銀河の回転速度は、重力の法則によって予測されるものとは異なることが知られています。
このことは“銀河の回転曲線問題”と呼ばれています。
銀河の回転曲線問題は多くの銀河で測定されています。
でも、観測上の困難さから私たちが住んでいる“天の川銀河”では、正確な測定がこれまで実現していませんでした。
今回の研究では、12万個以上もの恒星のデータを元に、3万個以上の恒星の移動速度を推定し、天の川銀河の回転速度を推定しています。
その結果、銀河外縁部の回転速度が予想以上に遅いことが判明しました。
この結果が正しい場合、天の川銀河の中心部には予想よりも少ない量しか“暗黒物質(ダークマター)”が含まれていないことになります。
理論と観測で銀河の回転速度が違う“回転曲線問題”
ある重力源を中心として天体が公転する場合、その速度は重力源の強さと距離によって決まります。
このことは、1619年にヨハネス・ケプラーによって“ケプラーの法則”として示されています。
例えば、太陽系の場合だと、水星は約47km/sで公転していますが、地球は約30km/s、海王星は約5km/sと、太陽から遠ざかるに従ってどんどん遅くなっています。
このことは銀河に対しても当てはまるはずです。
銀河は多くの天体が集合してある程度の大きさを持っているので、中心部の太陽のみが重力源とみなせる太陽系ほど単純に計算はできません。
それでも銀河内の各位置での重力の強さは計算できます。
このため、ケプラーの第3法則を基本とした計算が可能になります。
この重力の強さは、銀河の明るさを元に、恒星の質量を推定することで得ることができます。
でも、銀河の恒星の移動速度が観測できるようになった1930年代から1950年代になると、この予測と矛盾する結果が出てくるようになるんですねー
ケプラーの第3法則で計算すると、恒星の移動速度は銀河の中心から離れれば離れるほど遅くなるはずでした。
でも、実際の観測で得られたのは、中心付近と外縁部で移動速度がほぼ変化しないという結果です。
一部の銀河では、外側に向かうとむしろ移動速度が上昇するという例すら見つかっています。
理論で得られる回転速度のグラフと、実際の回転速度の測定結果のグラフが大幅に食い違うことから、このことは“銀河の回転曲線問題”と呼ばれることになります。
回転曲線問題は、1970年代にはほぼ確定的な問題となり、現在でも宇宙論における主要な未解決問題の一つになっています。
直接観測することができない物質の重力効果
銀河の回転曲線問題を解決するために提唱された説はいくつかあります。
中でも、最も広く支持されているのは“暗黒物質(ダークマター)”の存在です。
そもそも、暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。
銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。
でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かるんですねー
そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“暗黒物質説”の始まりになっています。
正体不明の暗黒物質ですが、その存在は銀河の回転速度以外の観測方法でも証拠が見つかっています。
なので、存在すること自体はほぼ間違いないのではないかとされています。
ただ、暗黒物質の正体は何なのかを探る研究は、何十年も続いているにもかかわらず、ほとんど進展がない状態です。
いずれにしても、回転速度を通じて銀河に含まれる暗黒物質の量や分布を推定することは、暗黒物質の正体を絞り込むことに繋がるはずです。
天の川銀河の回転速度を測定する
意外なことかもしれませんが、私たちが住む天の川銀河の回転速度の測定は困難で、近年まであまり正確な値が測定されていませんでした。
銀河の回転速度は、恒星の移動速度を元に計算されています。
天の川銀河以外の銀河にある恒星の場合、地球から恒星までの距離は銀河までの距離とイコールなので問題になりません。
でも、太陽系が属する天の川銀河の場合、恒星までの距離は地球に近いものから遠いものまで様々な値を取ります。
地球は天の川銀河の中ほどに存在するので、銀河の外縁部に存在する恒星は地球からの距離も遠くなります。
この場合、見た目の位置変化がほとんど無くなるので、恒星の移動速度を測定することは難しくなってしまいます。
天の川銀河が回転する速度を正確に測定するには、恒星の位置や距離を極めて正確に観測し、しかもそのデータが多数揃うことで初めて実現します。
今回の研究も、恒星の位置に関する多数の正確な測定データがあってこそ実現したものです。
特に利用されたのは、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”(※1)の3次元位置データでした。
“ガイア”は多数の恒星を一度に観測し、その正確な位置データを取得しています。
研究では、恒星の観測データを元に天の川銀河の中心からの位置と距離を決定。
その後に恒星の移動速度、最後に天の川銀河そのものの回転曲線を決定しています。
この研究のデータセットは膨大で、位置や距離が調べられた恒星は12万309個、銀河の回転曲線決定するために移動速度が推定された恒星だけでも3万3335個ありました。
この中には、銀河中心部から最大で約8万1000光年離れた恒星も含まれていました。
これらのデータを用いて、中心部から約2万~9万光年の範囲で天の川銀河の回転曲線を推定することに成功しました。
天の川銀河に含まれる暗黒物質は本当に少ないのか
研究結果の一部には驚くべきものもありました。
大部分が他の銀河と一致していた天の川銀河の回転曲線に、中心から約6万5000光年以上の外縁部で急速な低下が見られたからです。
つまり、天の川銀河の最も外側に位置する恒星は、他の銀河の測定によって推定された回転曲線とは一致せず、より遅い速度で公転していることになります。
これは、外縁部の恒星の移動速度が遅くならない原因を、直接観測できない暗黒物質の重力効果に求めたこととは逆の結果と言えます。
そう、外縁部の恒星の移動速度が遅いということは、その分だけ天の川銀河に含まれる暗黒物質の量が少ないということになるんですねー
研究チームによるシミュレーションによれば、銀河中心部の暗黒物質の量がこれまでの予測より少ないと仮定すれば、今回の研究結果を最もよく説明できたそうです。
それを踏まえて再計算すると、今回の研究では暗黒物質を含む天の川銀河全体の質量(ビリアル質量)は太陽の1810億倍になります。
この値は、これまでの推定(一般化NFWプロファイル)である太陽の6940億倍に対して、約4分の1という大幅に少ないものでした。
天の川銀河は宇宙における典型的なタイプの銀河であり、今回の結果は宇宙全体に適用可能なはずでした。
この結果は、これまでの研究と比べてあまりにも大きな違となるので、研究チームでもその取扱いに困っているそうです。
今回の研究結果のように、天の川銀河に含まれる暗黒物質は本当に少ないのでしょうか?
それとも研究手法に何らかの誤りがあって、おかしな結果が導き出されているだけなのでしょうか?
あるいは、暗黒物質による重力効果を必要としない、修正ニュートン力学のような新たな重力理論の兆候なのでしょうか?
このことは、誰にも分かっていません。
研究チームでは、今回の研究で天の川銀河の回転曲線を得ることが可能なことが示されたので、さらなる改善された計算結果や研究手法によって、今回発生した矛盾が解消されるのではないかと期待しています。
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このことは“銀河の回転曲線問題”と呼ばれています。
銀河の回転曲線問題は多くの銀河で測定されています。
でも、観測上の困難さから私たちが住んでいる“天の川銀河”では、正確な測定がこれまで実現していませんでした。
今回の研究では、12万個以上もの恒星のデータを元に、3万個以上の恒星の移動速度を推定し、天の川銀河の回転速度を推定しています。
その結果、銀河外縁部の回転速度が予想以上に遅いことが判明しました。
この結果が正しい場合、天の川銀河の中心部には予想よりも少ない量しか“暗黒物質(ダークマター)”が含まれていないことになります。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のXiaowei Ouさんたちの研究チームが進めています。
図1.天の川銀河のイメージ図。(Credit: NASA, JPL-Caltech, ESO & R. Hurt) |
理論と観測で銀河の回転速度が違う“回転曲線問題”
ある重力源を中心として天体が公転する場合、その速度は重力源の強さと距離によって決まります。
このことは、1619年にヨハネス・ケプラーによって“ケプラーの法則”として示されています。
例えば、太陽系の場合だと、水星は約47km/sで公転していますが、地球は約30km/s、海王星は約5km/sと、太陽から遠ざかるに従ってどんどん遅くなっています。
このことは銀河に対しても当てはまるはずです。
銀河は多くの天体が集合してある程度の大きさを持っているので、中心部の太陽のみが重力源とみなせる太陽系ほど単純に計算はできません。
それでも銀河内の各位置での重力の強さは計算できます。
このため、ケプラーの第3法則を基本とした計算が可能になります。
この重力の強さは、銀河の明るさを元に、恒星の質量を推定することで得ることができます。
図2.銀河“M33”の回転曲線。理論的に予測される回転曲線(点線)は、観測で示された回転曲線(実線)とは大幅にズレていることが分かる。(Credit: Stefania.deluca) |
ケプラーの第3法則で計算すると、恒星の移動速度は銀河の中心から離れれば離れるほど遅くなるはずでした。
でも、実際の観測で得られたのは、中心付近と外縁部で移動速度がほぼ変化しないという結果です。
一部の銀河では、外側に向かうとむしろ移動速度が上昇するという例すら見つかっています。
理論で得られる回転速度のグラフと、実際の回転速度の測定結果のグラフが大幅に食い違うことから、このことは“銀河の回転曲線問題”と呼ばれることになります。
回転曲線問題は、1970年代にはほぼ確定的な問題となり、現在でも宇宙論における主要な未解決問題の一つになっています。
直接観測することができない物質の重力効果
銀河の回転曲線問題を解決するために提唱された説はいくつかあります。
中でも、最も広く支持されているのは“暗黒物質(ダークマター)”の存在です。
そもそも、暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。
銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。
でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かるんですねー
そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“暗黒物質説”の始まりになっています。
正体不明の暗黒物質ですが、その存在は銀河の回転速度以外の観測方法でも証拠が見つかっています。
なので、存在すること自体はほぼ間違いないのではないかとされています。
ただ、暗黒物質の正体は何なのかを探る研究は、何十年も続いているにもかかわらず、ほとんど進展がない状態です。
いずれにしても、回転速度を通じて銀河に含まれる暗黒物質の量や分布を推定することは、暗黒物質の正体を絞り込むことに繋がるはずです。
天の川銀河の回転速度を測定する
意外なことかもしれませんが、私たちが住む天の川銀河の回転速度の測定は困難で、近年まであまり正確な値が測定されていませんでした。
銀河の回転速度は、恒星の移動速度を元に計算されています。
天の川銀河以外の銀河にある恒星の場合、地球から恒星までの距離は銀河までの距離とイコールなので問題になりません。
でも、太陽系が属する天の川銀河の場合、恒星までの距離は地球に近いものから遠いものまで様々な値を取ります。
地球は天の川銀河の中ほどに存在するので、銀河の外縁部に存在する恒星は地球からの距離も遠くなります。
この場合、見た目の位置変化がほとんど無くなるので、恒星の移動速度を測定することは難しくなってしまいます。
天の川銀河が回転する速度を正確に測定するには、恒星の位置や距離を極めて正確に観測し、しかもそのデータが多数揃うことで初めて実現します。
今回の研究も、恒星の位置に関する多数の正確な測定データがあってこそ実現したものです。
特に利用されたのは、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”(※1)の3次元位置データでした。
“ガイア”は多数の恒星を一度に観測し、その正確な位置データを取得しています。
※1.“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
その他に“スローン・デジタルスカイサーベイ(SDSS)”(※2)、“2μm全天サーベイ(2MASS)”(※3)、NASAの赤外線天文衛星“WISE”の観測データも使用されています。※2.スローン・デジタル・スカイ・サーベイは、アメリカ・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡を使った3次元宇宙地図作成プロジェクト。
※3.1997~2000年にかけてアメリカ・アリゾナ州のホプキンス山天文台と、南米チリのセロトロロ汎米天文台の望遠鏡を使った近赤外線波長域における初の全天サーベイ観測プロジェクト。
※3.1997~2000年にかけてアメリカ・アリゾナ州のホプキンス山天文台と、南米チリのセロトロロ汎米天文台の望遠鏡を使った近赤外線波長域における初の全天サーベイ観測プロジェクト。
図3.今回の研究で移動速度が調べられた3万3335個の恒星のプロット図。1つの矢印は、約1600光年の区域内に存在する恒星の移動速度と方向の平均値。(Credit: Xiaowei Ou, et al) |
その後に恒星の移動速度、最後に天の川銀河そのものの回転曲線を決定しています。
この研究のデータセットは膨大で、位置や距離が調べられた恒星は12万309個、銀河の回転曲線決定するために移動速度が推定された恒星だけでも3万3335個ありました。
この中には、銀河中心部から最大で約8万1000光年離れた恒星も含まれていました。
これらのデータを用いて、中心部から約2万~9万光年の範囲で天の川銀河の回転曲線を推定することに成功しました。
天の川銀河に含まれる暗黒物質は本当に少ないのか
研究結果の一部には驚くべきものもありました。
大部分が他の銀河と一致していた天の川銀河の回転曲線に、中心から約6万5000光年以上の外縁部で急速な低下が見られたからです。
つまり、天の川銀河の最も外側に位置する恒星は、他の銀河の測定によって推定された回転曲線とは一致せず、より遅い速度で公転していることになります。
これは、外縁部の恒星の移動速度が遅くならない原因を、直接観測できない暗黒物質の重力効果に求めたこととは逆の結果と言えます。
そう、外縁部の恒星の移動速度が遅いということは、その分だけ天の川銀河に含まれる暗黒物質の量が少ないということになるんですねー
研究チームによるシミュレーションによれば、銀河中心部の暗黒物質の量がこれまでの予測より少ないと仮定すれば、今回の研究結果を最もよく説明できたそうです。
それを踏まえて再計算すると、今回の研究では暗黒物質を含む天の川銀河全体の質量(ビリアル質量)は太陽の1810億倍になります。
この値は、これまでの推定(一般化NFWプロファイル)である太陽の6940億倍に対して、約4分の1という大幅に少ないものでした。
天の川銀河は宇宙における典型的なタイプの銀河であり、今回の結果は宇宙全体に適用可能なはずでした。
この結果は、これまでの研究と比べてあまりにも大きな違となるので、研究チームでもその取扱いに困っているそうです。
今回の研究結果のように、天の川銀河に含まれる暗黒物質は本当に少ないのでしょうか?
それとも研究手法に何らかの誤りがあって、おかしな結果が導き出されているだけなのでしょうか?
あるいは、暗黒物質による重力効果を必要としない、修正ニュートン力学のような新たな重力理論の兆候なのでしょうか?
このことは、誰にも分かっていません。
研究チームでは、今回の研究で天の川銀河の回転曲線を得ることが可能なことが示されたので、さらなる改善された計算結果や研究手法によって、今回発生した矛盾が解消されるのではないかと期待しています。
こちらの記事もどうぞ
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