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【cinema】『4分間のピアニスト』

2007-10-23 23:20:28 | cinema
'07.10.22 『4分間のピアニスト』@九段会館(試写会)

予告で見て気になっていた。試写会が当たったTからのお誘い。もちろん行く!

「刑務所でピアノを教えることになったクリューガー。受刑者の前で演奏していた時、完璧な指使いで机を叩くジェニーに目を留める。彼女の類い稀な才能を伸ばす為、2人だけのレッスンが始まるが・・・」という話。これはすごい話だ。とにかく暗くて辛い。あらすじだけ読むとクリューガーとジェニーの心温まる師弟関係や、ジェニーの再生の話を想像するけど全く違う。これは闘いの話。魂と魂がぶつかり合って爆発して昇華し、より深いところでお互いを認め受け入れる話。そのぶつかり合いがすごい!

登場人物たちは皆多かれ少なかれ辛い過去を持っている。普通に生きていれば大なり小なり辛い経験はあるはず。受刑者達はジェニーの無関心ぶりや、その激しい感情が許せない。それでも人を惹きつける彼女が妬ましいのだ。看守のミュッツェの行動も嫉妬だ。復讐ではない。クリューガーの関心が彼女に集中したことへ妬み。そういう感じがいつも冷たく暗い、そしてドイツの古い街並みを背景に描かれる。ミュッツェの行動自体は嫌悪しているのに、彼の気持ちは分かる。認めて欲しい、愛して欲しい人に受け入れられないのは辛い。共感とは少し違う。でも、分かる。そいうのが上手いし、そして見ていて辛い。

殺人罪で服役しているジェニーも、今は80歳を越えた老女となったクリューガーにも悲しく辛い過去がある。2人のその辛い過去に対しての対処の仕方というか反応の仕方の対比が興味深い。ジェニーは爆発して自虐的になった。挙句、自らの意思で刑務所に入った。それは彼女の心の叫び。神童ともてはやされた彼女の中に芽生えた自我。その自我を最悪の形で踏みにじられた。刑務所の中では他人には無関心を装いながら、突如爆発して手がつけられなくなる。その暴れぶりはすさまじい。彼女の怒りは殴っている相手ではなく自分に向かっているように見える。やり場のない怒り。でも、誰かに救って欲しいとどこかで思っている。

クリューガーは逆。自分の中に完全に悲しみを閉じ込めた。看守ミュッツェの娘に会うたび「お辞儀は?」と尋ねるなど、礼儀とか礼節とかを重んじている。その割、刑務所内は立ち入り禁止になっている元受刑者達に「安いから」という理由で、ピアノ運搬を依頼する一面もある。その行動は差別を嫌うということではない気がする。常に自分の中の基準に従い、硬い表情で背中は曲がっているけれど、きちっとした姿勢でアゴを上げて立っている。彼女の辛い過去は第二次世界大戦中に起きた。あの戦争中多くの人が同じような目にあったと思う。そしておそらく多くの人がクリューガーのように静かに自分の中に閉じ込めて、辛さをずっと抱えて生きてきたのかもしれない。彼女の過去が明らかになった時、その過去の出来事自体よりむしろ、それをずっと心に押し込んで自分の信念に従って生きてきた彼女の人生の重さに心打たれた。

彼女達は次第に心を通わせていく。2人がダンスを踊るシーンはいい。でも、常にお互い闘っているように見えた。ジェニーは「自分」を認めて欲しい。クリューガーはそんな彼女が歯がゆくてたまらない。何故、才能があるのに無駄にするのか? でも、彼女の価値観は彼女だけのもの。それはジェニーにとっても同じ。お互いそれでも「自分」を受け入れて欲しいのだ。でも、2人とも感情表現が下手過ぎる。辛い経験からジェニーは攻撃してしまい、クリューガーは従わせようとしてしまう。その辺りも上手い。

とにかく主役2人が素晴らしい。ジェニー役のハンナー・ヘルツシュプルングは1200人の中から選ばれた無名の新人。彼女の少年のような鋭い、でも傷つきやすい目が素晴らしい。この作品のためにピアノはもちろんボクシングまで習ったという。オーディションでも演じたという鏡をこぶしで叩き割るシーンはすごい。迫真の演技だったと思う。全身で怒りと悲しみと愛情への渇望を感じた。クリューガー役のモニカ・ブライブトロイは特殊メイクで実際よりも20歳も年上の人物を演じた。見ていた時はホントに80歳過ぎの老女優が演じているんだと思っていた。その佇まいがすごい。あの出来事以来クリューガーが抱えてきた傷と重荷。苦しみや悲しみを心にしまい込み生きてきたその人生がにじみ出るようだった。

ラストクレジットでクリューガーという人が2004年まで生きていたというような表記があった。おそらくこの映画の着想のきっかけとなった人物だと思う。実際、刑務所でピアノを教えていた老女教師で、監督が彼女の写真を見たことから今回の作品が生まれたらしい。映画自体は実話ではないと思うけど・・・。この作品2人の日本人が関わっている。シューベルトを弾いた木吉佐和美さんとラスト4分のピアノを弾いた白木加絵さん。

そのラスト4分間がスゴイ! たぶんに映画的な盛り上げもあるものの、まさに魂の叫び。そして心の開放。自由への4分間とは、肉体的な自由ではなく心の自由なのかもしれない。4分間の演奏もさることながら、そのラストシーンの美しさに心を揺さぶられた。お互いを本当に認め合った。2人が求めていたものが得られた瞬間。苦しんだ末に自分を開放できた者にしか得られない瞬間。自分を開放するということは、自分だけの価値観を捨てること、そして人を受け入れること。その瞬間が押し付けがましくなく、こんなにも美しく描かれるのは素晴らしい。

暴力シーンも多いし、暗く悲しく辛い。映画自体も、ラスト4分も合わない人も多いと思う。でも、ラストシーンのために見る価値は絶対あると思う。記憶にある限り5本の指に入る美しいラスト。実際は哀しいんだけど・・・。


『4分間のピアニスト』Official site

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