Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

2008 RICHARD TUCKER GALA 前編 (Sun, Oct 26, 2008)

2008-10-26 | 演奏会・リサイタル
ポリーニのリサイタルでの、我が身の愚かさを呪いつつ、スタバで過ごした一時間は長かった。
ようやく、タッカー・ガラの開演の時間。
しかし、私の今日の呪われっぷりはこれで終わらなかった。

タッカー・ガラのチケットが我が家に届いたとき、B列(前から二列目)という文字が
目に飛び込んできて、そんなに高い代金を払ったわけでもないのに、なんでそんな前に?!と、
不思議に思ったが、ウェブで見つけた座席表によると、かなり列の端であることが判明。
ああ、それでだな、と深く考えず、ただ前から二列目という言葉だけが強烈に脳みそに刻み込まれたのでした。

いざ、エイヴリー・フィッシャー・ホールに入り、アッシャーの説明もそこそこに、
いそいそとB列に突進。
座席番を見て驚いた。ほとんどど真ん中なんですけど!
指揮台がすぐそこにあるんですけど!すぐそこにオケのメンバーがいるんですけど!
そして、歌手はこのすぐ目の前で歌うんだわ!とわくわくする私。
わくわくせずに、なぜ、真ん中なんだろう?と考えるべきだったのに。

超特等席にどっかりと居座り、ぱらぱらと余裕でプログラムを眺めているうちに、
いよいよ会場が埋まってきた。
去年のガラでは、オケによる最初の一曲が始まってもまだわらわらと客が入場し続けていて、
何なの、一体?と思ったものだが、今日の観客は優秀。

すると、いかにもこのブロックに座るにふさわしく、お金を持ってそうな、
小ぎれいにめかしこんだ女性が、”すみません、何番のチケットをお持ちですか?”と、
私に尋ねられるので、”XYZ番です。”と自信満々に答えると、”あら、私もだわ。”
”ちょっと、チケットの読み方くらい学習してよね。”と内心思いながら、
これまた自信満々に自分のチケットを取り出し、”どうだ!!”と、
彼女の目の前に印籠のようにかざすと、その女性が、実に申し訳なさそうに一言。
”あら、これ、BB列だわ。BB列はもっと後ろなんですよ。”

はっ!そういえば、Z列まで来ると次にAA、BBとなるのはメトの平土間も同じではないか!
ウェブで確認までしたせいで、エイヴリー・フィッシャー・ホールは、
カーネギー・ホールの上階と同じく、最前列がAAで始まるものと思い込んでいた。
だいたい、席が端っこでなかった時点で、なんでこんなに良い席なんだ?と、
疑問に思うべきだったのだ!
しかし、あのウェブで見たチャートは、あれは一体なんだったのだろう?
今思えば、全然違うホールのチャートだったと思うしか、説明がつかない。
チケットの読み方を学習しなければいけないのは私だった!!

もう、蟻になって、姿を見られないように座席移動したいくらい恥ずかしかったのだが、
”BBはずっと後ろですよ。”という言葉に、私のこめかみがぴくっ!としたのが見えたのか、
なぜだか、その女性の方が恐縮してしまって、”本当にごめんなさいね。”と謝る始末なのでした。

いや、この女性が開演前に現れてくれてよかった。
これが、開演後いくつ目かの曲であらわれるような、”何なの、一体?”な客だったらば、
(しかし、自分だって、ポリーニのリサイタルにいたときは、その何なの一体系の行為を
たくらんでいたくせに、である。)
周りの全観客、すぐ目の前の舞台にいるオケや合唱のメンバーの監視のもと、
”ずっと後ろの”席に移動しなければいけないところでした。

さて、そのずっと後ろのBB列にたどり着くと、座席につくために、
端にすわっているご年配のカップルに一度立ってもらわなければならないことに気付き、
”すみませんが、、”といって、端に座っている女性を見ると、
どこかで見た顔、、、そして、その女性も私の顔を見て全く同じことを考えている表情をしている。
誰だっけ、、誰だっけ、、?

ああああっっ!思い出した!!!
最近アレルギーで顔に湿疹が出たときにお世話になった皮膚科の先生の受付のおば(あ)さまだ!!
この皮膚科、実は連れの紹介で通うようになったクリニックで、
先生方は非常に優秀なのだが、この受付のおばちゃまがかなり”きてる”のです。
たまたま、連れも皮膚科にお世話になる理由があったので、
彼に、私の分も合わせて予約をとってもらったのが、後になって、
彼がその日は都合が悪くなったため、私だけが予約をキープしてもらうことにしていたはずなのに、
前日に確認の電話をすると、私の分まで勝手にキャンセルされているばかりか、
私はおろか私の連れでさえも指定した覚えのない日にリスケジュールされており、
これを解決するために電話で押し問答。
あまりに高齢なために、少しメモリー・ロスが入っているのか、
つい2秒前に言っていたことも忘れてしまうその様は、かのアマート・オペラのチケット係の
おじさんを彷彿とさせる。
なのに、あまりに自分の方が正しい!と電話で言い張るので、
会ったら、きっとやなばあさんに違いない!と、憂鬱な気分でクリニックに行く日を迎えたら、
実は受付で実際にお会いしてみると、かわいいおばあちゃん、という感じで、
あれは、単に、メモリー・ロスが進行しているだけなんだわ、、と、納得したのでした。
しかし、相変わらず、次の患者さんが、電話番号を読み上げた直後に、
再び、”それで家の電話番号は?”とにこにこしながら尋ねている姿に脱力。
さっき、メモしていた風だったのに、そのメモはどこ行った?!
こんなおばあちゃまが、じゃんじゃんかかってくる予約の電話をさばいているクリニック。
ああ、おそろしや。

”皮膚科の先生のところで働いていらっしゃる、、”というと、
”ああ!あの患者さんの!!(どうやら、私の顔は覚えていたらしい。奇跡です。)”
と大いに盛り上がり、横にいらっしゃった旦那さまをまたいで、
握手までして感激する二人なのでした。
こんなにたくさんある客席で、ほとんど真横になるなんて本当に奇遇なのだから、
誰も私達を責められますまい。
”明日も予約が入っているんで、伺いますね。”と言って、着席。

 今年のガラの一曲目は、『セヴィリヤの理髪師』序曲。
以前にも書いたとおり、このタッカー・ガラは、オケがメト・オケ
(しかし、残念ながら、合唱は、メトの合唱ではない。)であることが、
一つの魅力となっているのですが、今日そのメト・オケを率いるのは、
コッラド・ロヴァリスという、聞いたことのない若そうなイタリア人の指揮者。
プレイビルによると、フィラデルフィア・オペラの音楽監督だそうです。
このタッカー・ガラは、メトの通常シーズンの隙間に、しかも、本来はオケのメンバーがお休みである
日曜日に開催されるとあって、リハーサルもそれほど何度も出来ないため、
指揮者にとっては大変な仕事だと思うのですが、
それにしては、このロヴァリス、私が記憶する限り、メトではまだ振ったことがないと思うのですが、
非常に落ち着いてオケをまとめており、リハ不足を感じさせないなかなかの演奏だったと思います。

 いよいよ歌手の登場。ブリン・ターフェルとマルチェロ・ジョルダーニの二人で、
『真珠採り』から”聖なる寺院の奥に”。
って、これ、去年のタッカー・ガラのプログラムにも入っていたじゃないですか!
それも、キーンリサイドとポレンザーニの、あまりにも美しい重唱で!!!
あれ以上のものを聴かせるのは、難しいんじゃないか、、と予想した通りで、
この曲は、ターフェルとジョルダーニのようなたくましい声質の歌手が歌うより、
キーンリサイドとポレンザーニのような繊細な声質の歌手に断然有利であると再確認。
ただし、最近、メトの舞台に、各種のガラに、と、ぱっとしない歌を聴かせ続けていたジョルダーニが、
なかなか頑張っていたので、今日はいけそうか、ジョルダーニ?と期待が募ります。

 ローレンス・ブラウンリーで、『アルジェのイタリア女』から、”美しい恋人をしのびつつ”
私は昨シーズン、メトでの彼の歌唱(『セヴィリヤの理髪師』のアルマヴィーヴァ伯爵)を
聴き損ねてしまったので、非常に楽しみにしていた歌手の一人。
フローレスと歌うレパートリーがかぶっているのですが、
フローレスよりもずっと声ががっちりとしていて、もちろん声域は高いのですが、
普通のテノールの声域を、たくましさはそのままに音域だけさらに高く移行したような、
ユニークな声で、フローレスの繊細な声質とは対照的なので、
レパートリーがかぶっていても、あまり心配をする必要がないような気がします。
持ち味が二人は全然違うと思います。
ただ、今日は少し堅かったんででょうか、少し細かい技巧に正確さを欠く場面が見られ、
技巧のソリッドさでは、まだまだフローレスとはだいぶ距離があります。
あとは、舞台で醸し出す雰囲気というのか、がもっと付くと良いな、と思います。
他の歌手たちに比べると、まだ一瞬にしてその場をオペラのシーンに塗り替えるような
力がやや弱いように思いました。

 ソンドラ・ラドヴァノフスキーで、『マノン・レスコー』から”捨てられて、ひとり寂しく”
この選曲を見たとき、”ああ、この手があったか!”とかなり期待した一曲。
メトでラドヴァノフスキーの声を聴くと、いつも”でかい!”と感じ、
今まで聴いた諸役は、彼女の声のサイズが役を凌駕しているような感がするものが多かったので、
ああ、マノン・レスコーなら、はまるかも!と思ったんですが、、。
一声出てきたときは、”これはいいのでは?”と思ったのですが、高音に来てがっくり。
ああ、高音が厳しい。かろうじて音が届いている、という感じで、
このあたりが彼女の音域の限界か?
そして、その高音では、声のテクスチャーがすでに絶叫系というか、
嫌なざらざらとした音が混じっているので、
うーん、これはちょっと全幕で歌うのは、これが本来の調子だとするときついかもしれません。


 ピョートル・ベチャーラで、『ウェルテル』から、”春風よ、なぜわれを目覚ますのか”
今日のガラのメンバーの中でも、最も情熱的でかつ安定した歌を聴かせた歌手の一人がベチャーラ。
テノールの中では(とはいえ、ブラウンリーみたいな人とは全然タイプが違うのですが)、
破竹の勢いを感じさせ、彼のような歌を聴くと、ジョルダーニの歌は、
かなり疲れた感じがして、”もっとがんばんなさいよ!”と叱咤激励したくなります。
今シーズンのメトでは、つい先日彼が出演分の全日程を終えたばかりの『ルチア』
それからシーズンの後半で歌う予定の『リゴレット』のマントヴァ公と、
イタリアもののイメージがあったので、このフランスもののアリアは非常に興味深かったのですが、
ある意味、イタリアものよりも肩の力が抜けているというのか、
よく心配される無理な発声云々という点は、比較的あまり感じられなかったように思います。
しかし、とにかく声量が豊かな人。舞台マナーも感じが良く、好感が持てます。

 ルクサンドラ・ドゥノーズで、『ラ・チェネレントラ』から、”悲しみと涙のうちに生まれ”
残念ながら、今日参加した歌手の中で、一人だけレベルが違うような印象を与えてしまった彼女。
声量はないし、技巧にも特に秀でたものは見られず、これなら、ナショナル・グランド・
カウンシルに登場する歌手
の方が面白い人材がいる、と思わせるほど。
何よりも歌が退屈なのが厳しい。このチェネレントラは、ガランチャあたりが
持ち役にしているわけで、この程度の歌では、とても太刀打ちできないと思う。
彼女はもう一度、同じ『ラ・チェネレントラ』からの二重唱をブラウンリーと歌いましたが、
『ラ・チェネレントラ』しか歌えないのか?それでこの出来か?といわれても
致し方ないかもしれません。
見た目はほっそりしていて、かわいらしいんですけど、、まずは歌が歌えなければ。

 ターフェルが歌う『トスカ』から”テ・デウム”
昨年、ガラへの参加を予定されていながら、直前キャンセルを食らわせた暴れん坊将軍、ターフェル。
結局、カバーで入ったドバーが、もともとターフェルが歌う予定だったこの”テ・デウム”を歌い
撃沈
した思い出深い曲ですが、今年は、ターフェル本人がリベンジ。
私の個人的な感想では、ガラに登場した歌手全員の歌唱全体の出来としては、
昨年のガラの方が上だったかな、という気がしないでもないのですが、
去年より間違いなく良かったのがオケの出来。
なので、客は歌の出来が良い、と思って拍手喝采している中に、
実はオケの出来がそれを支えていた曲があちこちに見られたのが今日のガラ。
選曲で大いに得をした人が何人かいますが、この”テ・デウム”はまさにそのケース。
ターフェルは、今日、割りとコンディションが良かったようで、
声量もあり、この”テ・デウム”で、しかも、メト・オケが轟音で演奏している上を、
しっかりと声を会場中に届かせていたのですから(メトで、ここまできちんと
オケの上に声をのせられるスカルピアは近年聴いていない。)、
ターフェルの功績も大なのですが、なんといっても、このピースはオケがよかった。
来年のメトのオープニングは『トスカ』の全幕だそうですが、
レヴァインじゃなくって、このロヴァリスに指揮を任せてみたほうが面白いのではないか?
と思えてきます。
ちなみに、トスカ役はマッティラ(!)、スカルピアは、ターフェルが予定されていたのですが、
結局キャンセル。今のところ、今シーズンの『サロメ』に出演した
牛太郎
が予定されている、というのは以前このブログで書いたとおりです。
こんな風にスカルピアを歌えるなら、ターフェルのキャンセルは惜しいかな、という気もしてきました。
NYコーラル・ソサエティによる合唱は、、、。
メトに比べてさらにメンバーの年齢層が高いのが影響しているのか、
声に覇気がないのと、指揮へのレスポンスが悪いのが気になり、
この”テ・デウム”の中でしゃべるように歌う歌詞の部分も、
ええっ??というような出来で、後で登場する『ナブッコ』の合唱といい、私を大仏状態にさせていました。

ディミトリ・ピッタスによる『ファウスト』から”この清らかな住まい”
昨シーズンの『マクベス』でのマクダフ役での活躍以来、ピッタスについては、
小ホールでのリサイタルも鑑賞し、細々とながら応援し続けてきたのに、
今日のこの選曲は一体なんでしょう!!!
誰が、こんな『ファウスト』なんかを歌え、と言ったのか?
本人か?師匠か?
全然、選曲が間違ってます!!!
これだから、NYタイムズの評に、”あまり印象に残らない歌”なんてことを書かれてしまうのです!
あの小ホールでのリサイタルで、難しいワールド・プレミアの曲を、
すっかり自分のものとして歌いこなしていたのを見て、彼は素晴らしい歌手だと感じましたが、
この『ファウスト』のアリアほど、彼の声質や歌唱の持ち味が生きていない選曲も珍しい。
自分で自分のキャリアにとどめを刺す気か?
怒り過ぎて、他に言うことなし。次!

 ジェリコ・ルチーチで、『ドン・カルロ』から”終わりの日は来た”
ピッタスと同じ昨シーズン『マクベス』出身組でも、こちらのルチーチは、
さすがに自分の持ち味を良くわかっている。
DVDも含め、いくつか聴いた彼のヴェルディ・ロール、私は結構好きなのですが、
このロドリーゴのアリアも、私のお隣に座っていた年季の入ったオペラヘッドのおじいさますら、
何度も頷き、大きな拍手を送る出来でした。
ルチーチの声は、温かみがあって、刺すような鋭さはない代わりに、
会場全体を手のひらで包むような独特の広がりがあるのが魅力です。
決して行き過ぎた表現をせず、朴訥とした中に、きちんと物語を感じさせるところがよい。
『マクベス』の全幕公演では、日によって少し声量が少ないかな、と感じる日もありましたが、
今日は思い切りもよく、音を大きく引っ張るところもとっても迫力があって、
この感じなら、今シーズンのヴェルディ作品での歌唱(ジェルモン、リゴレット、
ルーナ伯爵)
が本当に楽しみになってきました。
地味なんですが、やっぱり良いバリトンです。
去年に続いて、今年もゲルプ氏が客席にいましたが、このルチーチの活躍をしかと目に焼きつけ、
引き続き、メトでの登用を続けていただきたいと思います。

後編に続く>


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2 コメント

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あぁ、タッカー! (yol)
2008-10-29 22:38:37
とうとうタッカーだったのね。
今年は意気込んでいたけれど、この時期にまとまった休みと言うのは不可能ゆえ来年こそは!と思っています。

キャスティング発表の時から、今年はどうなんだろう?と思っていたけれど、前半の様子を文面から読み取る限り、昨年のような興奮はなかったのかしら?

それを考えると諦めもつくってものだわ。

但し。
昨年キャンセルをしたターフェルをご覧になったのは羨ましい。しかもトスカ。これは本当に観たかったし聴きたかった!


ピッタスは感想を読んで、なーんだと肩透かし。残念でした。

後半レポも楽しみにしています。
でもその頃私はソウルかしら。

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読み返してみると (Madokakip)
2008-10-30 13:22:04
 yol嬢、

何とかソウルの前に、後編、間に合ったかしら?
たしかに指摘されてみて、こうして後で読み返してみると、
なんだか、手放しで絶賛している曲はほとんどないわね。
なのに、楽しかったんだけど。何なのかしらね。
タッカー・ガラ・パワー。

昨年は、格別だったと思うわ、正直。
あんなに粒よりのメンバーが揃うことはまれだもの。
あと、例の皮膚科のおばあちゃまが言うには、
今までのガラの中には、競争意識というのか、
歌手の間に不穏な空気が流れたこともあったそうよ。
それに関しては、去年と同様、今年もまったくなくて、
和気藹々とした雰囲気だったので、見て気持ちよいガラではあったわ。
ピッタスには最後まで肩透かしを食らったけれど。
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