SakuraとRenのイギリスライフ

美味しいものとお散歩が大好きな二人ののんびりな日常 in イギリス

John Guy, The Tudors: A Very Short Introduction, Second Edition (Oxford University Press, 2013)

2014年06月24日 | 
修士論文の提出期限までまだ時間があるので、論文で使わないとは思うけど面白そうな本を少しづつ読んでいます。
でも、そういう本ほど意外なところで発見があったりするのが不思議なところです。これも読書が好きな理由の一つ。

最近読んでいたのは、John Guy, The Tudors: A Very Short Introduction, Second Edition (Oxford University Press, 2013)です。



The Tudorsと聞いてもいまいちピンと来ない僕のような人のために簡単に説明すると、時代的にはヘンリー7世がリチャード3世との戦いに勝利して国王に即位した1485年から、エリザベス1世が子供を産まないまま亡くなってしまってスコットランド王だったジェームズ6世がジェームズ1世として即位する1603年までということになっているようです。
この中に英国国教会の設立やトマス・モアの処刑、「ブラッディ・メアリー」の治世、アルマダの海戦におけるスペイン艦隊の撃破などが含まれています。
そして、この次の王朝が市民革命の時代のスチュアート朝ということになります。

本書はチューダー朝の始まりから終わりまで、一人ひとりの君主とその側近たちの権力をめぐる闘争を軸に描いたものです。
誰がどのように権力を握ったかが中心なので、この時代の文化の特徴や政治制度の生成と変化、当時の国際関係などは、あまり詳しく書かれていません。
イングランドを中心とした英国の国内政治史といった感じでしょうか。

本書を読んでいると、この時代は宗教が大きな影響を与えていたことが改めて分かります。
ちょうどこの時期はルターやカルヴァンが登場した頃で、キリスト教社会全体が大きく揺れていました。
イギリスにおいても国王がカトリック派かプロテスタント派(この中にもいろんな立場があったわけですが)かはものすごく重要だったようで、国王の宗教と違う宗教を信じている人たちが厳しく弾圧されたり、時には捕らえられて処刑されたりといったこともあったようでした。

こうした人的被害だけでなくて、相次ぐ戦争のための費用調達のために、あるいは宗教上の理由(反対派を弾圧するため)から教会財産が没収されたり、破壊されたりといったこともあったようで、この時代に失われた文化財も相当あったのではないかなと思ったりしました。
ただし、この時代を経て聖職者たちが没落し、政治的な力を失った(代わりに聖職者じゃない人たちが政治の実権を握ることになった)ことはイギリスのその後のユニークな(?)発展に寄与したんじゃないかと妄想してみたりもして。


ほとんど知らなかったイギリスの歴史をほんのちょっと知れて楽しい読書でした。
ただ、この本の中に頻繁にParliament(議会)が登場したのだけれど、これがどういうものなのかいまいちイメージがつかめませんでした。
ここにはどういう人たちがいて、どういうふうに集められて、どういう権能があったのか。
こういう政治制度についての説明がもう少しあったりすると、政治学を勉強している身としてはもっともっと嬉しかったです。

イギリスを歩いているといろんな街で「昔」の遺跡や建築物を発見できますが、その説明を聞いたり読んだりしてもよく分からない。
歴史を勉強するとこういうものがちょっとは分かるようになるのかなとも思うので、これからも少しづつ勉強していきたいと思います。

(投稿者:Ren)


Junko Kato, Regressive Taxation and the Welfare State (Cambridge University Press, 2003)

2014年06月21日 | 
ずっと気にはなっていたけれどなかなか読む機会がなくてここまで来てしまいましたが、ようやくJunko Kato, Regressive Taxation and the Welfare State: Path Dependence and Policy Diffusion (Cambridge University Press, 2003)を読むことができました。



本書は福祉国家研究の中でもあまり研究されてこなかった、社会保障政策を行う際に必要となる財源に注目した研究です。
著者は、1980年代の福祉縮減の時代を経験しても、各国の福祉国家のタイプ(たとえばEsping-Andersen(1990)で提示されているような)には収斂が認められないことを確認し、そこに経路依存(path dependence)の存在を推測します。
各国の経路が異なることが、福祉国家のタイプに収斂が見られない理由ではないか。

著者の仮説によると、この経路を分岐させたものが逆進的な税の導入時期です。
逆進税として具体的に取り上げられるのが付加価値税(Value Added Tax。日本では「消費税」として制度化されています)です。

なぜ逆進税が重要なのか。
それは逆進税が、所得税などの累進税と比べて政府の歳入の安定的な確保にとても優れているからだとされます。

一方で所得が高い人からも低い人からも平等な税率で取る付加価値税は、所得の低い人のほうが高い人よりも所得に占める負担の割合が高くなる(だから「逆進」税なのですが)といってよく反対されるけれど、安定的な財源があればそこから社会保障給付を十分に支出することができ、税制の外で逆進性を手当てすることが可能になる。
そのため、歳入に占める付加価値税の割合が高い国のほうが手厚い社会保障給付を行いやすくなるのではないか。

そんなに優れた税なのであれば、どの国も高い付加価値税&福祉を実現できているはずなのではないか。(でもそうはなっていない。)
著者は、付加価値税を「早い時期」に導入できたかどうかが分かれ道だったと主張します。
時期の「早い」「遅い」を決めるのが、低成長時代を迎えて財政がひっ迫してきた時期の前か後かというものです。

著者によれば、早い時期に導入することができた国においては、まだ財政赤字もなく、付加価値税が歳入を増加させる能力が高い税であることを知っている人は少なかった。
そのため、公衆は反対する理由も特になく(だいたいその分所得税とかを引き下げたし)、その安定的な財政を使って再分配政策を行ってきた(縮減の時代を迎えても削減しなかった)ので公衆はそれを支持し、また税率の引き上げに対しても比較的寛容になった。

他方で導入時期が遅かった国においてはすでに財政がひっ迫していたこともあって、公衆は「どうせ増税しても財政赤字に使われるだけでは?」と疑った。
そういう状況で高い税率を課すことはできず、結果、歳入安定化にはつながらなかった。
そうすると、財政が足りないので80年代には社会保障支出をカットせざるを得なかった。

このような仮説を著者は定量的及び定性的に検証していきます。
定性的分析の対象となっているのは、スウェーデン、イギリス、フランス(第2章)、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド(第3章)、日本、韓国(第4章)の9か国。
これら9か国の付加価値税導入の経緯やその後の福祉国家政策の変遷が分かりやすくまとまっていて、そのほとんどを知らなかった僕のような人にとっては大変興味深く読めると思います。

僕が最も感銘を受けたのは、本書で提示されているオリジナルな仮説です。
「この理論をこの事例に適用してみたらうまく説明できた/違う側面が見える」という研究以上の新しさがあって(もちろんそういう研究も十分価値があると思うのだけど)、こういう研究ができるようになりたいと思いました。

「はしがき」によれば、著者は、日本は他の先進諸国と比べると税負担が低いにもかかわらず消費税を導入するときに激烈な反対があったことに驚いたことに研究の着想を得たそうです。

"I was amused by this discrepancy between the politicization of tax issues in Japan and the Japanese tax revenue structure compared with other countries. There seemed to be a completely different criterion from one country to another about "high" and "low" tax levels that was very likely related to how much revenue a country would raise from what kind of taxation. Politics matters in the public's tolerance for and its expectation of taxation" (ix).

上に引用した最後の政治の重要性を指摘する一文はとても大切なんじゃないかと思います。


ただ、本書を読んでいると、日本のこの歴史的経路からすると財源確保も難しい中で、もう福祉を削減していくしかないように思われてしまう。
それは果たして多くの人たちが望んでいることなのだろうか。(僕は福祉が充実した国に住んでいたい。税負担がもっと重くなってしまっても。)

経路依存はそうだとして、そこから抜け出すためにはどうしたらいいのか。
政治への信頼でしょうか。でも、どうしたら政治が信頼できるようになるのだろう。

(2014年6月21日午前1:57に若干修正)
(投稿者:Ren)

Andreas Gofas and Colin Hay, eds., The Role of Ideas in Political Analysis (Routledge, 2010)

2014年06月16日 | 
Andreas Gofas and Colin Hay, eds., The Role of Ideas in Political Analysis: A Portrait of Contemporary Debates (Routledge, 2010)を読みました。



本書は近年の「アイディアの政治」アプローチを振り返り、それが存在論の次元では物質的利益重視vsアイディア重視、認識論の次元では因果関係による理解vs構造主義による理解、そして方法論の次元では定性的研究vs定量的研究という二元論がはびこっていることを問題視(pp.3-5)し、これを乗り越えようと試みるものです。
それぞれの章の著者たち(Mark BlythさんとVivien Schmidtさんによる本書へのコメントを除く)はこのフレームワークを前提として論述しています。

僕はこの本を読むことによって「アイディアの政治」アプローチをより広い視野で捉え直すことができるのではないかと期待していたのですが、結論から言えばその期待は大いに裏切られました。
まず、本書全体の共通枠組みとなっている「二元論」については、さほど真新しい論点を提示できていないように思われました。
これについてはMark Blythさんの以下の痛烈な批判がよく示しているように思います。

"[I]s there anyone out there among "ideas" scholars who doesn't already know much of what they say in their contribution to this volume and has indeed already said much of it in print?"(p.167)

だから、読んでいても、著者たちが何を主張したいのかがいまいちよく分からない。
特に残念だったのは、スピノザの内在因(immanent causality)をヒューム的な因果関係に代えて重視すべきであることを主張する第3章。
スピノザ好きな僕は本章を読むことをとても楽しみにしていたのですが、著者の言っていることはただ、アイディアはある結果を引き起こす原因となると同時にその結果に意味を付与する(我々はそのもたらされた結果の意味を、アイディアを通して解釈する)というようなことだけのように思われて、これだけのことであるならばなぜわざわざスピノザを持ち出したのか、理由が良く分かりませんでした。(もちろん、僕が著者の意図をちゃんと読み取れていないだけなのかもしれませんが。)

もう一つ残念な点は、いくつかの章において重要な論点が提示されている(危機じゃなくて日常政治に注目する第4章、ある事象をどうフレーミングするかにおいて重要な役割を果たすメディアに注目する第5章、我々が何を知っているかのみならず、何を知らないかを明らかにするものとしてのアイディアを提示する第6章、定性的研究が主流なアイディアの政治において、定量的研究も可能であり、また定性的研究と定量的研究を組み合わせるべきであることを主張する第7章)ものの、第7章以外はその論点が十分に展開されずに終わってしまっていたこと。
むしろこれらの章は「二元論」批判のフレームワークでない文脈で論じたほうが良かったのではないか。

結果として、本書で一番読み応えがあったのは、Mark BlythさんとVivien Schmidtさんによる本書へのコメントでした。
両者とも本書の各章について自分の立場と対照させながら批判していて、とても勉強になりました。(Blythさんの編者たちへの批判はちょっと強すぎるような気がしたけど。)
このコメントがついていることが本書を読む最も大きな意義になっているのではないかと思います。
二人に散々に批判されている編者たちがこのコメントに対してリプライするようなところがあったらさらに良かったかもしれません。


「アイディアの政治」アプローチに詳しい人が読んだらまた違った感想を抱いたのかもしれませんが、いまの僕にとってはあまりわくわくしない本でした。


蛇足ですが、「はしがき」に思わず笑ってしまった箇所があったので、最後に引用だけ。

"Our appreciation goes to our contributors and particularly those who submitted their drafts early and waited patiently for the book to appear."

いつまでたっても原稿を出さない人がいたのでしょうけど、すごい皮肉ですね…。


All the Fun at the Furze @Mistley

2014年06月15日 | 【イギリス生活】
Manningtreeの隣町のMistleyで「All the Fun at the Furze」なるイベントが開催されていたので、行ってきました。

ちなみに、このイベントのポスターがこちら。



どんなものなのかいまいち良く分からないけれど、出店があったりショーがあったり花火があったりするんだから、日本でいうところの夏祭りみたいなものか?

MistleyはManningtreeよりも交通の便が良くなく、さらに、会場のFurze Hillも駅から少し離れた場所にあるからか、無料のシャトルバスが出ていました。



SakuraとRenはマーケットやオーガニックショップでの買い物、地元の名店「Lucca」でのランチの後、High Streetからシャトルバスに。
シャトルバスの中は、子供を連れた家族が何組か乗っていましたが、夫婦だけで乗っていたのは僕たちだけ。
「Lucca」で久しぶりにお会いした知人夫婦もこのイベントのことを知らない様子だったし、もしかしたら子供向けのものなのではないか?

そんな不安を抱きながら窓からRiver Stourをのぞくと、潮がちょうどいい感じに満ちていて、sailingしているボートがいくつもありました。



この町の人たちは本当にsailingがお好きですね。


さて、イベント会場は子供たちでいっぱい。








僕たちが着いたころにはドッグショーもやっていて、犬が大好きなSakuraがじーっと食いついていました。(ちなみにRenは犬は苦手。)




あとは地元の子たちによるダンスのお披露目や




食べ物・飲み物、雑貨等の出店など。




本当は去年のManningtreeイベントで感動したAmber Scottさんの歌を聴いてから帰ろうと思っていたのですが、今日は天候に恵まれず、あまりにも寒かったので1時間半ほどで帰りました。
ちょっと子供向け過ぎて(もちろん悪いことではまったくないのですが)、僕たちのような子供のいないカップルにはいまいちだったかも。

(投稿者:Ren)

Colchester Town Hall

2014年06月12日 | 【イギリス生活】
Colchesterに住み始めてからずっと気になっていたのが中央のこの建物。



背が高くて目立つけれど、どうやら教会ではなさそうだし、いったいこれは何なんだろうと思っていましたが、意を決して今日、入ってみることにしました。
どうやらこれはTown Hallというものらしい。
近づいてよく見てみると、結構豪華な建築物です。



Sakuraがオトキソフレーズ、"Can I look inside?"と係員っぽい人に聞いてみたところ、
「一階と一番上の階は自由に見学しても良いけど、いろいろ会議をやっているから部屋に入るのはダメ」とのこと。

見学許可が出たので、早速階段を上ります。



踊り場には肖像画や銅像が置いてあったりして、なんだか小さい美術館のよう。
また、歴代のColchester市長の写真も飾られていました。








そして、一番上のフロアがこれ。



あとで聞いた話によると、ここは昔、Colchesterの役所だったけれど、その多くは別の場所に移ってしまったみたいです。
(じゃあ、ここにいる人たちは何をしているんだろう、ということは痛恨にも聞きそびれてしまいました。。)
この一番上のフロアでは今度の月曜に市長の交代式が開かれる(Colchesterの市長は任期が1年らしい!)そうで、その準備として、椅子がいくつか並べられているとのことです。
式典には市民が自由に出席可能なようで、係の人においでよと誘われたのですが、、、どうしようかな。

ずっと気になっていた建物に入れて大満足なSakuraとRenでした。

(投稿者:Ren)

Clacton-on-Sea日帰り旅行

2014年06月09日 | 【イギリス生活】旅行
Wivenhoe駅から乗り換えなしで行けるClacton-on-Seaに行ってきました。

ここは、今年(2014年)のSeaside Awardなるものを受賞したビーチらしく、なるほどとてもきれいでした。







子供連れの家族がたくさん来ていて、日光浴&海水浴を楽しんでいました。


ただし、お金持ちがこぞって所有したがるという噂の、イギリスのビーチにたくさん並んでいる小屋はここでは少なめ。



ちなみに、この小屋は案外小さくて、この中で着替えをしたり、簡単な料理をしたりできるようになっていますが、たぶん、ここで泊まるのは困難じゃないかと思う。(ジロジロ見ていないので、あまり確かなことは言えないのだけど。)


また、ビーチにはゲームセンターや簡単な遊園地が併設されていたり(ただし、よく言って「レトロ」。)、





海沿いには小さいけれどきれいなガーデンがあったりしました。




大学から行きやすいビーチということで選んだ今回の行き先ですが、少し調べてみたところ、かつて多くのツアー客を集めた(1950年代~70年代がピーク)リゾート地であるとのこと(ウィキペディア情報)。
実際に行ってみると、確かにこの情報の通りの場所でした。

ビーチは素晴らしかったのですが、何軒も立っているホテルやB&Bは全然お客さんが入っていないし、街も全体として活気があまり感じられませんでした。
たとえていうならば、バブル期に作られたリゾート地のような印象。

ただし、繰り返しになりますが、ビーチは本当に素晴らしかったです。
海水浴客の数も少なすぎず、多すぎず、ちょうどいいくらいなので、海を楽しもうという方は十分満足できる場所なんじゃないかと思います。



(投稿者:Ren)

学生たちの尻拭い・その2

2014年06月08日 | 【イギリス生活】学生生活
今朝学内を散歩したら大学のスタッフの方が一生懸命掃除をしていました。






何があったかというと、大学全体の試験日程がすべて終了したことを受けて、昨日「The End」というパーティが開催されていたのです。
このイベントは大学当局や学生組合の主催ではない非公式なものですが、毎年試験の後に開催されている恒例のものらしく、事前に注意事項が大学からメールで送られてきていました。
それによると、

・当日は大学の建物へのダメージを防ぐため、17時までにすべての建物はクローズされる。
・その代わり、簡易トイレを図書館近くに設置する。
・危ないのでガラス瓶やガラスのグラスは持ち込み禁止。
・大学への入口は2か所のみとし、学生カードを提示した者のみ、入ることを許可する。(ただし、学生一人につき一名までゲストを呼ぶことは可能。)
・大学に入れるのは3,000名まで。
・トラブル防止のため、警備員をいつもより多く配置する。
・救急治療センターも設置。

読んでいるだけで恐ろしい。。

実際、当日どんな感じだったかというと、まだ学生たちが集まり始めたばっかりの17時の時点でこんな感じ。



みんな地べたに座ってビールを飲んでいます。(花見とか花火大会を見ているみたい。)
また、DJがこういうときに必ずいるのがイギリス的。



また、ちゃんと入口で持ち物&学生カードのチェックもありました。



若者たちの有り余るエネルギーを発散させる必要があることはよく分かるのだけど、いろいろと彼らのために環境を整えてあげたり、後片付けをしてあげたりする大人たち(というか大学当局)も大変だなと、ちょっと同情しちゃいました。


そして、前日に大騒ぎをしたばかりだというのに、今日は学生組合主催のもう一つのイベント「Summer Ball」があります。
最初は何かのスポーツ関連イベントだと思っていたのですが、なぜか夕方からドレスアップした学生たちが多数キャンパスにやってくる。
調べてみたら、「Ball」には「舞踏会」とか「ダンスパーティー」という意味もあるみたいです。
それで、このイベントのドレスコードがフォーマルなパーティー用の服装だったということ。
(そんなこと言っても、イベント概要を調べてみたら、クラブでダンスしたり遊園地のアトラクションみたいなもので遊ぶだけみたいなんですけど。。)

いずれにせよ、学生はとにかく大忙しです。

(投稿者:Ren)

イギリスのバーベキューセット

2014年06月07日 | 【イギリス生活】
仲の良いトルコ人夫婦と学内の湖近くでバーベキューしてきました。

イギリスではバーベキューが人気だからなのでしょうか、2か月くらい前からTescoなどでバーベキューセットが山積みされていてとても安く買うことができます。
今回使用したのは2~4人用のこちら(たったの£2!)。



使い方が感動するくらい簡単だったので、紹介しちゃいます。

①パッケージを取る。



②中に入っている紙に火をつける。(注意:火をつけるための道具は別に用意する必要があります。)



③20分ほど待ったら、もういつでもバーベキューができます。




SakuraもRenもバーベーキューをするのはほぼ初めての超初心者だったのですが、これだけ簡単だったおかげで失敗することなく楽しめました。
値段も安いし、今度は2人で手軽に楽しんでも良いかも。(今度はビールを飲みながら、豚肉も焼きながら。友人たちはムスリムなので、これらはNG。)

本当は友人たちが用意してきてくれた鶏肉とか羊肉のトルコ風の串(美味しかった!)も紹介したかったのですが、写真を撮り忘れたのでおしまい。

(投稿者:Ren)

Wivenhoeへ(二回目)

2014年06月06日 | 【イギリス生活】
とても良い天気だったので、Public Footpathを歩いてWivenhoeまで散歩してきました。

ちなみに、Public Footpathとは、イギリスのいたるところで見つけることができる歩行者のみが通れる細い道(車とか自転車は通れない、はず。)のことです。
入口にはだいたいこういう看板があります。



さて、Wivenhoeに行くのは今日で2回目。
前回はPublic Footpathの存在に気が付かずに、車がかなりのスピードで行き交う道路の脇をびくびくしながら歩いて行ったのですが、実は大学の近くにPublic Footpathの入口があることを春に偶然発見。
それ以来ずっとここを通って行ってみたいと思っていました。

春は菜の花畑だった、現在はエンドウみたいな豆を育てている畑の中を歩きます。



飛び交うハチたちを避けながらこの畑を通り終わると、今度は麦畑。(写真は、麦畑からエンドウ豆(?)畑を振り返ったもの。向こうの方の木のモニュメントみたいなものが入口です。)



麦畑の後は、急に薄暗い道へ。



しばらく歩くと、ようやく家々が見えてきました。



でも、まだまだWivenhoeの中心部には着きません。
幼稚園の横の、珍しく整備されたPublic Footpathをさらに進みます。



この道を抜けたあたりで迷ってしまうSakuraとRen。
とりあえず、とんがっている建物(=教会)を探します。
だいたい教会は街の中心部にある(Manningtreeは例外。)ので、分かりやすいです。

見つけたのがこちら、St.Mary the Virgin教会。
中に入ろうかと思ったけど、残念ながら扉は開きませんでした。(ノックして開けてもらう勇気はなかった。ただ、覗きたいだけだし。)



この教会沿いに大通りが走っていて、無事にWivenhoeのHigh Streetに辿り着けました。
家を出てからWivenhoe駅まで1時間弱くらい。
気持ちいい日差しを浴びながら、おいしい空気も吸いながら、良い運動になりました。



(投稿者:Ren)

Colchester Castle Museum

2014年06月04日 | 【イギリス生活】
試験もようやく終わったので、最近まで改修工事をしていて中に入れなかったColchester Castleに行ってきました。
Castle内部は博物館になっていて、Colchesterの歴史を学ぶことができます。



入口は、橋を渡った先。
入館料は大人£7.50、学生£4.75でした。
一度チケットを購入すれば、17時まで何度も再入館可能です。



中は、体験コーナー満載。
実際に防具を身につけられるコーナー。
これは子供でも身につけられるように軽くなっているけど、本当のもの(のレプリカ)はとんでもない重さでした。


モザイク模様を自分で並べてつくるコーナー。
これはSakuraとRenのではなく、ちょっと前に遊んでいた小学生の女の子作品。


馬を操ってレースをするゲーム(?)。


他にも、兵士の装備や待遇について、いまのイギリス軍との比較で教えてくれるコーナー(映像。出演しているイギリス軍の人は本当の兵隊さんだと思う。)とか、当時の暮らしぶりについて音声で解説してくれたりとか、展示に大変工夫が見られました。

僕たちが行ったときは、複数の小学校が遠足で来ていて、館内がとても賑やかでした。
特に武器とか防具を身につけられるコーナーは大人気で、ずっと子供たちが占領していました。(僕も盾とか剣とかで遊びたかったけど諦めました。)
Colchesterに来る日本人がどれだけいるか分かりませんが、子供連れの方には特におすすめできるスポットだと思います。

個人的には、この城の地下には牢獄があって、そこに代表的な罪とその刑罰が書いてあったのですが、罪の一つに、「悪い肉を売る」というのがあったのが最も興味深かったです。
ただ、お土産屋さんにあまり良いものがなかったのが残念。ポストカードとかを置いても良いんじゃないかと思うけど。。

(投稿者:Ren)