チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

「ぶら下がりパグ」我が家にもやって来ました。

2016年05月21日 | 日々のこと

雨、25度、94%   大雨、雷、土砂崩れ警報

 ここ数ヶ月パグ好きの方の写真でよく見るのが小さなパグのフィギュアです。デロンとしたパグたちをコップの縁にかけています。そのパグのフィギュアの面白いこと、パグの表情もそのだらしなさもよく出来ています。 ネットで買うのかと思っていたら、全種類揃えるのにいくらかかったとか、もう何回通ったとか書かれています。どうもグルグル(普通はガチャガチャ)と呼ばれるあの機械で売っているようです。

 ガチャガチャはハマります。我が家では、あの取っ手をぐるぐると回すところからグルグルと呼んでいます。息子が小さい時には、キン肉マンの消しゴムを求めにグルグル。なんとかマンがまだ出ないと言っては、グルグル。何処そこの機械には新しいのが入っていると聞いて来ては、グルグル。よくやりました。今も我が家にはやや変色したウルトラマンのマグネットが残っています。グルグルで出したものです。非常にレアなものと聞きました。

 香港にも日系のスーパー、アピタやイオンにガチャガチャがあります。一度開店時に行ったことがあります。開店前から並んでいる親子連れがガチャガチャの機械目指して突進して入りました。その姿、昔のわが親子のようでした。

 このパグも消しゴムなのかしら?息子がダブったものがあるといって送って来てくれた「ぶら下がりパグ」です。お嫁さんのご実家には黒パグのボブ君、我が家にはモモがいます。息子の家にはきっと全種類あるのでしょう。  主人はこんなもの我が家にあるとは知りません。今朝コーヒーを出すときに驚かせようともくろんでいます。

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ブログへのコメント

2016年05月20日 | 日々のこと

曇り、25度、91%

 ブログを書き始めて、7年程経ちました。私のブログへコメントを頂けるなんて思いもしないで始めたブログです。コメントもブログ自体にくださる方、FBに入れてくださる方、LINEにメッセンジャー、もちろんメールでも頂戴します。小さい時から知っている古い友人もいれば、こういう媒体を使っての遣り取りですからお顔を知らない方もいらっしゃいます。

 先日、桜色のスカートを作ったとブログに書きましたら、ピンクのスカートの思い出話をコメントにくださった方がいます。その方の小学6年生の時の学芸会の話です。「おおかみと7匹の子やぎ」の劇にお母さん山羊の役で出演することになった彼女に山羊のお母さんの衣装(白いセーターにピンクの丈の長いスカート)を用意するように先生から言われたそうです。そこで、彼女のお母さん、キラキラのピンクの布を買って来て、夜なべして縫ってくださったそうです。長いピンクのスカートをはいてお姫様のような気分でした。とコメントを入れてくださいました。コメントの最後に、思い出してこうして書かせてくれてありがとうございますと締めてありました。読んだ後、私もお母さんの夜なべの様子から学芸会での彼女の喜んでいる様子を、お会いしたことも無いのに思い浮かべてほのぼのした気持ちになりました。お礼を言いたいのは私です。

 ある時は福岡のある商店街の思い出を書きました。私が小さい頃から両親に連れられて歩いた通りです。コメントをくださった方は、結婚してその通りをよく歩いたのだそうです。でも、今は離婚なさって、もう2度と通ることの無いその商店街を思い出しました、とのコメントでした。胸にぐっと来るものがありました。どんな思いをしてキーを打ってくださったのかと。

 人それぞれ胸に秘めていることがあります。嬉しいことも、辛いことも、悲しいことも。好き勝手にブログを書いて、皆さんの生きている一コマをコメントを通して頂戴しています。辛いことや悲しいことは私も気が沈みますが、嬉しいこと同様に聞かせて頂けることをありがたく感じます。

 辛いこと、悲しいことはなまじ知人などには言い難いこともあります。私の書いた何かに共鳴してくださってコメントをくださる方に感謝します。小さな世界しかない私に、頂いたコメントは世界を拡げてくれる様に感じます。

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木ノ芽の琥珀糖

2016年05月19日 | 日々のこと

曇り、24度、85%

 薄茶に添えられる半生のお菓子で琥珀糖というお菓子があります。寒氷、食べる宝石などともいわれ、外側は砂糖が固まってコリッと歯に当たりますが、中は透明で柔らかなお菓子です。食感も楽しく、見た目も色とりどりに作れますので可愛いお菓子です。確か糸寒天とお砂糖を練り上げて作るのだと聞きました。

 先日頂戴した琥珀糖、小さな箱の蓋をとって、「あら!」と声を上げました。白い3センチの拍子に切られた琥珀糖の上に一枚一枚木ノ芽がのっています。日本は木ノ芽の季節です。初めて見る木ノ芽の琥珀糖に思わず鼻まで寄せてしまいます。

 ふっと鼻を突く木ノ芽の香り、日本ならではの繊細なお菓子です。普通は薄茶で頂くお菓子でしょうが、この木ノ芽の香りを損ないたくないので、澄んだ鉄観音茶を入れました。 木ノ芽の香りも優しい甘さもコロコロとまん丸な葉っぱの鉄観音茶ならすっきりと納まります。

 山椒の木をこっそりと隠して日本から幾度持ち帰ったことでしょう。高温多湿、水遣りが多すぎたか、いつも2年目には山椒の木は枯れてしまいます。庭に一本あるとこの小さな緑の葉っぱはその色形香りと3拍子揃って食卓を飾ってくれます。いつかは日本の家の庭にも欲しい山椒の木です。

 琥珀唐をかじりながら、お茶をすすります。ここが香港なんて忘れてしまう時間でした。 かじりかけ。「霜月」の「木ノ芽琥珀」、おごちそうさまでした。

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自家製天然酵母のプルマンローフの失敗

2016年05月18日 | パン

小雨、23度、82%

 酵母の種から起こして天然酵母を作ったのは4月のことでした。以前使った天然酵母は市販のホシノ酵母です。レーズンから起こした酵母液で中種を作ります。天然酵母を使って焼くのは、やはりハードなパンと思います。粉の味と酵母の醸し出す香りを噛みしめたい、そんな思いです。そこで出来上がった酵母を使って、小さな丸いハードなパンを焼きました。私の酵母の力が分かりませんから、粉の配合、水の量を見ながら、毎日毎日焼きました。20個目ぐらいから、満足の行く配合が掴めました。イーストのように均一ではありません。中種を継ぎながら使っていますから、 酵母のその日の顔色をうかがいながらの仕事です。

 毎日焼きましたから、少しハードなパンにも飽きました。そこで、久しぶりにこの天然酵母を使ってプルマンローフを焼くことにしました。ザックリと配合を出して、捏ねます。天然酵母を使うと生地はべたつきます。しかも気温が上がって来ていますから尚更扱い辛い、1次発酵の段階でいつもとなんだか違うなあと思います。こういう時は時間をとります。膨らみ具合が小さく感じます。生地に艶もありません。やや艶が出て来たところで、次の段階に移りました。二次発酵、型に入れて待ちますが一向に持ち上がってくれません。発酵温度もやや高く保ちます。3時間経過しても型の八分目まで持ち上がらないので、蓋をせずそのまま焼成しました。オーブンにれて5分後、驚くことにグングン大きく膨らみました。焼き上がった山パンは、中はべったりと握るとお団子のようです。このパンを焼いたのは日曜日。日曜、月曜と私の頭の中はプルマンローフのことで一杯でした。寝ていても夢の中で配合計算しています。何処が悪かったのか、あのオーブンに入れて膨らみ出したパンが教えてくれています。

 さあ、気を取り直してもう一度。縦伸びが必要なプルマンローフには私の酵母はハード系より多く使うこと。生地の状態を見ながら兎に角気長に待つこと。昨日は気温が低めでしたので、室温も高めにと気を遣いました。発酵状況をこれぐらいでいいではなく、間違いなくこの状態という線まで待ちます。生きている私が作った酵母との付き合い方です。

 出来ました。イーストとは違う モッチリと酵母の香りのするプルマンローフです。

 失敗したローフは半分までパンプディングにしたりして食べましたが、流石に諦めて残り半分は鳥さん達に食べてもらいました。生きた酵母です。イーストの時より見る目、触った時の感触を大事にしてやらないといけないと学びます。そして、一番大事なのは酵母を好きになること、信じて待ってやることです。

 

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「都をどり」のお皿

2016年05月17日 | 日々のこと

小雨、22度、80%

 友人がおやつをのせてアップする写真、いつ見ても気になります。まあるいお団子のような絵が描かれています。そしてそのお団子の色が変わります。色変わりのお皿です。気になるので尋ねました。「何処のお皿?」「都をどりで頂けるお皿です。今度の都をどりの時貰ったら、真奈さんに上げますね。」とおしゃって下さいます。もちろん手を叩いて喜びました。

 私は欲しいものや作りたいもの調べたい物などをスクラップしたファイルを3箱持っています。 古い物では30数年前の新聞の切り抜きから入っています。年に数回、必要でなくなった物を処分して新しい切り抜きに入れ替えます。先月は腰を据えて一枚一枚見ていました。何かの料理の切り抜きの裏のページ、「だんご皿」とタイトルのあるページが目に留ります。お団子を盛るお皿はさりげない物がいいと思います。そのページで紹介されていたのが、「都をどり」のお皿でした。古い物なのでしょう、友人が使っているのとは違い地色がやや赤っぽい土色です。「都をどり」のこのお皿は、「都をどり」の期間中お茶券付きの入場券を買った人が頂けるのだそうです。お茶を点ててくれるのはもちろん芸妓さん。きれいどころの芸妓さんにお茶を点ててもらって、これまたきれいどころの芸妓さんがお給仕してくださるのだそうです。その時、虎屋のお饅頭がのって出て来るのがこのお皿。5色色違いがあると書いてあります。毎年行かれる京都の方でも、5色揃えるのは難しいそうです。どの色のお皿にのって出て来るか分からないのですから。私なら、茶色のがいいわなどと駄々を捏ねそうです。この記事を読んで、ますます待ち焦がれる「都をどり」のお皿です。

 先月末、友人が「今年は白でした。真奈さんお待ちください。」と知らせてくれました。厚かましくも「はい、待ってます。」とお返事して白いお団子のお皿を思い描きます。

 昨日、「都をどり」のお皿が届きました。私は白いお団子のお皿が一枚届くと思っていたところ、何やら大きめの箱です。開けてびっくり、5色色違いで5枚のお皿。お手持ちの分まで分けてくださったに違いありません。清水焼のこのお皿、大量に作られるでしょうから物はよくありませんがと添え書きがありました。物の善し悪しではなく、恋い焦がれたお皿です。 

 早速、昨晩使ってみました。径が14センチ程ですから小ぶりのお取り皿にピッタリです。申し訳ないことに昨晩私がのせた物は、主人がソウルで求めて来たキムチでした。お皿に恐縮する私です。 お皿の裏も素敵です。香港にいながら、一度も「都をどり」に行ったこともない私が、一度に5色色違いのお皿を手に入れることが出来ました。ほんとにありがとう。

 さあ、今日はこのお皿達の居場所を決めてやらなくてはなりません。ちょうど夏物のお皿と入れ替えの時期です。毎日毎日使います。今も出来損なったパンがのっています。

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香港のキノコ

2016年05月16日 | 香港

曇り、23度、83%

 今年に入って雨が多い香港です。一年中湿度は高く、除湿機が無いと壁紙が剥がれて来ることすらあります。家の中のカビ対策は日本の梅雨よりも大変です。油断すると、靴などの革製品はうっすらとカビが付きます。

 外に出ると、風がない時はムッと湿度が地面から上がって来ます。まあ仕方ありません、ここは亜熱帯気候です。雨が降ったり止んだりの天気が続くと、こんなものが顔を出して来ます。 目を凝らさないと見えません。 こんな群生も見られます。キノコです。香港の野生のキノコは大型ではありません。大きくてもシイタケ程です。以前は、真っ赤なキノコやきつね色のキノコもよく見られました。ここ数年お目にかかっていません。キノコは空気のきれいなところに生えると何かで読んだことがあります。年々、空気汚染が進む香港、きっとキノコ達にとって住み辛い環境になって来たのだと思います。

 キノコの名前を調べようと、「香港 キノコ」で検索しました。出て来るのはキノコ料理ばかりです。細いヒョロッとしたおそらく「ヒトヨダケ」の仲間でしょうか。

 日本には自生していない白キクラゲが市場で木に付いたまま売られていました。 この生の白キクラゲ、私の手のひらに納まる程の大きさですが、お値段を聞いてびっくり、日本円で6000円ぐらいです。サルノコシカケ、普通のキクラゲは街路樹にも付いていることがあります。

 木陰の小さなキノコ、昼間雨が降らないと夕方には萎んでしまっています。翌朝、キノコのあった当たりを見回しても陰も形もありません。今朝は日差しが強くなり始めました。モモさんの散歩でキノコに会えるのもしばらくお休みです。

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モカサブレ アールグレーサブレ

2016年05月15日 | 菓子

小雨、24度、95%

 お菓子を作り始めた30年程前と昨今では、少しお菓子作りの常識が変わって来たのかもしれません。ジェノワーズを焼くには、共立ても別立ても使用する卵を常温にしておくようにいわれていました。常温もしくはやや温めた状態の方が、白身の気泡の含み方が大きいそうです。ところが、先日読んでいたレシピでは別立ては白身を冷凍庫で冷やして使うと書かれています。白身を泡立てるとき、まずはじめに軽く白身の腰を切ってから砂糖を加えるとばかり思っていたら、これまた、初めから砂糖を加えて泡立てるというレシピまであります。私はお菓子作りを習ったことがありません。私のお菓子作りの先生は本です。ですから、基本的なことに疎いと思います。そこで、今までとは違った方法で作ってみて自分の口に合うやり方をとることにしました。30年ぶりに自分のレシピの手直しをはじめました。

 私のクッキーの定番にココナッツサブレがあります。ココナッツの内側の白い部分をシュレッドしたものを入れた焼く甘い香りのサブレです。サブレ、口の中で砂が崩れるようにホロッと崩れるところからつけられた名前、ホロッと崩れるのが身上です。サブレを作るにはバターをポマード状にして作り始めます。ところが先日読んだレシピでは、練りパイを作るようにカチカチのバターとこれまた冷たくした粉や砂糖を合わせるとホロリとすると書かれています。

 そこで、粉も砂糖も冷たくしたところにバターを小さくきりこんで作ったサブレを作ってみました。香りはモカとアールグレーです。 配合はポマード状の時と替えていません。お口にホイ。うーん、難しい。ポマード状のサブレよりバターを切り込んだ今回のサブレの方が軽いような気がします。ホロッと崩れるというよりバターが重くないと感じます。もう一度作ってみて、我が家の作り方を決めるつもりです。しっとりとバターを感じるサブレも捨て難い。

 サブレばかりではありません、これからも焼き続けて行くお菓子の配合やら作り方を手直しする時期が来たようです。 ずっと持ち回っているお菓子のレシピのノートの2冊です。バターやチョコレートのしみ、配合の計算のメモ、息子の小さい時の落書き、その上いろんな切り抜きまで詰まっています。このノートも進化しています。私の宝物です。

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「クーラーを付けてください。」モモ

2016年05月14日 | もも

小雨、24度、93%

 香港、ここ数日雨が降りませんでした。雨が降らないけれど、晴れ上がっている訳でもありません。そよそよと風が吹いています。湿度も80%を超すことがありません。それとばかりに、窓を全部開け放しました。海からの風が入って来ます。クーラーも切りました。除湿機も消しました。

 夜も風が心地よいので窓を開けたまま休みます。ほぼ3日間、夏になる前の香港の短い春を家でも楽しみました。

 昨日の昼前、ひょいと見ると、 モモさん我が家で一番風が抜けるところでこの状態で寝ています。「パグの開き」です。これは暑い時の寝る体勢。陽が上ると気温が27度近くまでなりました。私の気配に気付いたモモさん顔を上げて、「クーラーを付けてください。」というお顔です。「もう少し我慢しなさい。」

 昼過ぎ私も襟足がムシムシします。風が凪いでしまっています。そこで、バタバタ全部窓を締めて、クーラーを付けました。しばらくしたら雨が降り出しました。湿度も上がります。除湿機も付けました。

 家の中を風が抜けるのが好きです。ビクトリア湾からの風、太平山からの風、風の匂いも違います。季節、朝晩、雨の後、それぞれ風がその匂いで知らせてくれます。

 昨日からクーラーはまたしてもフル回転です。モモさん熟睡で私の横で大いびきをかいていました。次に窓を全開出来るのはいつのことやら、またしてもジメジメ、ムシムシの天気が戻って来ました。

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香港セントラルの小さな公園

2016年05月13日 | 香港

曇り、24度、83%

 香港島の北側は、急斜面に建物が建ち並んでいます。埋め立てが進んでいますから、平坦な土地が拡がって来ましたが、以前はそれこそ水際からすぐに山道があったと聞きます。ションワン、セントラル、ワンチャイ一帯は昔から人が住み続けて来た土地です。20年程前、セントラル中心部から山に向けて長い長いエスカレーターが作られました。このエスカレーターが出来る前は、山手に住む人たちは、坂を上ったり下ったり。随分便利になりました。

 エスカレーターの通っている道に平行して何本も道があります。その坂道を上り下りすると、ビルとビルの間に小さな公園がポツポツあります。公園なんていうにはほんとに小さく「休憩処」と書かれています。 最近は子供の遊具なんかも置かれていますが、以前はひさし付きの小さなベンチがあるのみでしたが、決まって木陰はあります。涼しいうちはこの小さな公園はあまり気にもならず通り過ぎますが、日に日に気温が上がり始めると、こうした小さな公園のありがたさをひしと感じます。

  向こうの道と手前に道を行き抜けるこの公園、近道ばかりではありません。高齢化の進む香港、歩き疲れたお年寄りがチョイと一休みします。

  水辺もあるやや大きめの公園もあります。 奥の四阿の中では、中国将棋をしているおじいちゃん達がいます。

 小さな公園ですが、緑の木陰で一息つく、スコールが来れば雨を凌ぐための屋根を求める、公園のおかげを蒙っています。 暑くなると外で遊ぶ子供なんかいなくなる香港です。坂の途中のこの公園は、昼過ぎには近くの工事現場のおじさん達が思い思いに昼寝をします。

 近道のために通り抜けていた小さな公園ですが、暑くなって私もおじいちゃんやおばあちゃんに混じって一休み。ふと上を見上げると、 初めてみる可愛い花がありました。友人に名前を調べてもらいました。「エラエオカルブスレティキュラックス」舌を噛みそうな名前です。

 ベンチに座ったおかげで初めての花にも出会えました。この夏度々小さな公園にお世話になりそうです。

 

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「 THE PIANO TEACHER 」JANICE Y,K,LEE

2016年05月12日 | 

曇り、23度、84%

 香港で生まれ育ったJANICE Y,K,LEEの最初の小説の舞台もやはり香港です。私は彼女の最新作である2作目の[THE EXPATRIATES」をはじめに読みました。舞台は香港ですが、「THE PIANO TEACHER」の時代は1940年代半ばから1950年代半ばにかけての話です。第二次世界大戦の始まる前から戦後に渡ります。その間、香港は日本に占領された時期があります。少し入り組んだ恋愛小説です。

 1942年、イギリス人Willは香港にやって来ます。WillはTrudyという資産家の娘で中国人とポルトガル人のハーフの女性と恋に落ちます。ところが日本に占領された香港では、イギリス人はキャンプ生活を余儀なくされ隔離状態に置かれます。Trudyは日本の軍隊の幹部に見初められ、日本人の愛人になりその日本人の子供を身ごもったまま行方不明となります。戦後Trudyの行方を探すWillですが、確とは掴めないままに香港でお抱え運転手として働きます。

 戦後7年、イギリスから結婚して間もなくやって来たClarieは、中国人家庭の娘にピアノを教えることになります。そして、その家のお抱え運転手のWillと出会います。WillはClarieの中に喪った恋人Trudyの面影をみ、ClarieもまたWillを好きになります。ところがWillがみているのは自分ではなく亡くなったTrudyだと気付いたClarieは、夫からもWillからも離れ自立するところで話は終わります。

 戦中日本軍が香港でした残虐な行為の数々、中国の骨董を日本に持ち出そうと企てていたことなどが話を複雑にします。言葉では書かれていませんが、Trudyは日本人によって殺されたと暗黙で分かります。Willが一筋にTrudyを思い続ける恋愛小説に違いありませんが、日本人で香港に住む私は、戦時下の日本軍のことに思いを馳せます。あくまでのフィクションですが、作者、Janiceは当時のことを随分調べたようです。そしてまた、巻末にある彼女のインタビューの中には、この本を日本人にも読んで欲しいとあります。2009年に刊行されたこの本、まだ日本語の翻訳は出ていないようです。

 時代は半世紀以上も遡りますが、この香港を舞台にした話は、私が毎日通る道やピークから見える景色の描写が今と変わらぬことに身近に感じる話でした。

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