SakuraとRenのイギリスライフ

美味しいものとお散歩が大好きな二人ののんびりな日常 in イギリス

Kathleen R. McNamara, The Currency of Ideas (Cornell University Press, 1998)

2016年11月27日 | 
このところ、本の感想をブログにアップするのをサボっていました。
一度期間が空いてしまったために再開するハードルが高くなってしまっていましたが、ブログに感想をアップした本と読みっぱなしの本では自分の記憶への定着率が全然違うので、頑張って少しずつ、再開しようと思います。


今回は、Kathleen R. McNamara, The Currency of Ideas: Monetary Politics in the European Union (Cornell University Press, 1998) について、今後のハードルを上げないためにも短くご紹介します。


本書は、戦後の欧州においてなぜ通貨統合(monetary integration)が進展したのかを解明しようとしたものです。
ブレトンウッズ体制、ブレトンウッズ体制の崩壊を受けて為替の安定を実現しようとしたSnake、Snakeの失敗を活かして合意されたEMS(European Monetary System)を丁寧に振り返りながら、著者は、エリートのコンセンサスがEMS発足には重要であったことを示します。
この意味で、本書は政治学においてアイディア(理念)を重視する研究の系譜にあるものです。

本書によると、戦後欧州のエリートたちに為替が安定していることが望ましいというコンセンサスが強固に存在していた中で、オイルショックを経て、下記のような新しいコンセンサスが生まれたといいます。
①オイルショック後、ケインズ政策は機能していないという理解
②マネタリズムというオルターナティブが存在するという認識
③ドイツはマネタリズム政策を実行し、成功したという認識

欧州の各国について、このコンセンサスがどのようにできていったかを、各国が置かれた外的要因や政策変化を分析しながら、本書の論は進んでいきます。
本書の結論は、このところの反EUの主張の高まりを考えると、まるで不吉な予言のようになっています。
すなわち、本書において著者は、エリートたちの理念におけるコンセンサスが通貨統合への熱意を生み出し、持続させ、EMS発足につながったのだと主張しますが、一方で、このプロセスには民主的なレジティマシーが欠如していると指摘します。
そして、欧州統合は外的要因によって強いられてきた(他に選択肢はなかった)ものだと思われるかもしれないけれども、実は本書で示されたように、これまでの道は政治によって選ばれてきたのだから、違う道を歩むことも政治の判断によって可能である、従って、これからの欧州統合は民主的なレジティマシーを確保しながら進めていくことが課題となる、と著者は示唆します。

現在欧州で反EUの主張がこれほど強くなってしまっている背景や理由について僕はまだよく分かっていませんが、もしかすると、本書において示唆されている、エリートと民衆が乖離したままエリート間の合意が先行する状況は変わっておらず、これがEUへの不信感を高まらせてしまったのかもしれない、と本書を読みながら思いました。

本書は、戦後の国際政治経済史がとても分かりやすく整理(マンデルが指摘した国際経済のトリレンマを中核において)されているので、欧州から見た戦後国際政治経済史に興味がある人も面白く読めるんじゃないかと思います。
ただし、政治が重要(politics matter)であることはとても説得的に描かれているものの、アイディアがどのように重要なのかについての理論的説明はそこまで丁寧にはなされておらず、理論的な興味が強い人には若干不満が残るかもしれません。

(投稿者:Ren)