7月1日 編集手帳
ノートに書いたことは消しゴムで消してはいけない。
“山びこ学校”の無(む)着成恭(ちゃくせいきょう)さんは子供たちにそう教えた。
「消さずに赤鉛筆でバツをつけなさい」
著書『無着成恭の詩の授業』で理由を述べている。
〈消しゴムで消してしまうと、
自分 ははじめどういう考え方をしたか、
どういう間違いをしたかが分からなくなる。
消しゴムで消す人は同じ間違いを何度でも繰り返す〉と。
耳を傾けるべきは教室 の子供たちばかりではあるまい。
英科学誌『ネイチャー』が、
今年1月に掲載した「STAP細胞」の論文を撤回するという。
理化学研究所の小保方晴子氏が率 い
、「生物学の常識を覆す」として世界の注目を集めた研究成果は、
発表から5か月で白紙に戻ることになる。
ここで大事なのは白紙への戻し方だろう。
まど・ みちおさんに『けしゴム』という短い詩がある。
〈じぶんで じぶんを/けしたのか/いまさっきまで/あったのに〉。
前代未聞の不祥事を消しゴムで“なかっ たこと”にすれば、
理研は自分の信用を自分で消し去ることになる。
わが身に一つひとつ、
赤鉛筆で丹念にバツをつけていくしかない。