たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の参考にされても責任は負いかねます。深慮せず軽く読み流してください。

ぶなじろうさんの追っかけで、奥武蔵にツツジ見物に出かけたが、低山の花見は時すでに遅しだった~金ヶ岳から小林山。

2018年04月15日 | 奥武蔵の山
◎2018年4月14日(土)

山歩きとは関係のない唐突で長い前口上】(この部分は読まないでカットしても結構です。山行の本文はかなり下にあります)

 1日は花見の付き合いでせっかくの休日をふいにしていたから、8日の日曜は何としてでも山に行くつもりでいたが、予期せぬことが起きてしまった。6日に眼の手術後一か月経過の診察を受けに行ったところ、途中から深刻な顔になった医師に「かくかくしかじかな状態になっています。すぐに『処置』をします」と言われた。そのかくかくしかじかの内容は理解できたが、それがどんな事態なのかは飲み込めず、むしろ、夕方の、仕事の外回りの帰り道、社用車で立ち寄っての検診でもあったので、「処置」がどの程度のものなのか、国語的にはただの「手当て」のことだとは思うが、時間がかかれば遅い帰社理由の言い訳に苦しむ。早いとこ帰社できるのかということだけが気になり、「処置」にどれくらいの時間がかかるのかを尋ねると、20~30分で済むとのこと。ならいいかと、有無を言わせずの「処置」を受けることになったが、何ということはない。「処置」とは「再手術」のことで、45分もかかった。先の手術は20分程度で済んでいたが、今度はその倍の時間。十分な準備もないいきなりの手術だったため、麻酔の効果は薄く、痛みの伴う手術だった。出血もかなりあったらしい。
 術後に医師から、縫合したからもう大丈夫でしょうと言われた。あぁそうですか。ありがとうございましたと返したものの、いったい何をどう縫合したわけ? 縫ったら後日の抜糸もあるの? だが、痛みの中でも手術中に頭にあったのは、今、何時かなぁ。20~30分は確実に過ぎているし、遅い帰社の言い訳はどうしようかなぁといった目先の思いだった。
 結局は、術後すぐに会社に電話を入れ、畑地に車を置いたら脱出できなくなり、JAFを呼んだらなかなか来なくて…と、術中に考えていた偽りの連絡を入れることになったが、手術した左眼は視界が真っ白で、つまりは何も見えずにやたらに痛い。頼りは不都合のない右眼だけ。薬局でさらに待たされ、すでに退社時刻はオーバー。明らかにやってはいけない運転(前回は女房に送迎してもらっていた)で会社に戻り、年下の上司に「すみませんでした。まだあの車に慣れていないもので」なんて苦笑いを浮かべ、何食わぬ顔をして退社した。半端な麻酔が切れた眼の痛みはズキズキで、すでにこの時点で山歩きどころではなくなっていたし、明日、明後日のことなんか考えられる余裕はなく、自宅まで15分の運転だけが恐かった。女房に迎えを頼むにしても、彼女は仕事。自分が東京に通っている時でさえ、自分より遅く帰宅する毎日だった。車の中で2時間近くも横になって迎えを待っているわけにはいかない。さっさと帰らないと日課の犬の散歩もできなくなる。
 翌日の7日。考えてみれば、この日は老人会の花見会だった。これに付き合っていたらとんでもない事態になりそうだ。冷えたビールと一升瓶を差し入れるだけで済ませよう。再び保護メガネをかけて出勤する。同僚に問われれば前回同様に、花粉症が体の良い理由になる。痛みはようやく半分になり、真っ白な視界もシルエット状になっていた。それでもまずい片目運転での出勤、外回り。わかりきってはいたが、花もすでに落ちている花見会の会場をそそくさと辞して眼科に向かい術後の受診。改めて医師の説明を受けた。あのまま放置していたら、細菌が入り込んで眼内炎になり、あげくは失明に至るところだったらしい。だから医師も慌てたのか。何か力んだり、ぶつけたりしたことがあるかと問われ、せいぜい自分で3台分のタイヤ交換した際のタイヤの持ち上げか、山での急坂登り程度のものだが力むレベルではなかった。トイレでもしかりだ。いつもすんなりいかなければ、気張るような無理はしない。医師にすれば、目を強く打ったことが原因ということにしたいらしく、それはなかったと否定した。この一か月、眼にはかなり気を遣ったから、こちらの落ち度はないはず。思うに、市内でもベテランで通る医師なりの驕りによる単純ミスでの失敗手術ではなかったのか。自らそれを騒ぐつもりはないが、だれかに相談を受けたら、あそこの眼科だけはやめた方がいいんじゃないですか。現に私も…と言うだろう。
 ネットで調べると、今回の眼の手術で眼内炎になる率は1/2000程度のものらしい。いずれにせよ、診察を先延ばしにしていたら、2000人の1人に近づいていたわけで、かなり危うい状態であったことは確かのようだ。
 考えてみれば、先月の25日に道志まで行って眺めた富士山は、眼内炎になりつつある目で見ていたということになる。あくまでも絶景の富士山だったが、運が悪ければ最後の冨士見になっていたかもしれない。
 まぁ、そんなわけで、眼の手術も振り出しになり、山に行く予定でいた8日の青空を見ても、一週間前の花見仕事の日とは違い、何ら惜しい気持ちすら起きなかった。今は、果たしてまた繰り返しにならないことを心底願っている。その後一週間が経ち、昨日13日に検診に行ったが、医師から経過は良好という言葉は出なかった。最初の手術の時には「順調です」と言われていた。さらに、普通なら、次は術後一か月目の検診となるのに、二週間後に来てくれと告げられた。それがえらく気になって楽観的にはなれないでいる。まして、何で情報を小出しにするのか、この場で虹彩だったかの一部を切除したことも知った。しかし、今日からは洗顔、洗髪はOKとのことだから、こちらから細々したことは敢えて聞かず、普通の生活を営んでも良しと解釈することにした。ただ、深刻で苦しい笑いになるが、しばらくは力んだり眼をぶつけないよう注意しないといけない。
 今さら隠し立てしてもしょうがない。恥ずかしながら敢えて記す。手術とは白内障の手術だった。自分の場合、年齢的にかなり早くから歯よりも眼の老化の方が進んでいて、7~8年前から世の中が白っぽく見えていた。最初は眼鏡レンズの汚れかと思い、しきりにレンズをきれいにしていたが、その割には白い視界は消えず、眼科に行って白内障であることを知って驚いた。その時の眼科医からは「見えづらくなったら手術」と言われたが、夜の雨降りの日の車の運転は最悪で、3年前にまずは右眼の手術をした。手術そのものは水晶体を人工レンズに代えるだけのことで、もう一般的な手術になっているし、術後のトラブルもまったくなく済んだ。今回は左眼の手術だった。地元で評判の眼科を選び、一年半近く待たされた揚げ句の結果がこれだった。現に今もそうだが、しばらくしても見えづらい状態が続くようなら、別の眼科に変えて再々手術ということになろう。ただ、ややこしい二度目の手術を受けているからどういうことになるのやら。

 いつもよりも長い前置きになった。こういう話は人の性で、ついだれかに聞かせたくなってしまうもの。ましてやこちらの顔が見えないブログでの話題だ。一種の、書いて自己満足といったようなもの。だから、大腸内視鏡を受けた時のようにむしろ書きやすくもなる。同情は不要というかお断わり。とにかく、当面、今や貴重になってしまった休日。山に行くにせよ、少なくともあと一か月は要注意でおとなしいコース歩きに徹した方がいいだろう。ここのところずっと、自分が志向するマイナーでちょいと危うい歩きからは遠ざかっているが、今回のトラブルでさらに縁遠くなってしまった。「復帰」という言葉は嫌いだが、しばらくはきつい歩きはできない。人様のご活躍ブログも、ここのところ、ずっとタイトル次第では中を読まないようにしている。まさに目の毒なのだ。まぁそんなことで、この時節だし、ハイキングがてらにだれでも難なく見られるありきたりのツツジ見物といった歩きが無難ということになってしまうか。


そしてようやく山行の本文

 以下、ようやく今回の歩きに入る。ただ、下を見ても、休憩込みの5時間24分の歩きだ。たかが知れた歩きだが、少なくとも前置き部分よりは長くしなきゃいけないな。

長瀞町役場駐車場(7:25)……車道を離れて金ヶ岳北西尾根に向かう(7:46)……春日神社・金ヶ岳(8:29~8:39)……植平峠(9:25)……葉原峠(9:30)……小林山・大平山(9:43~9:57)……371m標高点付近(10:48~11:04)……312m標高点付近(11:21)……北西尾根を下りきる(11:43)……何かの施設跡の近くで休憩(12:07~12:16)……車道(12:17)……法善寺(12:29)……役場駐車場(12:49)

 とはいっても、今回の歩き、すんなりと行き先が決まったわけではなかった。ぶなじろうさんが7日に奥武蔵(今は北側は「北武蔵」として区分けされているようなので、以降は北武蔵とする)に行かれた記事を拝見し、数日しか経っていないことだし、花もまだ見頃だろうと、その周辺を歩くつもりでいたが、昨日の夜の時点で、眼の件の興奮もさめやらぬ状況であったためか、ヤケになってもいて、どうせなら、三度目の正直で、角力場経由で根本山、熊鷹山を周回するつもりになっていた。皆さんのブログを覗けば、今年のアカヤシオの開花と進度は早いらしい。もう標高は1000mを超えているかもしれない。周回するにしても、わけのわからぬ角力場以外にきついところはないだろう。
 ところが、出がけに熊鷹山周辺の天気予報をチェックすると、6時時点ですでに雨が降っている気配。これではダメか。即、雨降りの可能性のない北武蔵プランに切り替えた。
 2月に歩いた北武蔵コースと、ぶなじろうさんが歩かれたルートは一部かぶってはいるが、2月は殺風景な景色だったのに、この時季はあんなに色彩あふれる風景になるのはちょっと想像しがたい。もう一度行くにせよ、極力、長い車道歩きだけは避けたいし、岩根神社の「ミツバツツジの群落」(昭文社マップの記載)とて、1000円出してまで不自然なものは見たくもない。覗き見するとしたら、歩道らしき実線の南側のちんまり尾根を歩けば良いようだが、これでは車道歩きが入り込む。神社北側の371m標高点を通る尾根歩きならどんなものだろうか。覗き見よりも遠望に近いだろうが(実際には木立で神社すら見えなかった)、小林山に行った際、その先の尾根には興味があった。ツツジを間近に見られずとも春の彩りを体験できればそれで良し。眼にもやさしいだろう。既存のコース歩きからは外れてしまうが、地図で等高線を追う限り、力むことはなさそうなルートではある。ついでに、少々変化をつけるべく、金ヶ岳(=春日神社)にも北西の尾根を使って登ってみることにした。果たして歩ける尾根なのかどうかはわからない。ダメなら、戻ってダイレクトに371m標高点尾根に上がることにしよう。

 ここで余計な話。目覚めとともにトイレに駆け込むと下痢ピーだった。出発前まで3回トイレに入り、こりゃダメかと思い、一応、ストッパーを飲んで出かけたが、念のために立ち寄った川本の道の駅のトイレではすでに薬の効果で小康になっていた。まぁ大丈夫でしょう。

(金ヶ岳。今日は左側から登ってみる)


(県道に面して。標識にしたがって入り込む)


 長瀞町役場に車を置き、国道と線路を渡り、県道に至るまでは前回と同じ道筋。今回は県道を北に向かい、岩根神社に至る林道のカープから金ヶ岳北西尾根に取り付く予定でいる。前回は、岩根神社から林道(=現役の車道)をずっと下って戻った。今日の足は今年初の地下タビのつもりでいたが、考えてみれば、車道歩きはどうしても避けられず、普通の登山靴にした。後で後悔することになるが、地下タビのつもりでズボンは裾細のトレパンにしていたため、靴上の隙間からかなり土が入ることになる。スパッツは当然持って行かなかったし。
 そろそろ林道が分岐する手前の右手に「岩根山歩道入口」という標識があった。これは、前に来た時には気づかなかった。これを使えるかと入り込む。コンクリ道だったがすぐに土の道になった。尾根の末端からは離れてはいるが、途中から乗れそうだ。

(ここは、神社の右脇から入った)


(本日最初のツツジ。何だか寂しい)


(ササヤブを越えて尾根に向かう)


 道は間もなく三股になった。その間には小さな神社。標識はないが、左は岩根山方面だろう。右はどこに行くのやら信用できないところもあるのでこれは敬遠して、神社の裏に続く道に入る。だが、この道もすぐに右下に逸れて行った。
 目標尾根に乗るには左上に行かねばならないが、結構、密なササヤブ。ケモノ道を見つけては登る。眼にあたらなければいいがと、メガネをかけながらもつい左眼をつむってしまう(これは帰着するまで続いた)。そのうちに明瞭な踏み跡が左から右に通っていたりするのが目に入る。尾根まではまだある。右に行けば、先ほどの右分岐道につながっているのだろうか。ここで赤いツツジを見た。これはレンゲツツジだろうか。花2つだけだがほっとする。

(いくらか賑やかになって)


(ピンクも出てきた)


(以降、しばらくお目にかかれない)


(緑以外の色が遠望できない宝登山)


 目的の尾根が見えてきた。またヤブこぎをして今度はまた10花(「株」とは言い難い)ほどのツツジ。周囲を見てもここだけ。そして尾根に乗る。またしても踏み跡。明らかに人為的な道だ。しっかりした道があるのを知っていれば、ヤブこぎをする手間もなかった。岩根山に向かうハイキングコースから出ているのだろうか。
 やがてピンクのツツジも現れ、ちょっとばかりこの先を期待したが、実際はここだけが賑やかで、この先は続かなかった。部分的に見晴らしは良く、ここから宝登山がよく見えたが、緑色はよく見えるものの、ピンクや赤系、白系の色はその山肌には見えなかった。やはり、低山の花の彩りは終わってしまったようだ。もうこの時点で期待感は持たず、未踏尾根の歩きの楽しみに徹することにした方が無難のようだ。とはいっても、頭の片隅には、上での彩りに多少の期待は残している。

(道型が明瞭)


(やがて右に迂回したので)


(直登する。上に岩が見えている)


 道型はストレートに尾根上に付いているわけではなく、その下を通っている。尾根そのものはヤブが続いている。山頂が近づいたあたりで、道は右に旋回した。これを辿っても行けそうだが、ここは道から離れて直登することにした。
 ヤブが少なめになり、ちょっとした急登になる。ふと、足元を見ると、アカヤシオの花びらがかなり落ちている。やはりダメかと思いつつ、先を登って行くと、岩場が現れた。左手から小尾根が上がってきていたので、そちらに乗り移ろうかと思ったが、尾根はちょっと急な感じだ。やはり岩場登りがよろしいかとそのまま直進。幸いにも、岩場は右からあっさりと巻くことができた。

(神社下も直登)


(春日神社)


(神社の裏手が金ヶ岳山頂)


 岩場を越えると、右手から道が入り込んだ。さっきまでの道だろうか。それとも、先日進入禁止になっていた破線路なのかは不明。もう神社の屋根がかすかに見えている。だが、この道も、神社の先方向に迂回している。まだるっこしいので、手ごろな木を見つけて杖にして直に登る。また道が合流して神社に出た。何だか、いつものように、随分とショートカットにもならない余計な歩きをずっとしてしまったようだ。
 2月の風景に変わるところはなかった。色物はなく、せいぜい緑が濃くなって程度のもの。裏の高台(これが金ヶ岳山頂と思う)に上がり、チョコレートを食べて、早速の一服。北側斜面にヤマザクラが見えている。あそこまで下るのはきつい。まして、曇天だからか、真っ白ではなく、くすんだ色になっていて、見る価値もなさそうだ。ふとSLの汽笛が聞こえた。秩父鉄道のSL、土日、祭日は運行だったな。

(金ヶ岳からの下り)


 さてと下るか。この先、葉原峠まではハイキングコースで間違えようもなく標識も多数なのだが、前回はなぜか南下して車道歩きになってしまった。その検証をせねばなるまい。今日は釜伏山方面まで行く予定はない。あちらは彩りも少しはあるかもしれないが、長時間かつ車道歩きは避けたい。この先、少なくとも小林山までは植林歩きもあるし、その種の期待はあまりない。やはり、ここでも花びらが散乱している。ヤマザクラのようだ。入れ違いにオッサン3人組が上がって来た。この3人が、本日唯一出会ったハイカーだった。
 道に沿ってずっと進んで行くと、見覚えのない風景が加わった。もしかして、前回はこの手前で間違ったのかと思ったが、すぐに秩父農工の杭を目にし、ここは前にも歩いていた。

(岩根神社方面をアップで。すぐ下の尾根からは覗き見できそうだ。赤いのはツツジではなく紅白の垂れ幕)



 左手が伐採地になり。その先に岩根神社が目に入った。遠目で周辺を観察する。確かに、こちら寄りの小尾根からならツツジ園を見下ろす形になりそうだ。どうも彩りはすっきりしない。その小尾根にピンクが数株見えてはいる。そして、紅白の垂れ幕がグルリとめぐらされているのを目にしたら興ざめになった。いずれにしても、一週間前のぶなじろうさんのブログに出ていたすごい咲きっぷりの色づきをここからでは確認できなかったが、立ち寄るまでもないだろうと判断した。

(無駄歩き。何もない小ピーク)


(前回、ここを左から来て右に行っていた)


 道は目の前の小ピークを避けて左に迂回している。ここでまた余計なことをして意味もなくピークに取り付く。あっ、そういえば、春日神社の手前で拾った杖代わりは、山頂に置き忘れてきた。代替えを探し、丈夫そうな枝を見つけた。これは最後まで同行してもらうことになる。今日の歩きは、等高線が詰まったところはなかったのでストックは持ち合わせていなかった。
 やはり、ただの小ピークに過ぎなかった。ツツジを期待したりしていたのがアホらしい。さっさとヤブ斜面を下って道に復帰した。ここには標識が置かれていて、上から見ると、道が二分している。そうか、ここで前回は間違えたのか。この辺は峠が多く、まして地理感覚もない。葉原峠経由で行きたかったのに、つい塞神峠方面に向かってしまい、結果は車道歩きが待っていたということになる。今日は、当然、左向きの「至岩根山・葉原峠」方面となる。

(左下に道が現れた。下には行かずにそのまま右側の道を行く)


(この辺はこんなのを撮るしかなかった)


(ヤマザクラを見上げる)


 登り気味になって下りかけると、左下に未舗装の作業道のような林道が見えた。地図を見ると、この林道は、葉原峠を通って岩根神社の前を経由する林道に出る道のようだ。岩根神社に出るには近道だろう。歩いているハイキングコースに接することはなかった。
 また登り気味になり、塞神峠、仙元峠方面から続く尾根が前に見えてきた。ここで、左のヤブに入り込む。大きな樹のヤマザクラが見えたからだが、青空があれば、少しは映えてはいたろうが、やはりくすんだ感じだ。こんなのを見るのですらヤブに入り込まなきゃならないのが何とも侘しい今日の歩きだ。

(植平峠。相変わらずに薄暗いところだ)


(葉原峠)


 植平峠に到着。植林の中の峠。ここの石標にあった「みかん山」、前回はどこかなと気になっていたが、最近の昭文社マップには「風布みかん山」として記載されている。
 この先、葉原峠・林道を越えて小林山(大平山)に至る記載は、前回の記事に記してあるので省略。違っているのは林道の雪はなく、周囲の緑が少し濃くなった程度のもので、相変わらず、白やらピンク系の色は地面以外に存在しない。

(小林山山頂)


 小林山でしばらく休憩し、おにぎりを食べる。三角点と山名板があるだけで、緑の濃さも感じない。立て続けの発砲音が聞こえる。これは射撃場からのものだろう。話は横道に逸れるが、12日の上毛新聞に、赤城・鍋割山の三角点標石が消えた記事が出ていた。設置は明治32年、長さ80cm、うち70cmが地中だったが、長年の風雨で次第に露出し、倒れかかっているところから撤去されたとのこと。重量80kgを四分割して降ろしたそうだ。これは添え書きだが、今は人工衛星を使っての測量が主流になり、三角点の重要度はなくなり、更新の際には標石も撤去されているとのこと。あるはずの三角点標石がどこを探しても見あたらないということがままある。中には、鍋割山のケースのように、撤去というのもあるのだろう。ヤブの中の三角点探しの楽しみが消えてしまうのは寂しいが、その頃にはもう自分自身が山なんか歩けないか、この世に存在しないかのいずれかだ。10年、20年くらいですべて撤去ということはあり得ない。それでいてハイカーが多い山(思うに三百名山あたりまでだろうな)の三角点標石は更新続けるというのだから、行政のやることは理解に苦しむ。ここで「更新」の意味がよくわからず調べたが、地図更新ならともかく、標石更新のことはわからず仕舞いだった。再設、交換といった意味合いだろうか。

 さて、ここからちょっと先が難解だ。地図を見ると、尾根が複雑に入り込んでいるわけではなく、広がっているので方向が取りづらい。やや明瞭な南西に下る尾根に乗ってしまうと岩根神社に出てしまい、長い車道歩きになってしまう。ここからストレートには下れないので、先の台地上のところから371m標高点にコンパスを合わせて下るしかないだろう。371m東側で尾根型も明瞭になるはず。ここで早々にコンパスをセットしておく。

(右下に作業道が見えた。これを使ってみる)


(町境の尾根を北に向かう。しっかりした踏み跡がある)


(バリケードみたいになってはいるが、ここで左手・西に下る。町境尾根はそのまま直進)


 早速、やらかした。一旦北西に行くべきところを北東に向かっていた。何をしてんだか。左手に見える小ピークから西に下るのを承知していたのにだ。この方向音痴も情けなくなる。迂回して、町境に戻って小ピークに向かう。
 右下に広い作業道が見えた。まだ明瞭な尾根にもなっていないので、どんなものかと辿ってみると、秩父農林振興センターの看板があり、道はここから右に逸れている。ここは無視してそのまま北に向かう。薄い踏み跡が続き、町境の小高い530m級ピークに着いた。ここから西に下る。改めてコンパスをチェック。南西の等高線の出っ張りに合わせ直そうかと思ったが、それをやると、気づいたら岩根神社の屋根が見えたとなったらお話にならないので、そのまま371mセットにこだわる。小林山で合わせた向きを微調整する。踏み跡はそのまま521m標高点の方に続いていた。

(まずはヤブ)


(そして整然とした植林下り。ここはコンパスに合わせて真正直に下っている)


(植林が終わり、よっ久しぶりといった感じ)


(ちょっとは続いたが)


(間近では見られたものではなくなっている)


 すぐにヤブになったが、時間もかからずに植林の中を下って行くことになる。たまに踏み跡があったりするが、これに惑わされたら岩根神社方面になると思っているから無視する。コンパスを信じてひたすらに下ると植林から抜け出し、次第に尾根型が判別できるようになって一安心。この木立では南側の岩根神社方面はさっぱり見えない。ここからのツツジ園の覗き見は失敗だった。ただ、散発的にツツジが出はじめ、幾分、気持ちは和らいだ。
 何とも不思議な尾根で、ここは作業道としても使われているのか、長くはないが、踏み跡が続いたり、横切ったりしている。そしてヤブになったりもする。ちょっとした岩場の脇を通過すると、前方に371m標高点ピークが見えてくる。

(371m標高点付近の小ピーク。ここで靴のゴミを出す)


(明瞭になったのが、自分にはちょっとがっかり)


(確かに春めいた景色だが、もう新緑に向かいつつある)


(そして312m標高点付近)


(312m小ピークにはこんなのがあった。いったい何のためのものだろうか)


 371m標高点ピークは何の変哲もない小ピーク。ここで一服する。靴にかなり土が入ってしまい、靴を脱ぐと、白い靴下は茶色になっていた。これから裾位置に注意して歩くことにしよう。
 どこから来たのか、371mを下ると、尾根上の踏み跡が明瞭になった。方角としては、岩根神社方面から上がって来ている。ちょっとがっかりしたが、歩きやすさと安心さが出てはくる。小林山から371mまでは方向を誤らないように注意しながら歩いたので時間もかかったが、312m標高点まではたいした時間もかからなかった。基本は平坦な踏み跡歩きだった。312mからは、等高線通りの緩い尾根下りだが、こちらの方にむしろ手こずった。

(312mを過ぎ、安泰な歩きはまだ続いていたが)


(尾根通しの先はこれ)


(ちらりと226m標高点ピークが見えた)


 かなり古いブルーシートが散乱したところを通過すると、いつの間にか踏み跡は消え、背高で細いササヤブに突入。踏み跡は、おそらくは作業道だから、別の方向に消えたのだろう。尾根型も不明瞭になり、312mで尾根末端に合わせたコンパス通りにササを強引にかき分けて下る。紺のトレパン下はすぐに白くなった。
 左手に226m標高点ピークが見えてきた。予定では、ここを下り切り、226mに登り、そこから南東に下る破線路を使うつもりでいたが、考えてみれば、この期に及んで末端からさらに90mの登りはしんどい。そのまま南に窪地状のところを行った方が良いのではないのか。
 ヤブこぎ再開。しかし、こう、先が見えない下りも困りものだ。ヤブも薄いところがあればいいが、周辺はすべて密になっている。どこを歩いても同じ。右下から野球だかサッカーをやっている少年たちの歓声が間近に聞こえる。グランドでもあるようだ。

(尾根の終点が見えてきた)


(こんなところに出た。左は破線路)


 ヤブが薄くなり、下に平地が見えた。ようやく尾根を下りきった。周囲は、以前は畑か田んぼでもあったのか、人の気配はないし、見える人家も遠い。目の前に小高い山が見えている。あれなら簡単に登れるかと思ったが、右手にちらりと見える送電線鉄塔の位置からして226mピークはさらに奥だ。やはりやめておこう。
 幸いにも、地図にはここから南側に途中切れの破線路が付いている。途切れまでの等高線は平坦だ。これを使って車道に出られるのではなかろうか。

(地図上の破線路はもう終わっているが、この先から登りになっていた)


 破線路はずっと続いていた。地図上の終点になってもヤブめいてはいるが続いている。だが、やがて窪みの道型になり、登りがかかってきた。これではどこに行くのか、あるいは下って来た尾根に戻る可能性もあるので、道型に見切りをつけて西に下り、窪地状のところを行くことにする。

(窪地に下ると、見た目は歩きやすそうだった)


(湿地に、よく見かけるこれがかなりあった)


(水が出てくる)


 またヤブこぎになって窪地に出た。やはり、ここは予想通りに沢地になっていて、ぬかるんでいる。乾いたところを選んで歩けるから問題はないが、そのうちに小さな沢というか水の流れが出てきて、沢はヤブの中に吸い込まれている。このまま行くのには、またヤブかといったところがあり、右手に、226mから下ってくる尾根らしき高台が見えたので、そこに這い上がる。タイヤや瓶が斜面に転がっている。ということは、車道も近いということか。

(破線の延長だろうが、高台が見えたので登る)


(その先にはこんな風景があった)


(そしてこんなのも)


(ここで見かけた。満開だった。左下はトイレの屋根。どうしてもこれが入ってしまった)


 高台に出て見えた先は打ち捨てられた広場のようになっていて、ここは何かの施設でもあったのか、鉄柱が錆びた照明施設もある。広場を横切ると、バリケードされた池(プールか?)もある。その先にはホテルのような建屋。現役ではないのは明瞭。左にコンクリ施設が見えたので、そちらから出られるかと行ってみると、それはトイレだった。便器が4つ並んでいる。かつて、ここはスポーツ関係の施設だったのではないだろうか。確認しに中に入ってみたかったが、そこまでの廃墟好きでもないので、一時的な興味は抑える。せめて看板類はないか探したが、眼に入る視界にそんなものはなかった。

(施設に通じる道だったのだろう)


(ここで休憩。向こうに岩根神社につながる林道が見える)


 トイレの下にコンクリートの道があった。その先には閉ざされた門扉があり、岩根神社からの林道が覗いている。地べたに腰をおろしておにぎりを食べる。ここまで世話になった杖とはここでおさらばとする。

(もしかして、これが「舟くぼ」?)


(県道と林道の分岐にある釣り堀)


 門扉とはいっても足で越えられる高さだ。門のすぐ脇に、見えづらいが手書きの古い「舟くぼ」という観光スポット案内板が置かれていた。どこがそれなのか知らないが、この真下の河原だろうか。すぐ隣には釣り堀がある。こちらは家族連れで賑わっている。

(県道沿いで。もしかして、これが今日一番の盛りのツツジだったかも)


(法善寺のしだれ桜。色はもうあせている。陽が出てきてはいたがこれだ。見頃はすでに一週間から10日前には終わっていたはずだ)


(長瀞の河原と宝登山)


 何だか物足りない歩きだった。時間的にも体力的にももう一山歩けそうだが、自分にそんな趣向はない。終わったら風呂にも入らずさっさと引き上げる。まして、この花の咲きっぷりからして、この近辺、どこに行ってももう花いっぱいの景色に接することはできまい。標高が低くて、ツツジも先週いっぱいで終わってしまったということだろう。
 せっかくだから、法善寺のしだれ桜がどんな按配か立ち寄ってみる。桜はまだ残っていたが、かなりくたびれた色になっていた。見物客は自分以外にだれもいなかった。

(本日の軌跡)

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、数値地図25000(地名・公共施設)、数値地図250mメッシュ(標高)、数値地図50mメッシュ(標高)及び基盤地図情報を使用した。(承認番号 平24情使、 第921号)」

 しかし…と、今回は車道歩きを嫌い、ここならだれも歩かないだろうと思ったルートで歩いてみたのだが、さすがに北武蔵(というか、奥武蔵全般だろうな)の山は、地図にもない道だらけで、その大半は作業道だとは思うが、至る所から入り込む人がいるものだなと感心してしまった。里山だから仕方もないし、ましてこちらは他所者だ。気分的にちょっとがっかりしたのはお門違いなことかもしれない。

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16 コメント

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Unknown (でん)
2018-04-16 20:02:01
こんばんは。
白内障の手術されたのですね。
うちのカミサンも15年くらい前に強度近視からなった白内障で両眼とも手術しました。
年齢的に白内障なんて珍しい患者だったようですが、それ以来特に何もしないまま今に至っています。

本文よりも前置きに反応してしまいました(笑)
返信する
Unknown (瀑泉)
2018-04-16 21:49:47
トップのツツジの画像が満開だったので,表題に,はて?と首を傾げてしまいましたが,ナルホド,県道沿いのツツジでしたか。
まぁ,確かに500mクラスの低山では,レンゲツツジくらいで,ミツバツツジも終わっているでしょうネ。
それはさておき目の手術,大変でしたネ。突然,眼内炎になりかけと診断されるとはネェ。どう考えても医療ミスのようですが,医者はそう簡単に認めないからなぁ。かくいう自分がかかった歯医者も,歯の治療後に顎関節症になったのに,「硬いモノを噛まなかったか」などと,別のことを原因にしようとして,一向に非を認めようともしませんでしたヨ。
それにしても,まっとうな歩きが出来ないうちは,人様のブログも目の毒ですか。まぁ,そうかも知れませんが,コメは別として,せめて覗いてやって下さいナ。
返信する
Unknown (ぶなじろう)
2018-04-16 21:51:00
今晩は。
たそがれさんの期待にそぐう事ができずに、申し訳ありません、てな心境です。今年は季節のウツロイが早すぎますねぇ~。
今回の下山コース、自分も候補に一旦上げたのですけれども、出だしの尾根型が乏しそうでウロツきそうだなぁ~と思い、もう少し北側を歩きました(結局ウロツきましたけど)。それにしても「明瞭になり、ガッカリ」の段は、やはり自分とはレベルが違うなぁ~と思いました。私の場合、「ホット安心でこのまま続いておくれ」ですから。しかし、ここいらは次の冬にもう少し歩いてみようと思っていましたので、参考になりました。
目の方はお大事に。私も霞んでいるので心配になってきました。
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Unknown (ふみふみぃ)
2018-04-16 23:58:57
私のいきつけの床屋の主人は50迎えたくらいですが先日白内障の手術をしたと言っていました。流石に私はまだまだ余裕(のはず)ですが個人差が大きいようで。
タイトル次第で記事の中身を読まないようにされていたとは残念です。最近目に毒なアカヤシオばかり追ってました(笑)。たまには気分転換にでも覗いてください。
もう武甲山~蕨山でアカヤシオが盛りなレベルらしいのでアカヤシオは遅かったとは思いますが他のツツジにも遅かったですか。私はアカヤシオばかり追っているせいで他の遅いツツジの適期は良くわらかないのですが彼らもこの春の暖かさに標高を上げて行っているようですね。
眼にあたらなければいいが、といいつつ籔っぽいとこを歩き怪しげな湿地帯へと踏み入っていく辺りにらしさを感じてニヤリとしてしまいました。対して私は特に何もないのに最近ろくな藪漕いでないなあとも。どうも去年マダニに喰われてから低山の笹藪に敏感で。
根本山に行かれていたらアカヤシオは見頃だったでしょうが霧の中を歩く羽目になっていたと思うのでこちらで安全面では正解だったんじゃないですか。私は桐生の奥の方へ言ってましたが1000m上では雲の中でしたよ。
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Unknown (とくちゃん)
2018-04-17 00:12:23
こんばんは!
再手術後、1週間で山遊びをしたのですか?
術後1か月は、登山控えるようにと注意事項になかったですか~? 
ちょっと心配になりまして・・・温泉も1か月、ぐっと力が入ることも1か月控えなくてはと思いますよ。知ったかぶりしてすみません。
お仕事も大変そうですが、ご自愛くださいね。
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でんさん (たそがれオヤジ)
2018-04-17 12:44:44
でんさん、こんにちは。
奥さんが15年前に手術とは驚きです。40歳前のことと推察いたしますが、確かに、強度近視の方は白内障にかかりやすいようですね。一般的に女性よりも男性の方が早く白内障になるようですから、まだ年齢的に若かった奥さんが両眼を手術とはむしろ例外でしょう。
近視で白内障手術はきついですよ。一週間は保護メガネをしなきゃならず、そのままでは何も見えない。さりとて、メガネをかけるとなると、ゴーグル型の保護メガネになる。これではみっともなくて人前に出られない。結局、私は、外に出るときだけ保護メガネにしましたけどね。メガネも少なくとも眼前だけは保護されますし。
実のところ、今回の記事、山歩きの方は付け足しで、実際には前半部をおもしろおかしく書きたかったのが本音のところです(笑)。ただ、このまま笑って済ませられれば良いのですが、かなり、これからの経過がきになっていますよ。
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瀑泉さん (たそがれオヤジ)
2018-04-17 12:45:27
瀑泉さん、こんにちは。
まずは写真の件、冒頭の写真は車道沿いのツツジではなく、本文7枚目に掲載したツツジのアングル変えです。まさか、山歩きをして車道のツツジをトップに持ってくるわけにもいかないでしょう。まぁ、それだけ、ツツジに巡り会うのに乏しい歩きではあったわけですが。
一週間前のぶなじろうさんの記事を拝見して、まだきれいだろうと行ってみたわけですが、こんなにあっという間に花が落ちてしまうものなのでしょうかね。無理して根本山に行けばよかったですが、現に雨ではねぇ。毎度のことながら、アカヤシオの予測は難しいですよ。人様の情報を真に受けて直後に行ってみたらもう終わっていたということもありますし。
医療ミスの件、本当に医師というものはかたくななものですね。まず自らの非は認めず患者のせいにしたがる。瀑泉さんは歯の治療で顎関節症ですか。これは二重遭難のようなものですね。私とて、術後一週間は眼内レンズが固定していたのにその三週間後にはずれていてこういう結果になった。つまり確実に固定されていなかったわけで、それをどうしても、私が眼を強くぶつけたからだということにしたがる。頭の中では、医者を間違えたなとずっと思っていましたよ。
山歩きの方はボチボチですよ。足尾の山への復帰も焦り気味になってきていますから。元々、私にはのんびりしながら花見三昧といった歩きは向いていないんですよ。
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ぶなじろうさん (たそがれオヤジ)
2018-04-17 12:46:22
ぶなじろうさん、こんにちは。
別にぶなじろうさんに謝られるような立場ではなく、花の命が短か過ぎて自分には読み取れないわけですよ。特に今季はねぇ。1000m超えの花見とて、いつもならこれからといったところではないでしょうか。
ところで今回の下山コースですが、ぶなじろうさんの記事に「当初小林山から藪ルートを下ろうと思っていたが」という記載があり、その前のお歩きからして、きっとこの尾根を下る予定だったんだろうなとは思っていました。次は、ぶなじろうさんが歩かれた北側をいずれはと思っています。
あそこの下りのポイントは尾根型に出るまでと、末端部のヤブ部分でしょう。尾根を歩いている分には紛らわしいところはありませんが、どうしても、途中で入り込む道筋が気になってしまい、これはどこに出るのだろうと歩いてみたくもなってしまいます。作業道とは記しましたが、案外、以前はハイカーによく歩かれていたコースではなかったのでしょうか。現に、金ヶ岳の北西尾根も下に社があったりして、春日神社まで続く登山道だったかもしれません。
眼のかすみは白内障とは関係ないような気がします。かすみ目という症状もあるし、まして、ぶなじろうさんは花粉症ですしね。ただ、いずれ、男性は白内障にはなるでしょうから、こればかりは、仕方がないというか、注意すればならないことでもないしねぇ。
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ふみふみぃさん (たそがれオヤジ)
2018-04-17 12:47:08
ふみふみぃさん、こんにちは。
なるほど、でんさんコメントも含め、意外に若くして白内障になってしまう方も多いようですね。でんさんの奥さんのような要因は別として、基本的には加齢によるもので、むしろ年齢的にはまだまだの状態で白内障と診断されるのは、正直のところショックですよ。
ふみふみぃさんはこの時期になると、アカヤシオ追っかけの歩きになりますね。私もまたそれを気にして歩いたりしましたが、ここのところ、そういう歩きは自分にはあまり似合わないような気分になっています。まぁ、草花の四季の移ろいにはかなり鈍感なところがありますから。歩いていたらアカヤシオが目についた。きれいだった。それで十分です。
ふみふみぃさんが桐生奥に行かれた記事はまだアップされていないようですが、それは14日のことでしょうか。1000m超えでガスの中とありますが、その日だとしたら、YamaYamaGPVではすでに6時の時点で雨量が棒グラフになっていましたけどね。それを見たので根本山は避けたのです。自分には、雲の中というか、ガスの中で見るアカヤシオもまた、群落は見えずとも風情があって好きですけどね。雨じゃなかったとしたらちょっと失敗したなといったところです。
マダニやら山ビル、これからはそんな話題続きでしょうが、自分はどうもそんなものとは今のところ無縁なままです。ヤブ漕ぎしたところでダニだらけになったこともないし。本当の怖さを知るのは、取り付かれてからでしょうね。
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とくちゃん (たそがれオヤジ)
2018-04-17 12:47:48
とくちゃん、こんにちは。
ネットで調べると、登山は手術後一か月となってはいますね。それでいて、ランニングは一週間になっていたりする。ここで言う登山とは、きつい傾斜やら危険が待っているような危うい歩きだと自分では解釈しています。
今回のような歩きはハイキング、ウォーキングレベルで、むしろランニングよりも眼内レンズに振動を与えないものでしょう。
だから、医者からどうこう言われるのが嫌だったので、山歩きを含めて細々とした注意事項は聞かなかったのですよ。それ以前に、こちらとしては、こいつ、オレの眼の手術に失敗しやがってといった蔑みの思いがありましたしね。
温泉もダメですか…。これはお笑いですが、ネットで見た注意事項に、一か月したら温泉に潜るのは可能とあって、温泉に入って潜るようなのがいるのかなと思ったものです。
せっかくのとくちゃんのアドバイスですから、当面は力むことのないハイキングに徹しますよ。
ところで、仕事は滅茶苦茶にヒマなんですよ。現に、昨日あたりも公園の駐車場に車を止めて昼寝をしたりしている始末です。ただねぇ、皆さんに比べて今年は25日も休日が少ないんですよ。その分会社に縛り付けられているわけで、これだけはたまらんですよ。
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