SakuraとRenのイギリスライフ

美味しいものとお散歩が大好きな二人ののんびりな日常 in イギリス

立岩真也・村上慎司・橋口昌治『税を直す』(青土社、2009年)

2009年09月16日 | 
こんにちは、Renです。
早いもので、Sakuraと一緒にこのブログを開設してから今日で99日目みたいです。
その割に投稿された記事は少ないような気がしますが・・・。
記念すべき100日目はSakuraに書いていただくとして、僕は懲りもせずに本の紹介をば。


立岩真也・村上慎司・橋口昌治『税を直す』(青土社、2009年)を読みました。



立岩さんと言えば、生命倫理の領域での議論が僕はすぐに思いつく(最近では『良い死』『唯の生』があります。どちらも筑摩書房。)のですが、今回の本は題名の通り、税制度について正面から論じたものです。
初め、立岩さんが税金について論じた本を出すということを知ったときは意外に思ったりもしましたが、よくよく考えてみると、尊厳死や安楽死が語られることの背景には経済的な問題が(も)あるということを立岩さんは極めて適切に仰っている(それが明晰に書かれているのが上に書いた『良い死』と『唯の生』です。)わけで、その問題意識の延長として財源論が出てくるのは自然な流れ。
ただ、「自然な流れ」と言ってしまったけれど、論じなければならないことが分かっていることをしっかりと論じる、ということはそんなに多くの論者が行っているわけではありません。
立岩さんは一つ一つの問題に関して、素朴にかつ粘り強く考察していって、みんながなんとなく思っていることは実はそこまで強固な理由がないのだということを明らかにしてくれる方(『私的所有論』とか『自由の平等』にそれが特によく現れていると思います。)なのだけど、その立岩さんの良さが、この本にもよく出ていると思います。

さて、本書の内容についてそろそろ語ろうかと思ったのだけど、実はこの本はそんなにたくさんのことを言っているわけではありません。
一文でまとめると、本書の主張は、次のようになります。

「社会保障や福祉、医療の問題を解決するには財源が足りないと言われ、消費税を増税することの是非ばかりが語れるが、これれまで何度も下げられてきた所得税の累進税率を、下げられる前の状態に戻せば財源は十分確保できる。」

素直に考えてみれば、自然なことです。
だけど、この自然なことが昨今ではほとんど議論されていないように思われる。
最近あった総選挙においても、「所得税の累進税率を元に戻します!」というようなことを少なくとも僕は聞かなかった。
代わりに聞こえてきたのは、「霞ヶ関の無駄を一掃します!」ということと、「消費税増税をいつかすることは避けられない」ということでした。

なぜ消費税の増税の是非ばかりが語られ、所得税のことは等閑視されているように見えるのか。
一つには所得税の累進構造がどんどんフラット化されてきたことを、みんなが忘れていることがあるかもしれない。
その点について、「こんなことがあったんですよ」ということをまず思い出させてくれます。
しかし、それだけではなくて、もう一つに、所得税の累進構造を元に戻すことにデメリットがあるんだということをみんながなんとなく思っているということがあるのではないか。
すなわち、税の中立性に反するということ、労働インセンティブを阻害してしまうということ、人や企業が海外に出て行ってしまうということ。
本書は、これらの確かに大きな問題であることたちについて、一方でこれらがさしたる根拠が示されないまま繰り返し繰り返し語れていたことをたくさんの言説の引用に拠りながら確認しつつ、その根拠の薄弱さを暴きだし、反批判を粘り強く行います。

やはり僕もなんとなく所得税をフラット化し、消費税を増税することは避けられないことだろうと思っていたのだけど、自分が思っていたその根拠がそんなにしっかりとしたものではなく、それにもかかわらずその「おそれ」や「可能性」ばかりが繰り返し語られていたことを知って、正直ショックを受けました。
所得税の税率の仕組みを1987年当時のものに戻すだけで6兆7千億円超の財源が得られるという第2部の村上慎司さんによる試算が、前提が強すぎてそのままでは受け入れることはできないことには注意が必要ではあるのだけれども、本書の主張の説得力をよりいっそう高めているように思われます。(ちなみに、言い忘れてしまったのですが、本書は3部構成になっていて、第1部を立岩さん(本書の主張)、第2部を村上さん(試算)、第3部を橋口さん(文献についてのレビュー)が書いておられます。)
立岩さんは社会学がご専門で、税については専門外の方なのだけど、本書の主張についての専門家の方による正面からの反応を伺ってみたい(僕も税制度についてまったく分からないので。本書を読んだ限りだと本書の主張に理があると思うのだけど、専門家の方から見ると重大な欠点が潜んでいるかもしれない。)ところです。

そして、橋口昌治さんによる本書の第3部は、税についての議論から少し離れて、主に2000年代の格差問題・貧困問題に関する文献をレビューしたもの。
たくさんの文献が言及され、短く内容を紹介されたりしていて、この10年ほどの議論のおおよその流れがなんとなくつかめた、ような気がしました。
言及された本の中で僕が「これは読んでみたいな」という本をいくつか見つけることができたので、それだけでこの部分は価値があったと思います。

このように、税率を1987年のものに戻した場合の税収の試算をした第2部と最近の文献をレビューした第3部は別にしても(ここは本書の目新しさだと思います。)、本書(第1部は本文のページ数の3分の2ほどを占めます)は、素直に考えてみれば自然なことを、それがまるでタブーであるかのようにほとんど語られなくなっている現在においてそれを論じたという点において、特に目新しくはないとともに目新しい、帯にある「財源問題への画期的提言」という言葉は決して過言ではない書物であると思います。
これまでの立岩さんの本と同じように、僕たちがなんとなく所与とみなしているような現在の世界・仕組みとは「別な姿の世界」を強靭な思考で提示してくれて、それでいて、理想論に逃げこむようなことはしない。
いままでの立岩さんの本以上に、たくさんの人に読まれるべき好著であると思いました。

個人的には、労働インセンティブが下がってしまうじゃないか!という批判に対する反論の一つとしてなされた、「人が実際に働いているのは、稼ぎを増やそうとして労働を増やしたり、得にならないからといって減らしたりできる場であるのか」(116頁)という指摘は、さりげないけれども極めて重要であると感じました。


(投稿者:Ren)

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