昨日、会社で仕事に燃えているところに、連れから電話があり、
”今、職場の掲示板で、ある情報を見たんだけど、絶対に君、興味があるだろうと思って。”と言います。
あらま、何かしら? でも今まじで超忙しいですから、
100万ドル差し上げますとか、そういう話じゃないと興味ないですから。かたかたかたかた、、(引き続きコンピューターのキーを叩く音。)
すると連れが続けて、”パトリシア・ラセットが今夜と明日の夜、
ノイエ・ギャラリーにあるカフェ・サバルスキーでキャバレー・ソングを歌うみたいだよ。”
えええっっっ!!?? ほんと、ほんと、ほんと?!?!?
”僕は残念ながら、仕事で両日とも行けないんだけど、、、。”と続ける彼をそっちのけで仕事を放り出し、
ペンを握りながら叫んでしまいました。”で、チケットを購入するにはどこに電話すればいいの?”
強力なマネジメントやレコード会社がついている歌手と違い、
ラセットはオペラハウスの公演以外の活動については、
地道に自分で色んなところからデータを集めないと、なかなか情報が入ってこないうえに、
私がそういう検索活動があまり得意でないせいもあり、今回のこのキャバレー・ソングの企画は全然知りませんでした。
連れの機転に大感謝です。
しかし、電話をする前に、ノイエ・ギャラリーのサイトで同企画の紹介のページを見て、
一つ、問題があることに気づきました。
それは、7時から2時間にわたる食事があって、その後、9時からキャバレー・アワーが始まることで、
チケットはこのお食事とキャバレー・アワー(歌の部分)がセットになっており、ばら売りはしていない点です。
今日はこの調子で行くと、とても食事の開始に間に合う時間に職場のコネチカットからマンハッタンに戻るのは無理だし、
大体、着ているものがカジュアルすぎて、こんな格好でノイエ・ギャラリーに行くのははばかられます。
だけれども、明日は6時半から一時間、メトで『ボリス・ゴドゥノフ』のレクチャーがあるではありませんか、、。
Madokakip、人生最大のピンチ!
しかし、こういう時は無駄に考えることに時間を費やせず、交渉をするに限ります。
というわけで、早速ノイエ・ギャラリーに電話。
”キャバレー・アット・カフェ・サバルスキー”は、ラセットだけでなく、
色々な内外のボーカリスト、インストメンタリストを招き、
1890~1930年代のドイツおよびオーストリアの音楽を紹介する企画なのですが、
その担当でいらっしゃるリアさんはとても親切で、
仕事で(さすがにメトのレクチャーとバッティングして、とはいえなかった、、、。)
一時間ほど遅刻しそうなので、料金はもちろん食事分も支払いますが、明日のリサイタルだけ参加することはできないでしょうか?というと、
食事も配膳するペースを工夫すれば何とかお召し上がりになれると思いますよ、と言って融通をつけてくださいました。
”ただ、相席にはなるかもしれませんが、、。”とおっしゃるので、そんなことはノー問題!
椅子に座れなくても、そこに居れるだけで、私は満足です!という気分でした。
当日、『ボリス』のレクチャーが終わると、速攻でキャブをつかまえ、セントラル・パークを渡ってイースト・サイドに移動。
ほどなく、5番街の86丁目にある、ノイエ・ギャラリーに到着しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/12/f14bf58b928cf784c8fb88403656325f.jpg)
順序が後回しになってしまいましたが、ノイエ・ギャラリーについて簡単に説明しておきますと、
周りにあるメトロポリタン美術館やグッゲンハイム美術館の影に入ってしまって、やや知名度が低い感じもしますが、
20世紀のオーストリアおよびドイツ美術のコレクションに特化した小さめの規模の美術館で、
特にクリムトやシーレ、バウハウスの作品に魅力的なものがあり、
1914年築の、かつてヴァンダービルト家によって所有された邸宅の中にコレクションが展示されています。
コレクションは、アート・ディーラーのサバルスキー(カフェの名前は彼からとられた)の力を得て、
ロナルド・ローダー(化粧品メーカー、エスティ・ローダー創始者の息子にあたる)が収集した、
個人のコレクションがべースになっています。
カフェ・サバルスキーはこのギャラリーの中にあって、シェフはクルト・グーテンブルナー。
キャバレーの企画には60人収容可とありますが、
今回、実際に食事をしていたオーディエンスの人数はもう少し少なかったのではないかと思われ、
それでも、かなりスペース一杯にテーブルがしつらえられていました。
ここのカフェのスタッフは非常に良く教育が行き届いていて、
私が遅刻して現れた際も、非常に感じの良いエスコートで、しかもびっくりしたのは、
当然相席だろうと思っていたのに、私専用の一人テーブルが、
ラセットが立って歌うであろう位置の、真正面にしつらえられていた点です。
電話でリアさんに私がラセットの猛烈なファンであることを滔々と訴えたために気を利かせて下さったのか?
猛烈な腹空きモードで駆け込んだうえ、私はすでにメイン・ディッシュに手をつけている人もいる
他のオーディエンスたちに一気に追いつかねばならないので、
前菜、メイン、デザート、それぞれ二種の中から一種を選べるようになっている半プリ・フィックス・メニューから、
食べたいものを選び、それに赤ワインを注文すると、
”待ってました!”と言わんばかりに、すごい勢いで食べ物が出てきました。
食事は期待していたよりもおいしくて、非常に満足だったのですが、
ふとワインを飲みながら周りを見回してみると、
皆さん、ご夫婦、家族、カップル同士(男女、男男の組み合わせ両方。
)でいらっしゃっていて、
一人で来て食事している人など、他に誰もいない、、、、?
と思ったら、少し離れた斜めのテーブルに、猛烈にめかしこんだ老人男性が一人で座っていました。
テーブルにはもう一つ、食器がセットされているのでですが、すでにその男性は一人で食事を始めていて、
”あらら。一時間立ってもお連れ合いが現れないなんて、ブッチされたのかしら?
でも大丈夫。私も一人ですから。”と、
目が合った瞬間に軽くスマイルしてみたら、”わしはお前のような一人もんとはわけが違うのだ!”と、思いっきりシカトされました。
んまっ!何なの、このおやじ!!![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/rabi_angry.gif)
まさか、私があんたみたいな爺をナンパしようとしてるなんて、勘違いしたんじゃないでしょうね!
あたしにも好みってものがあるざんす!!と、頭から蒸気を出しながら、デザートの菓子にフォークを突き刺した丁度その時、
肩から大きなバックをかけて、いかにも仕事からかけつけた、という様子の、
長身で、なかなか素敵なやや年配の女性がカフェの入り口に現れました。
すると、あの勘違い甚だしいじじいが、鼻の下をのばしながらテーブルから立ち上がり、
女性の両手を握りしめ、”ごめんなさいね。本当に遅くなってしまって、、。”と平謝り状態の女性を、
”何を、何を。全然待ってないさ。”と、彼女をエスコートしようとするウェイターを押しのけて椅子に座らせるのでした。
この雰囲気はどう見ても夫婦じゃないから、老いらくの恋だな、、と思いつつ、
まあ、しかし、こんな素敵な彼女がいたら、
わしを独り者扱いするな!ときれる爺の気持ちもわからないではないか、と納得しました。
しかし、これで、今や、オフィシャルに私が現在カフェで唯一の一人客、、、。
オペラハウスでは一人客など、掃いて捨てるほどいますが、
さすがに食事がついてくるとなると、一人で来る人はいないんだな、、、と今更実感。
ラセットが出演するというので、自動的にオペラと同じモードになってしまっていた私、ぬかりました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/ee/b64db8229e263f3f889e70de0c2626a3.jpg)
ゆっくり(私は1時間しかなかったので普通のスピードでしたが)時間をかけて食事し、
食事相手(そして、それは私にはいませんでしたが、、)と楽しく語らっていると、2時間は丁度良い時間で、
やがて、カフェのスタッフから紹介があって、ラセットとピアノを担当するクレッグ・テリーがカフェに現れました。
ラセットの紹介によると、テリーはLOC(リリック・オペラ・オブ・シカゴ)のピアニストもつとめているそうです。
昨シーズンのメトの『三部作』でソプラノ三役を歌うタイミングと合わせて
ニューヨーク・タイムズに掲載されたラセットへのインタビューによると、
彼女はニュー・ハンプシャーのブルー・カラーの家庭の出身。
ずっとジャズ歌手になることが希望で、北テキサス大に入学したのもジャズを勉強するためだったそうで、
大学の先生たちが彼女をオペラ歌手になるようにすすめ始めた時は、かなりへこんだそうです。
そんな彼女がオペラに目覚め、その道を進む決心をするきっかけになったのは、
レナータ・スコットが歌った『修道女アンジェリカ』を聴いた時で、
その後、彼女がほとんど毎年メトでキャスティングされるソプラノとなったのは、皆様もご存知の通りです。
(新シーズンは『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラ役で登場します。今回のキャバレー・リサイタルは、
その『イル・トロヴァトーレ』のリハーサルの開始時期にひっかけたもののようです。)
しかし、彼女は同じインタビューで”この先、キャバレー・ソングを歌うキャリアが開け、
自分の心に訴える曲のみを集めてテーラーしたプログラムを歌えればいいな、と思っています。
オペラ歌手という職業は、もちろん愛していますが、
どこかに、オペラの世界には完全にはまれない自分もいて、
キャバレー・ソングはルーツともいうべき場所に私を引き戻してくれます。”と語っています。
ということで、この彼女の言葉を元にすれば、彼女のルーツであり、
本来彼女が歌いたいジャンルに最も近いレパートリーの曲を披露してくれるのが今日のイベントと言えます。
先に”キャバレー・アット・カフェ・サバルスキー”は、
ドイツ/オーストリアのキャバレー・ピースを紹介する場、と書きましたが、
今回のラセットが歌うプログラムに関しては、
”ドイツ/オーストリアのキャバレー・ソングのカウンターパートとも言うべきアメリカやフランスの歌を紹介します。”と説明されており、
つまり、ジャズ・シンガーによってもしばしば取り上げられる
アメリカ人の作曲家によるスタンダード・ピースや、
シャンソン・ピースを歌ってくれるということであり、
彼女が歌いたいと公言しているジャンルそのもの、と言い切ってもいいかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/9d/358d5cbbc86c0fc8bcf332be72e4beb2.jpg)
キャパは60人弱と書きましたが、かなり一杯一杯にテーブルが設定されているため、
カフェの面積は決して大きくありません。(上の写真を参照。)
ラセットがもう目の前にいて、一人一人の聴衆とアイ・コンタクトを取りながら歌えるような場所ですし、
マイクも使用していますから、メトのオペラハウスのような場所で歌うのとは全く条件が違います。
彼女の声はメトでも決して小さいと感じたことがなく、それも、蝶々夫人のようなドラマティックな役でそうなのですから、
こんな小さな会場で、マイクを使って歌ったら、こちらの鼓膜が破れるのではないか、と心配です。
実際、歌い始めて感じたのは、やっぱり彼女の声量はすごい、ということ。
もともとの声量もそうなんでしょうが、それよりも、彼女はおそらくオペラを歌うことを通して、
無駄に息を使わず、全てを音に転化する技法が身に染み付いてしまっているので、
ジャズ・シンガーがしばしば曲によって披露する、力を抜いたけだるい歌唱というものとは、かなり異質な歌唱です。
それから、オペラを歌っている時とは、歌い方が異なっているために、
オペラで聴いて慣れている彼女の声の音色とは、少し違うトナリティが入るのは興味深いです。
オペラでの彼女よりも、キャバレー・ソングでのほうが、よりコケティッシュな味わいはあると思います。
ただ、この声量と声の音色の違いを加味すると、やはり、私は彼女の声のクオリティとしては、
オペラの世界に彼女をプッシュした大学の先生の判断が正しかったと思います。
せっかくのこの声量、それからオペラ的発声をした時にだけ出てくる彼女の魅力的なピュアなサウンドというのは、
ジャズのレパートリーの範疇では、ほとんど無用の長物、宝の持ち腐れとなっています。
彼女がいかにオペラで優れた歌唱を披露するかということを私が知らなかったとして、
こういったノン・オペラティックなジャンルの曲を歌う彼女を聴いて、
すぐに彼女を特別なジャズ、もしくはスタンダード、もしくはキャバレー歌手として認識するだろうか、
と自問しながら聴いていたのですが、Yesと即答しにくい部分もあります。
ジャズ・シンガー、キャバレー・シンガー、呼び名は何でもいいですが、
マイクを通して歌を聴かせる歌手として、声の面だけの話をすれば、
彼女は特に傑出した音色を持っているわけではないと思います。
NYのヘッズの中には、オペラにおける彼女ですら、
決して声に特別恵まれているわけではない、という意見を言う人があって、
それと繋がる部分もあるのかもしれません。
しかし、オペラでの彼女と同様に、歌に語るべきストーリーや観客に伝えたい強烈なエモーションがあると、
突然、見違えるようなパワーと繊細な声のカラーによる表現力を発揮するのが彼女です。
それは例えば、ボイドの詞とグランドの曲による、”Guess Who I Saw Today"のようなナンバーに顕著です。
この曲はナンシー・ウィルソンらも取り上げている、ジャズのスタンダード・ナンバーと言ってもよい作品ですが、
もともとは、『ニュー・フェイセズ・オブ・1952』というブロードウェイのミュージカル・レビューに含まれていた曲です。
夫が他の女性に心を移しているのをなんとなく感じ取っている女性が
気晴らしに街に買い物に出かけた帰りに立ち寄ったお洒落なカフェで、見るからにラブラブな男女を見かける。
自分と夫の関係と比べて、如何に相違のあることか、、と思ってよく見てみれば、
その男性は他の誰でもない、自分の夫だった。
相手の女性しか目に入らず、ショックで彼のすぐ横を通ってカフェを飛び出した女性が
自分の妻であることにすら気づかない夫、、。
いつも通り帰宅が遅かった夫に、このいきさつを語りで再現しながら、
最後に”今日誰に会ったと思う?(Guess who I saw today?)"と問いかけるそのプロセス自体が歌詞になっています。
淡々と語るように歌い始めたラセットは、なんと、彼女からスペースをはさんで真正面に座っているこの私を、
”夫”と設定したようで、
”Guess who I saw today?”という歌詞の後、次のフレーズに入るまでに息づまるような間を取りながら、
主人公の女性が男性が自分の夫であると気づく瞬間を再現するために、
首をほんの少し横にかしげながら、まさに虚と形容したくなるような視線を
私にじっと向けた時は、この歌の主人公の女性の胸の痛みを、
そのまま感じて、私は金縛りに合うような思いでした。
そして、その後、そっと突き放すように歌った”I saw you."(あなたよ。)というフレーズのニュアンスの素晴らしさ!
彼女が一人で帰宅して、夫が帰って来るまで悶々としながら、
自分の知らない女性と夫がいかに愛し合っているかということの認識と、
自分と夫はすでにとっくに終わっていたのだ、という諦観に彼女が至り、
そこには最早怒りすら存在していないという、
歌詞の中ではっきりと内容が語られているわけではない部分の経過すら見えてくる歌唱で、
こういうところが、彼女のすごいところだなあ、と思うのです。
今夜のプログラムは書面はおろか、口頭でもはっきりした曲名の紹介がないものがほとんどで、
(だから、歌われた曲名の全部はわかりません。)
各曲の前に、曲の内容と関連したおしゃべりが少しあって、すぐに曲になだれこんで行くという、
まさにジャズ・クラブ的な運びになっているのですが、
ラセットは非常に話術が巧みなので、このあたりはお手のものです。
彼女のウィットに富んだ個性がとても良く出たのは、『マッド・ショウ』というオフ・ブロードウェイのレビューからの、
ロジャースとソンドハイムのペアによる曲、
”The Boy From Tacarembo La Tumbe Del Fuego Santa Malipas Zatatecas La Junta del Sol y Cruz”。
この曲は、Tacarembo La Tumbe Del Fuego Santa Malipas Zatatecas La Junta del Sol y Cruzという、
ものすごく長い名前の(架空の)村からやってきたラテン・ボーイに入れあげているギャルの歌で、
たどたどしいスペイン語で、長々と村の名前を読み上げる箇所が何度も出てきて笑いを誘います。
しかも、歌詞から、ラテン・ボーイがゲイであることをほのめかす様子がたくさん描写されているのに、
このギャルが全く気づいていなくて、彼に相変わらずぞっこん!という、そのずれぶりがまたおかしいのです。
また、ラセット自身がホモセクシャルである(彼女自身がオペラ・ニュースなどで公言しているのは、
以前どこかの記事で書いた通りです。)ことを知っていると、さらににやっとさせられる粋な選曲です。
彼女はメトでは本当に色々な役を歌って来ましたが、その中に『道化師』のネッダ役もあって、
公演を観たときには、劇中劇における笑いのタイミングの良さにも感心させられましたが、
(劇中劇のみでなく、カニオとの対決シーンのすさまじかったことは言わずもがな。)
今日のこの歌で、あらゆる声色・演技を駆使して、客を爆笑させる彼女を観ていると、
コメディックな役柄もお手の物だということがよくわかります。
他に取り上げられたナンバーで面白かったのは、彼女の当たり役の一つが蝶々さんであることにひっかけて歌われた、
”かわいそうなバタフライ”というハッベル作曲による作品で、まさに『蝶々夫人』のダイジェストのような曲なんですが、
(ただし、プッチーニの旋律を感じさせるものは全くありません。)
こんな曲が存在しているとは知りませんでした。
ただ、当然とも言えますが、作品としては、全幕の蝶々さんでの彼女の素晴らしさに対等するようなものを
彼女から引き出すものではありません。
意外なことに、私が最も今夜感銘を受けたのは、スタンダードもスタンダードの、
エディット・ピアフの代表曲として誰もが知っている”ラ・ヴィ・アン・ローズ”です。
私は実はこの曲が大の苦手でして、あのこてこてのさび、
それを高らかに歌い上げる歌手(それがピアフであっても、、)の歌声を聴いていると、
ぞわぞわぞわ、、と一気に鳥肌が立ってくるのですが、
今日のラセットの解釈によるこの曲は素晴らしくて、歌う人によってはすごくいい曲なんだな、と初めて思いました。
彼女はこの曲のさびでは、がんがんとオペラで訓練された喉でもって押しまくることも出来たでしょうが、
それをせずに、繊細に歌い上げていました。
また、さびの、高音に連続して駆け上っていく丁度その場所に、
彼女の声区が変わる部分があたるようなキーで歌っていて、
声区の切れ目の扱いが下手な歌手に当たると目も当てられないのですが、
彼女はこれを非常に巧みに利用していて、すごく色気のあるカラーを生んでいました。
はっきりと曲名がわかったものは下にあるものだけなんですが、
彼女のノイエ・ギャラリーとのインタビューによると、他に、
ハロルド・アーレン、アーヴィング・ベルリン(What'll I Doではなかったかな、と思うのですが、確信が持てません。)、
ロジャース&ハートのコンビによる曲などが取り上げられていたそうです。
The Boy From Tacarembo La Tumbe Del Fuego Santa Malipas Zatatecas La Junta del Sol y Cruz (Mary Rodgers / Stephen Sondheim)
Mon Dieu (Michel Vaucaire / Charles Dumont)
La Vie en Rose (Edith Piaf / Louis Gugliemi)
Guess Who I Saw Today (Elisse Boyd / Murray Grand)
Poor Butterfly (John Golden / Raymond Hubbell)
Cabaret at Café Sabarsky
Patricia Racette, Soprano
Craig Terry, Piano
Neue Galerie
*** Cabaret at Café Sabarsky with Patricia Racette キャバレー・アット・カフェ・サバルスキー パトリシア・ラセット ***
”今、職場の掲示板で、ある情報を見たんだけど、絶対に君、興味があるだろうと思って。”と言います。
あらま、何かしら? でも今まじで超忙しいですから、
100万ドル差し上げますとか、そういう話じゃないと興味ないですから。かたかたかたかた、、(引き続きコンピューターのキーを叩く音。)
すると連れが続けて、”パトリシア・ラセットが今夜と明日の夜、
ノイエ・ギャラリーにあるカフェ・サバルスキーでキャバレー・ソングを歌うみたいだよ。”
えええっっっ!!?? ほんと、ほんと、ほんと?!?!?
”僕は残念ながら、仕事で両日とも行けないんだけど、、、。”と続ける彼をそっちのけで仕事を放り出し、
ペンを握りながら叫んでしまいました。”で、チケットを購入するにはどこに電話すればいいの?”
強力なマネジメントやレコード会社がついている歌手と違い、
ラセットはオペラハウスの公演以外の活動については、
地道に自分で色んなところからデータを集めないと、なかなか情報が入ってこないうえに、
私がそういう検索活動があまり得意でないせいもあり、今回のこのキャバレー・ソングの企画は全然知りませんでした。
連れの機転に大感謝です。
しかし、電話をする前に、ノイエ・ギャラリーのサイトで同企画の紹介のページを見て、
一つ、問題があることに気づきました。
それは、7時から2時間にわたる食事があって、その後、9時からキャバレー・アワーが始まることで、
チケットはこのお食事とキャバレー・アワー(歌の部分)がセットになっており、ばら売りはしていない点です。
今日はこの調子で行くと、とても食事の開始に間に合う時間に職場のコネチカットからマンハッタンに戻るのは無理だし、
大体、着ているものがカジュアルすぎて、こんな格好でノイエ・ギャラリーに行くのははばかられます。
だけれども、明日は6時半から一時間、メトで『ボリス・ゴドゥノフ』のレクチャーがあるではありませんか、、。
Madokakip、人生最大のピンチ!
しかし、こういう時は無駄に考えることに時間を費やせず、交渉をするに限ります。
というわけで、早速ノイエ・ギャラリーに電話。
”キャバレー・アット・カフェ・サバルスキー”は、ラセットだけでなく、
色々な内外のボーカリスト、インストメンタリストを招き、
1890~1930年代のドイツおよびオーストリアの音楽を紹介する企画なのですが、
その担当でいらっしゃるリアさんはとても親切で、
仕事で(さすがにメトのレクチャーとバッティングして、とはいえなかった、、、。)
一時間ほど遅刻しそうなので、料金はもちろん食事分も支払いますが、明日のリサイタルだけ参加することはできないでしょうか?というと、
食事も配膳するペースを工夫すれば何とかお召し上がりになれると思いますよ、と言って融通をつけてくださいました。
”ただ、相席にはなるかもしれませんが、、。”とおっしゃるので、そんなことはノー問題!
椅子に座れなくても、そこに居れるだけで、私は満足です!という気分でした。
当日、『ボリス』のレクチャーが終わると、速攻でキャブをつかまえ、セントラル・パークを渡ってイースト・サイドに移動。
ほどなく、5番街の86丁目にある、ノイエ・ギャラリーに到着しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/12/f14bf58b928cf784c8fb88403656325f.jpg)
順序が後回しになってしまいましたが、ノイエ・ギャラリーについて簡単に説明しておきますと、
周りにあるメトロポリタン美術館やグッゲンハイム美術館の影に入ってしまって、やや知名度が低い感じもしますが、
20世紀のオーストリアおよびドイツ美術のコレクションに特化した小さめの規模の美術館で、
特にクリムトやシーレ、バウハウスの作品に魅力的なものがあり、
1914年築の、かつてヴァンダービルト家によって所有された邸宅の中にコレクションが展示されています。
コレクションは、アート・ディーラーのサバルスキー(カフェの名前は彼からとられた)の力を得て、
ロナルド・ローダー(化粧品メーカー、エスティ・ローダー創始者の息子にあたる)が収集した、
個人のコレクションがべースになっています。
カフェ・サバルスキーはこのギャラリーの中にあって、シェフはクルト・グーテンブルナー。
キャバレーの企画には60人収容可とありますが、
今回、実際に食事をしていたオーディエンスの人数はもう少し少なかったのではないかと思われ、
それでも、かなりスペース一杯にテーブルがしつらえられていました。
ここのカフェのスタッフは非常に良く教育が行き届いていて、
私が遅刻して現れた際も、非常に感じの良いエスコートで、しかもびっくりしたのは、
当然相席だろうと思っていたのに、私専用の一人テーブルが、
ラセットが立って歌うであろう位置の、真正面にしつらえられていた点です。
電話でリアさんに私がラセットの猛烈なファンであることを滔々と訴えたために気を利かせて下さったのか?
猛烈な腹空きモードで駆け込んだうえ、私はすでにメイン・ディッシュに手をつけている人もいる
他のオーディエンスたちに一気に追いつかねばならないので、
前菜、メイン、デザート、それぞれ二種の中から一種を選べるようになっている半プリ・フィックス・メニューから、
食べたいものを選び、それに赤ワインを注文すると、
”待ってました!”と言わんばかりに、すごい勢いで食べ物が出てきました。
食事は期待していたよりもおいしくて、非常に満足だったのですが、
ふとワインを飲みながら周りを見回してみると、
皆さん、ご夫婦、家族、カップル同士(男女、男男の組み合わせ両方。
)でいらっしゃっていて、
一人で来て食事している人など、他に誰もいない、、、、?
と思ったら、少し離れた斜めのテーブルに、猛烈にめかしこんだ老人男性が一人で座っていました。
テーブルにはもう一つ、食器がセットされているのでですが、すでにその男性は一人で食事を始めていて、
”あらら。一時間立ってもお連れ合いが現れないなんて、ブッチされたのかしら?
でも大丈夫。私も一人ですから。”と、
目が合った瞬間に軽くスマイルしてみたら、”わしはお前のような一人もんとはわけが違うのだ!”と、思いっきりシカトされました。
んまっ!何なの、このおやじ!!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/rabi_angry.gif)
まさか、私があんたみたいな爺をナンパしようとしてるなんて、勘違いしたんじゃないでしょうね!
あたしにも好みってものがあるざんす!!と、頭から蒸気を出しながら、デザートの菓子にフォークを突き刺した丁度その時、
肩から大きなバックをかけて、いかにも仕事からかけつけた、という様子の、
長身で、なかなか素敵なやや年配の女性がカフェの入り口に現れました。
すると、あの勘違い甚だしいじじいが、鼻の下をのばしながらテーブルから立ち上がり、
女性の両手を握りしめ、”ごめんなさいね。本当に遅くなってしまって、、。”と平謝り状態の女性を、
”何を、何を。全然待ってないさ。”と、彼女をエスコートしようとするウェイターを押しのけて椅子に座らせるのでした。
この雰囲気はどう見ても夫婦じゃないから、老いらくの恋だな、、と思いつつ、
まあ、しかし、こんな素敵な彼女がいたら、
わしを独り者扱いするな!ときれる爺の気持ちもわからないではないか、と納得しました。
しかし、これで、今や、オフィシャルに私が現在カフェで唯一の一人客、、、。
オペラハウスでは一人客など、掃いて捨てるほどいますが、
さすがに食事がついてくるとなると、一人で来る人はいないんだな、、、と今更実感。
ラセットが出演するというので、自動的にオペラと同じモードになってしまっていた私、ぬかりました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/ee/b64db8229e263f3f889e70de0c2626a3.jpg)
ゆっくり(私は1時間しかなかったので普通のスピードでしたが)時間をかけて食事し、
食事相手(そして、それは私にはいませんでしたが、、)と楽しく語らっていると、2時間は丁度良い時間で、
やがて、カフェのスタッフから紹介があって、ラセットとピアノを担当するクレッグ・テリーがカフェに現れました。
ラセットの紹介によると、テリーはLOC(リリック・オペラ・オブ・シカゴ)のピアニストもつとめているそうです。
昨シーズンのメトの『三部作』でソプラノ三役を歌うタイミングと合わせて
ニューヨーク・タイムズに掲載されたラセットへのインタビューによると、
彼女はニュー・ハンプシャーのブルー・カラーの家庭の出身。
ずっとジャズ歌手になることが希望で、北テキサス大に入学したのもジャズを勉強するためだったそうで、
大学の先生たちが彼女をオペラ歌手になるようにすすめ始めた時は、かなりへこんだそうです。
そんな彼女がオペラに目覚め、その道を進む決心をするきっかけになったのは、
レナータ・スコットが歌った『修道女アンジェリカ』を聴いた時で、
その後、彼女がほとんど毎年メトでキャスティングされるソプラノとなったのは、皆様もご存知の通りです。
(新シーズンは『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラ役で登場します。今回のキャバレー・リサイタルは、
その『イル・トロヴァトーレ』のリハーサルの開始時期にひっかけたもののようです。)
しかし、彼女は同じインタビューで”この先、キャバレー・ソングを歌うキャリアが開け、
自分の心に訴える曲のみを集めてテーラーしたプログラムを歌えればいいな、と思っています。
オペラ歌手という職業は、もちろん愛していますが、
どこかに、オペラの世界には完全にはまれない自分もいて、
キャバレー・ソングはルーツともいうべき場所に私を引き戻してくれます。”と語っています。
ということで、この彼女の言葉を元にすれば、彼女のルーツであり、
本来彼女が歌いたいジャンルに最も近いレパートリーの曲を披露してくれるのが今日のイベントと言えます。
先に”キャバレー・アット・カフェ・サバルスキー”は、
ドイツ/オーストリアのキャバレー・ピースを紹介する場、と書きましたが、
今回のラセットが歌うプログラムに関しては、
”ドイツ/オーストリアのキャバレー・ソングのカウンターパートとも言うべきアメリカやフランスの歌を紹介します。”と説明されており、
つまり、ジャズ・シンガーによってもしばしば取り上げられる
アメリカ人の作曲家によるスタンダード・ピースや、
シャンソン・ピースを歌ってくれるということであり、
彼女が歌いたいと公言しているジャンルそのもの、と言い切ってもいいかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/9d/358d5cbbc86c0fc8bcf332be72e4beb2.jpg)
キャパは60人弱と書きましたが、かなり一杯一杯にテーブルが設定されているため、
カフェの面積は決して大きくありません。(上の写真を参照。)
ラセットがもう目の前にいて、一人一人の聴衆とアイ・コンタクトを取りながら歌えるような場所ですし、
マイクも使用していますから、メトのオペラハウスのような場所で歌うのとは全く条件が違います。
彼女の声はメトでも決して小さいと感じたことがなく、それも、蝶々夫人のようなドラマティックな役でそうなのですから、
こんな小さな会場で、マイクを使って歌ったら、こちらの鼓膜が破れるのではないか、と心配です。
実際、歌い始めて感じたのは、やっぱり彼女の声量はすごい、ということ。
もともとの声量もそうなんでしょうが、それよりも、彼女はおそらくオペラを歌うことを通して、
無駄に息を使わず、全てを音に転化する技法が身に染み付いてしまっているので、
ジャズ・シンガーがしばしば曲によって披露する、力を抜いたけだるい歌唱というものとは、かなり異質な歌唱です。
それから、オペラを歌っている時とは、歌い方が異なっているために、
オペラで聴いて慣れている彼女の声の音色とは、少し違うトナリティが入るのは興味深いです。
オペラでの彼女よりも、キャバレー・ソングでのほうが、よりコケティッシュな味わいはあると思います。
ただ、この声量と声の音色の違いを加味すると、やはり、私は彼女の声のクオリティとしては、
オペラの世界に彼女をプッシュした大学の先生の判断が正しかったと思います。
せっかくのこの声量、それからオペラ的発声をした時にだけ出てくる彼女の魅力的なピュアなサウンドというのは、
ジャズのレパートリーの範疇では、ほとんど無用の長物、宝の持ち腐れとなっています。
彼女がいかにオペラで優れた歌唱を披露するかということを私が知らなかったとして、
こういったノン・オペラティックなジャンルの曲を歌う彼女を聴いて、
すぐに彼女を特別なジャズ、もしくはスタンダード、もしくはキャバレー歌手として認識するだろうか、
と自問しながら聴いていたのですが、Yesと即答しにくい部分もあります。
ジャズ・シンガー、キャバレー・シンガー、呼び名は何でもいいですが、
マイクを通して歌を聴かせる歌手として、声の面だけの話をすれば、
彼女は特に傑出した音色を持っているわけではないと思います。
NYのヘッズの中には、オペラにおける彼女ですら、
決して声に特別恵まれているわけではない、という意見を言う人があって、
それと繋がる部分もあるのかもしれません。
しかし、オペラでの彼女と同様に、歌に語るべきストーリーや観客に伝えたい強烈なエモーションがあると、
突然、見違えるようなパワーと繊細な声のカラーによる表現力を発揮するのが彼女です。
それは例えば、ボイドの詞とグランドの曲による、”Guess Who I Saw Today"のようなナンバーに顕著です。
この曲はナンシー・ウィルソンらも取り上げている、ジャズのスタンダード・ナンバーと言ってもよい作品ですが、
もともとは、『ニュー・フェイセズ・オブ・1952』というブロードウェイのミュージカル・レビューに含まれていた曲です。
夫が他の女性に心を移しているのをなんとなく感じ取っている女性が
気晴らしに街に買い物に出かけた帰りに立ち寄ったお洒落なカフェで、見るからにラブラブな男女を見かける。
自分と夫の関係と比べて、如何に相違のあることか、、と思ってよく見てみれば、
その男性は他の誰でもない、自分の夫だった。
相手の女性しか目に入らず、ショックで彼のすぐ横を通ってカフェを飛び出した女性が
自分の妻であることにすら気づかない夫、、。
いつも通り帰宅が遅かった夫に、このいきさつを語りで再現しながら、
最後に”今日誰に会ったと思う?(Guess who I saw today?)"と問いかけるそのプロセス自体が歌詞になっています。
淡々と語るように歌い始めたラセットは、なんと、彼女からスペースをはさんで真正面に座っているこの私を、
”夫”と設定したようで、
”Guess who I saw today?”という歌詞の後、次のフレーズに入るまでに息づまるような間を取りながら、
主人公の女性が男性が自分の夫であると気づく瞬間を再現するために、
首をほんの少し横にかしげながら、まさに虚と形容したくなるような視線を
私にじっと向けた時は、この歌の主人公の女性の胸の痛みを、
そのまま感じて、私は金縛りに合うような思いでした。
そして、その後、そっと突き放すように歌った”I saw you."(あなたよ。)というフレーズのニュアンスの素晴らしさ!
彼女が一人で帰宅して、夫が帰って来るまで悶々としながら、
自分の知らない女性と夫がいかに愛し合っているかということの認識と、
自分と夫はすでにとっくに終わっていたのだ、という諦観に彼女が至り、
そこには最早怒りすら存在していないという、
歌詞の中ではっきりと内容が語られているわけではない部分の経過すら見えてくる歌唱で、
こういうところが、彼女のすごいところだなあ、と思うのです。
今夜のプログラムは書面はおろか、口頭でもはっきりした曲名の紹介がないものがほとんどで、
(だから、歌われた曲名の全部はわかりません。)
各曲の前に、曲の内容と関連したおしゃべりが少しあって、すぐに曲になだれこんで行くという、
まさにジャズ・クラブ的な運びになっているのですが、
ラセットは非常に話術が巧みなので、このあたりはお手のものです。
彼女のウィットに富んだ個性がとても良く出たのは、『マッド・ショウ』というオフ・ブロードウェイのレビューからの、
ロジャースとソンドハイムのペアによる曲、
”The Boy From Tacarembo La Tumbe Del Fuego Santa Malipas Zatatecas La Junta del Sol y Cruz”。
この曲は、Tacarembo La Tumbe Del Fuego Santa Malipas Zatatecas La Junta del Sol y Cruzという、
ものすごく長い名前の(架空の)村からやってきたラテン・ボーイに入れあげているギャルの歌で、
たどたどしいスペイン語で、長々と村の名前を読み上げる箇所が何度も出てきて笑いを誘います。
しかも、歌詞から、ラテン・ボーイがゲイであることをほのめかす様子がたくさん描写されているのに、
このギャルが全く気づいていなくて、彼に相変わらずぞっこん!という、そのずれぶりがまたおかしいのです。
また、ラセット自身がホモセクシャルである(彼女自身がオペラ・ニュースなどで公言しているのは、
以前どこかの記事で書いた通りです。)ことを知っていると、さらににやっとさせられる粋な選曲です。
彼女はメトでは本当に色々な役を歌って来ましたが、その中に『道化師』のネッダ役もあって、
公演を観たときには、劇中劇における笑いのタイミングの良さにも感心させられましたが、
(劇中劇のみでなく、カニオとの対決シーンのすさまじかったことは言わずもがな。)
今日のこの歌で、あらゆる声色・演技を駆使して、客を爆笑させる彼女を観ていると、
コメディックな役柄もお手の物だということがよくわかります。
他に取り上げられたナンバーで面白かったのは、彼女の当たり役の一つが蝶々さんであることにひっかけて歌われた、
”かわいそうなバタフライ”というハッベル作曲による作品で、まさに『蝶々夫人』のダイジェストのような曲なんですが、
(ただし、プッチーニの旋律を感じさせるものは全くありません。)
こんな曲が存在しているとは知りませんでした。
ただ、当然とも言えますが、作品としては、全幕の蝶々さんでの彼女の素晴らしさに対等するようなものを
彼女から引き出すものではありません。
意外なことに、私が最も今夜感銘を受けたのは、スタンダードもスタンダードの、
エディット・ピアフの代表曲として誰もが知っている”ラ・ヴィ・アン・ローズ”です。
私は実はこの曲が大の苦手でして、あのこてこてのさび、
それを高らかに歌い上げる歌手(それがピアフであっても、、)の歌声を聴いていると、
ぞわぞわぞわ、、と一気に鳥肌が立ってくるのですが、
今日のラセットの解釈によるこの曲は素晴らしくて、歌う人によってはすごくいい曲なんだな、と初めて思いました。
彼女はこの曲のさびでは、がんがんとオペラで訓練された喉でもって押しまくることも出来たでしょうが、
それをせずに、繊細に歌い上げていました。
また、さびの、高音に連続して駆け上っていく丁度その場所に、
彼女の声区が変わる部分があたるようなキーで歌っていて、
声区の切れ目の扱いが下手な歌手に当たると目も当てられないのですが、
彼女はこれを非常に巧みに利用していて、すごく色気のあるカラーを生んでいました。
はっきりと曲名がわかったものは下にあるものだけなんですが、
彼女のノイエ・ギャラリーとのインタビューによると、他に、
ハロルド・アーレン、アーヴィング・ベルリン(What'll I Doではなかったかな、と思うのですが、確信が持てません。)、
ロジャース&ハートのコンビによる曲などが取り上げられていたそうです。
The Boy From Tacarembo La Tumbe Del Fuego Santa Malipas Zatatecas La Junta del Sol y Cruz (Mary Rodgers / Stephen Sondheim)
Mon Dieu (Michel Vaucaire / Charles Dumont)
La Vie en Rose (Edith Piaf / Louis Gugliemi)
Guess Who I Saw Today (Elisse Boyd / Murray Grand)
Poor Butterfly (John Golden / Raymond Hubbell)
Cabaret at Café Sabarsky
Patricia Racette, Soprano
Craig Terry, Piano
Neue Galerie
*** Cabaret at Café Sabarsky with Patricia Racette キャバレー・アット・カフェ・サバルスキー パトリシア・ラセット ***