RuN RiOt -marukoのお菓子な美術室-

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幽霊・妖怪画大全集 (後期)

2013-08-19 21:30:00 | 美術
見てきました

そごう美術館

会期は2013年7月27日から2013年9月1日。
会期は2期に分かれています。
前期は7月27日から8月11日。
後期は8月13日から9月1日。
約40点の展示替えがあるそうです。

今回、後期を見てきました。
(前期はこちら→「幽霊・妖怪画大全集 (前期1)」「幽霊・妖怪画大全集 (前期2)」)

プロローグ《笑う骸骨》
こちらは前期と後期で入れ替えがないのですが、前期に書けなかったものを

歌川広重「平清盛怪異を見る図」
平家物語で、福原の庭の植木など、目に映るものすべてが骸骨に見えたという
平清盛の逸話(物怪之沙汰)をもとにした作品です。
大きな骸骨以外にも、小さな雪の塊がよく見たら骸骨だったりと骸骨尽くし。
清盛のとても驚いた表情もおもしろい。

小林清親「清親放痴 東京谷中天王地」
大好きな清親。
光線画が有名な清親ですが、こちらはポンチ絵という風刺画。
骸骨の警察官が骸骨の母娘を追い払っているところ。
明治政府は公共の墓地の整備に迫られ、谷中天王寺の一部を没収したそう。
それを風刺した作品。

長沢蘆雪「九相図」
九相図とは、うち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階に分けて描いた仏教絵画。
野原にある死体が動物に食い荒らされ、次第に消えていく様子が描かれています。
なんて恐ろしい!!とも思いますが。
見ているとなんだか切なくなる作品。
なお九相図で朽ちていくのはほぼ女性で描かれています。
なぜなら僧侶(男性)にとって煩悩の対象だから。
煩悩を払拭するために亡骸の前で観相する修行もあったとか。

とう州全忠「骸骨の舞踏図」
踊る骸骨だけがシンプルに描かれています。
キャプションのうえには"エライヤッチャエライヤッチャ"と。
うん、なんだか楽しそう。

第一章《幽霊画の世界》
肉筆の幽霊画は前期と後期で入れ替えがありませんが、前期に書けなかったものを。

祇園井持「お菊幽霊図」
あばらは浮き出て歯はむきだし。
足元には割れて散らばるお皿。
皿屋敷のお菊さんです。
なかなかの迫力。

薮田蘆堂「幽霊図」
柳の下にいる幽霊。
いかにも、なシチュエーションです。
髪が黒々としていて、また量も多く、幽霊っぽくない感じです。

落合芳幾「幽霊図」
窓から痩せた女の幽霊が覗き込んでいます。
ちょっとはげたお歯黒しています。
窓から中を覗くってシチュエーションがちょっと怖い。
夜思い出したくない作品。

小林清親「四季幽霊図」
"移りゆく季節移りゆく幽霊"ということで(どうゆうこと!?)
季節ごとの幽霊画。
小袖のかけられた夜桁の影から覗き見る春
蚊帳の中で赤ん坊を抱く夏
月夜の野辺に笛を吹く秋
難産で死んだ女性を供養する冬
この4つが並べられています。
怖くはないけど異質な感じ。
部屋には飾らないかな。

歌川国貞「お岩提灯 東海道四谷怪談」
大きな提灯が描かれています。
これは仕掛け絵になっていて提灯をめくると下からお岩さんが出てくる、というものでした。

豊原国周「お菊亡霊 皿屋敷舗化粧姿視」
豊原国周は歌川国貞の門人。
役者絵や大首絵に優れていたそう。
人生で83回の引っ越し、40回以上妻を変えるなど奇行が……。
その話のインパクトが強くて作品はよく覚えていません(笑)

第二章《妖怪画の世界》
伊藤若冲の「付喪神図」はやっぱりかわいい。
"お行儀いいし、ペットにしたい"なんてキャプションにありました。
確かに可愛い。
けど、ペットにしたとき、餌は何にしたらいいんでしょうか……。

歌川国芳「牛若丸と天狗」
さすが国芳といったかんじの躍動感。
天狗も歴史は古く、日本書紀にも記載があるそう。

吉川観方「朝霧・夕霧」
福岡市美術館所蔵の幽霊画などは元は吉川観方のコレクション。
その吉川自身が描いた幽霊も展示されていました。
皿屋敷のお菊さんが夕食の支度を、四谷怪談のお岩さんが化粧をしているというもの。
今回のチラシにも使われている作品です。
美しく不気味で。
でもユーモアがあって。
不思議な感覚の作品でした。

怪って、陽気。明るくてパワーがある。無目的で無邪気で、可笑しい。
妖怪のイメージとは懸け離れた言葉だけど。。笑
でもそれは、キャラクター化された後の妖怪であって、本来の妖怪は、そうじゃなかったと思う。
目に見えないものに対する恐怖、畏敬のものへの恐怖。
そういったものへの恐怖がなぜキャラクター化され、親しみを持たれたのかは分からないけど。。
調伏したり、退治したりしたからかな。
日本昔話などで退治した話だと、やっつけるけど改心するってパターンもけっこうあるし。。
改心していいやつになったから平気、とか!?
でも幽霊はそうじゃないんだよね。。
弔ったのに出てくる。
それは世に対する心残りなこととか。。
人間に共通する気持ちとして無念さが共感されるんだろうな。
番長皿屋敷とか。
無念だろうな~って共感して、出てきても納得(というのも変だけど)できるんだよね。。
似ているようで本質は全く違う、妖怪と幽霊。

幽霊の無念さを考えましたが。
明治時代になると幽霊を見るのは神経の病気、とされていました。
そのころから幽霊画はぐっと減ってくるのですが。
落合芳幾「百もの語 牡丹灯籠」のキャプションに気になる言葉が。
幽霊などはないものと開花の人が言おうとも
無念と思う一念をやわか残さで置くべきぞ


かわいくって思わず笑ってしまう妖怪も、切なくなるような幽霊も。
涼しい美術館で夏の最後を楽しむにはおすすめの展示です。



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