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言葉による音楽的な日々のスケッチ

作曲講座受講日記と、言葉による音楽的日々のスケッチを記録

月と桜

2006-04-12 01:58:11 | 日々
4月9日 国立へ

近隣に住む旧知の友人に招待されて懐かしき国立へ
この街は東京に来て初めて住んだ街
中央線に乗って駅に降り立つ

6年程住んだだろうか
この街は当時の私にとって新たな生活への憧憬を
象徴する場所だった

懐かしい赤い三角屋根の駅舎
1本だけ早く咲く桜の木

何も変わってない

数年ぶりで訪れたのに南口に出るのに躊躇せず
考えなくても身体が憶えていた

花吹雪の大学通りを歩いた
春の土や花や大木の香りがする

新緑の頃には桃色やフューシャピンクのつつじと
薄紫色の葵が丸く咲いて、ブーケみたく点在する様も
清廉な空気と共にとても美しい。




ここを歩くと特別な気持ちになる
この場所に来ないと味わう事は出来ない


記憶が溢れすぎて言葉が出なかった
今も記憶のどこかで国立に住んでいる。

で、ここに来たのは
食のエロスを堪能するため!(笑)







生まれて初めて「桜のシャンパン」というものを飲んだ
美味!





国立の暮れ行く空の月と桜
















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コミュニケーションの交差点

2006-03-03 22:38:15 | 日々
ポリフォニックな物事が好きだ。

私の中で響き合う出来事。幾人もの人々。

織物のように沢山の糸で私を形成している。



ーーーある憂鬱な冬の朝の出来事


この日の朝は雨混じりの湿っぽい雪がちらついていて
気温が低い灰色の朝だった。
いつにも増して気分はど~んより陰鬱…。

電車から降りて、ここから会社迄の10分、
完全な防寒の装いをするべく手袋を探していた。

片方が見当たらない。
焦ってバッグを弄る。もう片方の手袋の気配がない。

ああ、また失くしちゃったんだ…と
(ミンクの毛のついたお気に入りを失くしたことよりも)
この冬、片手の手だけを冷たくして
過ごさなければならない状況を思い描き
(まあ、買えばいいんだけど)
そんなのやだな・・・と想像していたら、
背後から力強く肩を叩かれて現実に引き戻された。

振り向くと、学級委員長みたいな風貌の
サラリーマンが居た。背が高い。メガネをかけていて
頭が良さそう、機敏なかんじがする、
仕事が出来そうな人…判断と推測とで思考していたら

「これ」


手渡されたのは、失くしたものだと諦めていた
もう片方の手袋だった。

「ありがとうございます」
心底嬉しくて自分で驚く程、元気なお礼をした。

改札を出て会社に向かう道すがら
手袋を拾ってくれたその人の表情や仕草を
何度も思い返していた。

見ず知らずの人のおかげで私の両方の手が暖かい。
失くしたかもしれなかった。
そしてこの人と出会う事は多分ないだろう。

1分1秒が惜しくなるような
慌ただしい朝の通勤時間のときに
この見ず知らずの人は、自分の前を憂鬱の気分に負けて
不注意にぼ~っとして歩いていた
見ず知らずの人間の手袋を拾い上げ、
追いかけて来て肩を叩いて手渡してくれた、
少し無愛想に、ただ当たり前のことをする為に。
忘れられない光景として今も記憶に残っている。

たいていはこうした
ちょっとした誰かとの会話、関わり、やりとりの
他愛のないコミュニケーションに支えられて
憂鬱で自分勝手な「気分」は消え去って行く。




車に乗っていたり横断歩道を渡っていたり
自転車に乗っていたり、歩いたりしているときに
道の分かれ目や真ん中でぶつかったり倒れたりもせず

上手に多くの人々がすれ違い交差し、
様々な動きやスピードを観たときその瞬間に
ポリフォニーに似た、音楽的調和とリズムを感じる。

きっと、私達の意識は常に隣り合う誰かに対して
無意識的に配慮している、ということを感じる。

名も知らないそれぞれの人の気遣いや
存在感を朧げに感じられる瞬間。

この名も知らぬ人たちは確かにここに存在している。

こんな光景は、とても短い間に起きるのに
目に焼き付いて忘れる事なく情景は
幾つかの場面となって記憶に積み重なっていく。

この人たちとはもう二度と遭わないかもしれない。
彼らは皆それぞれの生活に還っていく。
独りかもしれないし家族や恋人のもとに還るのかもしれない。

どんな仕事をしていて、
どんな気持ちで日々過ごしているのだろうと
想像を巡らしてみる。幸せだろうか、どうだろうか。




よく『人は誰しも皆、孤独なものだ』などと
定説のように言われているし
自分は独自に生きているという風にも考えがちだけど
じつは独りで生きる事こそ可能でも
決して独りで生きている訳ではないということに
普段はなかなか気がつかない。

確かに誰しも独自に自由に生きているし、生きられる。

でも私達は独りではなく、たとえ言葉を交わさなくても
常に隣り合い関わり合って生きているのだ。
だから誰かの事を想うとき、その人が決してずっと
孤独ではないように、と思う、
私の知らない誰かのことも、私を知っている誰かも、
全ての人が互いや誰かのことを思い合っているように。















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さよなら、ただいま

2006-01-03 02:53:33 | 日々
1月2日 帰京

<夜景のピグメント>

今日はいったい何曜日だろう。
お正月休み中ずっと曜日を気にしない生活をしていた。




毎年のことながら空港で見送られるのは苦手だ。
誰も来てくれなくてもそりゃ寂しいけど
寂しそうな顔で見送られたあと
一人飛行機に乗るのはさすがに辛いので
出来ればお互い笑って別れたいと思う。

まだ甥っ子が言葉もかたことだった2年前、
搭乗し去っていく私に「行かないほうがいい、行かない方がいい!」
と言って泣き、それを見てわが子の初めての「別れ」に対する反応に
感受性の芽生えを感じた妹が感涙し(笑)
その一部始終を見ていた周囲の人々の涙まで誘い(苦笑)
哀しいというよりその場が一瞬にして切ない状況になった事がある。
子供の無垢さって凄い力で人の心を動かす。
痛いくらいその気持ちは嬉しいのだけど。

向こう1年間会えないので、空港での別れは
こうして年に一度の一大イベントとなる(笑)

飛行機が最終便で時間が遅いので見送りは
運転技術と時間に余裕があるお正月休み中の義弟と
冬休み中の甥っ子。(道路は雨と雪でスケートリンク状態だった)


弟も生まれ2年経って少し大人になった甥っ子は
我慢することを覚え義弟と同じく真っ直ぐに目を見開いて
真剣に手を振る姿がそっくりで可笑しくも
いじらしくて少し泣きそうになったけど笑って手を振って別れた。

荷物を検査して搭乗ロビーに入って座り一息つく。
優しさへの感謝と寂しさと
一人になったことの安堵が入り交じった気分。少し切ない。
自宅でまだ乳児の甥を寝かせるため残った妹と
就寝時間が早いので(笑)来なかった両親へお礼のメールを送る。

彼が生まれてから年末年始の空港は私にとって
子供の笑い声や泣き声、テレビの音声や雑多な言葉が飛び交い
家族に囲まれた騒々しく賑やかで楽しげな世界と
音楽が聞こえ幾分の雑事から逃れ
一人で思考する世界とが交差し、何れかに乗り換える場所。

私は前者の場所にずっと居なくて
後者の場所にもずっとは居ない。
異邦人のように宙ぶらりんな事を感じる。


さて、しばしの空の旅を楽しむ。

空港カウンターで座席の変更を希望してみた。
何となく窓際で景色を観たいと思ったのだ。
以前、同じ路線で窓を閉じていたのに
ふと外を見たくなり機内から窓の外を見ると
キラリと流れた彗星を見たことがあって
その時のことを思い出していた。

窓口の女性は快く引き受けてくれて
幸いにも大きなほうの座席の窓際が確保出来た。
満席なのにラッキーだ。

行きはANAで空港は最高だけど機内では
JALのサービスのほうが上質に感じた。
(ここのところ不祥事が多いけど)
スチュワーデスさんは比較的年齢が高めで
落ち着いたサービスをしてくれる。

離陸の時の推進力が浮遊感へ変化するかんじがとても好きだ。
備え付けのヘッドフォンから「テンペスト」が流れた。


機内でスパークリングワインが飲めるらしい。
高度数万メートル上空でフレシネを頂く。
飛行機でお酒を飲むと早く酔うけどその分早く醒める気がする。
酔い方もジェットエンジン級(笑)

ほろ酔い状態で窓の外を見る。日中雨だったせいか
離陸した頃はとても晴れていて風も雲もなく
止まっているように静かな状態で機体が進んでいく。


きらきらと闇に小さく光る
貴石を散りばめたような街や車の灯り、
海岸線が美しく良く見えた。




函館と青森を挟んだ津軽海峡が見え
ずっと街の光が見え続けて
東京タワーが手招きしているのが見えてきた。

銚子あたりから徐々に羽田方面へ旋回。
木更津から川崎に渡る海ほたるが眼下に見える。

羽田は混んでいたらしく長い間伊豆半島のほうまで迂回して
羽田へ向かってまっすぐ体制を整え着陸した。

BGMはアンダーワールドに変わっていた。

何と東京の気温は4度。いつもより暖かかった
千歳の気温は2度。2度しか違いがないなんて!
今年の東京は異常に寒い。

1月3日

<冷たくて暖かい我が家へ帰宅>

帰ってきて妹から電話があり、
甥っ子が私を見送った後、寂しくて悲しくなり
自宅に帰ってからも目がウルウルするのをあくびで必死に
誤魔化していたと聴かされて、いじらしさに私もしんみりする。

ここに住んでもう丸2年。
近くの大きなお寺に初めての初詣に行ったあと




ピアノの弾き初めをして

北の友人が送ってくれた巨大な「遊星からの物体X」のような毛蟹を頂き



ほんと、白いワインと魚介は合うな~と、いい気分になっていたら
またも電話が鳴る。

甥っ子からだった。とてもしょんぼりした声で
「あのね、○○ちゃんが帰った後、、、寂しくて、泣いた」
あまりの無垢さに胸がきゅんとなって
返す言葉が暫く出なかった。去年はこうじゃなかったのに。
この位の子は感受性も目まぐるしく変化していくんだな~と思う。

私が居た時は、抱きしめようとしても照れて逃げるし
ほぼ毎日両親の諸注意に逆らっては
わがまま大王ぶりを発揮して(笑)
大人たちをがっかりさせた彼だったのに全く憎めない愛いヤツ。
何度も「また、遊びに来てね、待ってるからね」と可愛い声で。
「わかったよ。また必ず行くよ」さよならを言って電話を切った。

私が去ってからの彼らのやりとりを想像すると
この世に居なくなってしまった人を想う言葉のよう(笑)
有名な台詞を思い出す、
「さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ」

離れていても、家族の存在をとても近くに感じた夜。
また明日からいつもの日常が始まる。









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11月からの日々の備忘録

2005-12-26 00:15:03 | 日々
、、、、、を、記録。

さすがに師走ということで公私ともに慌ただしく、
なかなか日々の日記が更新出来ていないので、ここにまとめよう。

11/29
<ライブにコーラス参加>

松田太郎さんのバンドLOVE&WORKのライブに
コーラスで友情出演(笑)練習も含め「バンド」の
雰囲気が懐かしく、楽しみました。




写真は共にコーラスをするはめになった(笑)曲の原題の考案者、
中村ケンゴさんのブログより拝借。


12/3

<ワインパーティー>

@ケンゴ家
総勢14名ワインは1人1本の計算!
ノムリエ太郎さんのセレクトによる(大好きな~!)
ブルゴーニュワインを中心に。
パーティー詳細は家主ブログに詳しい。

料理上手でグルマンな写真家浅田氏の激ウマ手料理と共に
食のエロスを堪能した夜。(途中で小一時間程、寝ちゃったが…)



12/4
<さとがえるコンサート@渋谷>

何と!mixiに私が書いた
『祝!矢野顕子iTMS進出』(笑)日記を読んだ
マイミクの心優しい友人が、せっかくだから
彼女の音楽を好きな人に、という事でチケットを下さった。
何と言うグッドタイミング。思いがけなく、とても嬉しかった。感謝。
Yちゃんアリガトウ!

その恩恵によって、ライブ前々日にティーンズの頃の
感慨深い思いを抱えて矢野顕子さとがえるライブを
激しく良い席(業界仕様)にて鑑賞する事が急遽決定する。

サプライズゲストに忌野清志郎、
彼の歌う「ひとつだけに」思わず(泣…(笑)
ティーンズの頃、札幌まで出かけて徹夜して(笑)
並んで、このお二人のそれぞれのコンサートを
鑑賞した頃の気持ちにあっというまに引き戻された。
立花ハジメ氏による(この方もプラスティックス時代(笑)から
お慕い申し上げております)ミニマルな舞台美術も美しかった、

忘れたくないことを忘れてないな、と確信した、素敵な夜。

<写真は矢野顕子オフィシャルサイトよりお借りしたものです>




12/10

<いざ鎌倉>

バタバタと慌しかった土曜日。

いつもの休日の起床時間よりも幾分早起きをして
活発で情熱的、かつ愛溢れる応援活動をされている
アートプロデューサーでジャーナリストの山口裕美氏と
有志の皆さんと横浜トリエンナーレへ。
彼女の説明があって初めて解る作品も多かった。
同行出来たのはラッキーである。

ルックデルーの作品の前で待ち合わせ。青い海は目の前。
何て良いロケーションに会場はあるのだろうと
トリエンナーレ初観賞の気分、盛り上がる。

昼間だというのに月が見えるほど晴れていた。
空と海の青さとカモメの白の美しさを、空にはためく
作品(ダニエルビュランの)が演出している様に見えて魅力的。
会場のロケーション自体もかなり良い。



入り口にあった高松次郎氏の巨大な影の絵画の存在感と
作品の背景に隠されたコンセプトを聴いて感銘。
色彩はモノトーンで絵自体もミニマルなのに忘れられず、
心に残る。

面白いところでぴゅ~ピルさんの作品。
その日の夜、夢に出てきて
「ああ、あの作品は、そうだったんだ!」と
腑に落ちたのに目が覚めたら忘れてた(苦笑)

来場者に若者が多かったのは意外だった。
それと、絵画作品が少なく
インスタレーションや映像作品が多かった。
映像作品となると、どうしても観念的なかんじがするので
捉え難い。映像だけど遠近法を用いて
絵画のような、写真のようなかんじで表現された作品は
割合面白いと思った。

さて、次の約束が控えていて
そのあとの中華街と実際に泊まれる作品(ホテル)を
観たかったのだけど、あえなくタイムアップ。
元町中華街駅へ向かい17時20分の湘南新宿ラインで
新宿へ向かう。横浜駅で走る走る、ホームを駆け上がり
電車に滑り込みセーフで乗る。

帰りがけに皆で横トリのカフェで飲んだワインが効いたのか
にわかに眠くなって40分あるし、しばし眠る。
しかし悪夢はここから、、、
30分程してぼんやり目覚めた。電車内のアナウンス。

そろそろ大崎あたりかな~と、車内の電光表示を確かめると
次の停車駅名は何と『鎌倉』、、、
鎌倉かよ!?と心の中のミムラが突っ込んだ。
ああ、久々にやっちゃったよ、、、

ホームには上下線の電車が行き交っていたようで
私が乗ったのは逆方向。待ち合わせに1時間半近く遅れてしまった…
しかも相手は目上の女性、そして彼女は
私が敬愛するかつてのピアノ教師…心に余裕のある彼女は
大笑いして「ちょっとした小旅行だったわね~」
「そんな間違いするように見えないのに面白いわね」と
とひたすらウケてくれたのでほっとした。ごめんなさい。
そして有り難うございます。おいしい食事と会話、
お酒を頂き暖かい気持ちで帰路につく。

12/14

<モーガンフィッシャーライブ@六本木SuperDeluxe>

ライブの内容も去ることながら
このライブハウスの空間、かなり良い。
後半お酒が効いて、気がつけばお船を漕いでました。
あまりのリラックスぶりに瞑想気分。
モーガン氏がお坊さんのように見えてきた。



六本木という場所にある、洗練された場が持つ
ローカリティ&トライブを感じつつ観賞。


12月22日

映画美学校 音楽美学講座 楽理高等科

今年最後の講義の日記は、また別途、記録。


12月23日

<ピアノレッスン@谷中>
長くなるので別途日記へ記録。その後、友人と食事@恵比寿

夕焼けが素晴らしい日(中目黒ホームにて)


育児経験を持つその友人と日本の母親は「母親以外」の
世界を教えないような育児をするそうだ、などの話をする。
たぶん「自分の世界」もしくは「自分の時間」がなかったんじゃないか、
もしくはその人の母親がそういう人だったのではないか、とか
理想的な親子関係の在り方、などについて。

真鯛の薄作りなど、おいしい和食をたらふく食べた。
1日早いけど、と素敵なクリスマスプレゼントを頂く。
花と心のこもったカードと綺麗なボヘミアングラス。
寒い夜、またしても暖かい気持ちで帰路に着く。





12/25

<瞑想刑事とクリスマスワイン会&ディナー@吉祥寺>

ノムリエタローさん仕切りのワイン会、クリスマスヴァージョン。
早速ブラインドが始まる。のっけからシャンパンが3つ。
その中に一つシャンパンではなくブルゴーニュのスパークリングがあって
他の2本に比べて確かに味にインパクトがない。
太郎さんの解説もあって判別しやすかった。
赤ワインは殆どブルゴーニュでこれもブラインド。

有り得ない価格で有り得ない価格のワインと料理を頂く。
全てオーナーでソムリエのN氏のご好意である。
彼はそっと耳打ちされた、これはワイン代のみで
料理は僕からのプレゼントです、、と!
前菜2品。真鯛のカルパッチョ、N氏手作りの生ハムと
たっぷりのルッコラと共に。メインはフォワグラと鴨。


ワインは全部で9本!ブルゴーニュアリゴテ、白1本
発砲3本、赤5本

目玉商品の市価3万のワイン(Chambertin)がどれかを当てる、という
イベントがメイン。面白いことに飲み比べれば歴然。
深み、濃さ、香り、熟成、酸味、糖度、全てにおいてバランスが完璧。
葡萄という果実の魔法。瓶の中の赤い奇跡を味わう。
ただ、高いワインが自分好みかどうかはわからないが
これは、明らかにおいしくて好みだったのでラッキーだった。
続けると自分の味覚、感覚が強化出来るだろうな…と思う。

2次会でいつもの蕎麦屋さんへ。

もうここのざる蕎麦とざるうどんは名人技。
こんなにおいしい蕎麦とうどんを私は初めて食べた。
風味と舌触り、食感、たれ、薬味共にこれまた完璧。
シャーベット状のどぶろくやら日本酒を頂くが
もう舐める程度しか飲めない状態になっている程
ワインで満たされていたが、うどんと蕎麦は、
いつまでも入っていきそうなほど果てしなくおいしかった。
産地でこんなに味が違うとは。北海道が産地とのことだけど
(私は北海道生まれだけど)かつて北海道で
こんなにおいしいお蕎麦食べた事ないですよ!
おやっさん、どうなってるの!?(笑)

蕎麦湯で酔いを覚まし身体を温める。うとうとしていると
友人たちがなにやら騒いでいる、ホラ、○さんの好きな
「瞑想刑事(デカ)」がいるよ、と、、、何の事かわからず
眠い目を擦って座敷に居る客を見ると何と大駱駝館の
麿赤児さんではないですか!強烈な存在感。

どうしよう、、、吉祥寺での憧れの方との逢瀬(笑)は2度目。
以前井の頭線で隣の席に楳図かずお氏が座っていて
居心地悪く所在なさそうな面持ちだったけれど
「小学生の頃からファンでした」と握手を求めたら
溶けそうに恥ずかしそうにちょっと嬉しそうな笑顔で
さっと手を出された。キュートな方だった、、、
という思い出もあったので麿氏にもサインをおねだりしてみる。

サインはきっかけ。証拠が欲しいわけじゃない。
連綿として好きでいながら形而下的に
虚構性を持って存在していた表現者を、日常で見かけると、
直接触れて少しだけ言葉を交わしたいと、いつも思う、
実在を確かめるように。

「あの、お食事中、すみません。高校生の頃からファンです。
鈴木清順監督の映画に出ていらっしゃるのを拝見しました」
という話やら

ひょんなことから小樽を拠点としていた
ビショップ山田率いる前衛舞踏「北方舞踏派」の方々と
親交させて頂いていた事がありまして、云々、、、等という
お話をして、サインを頂き握手をして頂いた。暖かい手。

タモリ倶楽部での瞑想刑事(※)、大好きでした、
とは言えなかったけど、、、(笑)
(※単調な音を聴くとアルファ波が活発になり
瞑想状態になって事件を解決してしまう刑事の話・ワハハこりゃ愉快)

にぎやかで暖かいクリスマスの夜。

(写真は同席のソムリエ顔負けなワイン通でグルメのノッポさんより頂きました!)
つか、皆ただの酔っ払い(笑)

お見送り

2005-12-15 00:45:00 | 日々
いつも決まった時間だからなのか
匂いを覚えられたのか(?)
出勤時にドアを閉めた後そっと隣の家の庭を見下ろすと
必ずこちらをじっと犬が見上げている。
私がここに越してきてから2代目の柴犬君は
時に眩しそうに、時に不思議そうに小首を傾げて見てる。

犬か猫かといえは猫派なんだけど
柴犬と野性味溢れる大型犬は特別。

実家では色々な動物を飼った。
そういえば私が生まれる前から家には犬が居た。
その犬は狐色で、ここ最近見かけるようになった
ブリティッシュコーギーと雑種の(たぶん)
混合らしく、耳が垂れていて
足が短くて胴が長くて珍しいのでよく皆が笑った。
(滑稽で可愛くて)

彼が居る所には必ず私達が居るという目印に
いつもなっていて、とても心優しい犬だった。
他の子供が乗っかったり悪戯したりしても
絶対に吠えないし噛んだりしない犬で
飼い主である私達の父親に性質がとても良く似ていた(笑)
犬を見るとついそんな事を思い出す、、、

朝の慌ただしさも一瞬で和んでしまう。
毎朝のお見送り犬にThanks。また明日。


ネコ科日和

2005-11-16 23:58:18 | 日々
今日、通勤途中に微笑ましい光景を三度見た。

二度ある事は三度ある。

自転車置き場に自転車を止めて
駅に向かって歩いていると
東側から射す明るい陽光に照らされて
以前見たことのあるユニークな父子が踏み切りを渡っていた。

夏ごろ一度電車で一緒になって
妙に印象に残っていた父親と娘だった。


ユニークなのは、通勤途中に、
保育所に預けるのであろう3歳くらいの女の子を
その父親はいつも「肩車」して歩いていることだ。
これは朝の通勤時にはとても印象的な光景で
この小さな女の子と両親の関係も同様、記憶に残っていた。

父親はサラリーマン。年の頃は40代半ば、
着古した紺色のクタクタのスーツを着て、手にもクタクタの鞄。
お世辞にもうだつがあがるといった風貌ではない。
少なくとも企業戦士といったイメージはなかった。
ただ、印象的だったのは電車でよくみかける
サラリーマンと違う、その佇まいだった。

力は抜けているけれど彼の表情には
大抵のサラリーマンの顔に漂う
繰り返す日々のうち滲み出てくるような
疲労の色は表れていなかった。
でも、とりわけ生き生きと元気なわけでもなかった。

女の子は天然パーマくりくりでピンクの服を来ていた。
子供らしい子供というかんじで可愛らしい。

最初に見た時は、母親も居たようだ。
どうしてこの親子が印象的だったかというと
二人が乗って電車のドアが閉まったら
父親の肩の上の女の子が

「ハハ が、ハハが来ないよ~~」と言って
火がついたように突然泣きだしたのだ。
どうやら一緒に乗るはずだった母親が
乗り遅れてしまったらしい。

私は咄嗟に妹の子供が母親の不在時に泣いた時のことを
思い出した。この年頃の子はお母さんが戻るまで
ずっと泣いている。
きっとしばらく泣きやまないだろうな、と考えていた。
そんな時は父親では何の役にも立たない場合が多いのだ。

ホームには母親らしき人がぼんやりと
通り過ぎる電車を見送っていた。
私は車内の父親はどんな対応をするのだろうと
見るともなしに耳を澄まして見守っていた。

彼は少しも慌てずに「どうしたの。
ハハは乗り遅れちゃったんだよ。次の電車で来るんだよ」

父親が答えた大人の言い分を幼児が聞き分けるなら
親はどんなにラクだろう、と考えていたら
子供は少しのあいだ泣いていたものの、
不思議にもすんなりと泣きやんだ。

二人の様子をそっと見る。

何事も無かったかのように二人とも同じ方向を見て
黙って過ぎて行く景色を目で追っていた。

朝の通勤の慌しい中、陽光の柔らかさと共に
鮮明に記憶に残った不思議にも物静かな光景だった。


そして今日再び、朝陽の中で再び彼らを見たとき、
記憶の中のある光景にリンクした。

それは意外な記憶だった。
以前通っていた語学学校の図書室で見た
父親と子供のことを私は思い出していた。
同じような年代のフランス人親子に纏わるエピソードだ。

父親と子供は私の向い側の机の角を挟んで座っていた。
最初に見た時、親子だとは気が付かなかった。

二人は特に目線を交わすことも互いを気にする事もなく
読書に集中する父親同様、彼女は夢中になって
フランス語版ポケモン絵本を読んでいた。
歳は4歳位だろうか。

私は彼女に席を空けようと(子供を甘やかす態度で)
荷物をよけたけど、彼女はそれに気づくとも応えるともなく
私が勝手に持つ子供のイメージと程遠い
媚びない態度だったので、少々肩透かしをくらった。
(子供の可愛さに甘えてるのは、大人のほうかもしれない)

暫くすると父親の用が済んだらしく
彼は4歳の娘にそれを伝えた。

彼女は、私はまだこれを読んでいるの、
邪魔をしないで、とでも言いたげに
全くそこを動こうという様子がなかった。

父親は、自分の用を見つけそこを立ち去った。
彼女は、全く動じていない。

10分程経っただろうか、彼女はすっくと立ち上がって
本を片付けて、父親のもとに行って
二人は一緒に帰った。

この光景を見て、日本とは全く違う親子の距離感と
互いに自立した関係性を感じた。

そういえば、欧米の赤ん坊は日本の赤ん坊ほど
無防備で無邪気ではないのは何故だろう?
常に、自分の興味の対象を探していて
その意に介さなければ、我関せず、といった様子。

日本の母親の育て方は母親以外の世界は無い、といった
育て方だと、何かで読んだ事がある。

この二人の小さな子供には、しっかりと発達した自我を感じた。
親子であってもどこか依存し合ってない。
それぞれに世界があって
互いに独立した人格を尊重し合い一体化している、
そんなイメージだった。年齢に関係なく。

いいな、と思った。
そのことを前提とした人々の振る舞いには
以前にも美しさを感じたことがある。

音楽に例えればポリフォニーのようだ。
各声部が各々違いながら平等に独立して存在し、
各々の水平的な旋律線を重視しつつ
相いに和声的連関をもって重ねられていく音の美。

電車で見た親子にも、それに似たものを感じた。
行動に愛情を感じられても、幼い子供との間に
適度な距離感を介して成り立つような信頼関係は
日本ではあまり感じた事がなかったので、
記憶に残っていたのだった。

電車で見た、ちょっと不思議な親子のはなし。
彼らはどんな生活をしているのだろう、と想像をかきたてられる。

あの母親はきっと、大抵の日本の母親が教えないと言われる
「母親以外の世界」を
子供に教える事の出来る人なんじゃないだろうか。
そして父親もそれを了解している。




彼らはあのあと、母親と駅で落ち合っただろうか。



ふと、親子を乗せた電車が出る瞬間、
どこからか視線を感じた。
その方向を見るとホーム近くの古びた家の
中途半端な高さにある窓から陽をさんさんと浴びた
満足げな様子の三毛猫がこちらをじっと見ていた。

こうしてターミナル駅に着く間
二度、微笑ましい光景を見たのだった。


二度ある事は三度ある------



天気も良かったし時間も幾分早かったので
いつもの駅の一つ手前で降りて歩いていたら
女子の好きな某ファンシー系雑貨店のショーウィンドーの前で
ちんまりと両手両足を5センチ四方に行儀よく揃えて
朝陽をさんさんと浴びた満足げな黒猫が座っていた。


(ごゆるりと歩き出したところ)


プチ小泉チルドレン戦法

2005-10-19 20:31:18 | 日々
体調のせいで休むはめになったので怠い体と頭を抱え、
テレビをぼんやりと無音で付けていたら
党首討論が中継されていたので何となく音を出す。
ぼんやり見ていた割には、なかなか見応えがあって
ちょっと夢中になる。
前原さんという人は小泉首相という役者に
充分太刀打ち出来るくらいのなかなかの役者ぶり。
政治家の演技力は重要。発言の仕方やタイミングも
従来の野党の党首とは、どことなく違う。
「イデオロギッシュなやりとりをする気はない」と宣言したように
(政治にあまり詳しくない私がこうして
会話に反応出来るくらいだし)発言はなかなかラディカルで
一筋縄ではない。こういう変幻自在な柔軟性も重要。
(政治家ってそれ以外知らないっていう
ガチガチの真面目人間が多いし)

世間的にも言われているようだけど、まかり間違えば
彼の政治的な思想というのは小泉自民党とも多少かぶる
要素もあるようで、(まあ、敵を欺くにはまず味方から、
というかんじもしないでもないけど)
それが当の小泉首相とどんなやりとりになるのかと
ちょっと楽しみだったんだけど。

で、そんな前原さんだからなのか小泉首相の反応はというと
黒と言えば白、と答えるような、ステレオタイプの
従来の野党の党首に対する時よりも心を開き
意見に耳を傾けていた様子が少なからず見て取れる。
やり方を(長引く米国基地問題など)否定的に責められているように
思える言い分にも、目をつぶってうなずいたりしている場面は、
これまでに見た事のない痛い所を突かれた、
といったような表情にも見えなくもない。

前原さんには味方でない相手の懐にも入っていけるような
対話が出来る資質を感じられるし目線が
国民に近い人のように思えた。(若いor世代が近いせい?)
この人には与党の党首だけでなく
そもそも属性を越えた他者とコミュニケーションを
とるのが巧いんだろうな~と思わせる何かがある。(当然国民とも)
そして政治家にそういう「当たり前の事」が出来る人は案外少ない。

感情の昂りによる論点のズレも従来の野党の党首より少なかったし、
それでいて、責める部分は責めていた。いつ靖国参拝に
触れるんだろうと質疑の持ち時間が少なくなってやきもきしていたら
最後の最後に中国との天然ガス問題に触れたのを機に持ち出した、
なかなか絶妙なタイミング。

若者の言い分に耳を傾けるようなベテランの余裕を
演出していたかのように終始落ち着き払っていた小泉首相だったが
『私人としての参拝』を演出し憲法を持ち出したのは
あたかも国民の日本人的な感情を引き込むかもしれないが
冷静に考えればわかるけど(国外から見れば)結果的に政治家という
公人として軽率な行動&参拝儀礼への批判、
A級戦犯と共に靖国に葬られたくないであろう戦没者も居るといった
合祀についてなどの根本的な問題点を提示しつつ
前原さんは巧く小泉首相のヒステリックな感情を揺り動かしたようだ。

アメリカの情報を全面的に疑いもせず鵜呑みにして事実確認を
しないまま日本政府からの声明を出した事(大量破壊兵器の事で)
主体的な独自の情報収集能力に欠けている事や外交不在の小泉政権、
などと集中的に攻撃を受けた我が国の首相は最後の最後には、
やっぱり気違いじみたダークサイドの「激昂」ぶりを発揮していた。
そんな首相の軽薄さを引き出す事に成功した初戦は
フォースを発揮していた前原さんに軍配あり、といったかんじ。

にしても、いつも思うのはいざ報道になると
さすがに自民が正論を言っているような内容に
編集されている事が多い。正統な判断が可能になるので
国会中継は出来れば生で見た方が良いなとつくづく思う。
報道を100%信じちゃいけない。こんな風に
密かに国民は正統な判断力を奪われているようにも思う。

途中で、ベイダー卿(小泉)が
プチ小泉チルドレン前原(ルークスカイウォーカー)に
「Join me.My son!」と言う所を想像して見ていた自分に苦笑。

日本人はやっぱりアメリカにかぶれているなぁ~
まあ、でもシスの復讐はある意味で
ブッシュ批判だそうだけど(日本のメディアは
当然、そんな事には一切触れられず規制があったらしい)
↑こんな事は世間一般的には報道されないのも恐ろしい。

その事に気づいていないアメリカナイズが
当たり前になっていて疑いもしない日本国民のことも、
ちょっと怖いなと思うここ最近、
「ハリウッド映画全面上映禁止」のマニフェストを出した
はちゃめちゃアンチアメリカの太田首相(爆笑問題)
の存在は気になります(笑)

私自身は諸外国で同じ個人主義や自由を掲げるにしても
太田首相も言っていたけど(笑)アメリカのように
善悪や敵と味方というように(ディズニーもそうだ)
一方的に敵を作り出すような大半の二元論的ハリウッド映画よりは、
真の精神性の自由が感じられるような
成熟したヨーロッパ映画の方が断然好きなんだけど
やっぱり日本人は自民党&アメリカという虚像を
少しも疑いもせず大好きな人が多いらしい。

ネットの報道欄(やりとりを忠実に書いていた
朝日新聞のウェブサイトより)


「思想および良心の自由は、これを侵してはならない」と
憲法19条に規定されている。総理大臣である小泉純一郎が
一国民として参拝する、しかも平和を祈念する。
平和と繁栄は現在生きている人だけで成り立っているのではない。
過去の戦場で倒れた方々の尊い犠牲の上にあることを
片時も忘れてはならないと参拝している。
それがどうしていけないのか。私は理解できない。

 〈前原代表〉 誰がいけないと言ったか。
私はA級戦犯が合祀(ごうし)されている間は行かない。
靖国神社が45年まで国家神道の姿として存在していた。
(両手を胸の前で合わせて)これはないですよ。
これはお墓参りだ。神社に行くときは頭(こうべ)をたれるものだ。
しかも、ポケットからさい銭出してチャリン、
こんな不謹慎な話はない。私人としての参り方を
演出したかったのかもしれないが、むしろ亡くなった方に失礼だ。

 憲法には思想信条の自由だけでなく、政教分離も書いてある。
大阪高裁では憲法判決も出ている。中国の多くの問題をトータルに考えず、
この4年半は外交不在の小泉政権だ。

晴れ女の旅

2005-08-25 15:55:43 | 日々
今年の夏休みも終わり、という時期に伊豆高原へ。
台風が来ているにも関わらず初日は日没まで太陽が出ていて
夕食を終えたら雨が降り出した。

翌朝朝食を食べ終えチェックアウトしたら雨が上がる。
道路が混んでいたので熱海で伊豆スカイラインへ進路変更。
半ばほど行くと曇天から青空が広がり突然快晴になる。
御殿場では日焼けするほど晴天だった。
一日ズレてたら今頃台風に遭遇していただろうな~
ニュースで昨日通った道路の殆どが
今日は通行止めになっていた。晴れ女ぢから。
そして伊豆高原は既に秋めいていた。





北海道直送青果/野球/甲子園

2005-08-16 01:56:23 | 日々
磯崎道佳氏(アーティスト/東京出身/現在北海道在住)から
メロン送るので是非食べてくださいと嬉しいメッセージを頂く。

(北海道繋がりで思い出した、
前回の夏の甲子園で優勝した地元の駒大苫小牧が
ベスト8入りを果たしました。野球に無関心だったのに
俄然高校野球フリークです。がんばってね、高校球児たち!!!)

で、急遽それに合わせたかのように盲腸による入院から
無事復帰した浅田創氏の快気祝い@
中村ケンゴさん宅でやりましょう、という事になる。
(あまりに急でしたが、、、笑)
丁度、我々がすぐ食せるように熟したかのような
赤肉のメロン君を頂くと共に(前菜;生ハムと)






集まったメンバーのM45さんのご実家で作られた
激ウマ(無農薬有機野菜)野菜をた~んと頂く。

ただごま油でじっくり焼き付けた元気な茄子や
獅子唐を生姜醤油で、



皮がついたまま蒸し焼き状態で直火焼きしたとうきび
(北海道の人間はそう言います)や

大小様々なトマトを味付けなしで、
グルマンに人気のしんじゃがキタアカリを直火焼きと
油で焼いたのと二通り、
(退院したばかりのグルマンで料理の鉄人的oy8氏に感謝!
、、、というかこんなに食べて大丈夫なの!?)





スクスク育ったヘルシーで大きなキュウリを
生姜と共にさっと塩揉みして頂く。

前菜にしては、メロンと共においし過ぎましたね。
メインの前に満腹。

ここのところ改めて野菜の滋味、旨味というのを
実感していたけれど更に実感する、お肉いらないわ!

でもしっかりお肉も頂きました。(笑)
巨人vs阪神戦を見ながら。
たまたまそこに居た全員がアンチ巨人だったので
(道産子の私をのぞくお三方は関西人でした・笑)
やれいけそれいけ的に盛り上がりながら食べました。

で、何故かミンミンと蝉が鳴き騒ぐ盛夏に『スキヤキ』、、、
坂本九じゃないんだから、、、と思いつつ
やっぱりおいしかった。子供の頃からずっとやりたかった
すき焼きの食べ方(割り下なし)しょうゆを入れて
そこに砂糖を入れるというシンプルなやり方で食べる。
おいし~~い!

これで夏バテ返上だ!と思っていたら
食べ過ぎで若干、翌朝胃腸がヘヴィでした。

何事も過剰なのは考えものです、、、
かといって野菜だけじゃなくお肉も頂きたくなるのが
人の常ですね。
でも人が集っておいしいものを頂くという幸せって
やっぱり普遍的平和な風景よね。


いそちゃん、さっち~、とってもおいしかったです。
制作者に感謝!

どうもありがと~♪

大人子供の夏休み@伊豆高原

2005-08-11 00:28:11 | 日々
7月某日@伊豆高原
タロさんお別荘
総勢9名→ドヤドヤと子供心的夏休みを
大人達が過ごした2泊

<22時>
高円寺で待ち合わせ→Mr.ドーナツ→
薬局→ウコン。備えあれば憂いなし
2台の車で出掛ける→内1台FM視聴不可
→オールナイトニッポン→鶴光

<思いつくまま思い浮かぶキーワード>

BGM、やっぱり愛がなくちゃね、ただいま、いつか王子様が、
どんなときもどんなときもどんなときも、レイハラカミ、
10代、30代、ピーマン、トカゲ、蜘蛛、子カマキリ、
ムチウチ、ワイン、猟奇的家族、犬の肉球、蜘蛛
伊豆高原、城ヶ崎、良家、シュノーケリング、水、冷たさ、
異界、ペーズリー、コスプレ、日差し、大木、家、緑、庭、
晴れ女、晴れ男、ナース、カイロプラティック、
マッサージ、海を見下ろす露天風呂、そばかす、裸、
男達と付け睫毛、庭と焼酎、DJ、ワイン、
ドライヴ、海、魚、蟹、手、火傷、花火、音楽、ダンス、海の青、笑い