Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

MetTalks: DAS RHEINGOLD

2010-09-22 | メト レクチャー・シリーズ
新演出のプロダクションから、キャストの一部、指揮者、演出家、デザイナーなどを招いて行われる座談会シリーズに、
メトがいつの間にかMetTalksというこじゃれた名前をつけていました。
今年からかな?今まで気がつかなかったから。
今シーズンのMetTalksは、オープニング・ナイトの演目でもある『ラインの黄金』でスタートです。

先(2009-10年)シーズンは、キャスト・チェンジの嵐のせいで、ぎりぎりまでリハーサルに忙しく、
キャストは座談会に出演するどころじゃなかったケース(『ホフマン物語』)を含め、
なぜか、ゲストに歌手が含まれない会がほとんどで、歌手の話”も”楽しみにしているオーディエンスにとっては、
ちょっぴり残念な一年でした。
(その前の年は、『トロヴァトーレ』『夢遊病の女』で歌手の話も堪能できたのに、、。)
というより、それがすっかり定着してしまって、オーディエンスの側も、
すっかりこのシリーズに歌手の登場を期待することを忘れてしまっていました。
なので、今回、ゲルブ支配人が、演出家のロバート・ルパージ(おフランス風の発音・記述ですとロベール・ルパージュ)と、
ヴォータン役を歌うブリン・ターフェルを連れて登場した瞬間、オーディエンスの中に”おおっ!!”というどよめきがもれ、
オーディトリアム(メトのオペラハウスです)の中の空気が一気に5度くらいあがった感じでした。
それにしても、このMetTalksのシリーズでオペラハウスの平土間がほとんど一杯になるなんて、
今までなかったことではないでしょうか?
実際、私のすぐそばに座っていた女性の二人連れはメトの関係者の方でしたが、
”こんなに一杯になったこと、今までないわよね。よしよし!!”と仰っていました。
ヘッズたちのメト新リングへの期待がいかに大きなものであるかということがわかろうというものです。

(以下は会話の完訳ではなく、記憶をもとにした意訳です。ブリンをBT、ルパージュをRL、ゲルブ支配人をPGと略します。)

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

PG: マエストロ・レヴァインと、シェンクの旧演出が素晴らしいことには間違いがないが、
メトのリングは新しいプロダクションを必要としている、ということで意見が一致して以来、
演出をお願いするならルパージュしかいない、そしてヴォータンにはブリンを!というのが私の考えでした。
舞台の方はまだお見せするわけにはいかないので、噂の重量9万ポンドのセット
(注:=45トン。この重さのセットを舞台にのせると従来のメトの建物の構造では
すぐ下にあるスペースの天井が重さを支えきれなくなって、オケピットもろとも崩壊する可能性があったため、
夏の間にピットの裏のスペースの天井を強化する工事を行ったのは以前どこかのコメント欄で書いた通りです。)も隠してあります(笑)。
ラインの乙女たちを押し潰す気か!と言われましたが、そうではないんですよ。
セットについては、何枚もの木のボードをつないだものをトレーラーに乗せたようなもの、と思ってくださればよいかと思います。
ありがたいことに、『ラインの黄金』についてはジフ家が製作費の全額を寄付してくださいまして、
いえ、実を言うと、ラインの黄金だけではなく、新リングの四作とも、ジフ・ファミリーの寄付によるものです。
(ここで、どんだけ金持ち、、、というため息がオーディエンスから漏れる。)
ルパージュ氏についてはもう説明の必要もないかもしれませんが、カナダでシェイクスピア劇などを演出した後、
シルク・ド・ソレイユの『Kà』なども手がけ、メトでは『ファウストの劫罰』の演出で皆様の記憶にも新しいところです。
一方、ブリンですが、私が初めて彼の舞台を観たのは、ジュリー・テイモア演出の『エディプス王』で
(注:サイトウ・キネンの公演のことのようです。)、
その後はメトでもデビューを果たし、『フィガロの結婚』や『ファルスタッフ』といった演目で大ブレーク。
昨シーズンは『トスカ』のスカルピア役でメトに登場しましたが、
今回はヴォータン役ということで、彼が(バリトンではなく)”バス”・バリトンであるという事実を思い出させてくれます。
(すかさず、”思い出させてくれてありがとう。”と合いの手を入れるブリン。)
では、ルパージュさんから、なぜ、リングを引き受けることにしたか、そこから話していただきましょうか。

RL:  なぜって、それはあなたに頼まれたからですけれども、、(笑)
というよりは、ゲルブ支配人のおかげ、と言った方がいいのかもしれませんね。
2000年を目前に控えた1980~90年代には、多くのヨーロッパの歌劇場から、
”新世紀に新しいリングを!”ということで、たくさんの演出のオファーを受けたのですが、全部断ったんです。
なぜなら、私はその時点ではリングはおろか、オペラの作品を演出したことすらなくて、
もっと、リングよりは規模の小さい普通の作品を少なくとも4、5本は手がけて、オペラの演出の経験をふんでから、
リングに挑戦したかったのです。
しかし、考えが足りなかっのは、自分が経験を積んで用意はばっちり!と思った頃には、
もうどこもオファーをしてくれなくなっている、という事態を予測していなかった点でした(笑)
ところがそんなところにゲルブ支配人からオファーがありまして、その時点までには、
自分の中にも、それなりの自信というか、準備が出来ている、という感覚がありました。
リングという作品は、コスモス、生、という極めて大きなテーマを扱っていますから、
その演出を引き受けるのはそうたやすいことではありません。
ただ、メトは非常に勤勉でやる気のあるスタッフの集団ですから、
その点が自分にとって非常に大きなサポートになるのは間違いないと思いました。

(ここでスクリーンを使って、ルパージュが製作のプロセスの初期に
インスピレーションのために集めた資料のコラージュが紹介される。
過去の、特にバイロイトのものと思われる、衣装をつけた歌手の写真やイラストなどが中心。)

PG: このコラージュを見ると、とてもトラディショナルなものにあなたがインスパイアされている様子なのが意外ですが。

RL: 今回の演出をするにあたって、バイロイトのオリジナルのプロダクションへのリスペクトの気持ちが強くあって、
もちろん、演出において現代の枠で取り組むことは大事だとは思いますが、
作品をそのように新しい方法で斬ることは、衣装をモダンにしたからといって、
到達できることではないと思います。
むしろ、すでにワーグナーの作品が基としているノルディック、スカンジナビア的な要素を大事にし、 
登場人物は出来るだけトラディショナルに、というのを心がけました。
光る素材の布を使用するなど、そういう意味では現在のテクノロジーがあるからこそ可能になった事柄もありますが、
デザイン自体はクラシカルです。
実は私は長らく地理学に興味がありまして、アイスランドを旅行したことがあるのですが、
その時の経験は、今回の演出に生きていることの一つです。
火山、地の動き、実際に地面が裂けている場所、、、その、地そのものの胎動とでもいうべき感覚は今回非常に役立っていますし、
また、神話的な側面からもインスピレーションを得ました。
私は、このリングという作品に、いきなりコンテンポラリーのコンセプトを足すのでも、
また、単に古典的に物語をそのまま視覚化するのでもなく、
ワーグナーがこの作品を作った時に、彼がどのようなもの、事柄にインスパイアされていたかということに思いを馳せながら取り組みました。

PG: ブリン、あなたはどうですか?どうしてメトでヴォータン役にチャレンジしようと思われたのでしょう?

BT: このメトという劇場、ここのオーディエンス、そして、このプロダクション、
ここのスタッフの皆、歴史、、、

PG: (まだ話し続けているブリンの上を)あなたに関してはマイクがいらないですね。声が本当に良く響く。
メトの音響についてはどう思いますか?

BT: メトは一般的に言ってアコースティックは良いと思いますが、
音響というのはセットのデザインにも大きく影響されるものです。
音がダイナミックにリバウンドし、フォルティッシモ、ピアニッシモのいずれもが美しく響くという点が大事です。
『ラインの黄金』に関しては、この一週間は特に濃密なリハーサルを重ねていますし、
初日は一時からリハーサルをして、その後6時からリスト・ホールでマエストロ・レヴァインと最終チェックを行い、
いよいよ、本番です。
今回はセットとの兼ね合いから、私はほとんどの時間を限られた舞台の前方のスペースで、
もはや壁といってもいいような大きなセットをバックに歌いますので、先ほどの音響の絡みから言うと理想的です。
ただ、、、多少、動きがアクロバティックな部分があって、スタントを使わない場面がありますので、
久々にフィットネス・クラブに再入会したりしてしまいました(笑)

PG: あなたはヴォータンをどのような人物ととらえていますか?

BT: リングでのヴォータンは、複雑な役ではありますが、一言でいうと、”状況に反応する人”と言えると思います。
例えば、『ラインの黄金』での彼は、巨人たちの言い分が正しいことはわかっているのです。
それでも、神のフィギュアヘッド(長)としての立場があるから、自分の真意に沿わないことをしなければならない時がある。
そして、その結果としての凋落。それが彼のリングにおける物語だと思います。
また、彼は、かと思えば、子供のように自分の欲しいものにしがみつくような部分もありますから、
そういう彼の人間的な部分も表現したいと思います。

PG: (ルパージュに)このプロダクションでのビジュアルやセットについて、話していただけますか?

RL: 例えばラインの乙女が登場する場面で、口から泡が出るなど、
観客がよりリアルな感覚をもってもらえるよう工夫した部分が多々ありますが、
それは常に音楽を支え、その効果を大きくするためのものであるよう留意したつもりです。
先ほど少しアイスランドの話をしましたが、私がそこに滞在している間に、
実際に島にあった地面の亀裂が段々広くなって、地が離れていく様子を目にしました。
『ワルキューレ』でのシーンになりますが、ブリュンヒルデが眠りにつく場面のイメージはそこから得られています。
セットですが、いわゆるプランク(厚めの板)を集めたもので、我々はこの舞台機構をティクトニックと呼んでいます。
これ一つが、その時に応じて、階段状になったり、一枚の板状になったりするのですが、
そういった物語の中での場を作る働きとともに、声の響きを支える役目も負わせています。
このセットは『ラインの黄金』だけでなく、リングの4作すべてに使用されます。
ニーベルンクハイムの入り口では大きな螺旋階段になったりします。(最初の写真参照。)
リングのライトモティーフは、それ単体がライトモティーフであるのはもちろんなのですが、
それが組み合わさってまた別の新しい一つのテーマを生み出すというような、
まるで三つ編みのような感じがあって、それが面白いと思うのですが、
プロジェクション(注:CGを使ったステージに映写される映像)とセットの組み合わせを使い、
それをどうやって表現しようかと頭を悩ませました。


(新リング全四日に共通して使用される、オケピを破壊する能力を隠し持った45トンのセット。)


PG: 今回実はセットが少しオーケストラ・ピットの上にせり出している部分もあって、
以前のシェンクのプロダクションに比べると、
歌手、指揮者、オーディエンスがより一体化できる演出になっていると感じるのですが。

RL: これはマエストロ・レヴァインに教えて頂いたことなのですが、
リングでは、”巨人をどうやって大きく見せよう?”とか、”大蛇は?”とか、
入城のシーンはどうやってグランドにしよう?とか、大きい方へ、大きい方へ、と発想が向きがちですが、
実はこれは非常にintimate(親密な)物語である、ということを忘れてはならないよ、と言われました。
オペラの場合は、音楽がありますから、演出家がすべてを決められるわけではなく、
指揮者とは50/50あたりの場所で、お互いの考えをぶつけていけるのが理想です。
その点で、マエストロ・レヴァインとは非常に仕事がやりやすかった。
サブテクスト(場面、台詞のバックグラウンド)を音楽で表現することが指揮者の領域なら、
演出家の仕事はそれを空間を使って行うことです。
歌手やオーケストラが作品とインタラクトしやすいスペースを作ること、これが演出家の最大の仕事だと思います。

PG: 二人が一緒にお仕事をされるのは確か初めてですよね?一緒に仕事をしてみてどうですか?
歌手は演出家が気に入らないと、指示とは全く反対のことをやってみたりとか、いろいろあるようですが(笑)

BT: (笑)いやいや、意見が合わないと疲れるだけですからね。
もう彼とは3、4週間、リハーサル室にこもりっきりで、もちろん、ずっと歌っていると声が消耗してしまいますから、
歌の方はマーキング(注:フル・ボイスで歌わないこと)ですが、
細かい演技をつきっきりで一緒にさらっています。

PG:  私もこの間リハーサルをのぞかせて頂いたのですが、それはもう細かい演技まで、、

BT:  え?まずいな。いらっしゃった時に、罵ったりしてませんでしたか?ウェールズ語で(笑)
(注:彼の出身地はご存知の通り、ウェールズです。)
ただ、ヴォータンを過去に歌っていた歌手、例えばハンス・ホッターなどは、
話を聞くと、舞台ではほとんど動かなかったといいますね。
私はヴォータンを、『ラインの黄金』の時点では、妻にベタ惚れの、ちょっとこずるい政治家として演じたいと思っています。
その中で善対悪、現実対黄金、、、(といろいろと並べ立てた後、ふと立ち止まって)
と、このように、何かべらべらとしゃべっているうちに、ヴォータンの役作りのヒントとなるようなものが
自分にも見えてくるかと思ったのですけれども、、(笑)

RL:  良い歌手・役者というのは、まず、良い聞き手である、と言えると思います。
オペラでは、常に色々なことが進行していて、気の散ることが多く、
また、私の演出ではアクロバティックな部分もありますが、
演出家としては、歌手が話し相手が横にいるのに、観客がいる前方に向かって歌っている状態において、
この二人の間に起こっているインタラクションをどうやって観客に伝えるか、
その手伝いをすべきだと思っています。



(リハーサルからの写真。手前にある多くのモニターは舞台にプロジェクションを作るためのもの。
ルパージュはメトのサイトに掲載されているインタビューで、
これはプロジェクションではなく、ハイテク画像とインタラクティブ・ビデオである、と語っていますが、
この座談会では、便宜上、プロジェクションという言葉が使われていました。)

PG: (ブリンに)リングの各作品におけるヴォータンの変化をどのようにとらえていますか?

BT: 『ラインの黄金』では、悩み多い、エゴイスティックな神ですが、
『ワルキューレ』では、それを彼なりの方法で落とし前をつけるシーンが最後に描かれていると思います。
実は私は『ジークフリート』に関しては、結局家族がらみの理由で降板を余儀なくされ、
実際の舞台では歌わずじまいになってしまったのですが、
『ジークフリート』でのヴォータン役(『ジークフリート』での正式な役名はさすらい人)に、
よその歌劇場でキャスティングされていたことがありました。
その降板が決まるまで、リハーサルにはずっと参加していましたので、
『ジークフリート』が慣れもあって、一番歌唱的には歌いやすいのです。
一番恐ろしく、鬼門になりそうなのは『ワルキューレ』の第二幕で、
これは練習をしている途中で楽譜を投げ飛ばしたくなります(笑)。
まさにエベレストのような音楽です。
また、今回は新演出ということで、役作りもまっさらのところから行うわけで、
歌唱だけでなく、キャラクターを作る、という面からも、やりがいがあると言えばあるのですが、、大丈夫なのかな、、、

RL: (隣から優しくそっと)大丈夫だよ。
もう一点なんですが、私が思うに、最近の観客というのはせっかちで、
舞台を見ながら先にストーリーの終わりの方に頭が行ってしまうんですね。
舞台で進行していることと、観客の頭の中で起こっていることのペースをあわせること、これも演出家の仕事だと思っています。

PG: (ブリンに)モーツァルト、ヴェルディ、ワーグナーなど、広いレパートリーをカバーされてますが、
それぞれのレパートリーの違いというのは何でしょう?

BT:  私には二人、非常にお世話になった先生がいまして、
それぞれのレパートリーのスタイルの違いを教えてもらえたのは非常に幸運でした。
まあ、一言で言いますと、モーツァルトのレパートリーは公演中にも多少の社交生活がありますが、
ワーグナーはそうはいかない、という点でしょうか(笑)

PG: そうそう、実際、私はブリンをヤンキースの試合にお誘いしたら、あと何週間か待ってくれ、と言われたんでしたね。
(注:ここで、リングのリハーサル中にヴォータン役の歌手をヤンキースの試合に誘う支配人の非常識ぶりと、
また、それをヘッズを前に無邪気に明かすという、非常識の二乗!に唖然とするMadokakipなのでした。)

BT: 若い頃には見えていなかったことが色々ありますし、失敗から学んだこともたくさんあります。
実際、(ジェームズ・)モリスに、飛ばし過ぎには気をつけなさい、という助言をもらったにもかかわらず、
(注:リハーサルで、ということなのか、そのあたりがちょっと不明です。)
突っ走りすぎて見事にすっ転んだこともあります。
疲れて残った60%といった中途半端なパワーでは歌えないのがワーグナーなのです。
これからのレパートリーのことを言うと、こうしてワーグナーのレパートリーに入りましたので、
『フィガロの結婚』(の伯爵役)はもう歌えないと思います。
自分の歌いたいカラーがもうあの役については出せないと思うので。
ドン・ジョヴァンニについては、これまで、自分が本当にしっくり来ると感じたことは一度もないです。
歌曲、これは歌って行きたい。F1でたとえるなら、オイル・チェンジという感じで声にもいい。
ファルスタッフはこれからも歌って行きますよ。

PG: (ルパージュに)今のオペラの演出家の中にはオーディエンスは頭が悪いから、
自分のやりたいことはわかってもらえなくてもいい、というような考え方の人もいますね。

RL: 私はオーディエンスは基本的には頭の良い存在だと思っています。
演出を通して、鍵となるもの(key, clue)を投げ、それを観客側がきちんと受けとめる、というのは、
演劇の世界では普通に行われていることです。
最近では、オペラにしろ、ダンスにしろ、演出が非常に閉じていて、自己満足的なものが多くなっているような気がします。

PG: それでは質問タイムにうつりましょう。

質問者: なぜ一つのセットで4日(リングの4演目を)すべてカバーするのですか?そんな演出、他に見たことがないんですが。

RL: (笑)なぜ、と言われましても、お金のない劇場でも大丈夫なように、でしょうか?
しかし、このセットは非常にニュートラルで、何にでも変化でき、
あらゆる可能性とボキャブラリーに対処できる能力を持っています。

PG: ええ、このセット一つでメトのレパートリー全部を上演できるくらいですよね。

BT:  もしや、マチネに『ラインの黄金』、夜に『ワルキューレ』なんてことも?

RL: あなたの方にその気があればもちろん(笑)

BT:  いや、ないです!(笑)そんなことになったら、、とおそるおそるの質問なんですから。

RL: (笑)。話を戻しますと、私の友人で、ボイス・オーバーが多用されている舞台を見た友人が、
ボイス・オーバーは嫌いだ、とこぼしていたので、私はこのように言ったんです。
”それはボイス・オーバーの手法そのものが悪いのではなくて、悪いボイス・オーバーだったからだよ”と。
ハイテクも、質や内容が悪ければ、ただの邪魔でしかありません。
私は今回の演出で、ハイテクが作品や舞台の邪魔になることだけはないように配慮し、
常に歌手の声をサポートする、ということに留意しました。

PG: 歌手と作品を大事にした演出になっているので、皆様、その点はご安心ください。

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

と、演出にブーイングの嵐!だった、昨シーズンの『トスカ』のようなことにはなりませんから!と、
必死でヘッズに訴えるゲルブ氏でしたが、9/27のオープニング・ナイトは、さて、いかに!?


MetTalks Das Rheingold Panel Discussion

Robert Lepage
Bryn Terfel
Peter Gelb

Metropolitan Opera House

*** MetTalks Das Rheingold ラインの黄金 ***

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
たのしみ!! (ゆみゆみ)
2010-10-03 17:53:33
できるだけマドカキップさんを煩わさない様、余計な事は書かないようにと考えておりましたが、ついつい嬉しくて!!
もし、本当に「歌手と作品を大事にした演出になっているので、皆様、その点はご安心ください。」の通りなら最高ですね。
私は4月にキーシンどちらにしようか迷っていますが、心は半分以上メトに傾きました。
マドカキップさんの次のコメントを楽しみにいたしております。
返信する
ありがとうございます! (Madokakip)
2010-10-04 08:19:52
いえいえ、全然そういうお気兼ねなく、コメントを頂けたらと思います。
ご覧の通り、少し返事が遅くなり、しかもまとめてお返しすることとなりますが、
相変わらず、皆様のコメントは楽しみに読ませて頂いておりますし、
また、このように言って頂けると、記事にした甲斐もあり、励みにもなります。

オープニング・ナイトは色々思うところはありましたが、

>歌手と作品を大事にした演出になっているので、

については、特に異論はありません。(むしろ、それに気を使いすぎて、少し演出がコンサバになったかな、という感じです。)
ホフマンのドレス・リハーサルのレポートの後、いよいよ、オープニング・ナイトのレポートです。
お待ちくださいね!
返信する

コメントを投稿