合文化研究科の土井靖生助教と広島大学宇宙科学センターの川端弘治教授、同・中村謙吾大学院生(研究当時)、香川大学教育学部の松村雅文教授、千葉工業大学 惑星探査センターの秋田谷洋上席研究員たちの国際共同研究チームによるもの。
詳細は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に掲載されました。


宇宙空間に存在するごく弱い磁場“星間磁場”

宇宙空間には、地球の磁場の約10万分の1程度の強度のごく弱い磁場(星間磁場)が存在しています。
その星間磁場の磁力線に沿って集まる傾向にあるのが、宇宙空間に存在するガス(星間ガス)です。
この現象によって、星間ガスの塊、いわゆる星間雲が生まれます。

星間雲は、まるで磁力線に串刺しにされるように生まれ、その形状もこれらの磁力線の影響を受けます。
そして、星間雲の中では、新しい星が生み出されることになります。

つまり、星間磁場は、星間雲の形状だけでなく、それらの中で新しい星が生まれるプロセスも操作する“あやつり糸”ととらえることができます。

星間雲が形成される際に集まる星間ガスは、磁力線に沿って集まりながら、同時に磁力線を引っ張ることで、磁力線の分布に影響を与えます。
なので、星間磁場の磁力線の配置を理解することは、新しい星を生み出すために不可欠な星間ガスの集積の過程やメカニズムを解明する上で貴重な情報源になります。

天の川の中では、たくさんの星が活発に生み出されていますが、その内部で星間磁場がどのように分布しているのかは、これまで分かっていませんでした。
それは、これまでの技術では、星間磁場の様子を視線方向に重なった平均値としてとらえることができなかったためです。

このため、天の川の磁場は、天の川銀河に沿った方向にほぼ揃っていると考えられていました。(図3)
図3.ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”が観測した、天の川の星間雲分布(カラー画像)と磁場構造(白線)。これまでは視線上に重なった天の川の磁場の平均値を観測していて、図に示すように中央を左右に伸びる天の川の方向に揃った磁場構造が知られていた。今回、図中黄色枠の領域を詳しく観測することで、左右方向に揃って一様に分布すると考えられていた磁場構造が、実際には距離毎に大きく傾いた複数の構造の重なりであることを初めて明らかにした。(Credit: University of Tokyo)
図3.ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”が観測した、天の川の星間雲分布(カラー画像)と磁場構造(白線)。これまでは視線上に重なった天の川の磁場の平均値を観測していて、図に示すように中央を左右に伸びる天の川の方向に揃った磁場構造が知られていた。今回、図中黄色枠の領域を詳しく観測することで、左右方向に揃って一様に分布すると考えられていた磁場構造が、実際には距離毎に大きく傾いた複数の構造の重なりであることを初めて明らかにした。(Credit: University of Tokyo)


天の川銀河内部の磁場構造

今回の研究では、天の川銀河の渦巻き腕構造のひとつ“いて座銀河腕”に着目。
天の川銀河内部の磁場構造を明らかにするため、この銀河腕を見通すように観測を行っています。

観測に用いたのは、広島大学かなた望遠鏡に搭載した観測装置“HONIR(オニール)”。
“HONTR”は、広い領域の磁場構造をとらえるのに最適化された観測装置です。

星からの光は、地球に届くまでの間に星間雲を通過します。
その際に、磁場の向きに垂直な方向の光の振動が抑制されることにより、磁場の向きに沿った光の振動が他の方向より大きな状態になります。

これを“偏光”と呼びます。(図4)
“HONIR”を用いて、この偏光を観測することで、星と地球の間にある磁場の様子を知ることができます。

でも、途中に複数の星間雲が存在した場合、それぞれがどのような磁場構造を持っているのかが、これまでは分かりませんでした。

そこで今回の研究では、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”で測定した星までの正確な距離を元に、様々な距離の星々の偏光観測データを組み合わせています。

これにより、途中に存在する複数の星間ガス中の磁場を、正確に取り出す手法を開発。(図4)
この手法を適用することで、天の川内部では、距離毎に揃って天の川の向きから大きく傾いた磁場が、幾度にも折り重なって存在することを初めて明らかにしました。

このことは、天の川の中でどのように星間ガスが集積し、星を生み出すに至るのかを知るための非常に貴重な資料になります。

今後は、滑からな磁場構造の広がりについて、詳しく調査する必要があります。
様々な渦巻き銀河について、その渦巻き腕の内部で等間隔に星形成が進んでいる様子が観測されていて、磁場構造との関連が強く疑われています。
でも、磁場構造が不明ななので確認ができていませんでした。

研究グループでは、観測範囲を広げて天の川の渦巻き腕内部の磁場構造を大局的に明らかにし、天の川中の活発な星形成を引き起こすガスの集積やその履歴について観測的に明らかにしていくよう様です。
図4.様々な距離の星からの光の観測による、視線上に折り重なった磁場構造の測定。星からの光は一般に縦横全ての方向をまんべんなく含む横波だが、これが磁場を伴った星間雲を通過する際に、特定の方向に偏った横波“偏光”となる。複数の磁場層を横切るたびに、“偏光”の様子は少しずつ変わっていくことになる。距離の異なる複数の星の“偏光”を望遠鏡(右上:観測所全体像、右下:望遠鏡)で観測し、それぞれ異なる数の星間雲を横切った影響を分離して取り除くことで、一つ一つの星間雲の磁場構造を取り出すことが出来る。(Credit: University of Tokyo)
図4.様々な距離の星からの光の観測による、視線上に折り重なった磁場構造の測定。星からの光は一般に縦横全ての方向をまんべんなく含む横波だが、これが磁場を伴った星間雲を通過する際に、特定の方向に偏った横波“偏光”となる。複数の磁場層を横切るたびに、“偏光”の様子は少しずつ変わっていくことになる。距離の異なる複数の星の“偏光”を望遠鏡(右上:観測所全体像、右下:望遠鏡)で観測し、それぞれ異なる数の星間雲を横切った影響を分離して取り除くことで、一つ一つの星間雲の磁場構造を取り出すことが出来る。(Credit: University of Tokyo)


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初期の宇宙に、予想以上に窒素の比率が多い銀河を発見! 天の川銀河と比較しても3倍以上の多さになるようです

2024年01月15日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、129億年~134億年までの宇宙にある3つの銀河で、炭素と酸素に対して窒素が異常に多いことを明らかにしています。

研究では、ジェーズムウェッブ宇宙望遠鏡による赤外線観測で得られた非常に高い精度のデータを詳しく解析。
すると、測定された酸素、炭素に対する窒素の存在比(※1)が、現在の太陽系はもとより、私たちの天の川銀河と比べても3倍以上になりました。
※1.ガスを構成する炭素と窒素、酸素の原子の個数の比率を意味する。
このことが意味するのは、これまで一般的に考えられていた“恒星の内部で元素が作られ超新星爆発で宇宙空間に拡散する”といった、元素の主な供給メカニズムとは異なるプロセスが初期の宇宙で起こっていること。
ビッグバン直後の宇宙に新たな謎がもたらされたことになります。
この研究は、東京大学宇宙線研究所の磯部優樹大学院生と大内正巳教授たちによる研究グループが進めています。
図1.129億年~134億年前の初期宇宙にある3つの銀河のうち、ちょうこくしつ座の方向に位置する1つの銀河“GLASS_150008”とその周りの画像。これらの画像はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された。(Credit: NASA, ESA, CSA, Isobe et al.)
図1.129億年~134億年前の初期宇宙にある3つの銀河のうち、ちょうこくしつ座の方向に位置する1つの銀河“GLASS_150008”とその周りの画像。これらの画像はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された。(Credit: NASA, ESA, CSA, Isobe et al.)


誕生したばかりの宇宙には軽い元素しか存在しなかった

生命に必要な炭素や窒素、酸素の元素が宇宙においてどのように作られたのかを知ることは、宇宙の物質はもとより、人類の起源を知る上でも重要なことです。

宇宙がビッグバンで誕生した138億年前には、水素やヘリウム、リチウムなどの軽い元素しか存在しなかったと考えられています。

生命を形作るタンパク質に必須な炭素と窒素、酸素については、宇宙の中で誕生した恒星内部の核融合で作られ、やがて超新星爆発などで放出されたと考えられています。

これまでの研究から、初期の宇宙で酸素が急激に増えたことが明らかになっています。
でも、炭素や窒素については、いつ頃どの元素が多く作られてきたかについて分かっていませんでした。


初期宇宙の銀河に存在する炭素、酸素、窒素の存在比

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高感度赤外線観測データを詳細に解析。
初期の宇宙にある71個の銀河に含まれるガスの炭素、窒素、酸素などの元素の存在比を調べています。

さらに、筑波大学計算科学研究センターの矢島秀伸準教授、福島肇助教たちの研究チームによる最新の数値シミュレーション結果とも比較研究を実施しました。

高感度観測のデータでも炭素や窒素ガスが放つ光(※2)の検出は難しく、元素の存在比を測定することは困難でしたが129億年~134億年前の初期の宇宙にある3つの明るい銀河(図1と図2)で輝線が検出されました。(図3)
※2.分光観測を行うことでスペクトルを得ることができる。スペクトルは、光の波長ごとの強度分布。スペクトルに現れる吸収線や輝線を合わせた呼称がスペクトル線。個々の元素は決まった波長の光を吸収したり放出したりする性質がある。その波長での光を吸収し強度が弱まると吸収線、光を放出し強まると輝線としてスペクトルに現れる。光の波長ごとの強度分布スペクトルに現れる吸収線や輝線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。
図2.129億年~134億年前の初期宇宙にある3つの銀河の画像。左からそれぞれ、“GLASS_150008(ちょうこくしつ座)”、“CEERS_01019(うしかい座)”、“GN-z11(おおぐま座)”。左側の2つの銀河はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡、右の1つの銀河はハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたもの。なお、本研究でカギとなる炭素と窒素、酸素の輝線については、これら3つの銀河全てで、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で得られた。(Credit: NASA, ESA, CSA, Isobe et al.)
図2.129億年~134億年前の初期宇宙にある3つの銀河の画像。左からそれぞれ、“GLASS_150008(ちょうこくしつ座)”、“CEERS_01019(うしかい座)”、“GN-z11(おおぐま座)”。左側の2つの銀河はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡、右の1つの銀河はハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたもの。なお、本研究でカギとなる炭素と窒素、酸素の輝線については、これら3つの銀河全てで、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で得られた。(Credit: NASA, ESA, CSA, Isobe et al.)
図3.図1の銀河“GLASS_150008”のガスから放たれた炭素、窒素、酸素の輝線。黒の実線とヒートマップはそれぞれ、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で得られた一次元スペクトルと2次元スペクトルを表している。黒点線で示した盛り上がっている部分(黄色)が検出された輝線に対応する。(Credit: NASA, ESA, CSA, Isobe et al.)
図3.図1の銀河“GLASS_150008”のガスから放たれた炭素、窒素、酸素の輝線。黒の実線とヒートマップはそれぞれ、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で得られた一次元スペクトルと2次元スペクトルを表している。黒点線で示した盛り上がっている部分(黄色)が検出された輝線に対応する。(Credit: NASA, ESA, CSA, Isobe et al.)
炭素、酸素、窒素の輝線の光度などから、酸素に対する炭素および窒素の個数を調査して分かったのは、窒素が炭素や酸素に比べて異常に多いこと。
窒素の存在比は、太陽系はもとより、私たちの天の川銀河のガスと比べても3倍以上になりました。(図4)

また、他の68個の銀河も同様に、炭素や酸素に対して窒素が多い可能性があるようです。
図4.炭素に対する窒素の存在比(N/C)と水素に対する酸素の存在比(O/H)の関係。図2の3つの銀河は赤丸で示されている。天の川銀河のガス(黒点)や超新星爆発で供給されるガス(黄色の領域)の存在比と比べてはるかに窒素が豊富であり、星の外層のガスで見られる存在比(青色の領域)に近い値になっている。(Credit: Isobe et al.)
図4.炭素に対する窒素の存在比(N/C)と水素に対する酸素の存在比(O/H)の関係。図2の3つの銀河は赤丸で示されている。天の川銀河のガス(黒点)や超新星爆発で供給されるガス(黄色の領域)の存在比と比べてはるかに窒素が豊富であり、星の外層のガスで見られる存在比(青色の領域)に近い値になっている。(Credit: Isobe et al.)


初期の宇宙で働いた窒素を増やすメカニズム

炭素と酸素、窒素ガスは、宇宙の中で誕生した恒星の内部の核融合で作られ、やがて超新星爆発などで放出されたと考えられています。

でも、窒素の存在比が大きいガスが今回見つかったことで、話は変わってきます。
今回見つかったガスは、超新星爆発から放たれるガスより窒素の存在比がはるかに大きいことから(図4)、初期の宇宙では一般的に考えられている元素の主な供給メカニズムとは違うメカニズムが働いていた可能性が出てきた訳です。

研究では、今回見つかった炭素と酸素、窒素ガスの存在比が、恒星の外層にあるガスの成分(※3)に近いことが分かりました。
そのことから、恒星の外層にあるガスだけが流れ出たか、もしくはブラックホールによるガスの引き離しなどで、宇宙空間に放出されたのかもしれません。
※3.恒星の外層にあるガスの成分とは、水素が豊富に存在する星の外層において、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)を触媒として水素がヘリウムに変換される一連の反応のこと(CNOサイクルと呼ばれる)。CNOサイクルの主な反応の中では、窒素が酸素に変換される反応が進みづらいので、CNOサイクルが進むと炭素や酸素に対して窒素が多く溜まっていくことになる。
ただ、この場合でも、やがては超新星爆発が起こって、恒星内部のガスが大量に宇宙空間に出てきてしまうんですねー
このため、宇宙空間のガス全体としては普通の存在比になってしまいます。

恒星の内側のガスが撒き散らされないように、超新星爆発が弱かったり、場合によっては、恒星の内側が強い重力で潰れてブラックホールになったのかもしれません。

そうすると、初期の宇宙は多くのブラックホールで満ち満ちていたことに…
それは、それでやはり驚く状況だと言えます。

初期の宇宙に存在する銀河で、炭素や酸素に対して、窒素が多く存在することは理論的に予想されていなかったこと。
今回の観測を通して初めて明らかになったことでした。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のおかげで、私たちが想像していなかった初期の宇宙の様子が明らかになりました。
研究では新たな謎も出てきましたが、更なる観測でこの謎にも挑んでいくようですよ。


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