goo blog サービス終了のお知らせ 

トロのエンジョイ! チャレンジライフ

「音楽はやめられない。あと300年は続けたいね」マイルス·デイビス

連載小説「アーノンの海」第8回

2018-07-12 18:54:49 | 小説・アーノンの海
 絵里の家は、海がよく見える高台にあった。
 勝部と智美は、歩いて、彼女の家に向かった。
「ちょっと変わってるというか、感受性が強い子だと聞いてるがね」
「17歳ですよね? 私もそうでしたよ」
「へえ……そうかい?」
「難しいお年頃、ですから」
 家に着くと、絵里の母親の喜美子が迎えに出た。
「善さん、よくおいでくださいました。それと、こちらはお孫さんでしたね」
「絵里ちゃんは……いるのかい?」
「ええ」
 智美が、
「私が話してみても、いいですか?」
「はい……お願いします」
 智美は、絵里の部屋へと向かった。
 勝部と、喜美子は、リビングで話していた。
「今日でもう1か月、学校に行ってないんですよ」
「そうかい。でもなあ、行きたくないものを無理強いするのも、どうかと思うがね」
「いじめられているのかと思って、先生とも相談したんですが、そういう事実はない、と……」
「先生もアテにならんからなあ、今は」
 絵里の部屋から、突然、大きな笑い声が聞こえてきた。
 喜美子は眼を丸くして、
「あの子が笑うなんて……久しぶりです」
 勝部は、
「やはり、若い者どうし、なんていうか……フィーリングが合ったようだね」

 やがて、絵里と智美が下りてきた。
 絵里は、引きこもっている、というわりには、身なりも髪型もきちんとして、さっぱりした印象を受けた。
 ウェーブがかかった肩までの髪、それと智美よりは、ややふっくらした体型だった。
「協力してくれるそうです」
 智美が言った。
「学校より、面白そうだから……あたしでよかったら、よろしくお願いします」
 絵里はそう言うと、頭を下げた。
(なんだ、べつに問題ないじゃないか)
 もっと自意識過剰で、神経質そうな女の子を、想像していたのだが。

 勝部、智美、絵里の3人は、砂浜をゆっくりと歩いていた。
「どう? 今、何か感じる?」
 智美が訊いた。
「今は、なにも。もしかしたら寝てるのかも」
「その、アーノンってやつが、いったい何なのか、わからんものかな?」
 勝部が訊いた。
「わかんない。でも、喜んだり、悲しんだりするのは、同じみたい」
「その……話せばわかるやつかい?」
「さあ。でも、怒ったことは一度もないよ」
「ふーん……」
 智美は、歩きながら、なにか考え込んでいるようすだったが、
「おじいちゃん、絵里ちゃん、お願いがあるの」
 勝部と絵里は、きょとんとして、立ち止まった。
「明日、私の職場に、いっしょに来てくれる?」
「智ちゃんの……職場?」
 そう言えば、智美がどういう仕事をしているのかは、聞いていなかった。
「会ってほしい人がいるの」
 智美が言った。
「そりゃ、かまわんよ……なあ、絵里ちゃん?」
「うん」
 智美は、少し困ったように笑うと、
「ちょっとクセのある人だけどね……」

 まさか、彼氏とか……?





(つづく)









連載小説「アーノンの海」第7回

2018-07-11 18:57:52 | 小説・アーノンの海
 村の公民館にて……
「アーノンとは……便宜上、つけた名前です。英語のunknownから来ています」
 智美は、村人たちの前で、説明した。
「人間の心に干渉して、幻覚のようなものを見せる能力があると思われます」
 敦美の父の、飯田紀之が、手を挙げて質問した。
「うちの敦美が死んだのも、そいつのせいかね?」
「はい……でも、アーノンは、敦美さんを殺そうとして、殺したのではないと思います」
「そりゃ、どういうこったい?」
「アーノンは、人間が海では生きられないことを、知らなかったのかもしれません」
「……」
 村人たちが、ざわつき始めた。
「海が光っているのを見たら、すぐに逃げなきゃならねえな」
「海に近づくのも、危ねえんじゃねえか?」
「この噂が広まったら、誰もこの村に来なくなるぞ」
 勝部は大きな声で、
「静かに! まだ説明は終わってねえ!」
 大工の倉部勝(くらべまさる)が、
「善さん、なんであんたが仕切るんだ」
「なに……」
「この村みんなの問題じゃねえか」
「わかったわかった、とにかくあの子の説明を、最後まで聞けちゅうんだ」
「ふん……」
 村人たちがようやく静まると、智美は続けた。
「なにか、訴えかけているのかもしれないんです。なにか感じた、という方がいらっしゃったら……」
 とりあえず、一通りの説明は終わり、集会は解散となった。

「すまなかったな、智ちゃん」
「いいえ……」
「みんな家族みてえなもんだが、事が切羽詰まってくると、手前勝手なことしか言わねえ。情けねえこった」
 勝部と智美が話していると、
「あの……よろしいですか」
 青白い顔をした女が、話しかけてきた。
「おお、滝沢さん」
「うちの娘なんですが……」
「ええと、絵里ちゃんか?」
「ええ、今……お恥ずかしい話ですが、引きこもっておりまして」
「……」
「あの子は、なんといいますか、カンが鋭いというか……そういうところがありまして」
「うん」
「他の人にはわからないものが、見えたり、聞こえたりするらしいんです。特に最近では、海のほうをじーっと見やっていることが多くて」
「……ふむ」
「もしよければ……お役に立てるかどうか、わかりませんが」
 勝部と、智美は、顔を見合わせた。

 もしかすると……?




(つづく)






連載小説「アーノンの海」第6回

2018-07-10 18:56:54 | 小説・アーノンの海
 滝沢絵里(たきざわえり)は、ぼんやりと部屋の窓から、海を眺めていた。
 今日はどうしようか。学校へ行こうか。
 別に学校になど、何の興味もなかったけれど、あまり行かないでいると、両親が心配するかもしれない。
 絵里が在籍している高校は、村から5キロほど離れたところにある。
 ここ1か月くらい行っていないが、行けば行ったで、馬鹿なクラスメイトたちの好奇の視線にさらされるのは分かっていた。
 いじめられているわけではない。が、友達と呼べる者はほとんどいなかった。
 1年生のころは、それでも人並みに、高校生活を楽しんでいた。
 変わったのは、ヨシヒコとつきあうようになってから。
 絵里のほうは、本気だった。
 ヨシヒコは、ちょっと不良っぽい、イケメン……と思っていた。
 そうではないとわかったのは、つきあい始めて半年がたった頃だった。
 ヨシヒコは、ちょっと不良っぽいのではなくて、本物のクズだった。
 絵里が、ちょっと可愛くて、支配欲をそそるからという、それだけ……でも、つきあっていたころは、それでもいい、と思っていた。
 絵里のほうは運命の相手だと思っていたが、ヨシヒコにとって絵里は、単に性欲の処理にちょうどいい女でしかなかった。
 別れ際のヨシヒコのセリフが、これまた最高に笑えた。

 おまえはオレのことを、忘れられないだろう。

 確かに、忘れられないかもしれない。あんなダサい男は、そうそういないだろうから。
 別れて以来、下駄箱や、机の上に、おかしなメモのようなものが、置かれるようになった。
 「ヤリマン・エリ」だとか、「公衆便所」だとか、いろいろ……
 ヨシヒコの取り巻きたちが、やっているんだろう。
 そういうことをすれば、恥ずかしがるとでも、思っているのだろうか。
 男なんて、どいつもこいつも、似たようなものだ、と思う。
 目的意識もなにもなくて、噂話と恋愛ごっこに明け暮れている女子たちにも、幻滅してしまった。
 他にやること、ないのかな。
 そのうち、学校に行くのも、馬鹿らしくなった。

 ぼーっとしていると、突然、「それ」がやって来た。
 頭の中に響く声、というか、強い感情の波動のようなもの。
(まただ……)
「それ」は、ますます頻繁に、絵里のところへ、やって来るようになっていた。
 いったい何なのか、わからない。だが、強い悲しみと、切迫感を感じた。
 絵里は意識を集中させ、「それ」に向かって、親しみをこめたメッセージを送った。
 すると、悲しみや切迫感が、やや和らいだような気がした。
 姿は見えないけれど、「それ」は、絵里にとって唯一の友人のような気がしていた。

「それ」は、やがて遠ざかっていった。
 今はまだ、単純な感情の交信しかできないけれど、くり返し練習すれば、もっと複雑なコミュニケ-ションもできるようになるかもしれない。
 絵里には、それが楽しみで仕方なかった。





(つづく)







連載小説「アーノンの海」第5回

2018-07-09 19:33:12 | 小説・アーノンの海
「これ、家族の写真です」
 そう言って智美は、1枚の写真を見せた。
 高道と、初めて見る彼の妻、それと智美の3人が写っていた。
(高道のやつ……禿げたな)
 勝部は思わず吹き出しそうになった。
「それで……あんたはなぜ、この村に来たんだい。わざわざおれに会いに来てくれたのかい?」
「それも、ありますけど」
「やっぱり、さっきあんたが言ってた、アーノンとかいうものを調べているのか」
「ええ」
「高道は、知っているのかい、このことを」
「言わないで来たんですが……おそらく、うすうすは」
 高道にしてみれば、なにより娘のことが心配だったのだろう。
 よろしく頼む、と、ひとこと言えばいいものを。
(意地っ張りなところは変わってないな)
「おれは、そのアーノンとかいうもののおかげで、あやうく死ぬところだったんだね?」
 勝部は言った。
「あの時……おじいちゃんはどんどん海の中へ入っていったんです」
「……」
「ウェットスーツがあったんですけど、着るヒマもありませんでした」
「そうか……すまなかったね」
「なにが、見えましたか?」
「そうだな、まず海がぼーっと光っていたんだよ」
「うんうん」
 勝部は、あの時光の中で見たものを、改めて智美に話した。
 智美は、真剣なようすで聴いていたが、
「間違いありません。アーノンが現れたんです」
「そのアーノンってやつは、何だい? 魚か? それともクジラ?」
「何か、まだわかりませんが、海に棲むものです。生物なのか、それとも根本的に異質なものか」
「アッちゃんも、おそらくは、おれと同じように……?」
「……はい」
「妙な話になってきたが……信じるよ。海ってのは、わからんことがまだまだ多いからな」
「そうですね」
「よし、おれも、あんたの仕事に協力しよう。おれだけじゃない、この村全員がな」
「本当に? ありがとう」
 勝部の頭に、不意に、高道の言葉がよぎった。

 妙なことに、首を突っ込むなよ。

 まあ、いいじゃないか。

 翌日、勝部と、智美は、村長の家を訪ねた。
 小柳正(こやなぎまさし)村長は、2人の話を聴いた後、
「そりゃ、あの海岸はとうぶん、立ち入り禁止にするしかないな」
「小柳さん、あんたもそう思うかね」
「妙なものが居着いているんだろう? その……アーノンとかいう」
 智美は、
「アーノンに近づくことは危険ですが、もし、アーノンに意志があるなら、交信することも可能かもしれません」
 小柳と勝部は、顔を見合わせた。
「交信、ねえ……そのアーノンとやらと話し合って、出て行ってもらうのかい」
 小柳が言った。
「相手は、人間とは違うんだろう? よくわからんが」
「アーノンとコミュニケーションできる人が、もしかしたら、この村にいるかも」
「しかしなあ……アッちゃんが死んだのも、そいつのせいなんだろう? それに、善さんもあやうく死ぬところだった」
「……」
「片桐さんから、警察に協力してもらって、海の中を探すか。そして、退治してもらう」
「……」
「あんたにしてみりゃ、不本意かもしれんが、村人の安全が第一だからな」
 智美は悲しそうな表情を浮かべ、
「……そうですね」

 帰り道、2人は押し黙っていたが、勝部のほうが口を開いた。
「すまんなあ。ああいう話になってしまって」
「いえ、村長さんのおっしゃる通りだと思います」
「……」
「人間とアーノンは、関わるべきではないのかも」
「……まあ、この村が気に入ったのなら、しばらく滞在してみてくれ」
「……」
「なんか、いい解決策が、見つかるかもしれんからな」
「ありがとう、おじいちゃん」
 智美に、おじいちゃんと呼ばれるたびに、ニヤニヤしてしまう。
(いいもんだな……孫ってのは)




(つづく)

 

連載小説「アーノンの海」第4回

2018-07-08 19:00:28 | 小説・アーノンの海
「た、た……たすかった……よ」
 うまく喋れない。思いのほか長く、冬の海に浸かっていたようだ。
 勝部は、不覚にも女に背負われて、岸にたどりついた。
 恥もなにもない。あやうく死ぬところだったのだ。
 それにしても、なんだったのだ。あれは。
 女は、海岸近くに停めてあった車まで勝部を運び、助手席に座らせた。
 勝部が小柄だとはいえ、驚くべき体力といえた。
 車の中は、暖房が効いていて、心地よかった。
 女は、自分は運転席に座った。
「あ…あんたの、車かい」
「そうです。暖かくしていれば、すぐ良くなると思います」
 女は、ポットに入った熱いお茶を、勝部に差し出した。
「これ……飲めますか?」
「あ、ああ……」
 身体が徐々に、回復していくのがわかった。

 30分ほど、そうしていただろうか。
「すまんな。あんたの車がびしょ濡れだ」
 勝部は、ようやくまともに話せるようになったが、それでもまだ、震えが止まらなかった。
「いいんですよ、そんなこと」
「あんた……アッちゃんの通夜に来てくれてたね」
「あ……はい」
「名前はなんていうんだい?」
「トモミって呼んでください」
「じゃあトモミさん、あんた、アッちゃんがなぜ死んだのか、なにか知ってるかね」
「アーノン……」
「なんだって?」
「アーノンが……現れたんです」
「なんだい、そのアーノンってのは」
「その前に、きちんと自己紹介させてください」
「ほえ?」
 思わず、間抜けな声が出ていた。
 トモミは、勝部の方に向き直り、頭を下げた。
「申し遅れました。私、勝部智美っていいます」
「え……おれと、同姓か」
「同姓というか、私、高道の娘です」
「は?」
 智美は、にっこり笑いかけた。
「はじめまして。おじいちゃん」

 おじいちゃん……?

 智美の運転する車は、勝部の家に向かっていた。
「本当にいいんですか?」
「あんたは命の恩人で、だいじな孫だ。車の中でなんて寝かせられないよ」
「……」
「この村にしばらくいるつもりなら、おれの家に泊まってくれ。大したもてなしは、出来ないが」
「ありがとう、おじいちゃん」
 自然と、口元がほころんでくる。
(おじいちゃん、か……)
 初めは驚いた。しかし、よく考えてみれば高道だって50歳近いのだ。娘がこれくらいの年になっていても、おかしくはない。
「ああ、その家だ」
 智美は車を停めた。

「まあ、高道の子が、こんなに綺麗になって……」
 繁子も大喜びだった。
「いま、お風呂の用意をしてるからね」
 なるほどな、と勝部は改めて思った。
 智美を初めて見たとき、何とも言えない、不思議な感覚があったのだ。
 血のつながり、というものは争えない。



(つづく)