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小説『錦繍』

2022年08月15日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

1977年に「泥の河」でデビューした宮本輝
1982年の作品。
つまり、宮本輝の初期作品。
友人から薦められて読んだ。

「蔵王のダリア園から、
ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、
まさかあなたと再会するなんて、
本当に想像すら出来ないことでした」

という書き出しからあるように、
10年前にある事件で離別した元夫婦の再会の場面から始まる。

変わり果てた男の姿を見て、
自分でも分からない感情に突き動かされた女は
男に手紙を書く。
しばらくして男の返信があり、
往復書簡が続く。
今となっては珍しい、2人の書簡形式の小説
メールもスマホもない時代、
遠隔地の者同士は、手紙という形式でつながっていた。
私の経験でも、好きな人に出した手紙が
着くまでに何日、相手が返事を書くのが何日、
投函され、着くまでが何日、
と指折り数えて、胸をときめかせて時を刻んだ。
今のように、メールが届くと即座に返事が来るようなのとは、
時代が違う、大らかな時の流れに身を任せていた時代だったのだ。
書簡体文学のこの作品は、
書かれた昭和57年(1982年)だからこそ成立したともいえる。

その書簡の中で、
10年前の事件とは何であったか、
どうして、別れなければならなかったか、
が明らかになる。

再会した二人はどちらも幸福ではない。
女は大学助教授と再婚したが、
知恵遅れの子どもが生まれ、
その子どもを一人前にすることに生涯を懸けている。
夫は教え子と浮気している。
男は元妻の会社の後継者の地位を追われ、
職を転々とし、
借金取りに追われ、
今は女に養われている。

その二人の往復書簡の中で、
過去がさらされ、
未来への曙光が見えたところで書簡は終わる。

30代の男女、
不幸にして別れてしまった人生のほころびを
もう一度織り直そうとする努力。
男も女も魅力的で、
女の父親の建設会社社長、
近所の「モーツァルト」という喫茶店のオーナー夫妻、
男の少年時代の初恋の人で、
事件を起こすことになる女性、
そして、今男がやっかいになっている無学な女、
それぞれが魅力を発揮する。
事件と二人の関係を通じて、
人生や人間の業(ごう) が綴られるのは理解できる。

女がモーツァルトの音楽を聴いて寄せる、
「生きていることと死んでいることは同じようなことかもしれない」
という述懐は、
私には、着いていけなかった。
生きていることと死んでいること
はどう考えても違うので、
宮本輝の語るその境地には到底到達できない。
モーツァルトの音楽を聴いて、
そんな考えに至る人がいるとは。
まして、「宇宙のからくり」「生命の不思議なからくり」などとは。
別にモーツァルトの音楽を持ち出すこともあるまい。

「錦繍」(きんしゅう)とは、錦と刺繍を施した織物のこと。
人と人のつながりが織り重なり、
美しい織物になる。
そんな意味を託している。

しかし、既に円熟の手腕の筆で、
読み手をそらさず、
最後まで読ませてしまう力量は、さすが。
終わりのあたりは、やはり胸を打つ。

2007年に、舞台化されている。

 



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