Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

LA TRAVIATA (Fri, Oct 31, 2008)

2008-10-31 | メトロポリタン・オペラ
アニヤ・ハルテロスのヴィオレッタ、マッシモ・ジョルダーノのアルフレードの『椿姫』。
私に”のろま”(←実生活では知りませんが、舞台において。)呼ばわりされ続けている
アンドレイ・ドバーのジェルモン役は日程を終了し(ラジオで聴いた感想はこちら)、
今日からは、ジェリコ・ルチーチがパパ・ジェルモンです。
『椿姫』は大好きな演目であるので、本当なら、一日も早く!ということで、
もう少し早い日程のものを観に行きたかったのですが、
ルチーチのジェルモンが聴きたくて、今日まで我慢してきました。

昨シーズンの『マクベス』、ルチーチのオペラハウスを包み込むような
温かさを感じる声がとても印象に残っていて、マクベスよりも実は
このジェルモン父とか、リゴレットのような役が個性にあっているのではないか、と思っていたのと、
先週のタッカー・ガラでの歌唱が素晴らしくコンディションも極めて良さそうだったので、
今日は主役二人よりも”父”が楽しみな私です。

さて、シリウスで鑑賞した10/20の公演について、
ハルテロスに合せて、カリニャーニの指揮のテンポがどんどん遅くなっていく、
ということを書きましたが、その次の回の公演を鑑賞した友人によると、
あまりにスロー・テンポを強要するハルテロスに、
今や絞め殺さん!という形相で、必死に彼女を煽るカリニャーニの姿があったそうです。
面白い。観たかった。

今日は、”もうこれ以上この女の勝手は許さん!”と思ったか知りませんが、
一幕では、”これが俺様のテンポだ!”とばかりに驀進するカリニャーニ。
初日と同様に、ハルテロスがもたもたと、”早いパッセージは歌えないの”とばかりに、
思いっきりオケから遅れて歌う技(フリ?)を試みるも、
初日はそれに合せてテンポを落としていった優しいカリニャーニ(だからどんどんテンポが遅くなって
いったわけですが。)が、今日は冷酷なサディストに変貌。
”ついてこれなかったら、それは君の問題だよ、ふふふ。”とばかりに、ちっともテンポを落とさない。
これにはハルテロスも観念したか、今日は一生懸命早いテンポ
(と言っても、一般的なレベルでみれば、普通のテンポです。)について行ってました。
なんだ、やればできるんじゃん!



ただ、彼女が早いパッセージに苦手意識があるのには、
それなりの理由があることも見えた気がします。
彼女の声は結構サイズもあって、割と暗くて重い声なので、
(雰囲気はゲオルギューの声質に似ているのですが、もっと強さを加えて、
さらに暗さを強調したような声、とでもいえばいいでしょうか?)
早いパッセージは、ややカーブを敏捷に曲がりきれなくて
四苦八苦しているパワーのある車を思わせます。
細かいことを言うなら、そうしたパッセージの中の短い音符を一音、または続けて二音、
飛ばしてしまった個所もあって、そういった正確さの欠如が許せないオペラファンには、
厳しい目で見られてしまうかもしれません。

正確さの欠如、といえば、音程もやや不正確なのですが、
彼女の場合、高音が出切らずにフラットしてしまう、というのとは違って、
むしろ高音は大丈夫なのですが、そこに上がって行くまでの、途中の道で音を外す、
というケースが多いように感じました。
先のケースと総合して簡単に言うと、やや自分の声を完全に制御できていない、
ということになるかもしれません。

あと、彼女はちょっと歌唱に躁的なものを感じるというのか、
常に間に音が埋まっていないと不安であるかのようなのが、実にせわしない。
遅いテンポで演奏された場合は、音を長く延ばせ、そのことによって空白が埋まってしまうため、
それほどあからさまでないのですが、
今日、このテンポで聴くと、たとえば装飾歌唱でオケの伴奏がない部分など、
もっと落ち着いて、ブレスの間などをもっと活かせばいいのに、と思う個所も、
まるで、とりつかれた様に、全く間をおかずに、次の音へ、次の音へ、と移ってしまうので、
そのことが、歌から余韻のようなものを奪ってしまっているように感じます。



ただ、声の響き自体は、私の嫌いなタイプではないです。
むしろ、こういう暗い感じの声は好きなくらいです。
今日座った席(グランド・ティア)あたりから見ると、顔ははっきり見えないのですが
(か、それゆえに、かはよくわからないですが)、
彼女は長身でスタイルもよく、舞台姿がすらーっとしていて、本当に綺麗です。
というわけで、見た目には何の文句も不足もないヴィオレッタなのですが、
どういうわけか、演技がどこか冷ややかで、私はなかなか熱くなれないのでした。
この見た目が綺麗なんだけどどことなく冷めている感じがする、というのも、
なんとなくゲオルギューに似ているのですが、
歌の技巧の面ではこの役に関してはゲオルギューの方が安定したものを持っているので、
ハルテロスは、もうひとふんばり、どこか&何かで強みとなるものが出来るといいのですが、、。

一幕に熱くなれなかった理由のもう一つはジョルダーノのアルフレード。
2006-7年シーズンの『三部作』の『ジャンニ・スキッキ』では好青年風のルックスが初々しかったのに、
いつの間にか野暮ったいロン毛に、、。
しかも、顔が丸くなったと思う。丸顔にロン毛はミスマッチだと思うなあ。
彼はこういうワイルドな雰囲気より、端正な感じの方が似合うと思うのだけれど。




声はその好青年風にぴったりな、どこか甘さを感じさせる声で魅力的ではあるし、
『ジャンニ・スキッキ』のリヌッチオのような、それほど大きくない役は、
そつなくこなしていたと思うのですが、アルフレードは別問題。
彼にはメジャーな歌劇場で主役をはるだけの技術がまだ伴っていないように思います。残念ながら。
高音が出ない、とか、そういうことでは全然なくて(それはむしろ大丈夫)、
歌唱がカクカクとぎこちなく、これでは、役作りのための細かいニュアンスで肉付けしようにも、
できないのではないか、と思う。
経歴を見ると、本格的なキャリアが始まってから、少なくとも10年以上経っているようなんですが、
遅咲きなんでしょうか、まだまだ課題がいっぱいあるように感じます。

しかし、そんな私もニ幕からは燃え上がりました。
それは一にも二にもルチーチのジェルモン父のおかげ。
彼が歌い始めた途端、すごい存在感で、舞台全体が一気にしまったほどです。
(下の写真は初日からのものなので、残念ながら、父は、ルチーチでなく、
のろまのドバーです。)



彼の歌とたたずまいには、田舎親父独特の垢抜けなさと頑固さ、
根は決して悪人ではなく、だからこそ、娘のために偽善者にもなる、という
このジェルモン父の色々な側面が実に上手く演じ、歌い込まれていたと思います。
まだまだ彼のこの役は進化し続けていくのではないか?と感じさせられた部分もありましたが、
キャリアの黄昏期を迎えたバリトンの、存在感だけはあるけれど、
ヴィオレッタから出てくる言葉を全部先読みして知っているのではないか?と思われるほど、
どの言葉にも何の反応もないような、怠惰な役作りがしばしば見られる中、
ルチーチの歌と演技のきめは非常に細かくて、そんな怠惰な役作りになれてしまっていた私には、
確かにジェルモン父の立場なら、そういう反応をするはずだ!と、はっとさせられるような
個所が本当にいくつもありました。
例えば、ヴィオレッタがジェルモンの娘のために身を引くことをほのめかす部分では、
”そうなることが当然”とばかりに突っ立っているバリトンがこれまで圧倒的に多かった中、
”え?本当に承諾してくれるのかい?”とでも言うように、
それまで椅子に座ってうつむいていた頭を、さっとあげてみせたりしていて、
その匙加減も本当に上手いのです。

また、”今は若くて綺麗なあなただけど、時間がたてば男の心なんて、、”あたりからの、
こずるく相手を絡め取るかのような雰囲気を声と歌で表現するその手腕も確か。

ここで少し指揮者の話に戻ると、ハルテロスにスロー・テンポを仕切られるのは嫌だけれど、
自分が仕切る分には良いらしく、ジェルモンの”プロヴァンスの海と陸”では、
身がよじれるようなスロー・テンポで、
このテンポは力のない(例えばドバーのような、、)歌手が歌うと、
目も当てられない、のびきったパンツのゴムのような歌唱になってしまうのは、
先述のラジオの鑑賞記でも書いたとおりですが、
ルチーチはこれを驚異的なブレス・コントロール力と巧みな歌唱力で、
スケールの大きな歌唱にひっくり返してしまいました。
ここまでゆっくりでない方が私の好みではありますが、歌唱だけの面で言うと、
今までで聴いた最高の”プロヴァンス”でした。
彼のこのジェルモン父の歌唱をもって、
ルチーチは数少ない私の好きな現役バリトンの一人に確定しました。

さらにもう一度、指揮とオケの話に戻りますが、
生で聴いたところ、大きく二つの問題があるように感じました。

1)オケのメンバーの心をつかめていない。
どんなに優れた作品へのビジョンがあっても、テク二カリティが優れていても、
オケを実際に動かせなければ、無意味。
かなり華々しいキャリアを持っている指揮者なのですが、ことメト・オケに関しては、
完全に団員の心を掴み損ねている印象を持ちました。
結果、オケの方が”この指揮者のもとでいい演奏をしたい”という風に思っていない。
去年、マルコ・アルミリアートのもとで、あんなにいい演奏をしていたのが嘘のよう。
初日の演奏と比してさえ、さらに両方の気持ちが離れてしまっているような印象を受けました。

2)走り屋系の演奏
今日の演奏から特に強くそう感じたのですが、テンポのトランジションがあまりに突然で、
私などは生理的に不自然だと感じられた個所もあったほど。
その唐突さは、ギアを次々と入れ替え、突然アクセルを吹かし、突然ブレーキを踏む走り屋のよう、、。
ブオン!



毎年こうして違ったキャストで見ると面白いのは、同じ演技付けでも、
人によって、全くそのリズムが違う点。
アルフレードが札束を投げるシーンでは、
ジョルダーノが、その直前の歌詞になっても、なかなか札束を出さないので、
もしや札束を掴んでおくのを忘れたのでは、、これはパントマイムになるのか、、?
とこちらがどきどきしましたが、罵倒の最後の音と同時に、
下から持ち上げるように、ヴィオレッタを威嚇するように噴水撒きにし、
その後も体を硬直させて立っている様子は、怒りが巧みに表現されていて、
今日のジョルダーノが一番上手くこなしていた場面だったと思います。

ハルテロスは声に独特の鋭さがあるので(しかし、音が暗い分、耳障りではない。)、
この二幕二場の夜会のシーンで、合唱の上を歌うのはお手のもの。
彼女のヴィオレッタは、このシーンあたりから、三幕最後にかけて、が、
声質にも合っているため、断然公演の後半の方が見ごたえ、聴き応えがあります。

特に三幕は一番彼女の歌唱の良さが出た幕。
ただし、あいかわらず、音がやや不安定で、”さようなら、過ぎ去りし日よ Addio, del pasato ”でも、
大事な音を外していましたが、幕全体としては、役作りと歌唱がもっとも上手くかみ合っていました。
手紙を読むシーンはなかなか上手いです。



二重唱は、ジョルダーノがもっとフレーズを均質な音と滑らかさをもって
歌ってくれていれば、もっと聴きごたえがあったと思うのですが、
彼の歌は、フレーズの中に大きさの違う石(音)がアットランダムに並んでいる様子を想起させます。



ハルテロスもジョルダーノもさておいて、この『椿姫』、私にとっては、
一にも二にも、ルチーチが光り輝いていた公演でした。
今シーズン聴ける彼の他の2ヴェルディ・ロール、
ルーナ伯爵とリゴレットが俄然楽しみになってきました。

Anja Harteros (Violetta Valery)
Massimo Giordano (Alfredo Germont)
Zeljko Lucic (Giorgio Germont)
Kathryn Day (Annina)
Theodora Hanslowe (Flora Bervoix)
Louis Otey (The Marquis d'Obigny)
John Hancock (Baron Douphol)
Eduardo Valdes (Gastone)
Paul Plishka (Doctor Grenvil)
Conductor: Paolo Carignani
Production: Franco Zeffirelli
Grand Tier A Even
ON

***ヴェルディ 椿姫 ラ・トラヴィアータ Verdi La Traviata***

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2 コメント

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ハルテロス (チャッピー)
2008-11-25 20:24:04
間近で見た実物も綺麗な人でしたよ@ハルテロス
あの日の出待ちは常連しかいなかったのですが、おば様の一人が「来年もメトに戻ってきてください」というと、「来期は予定が無いの。再来年に戻ってくるわ」とハルテロス。「まあ、何てことでしょう!」「でも、来年何が起きるかなんて誰にも分からないわ」「そうね。期待して待ってます」とこんな感じの会話をしてました。

あのおば様から「戻って来て」と言われたのだから、今後もコンスタントに呼ばれるのかな。
自分も予習で見たグルベローバのよりもハルテロスの方が好きです。
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個性的だけど美人 (Madokakip)
2008-11-27 10:50:03
 チャッピーさん、

彼女は写真で見るとすごく個性的な顔立ちに見えますが、
実物の方が綺麗ですよね。
また顔だけじゃなくって、体全体もほっそり、
たたずまいも綺麗ですよね。

昨年の『フィガロの結婚』の伯爵夫人、ホンさんとハルテロスのダブルキャストだったのですが、
私は(ヘイ・キョン)ホンさんの親しみやすい伯爵夫人が好きでしたが、
ハルテロスの方がある意味、イメージにはぴったりで、
観客からも人気でした。

彼女の声は私も嫌いではないです。
ちょっと暗めで特徴のある声ですよね。
もう少し細かいテクニックの不安定さがなくなると、ヴィオレッタ歌いとしての評価が高くなると思うのですが、
ポテンシャルはものすごくあると思うので期待いたしましょう!

あいかわらず、出待ちの常連のおばさんがいい感じで仕切ってくださってますね。
あの方たちがいる限り、出待ちは安泰と見ます。
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