先週の日曜日、散歩用のショールダーバッグを買おうと、神保町へ行った。
数日前、神保町すずらん通りのカバン店でよさそうな一品を見つけたからだ。
そのショールダーバッグはA4ファイルがゆったり入る大きさで、黄土色の布地に焦げ茶の細い皮の帯が、横に一本、縦に二本あしらわれている。落ち着いた色合いのユニークなデザインであった。
値段は8,800円。ブランド品ではないので滅茶苦茶高くはなく、それでいて安っぽさもない。個性的だが、気取らずに普段着感覚で持ち歩くことができそうに思えた。
散歩用カバンは以前からほしくて探していたのだが、これまで気に入ったものにはなかなか出合わなかった。店の入り口左手にぶら下げられたそのバッグを見つけたとき、わたしは、これなら、と立ち止まってしばらく見つめてしまった。
そして日曜日、地下鉄の神保町を降りたわたしは、店が閉まっていないことを祈りつつ、すずらん通りへいそいだ。
その店は幸い開いていたが、ホッとしたのも束の間、入り口左手を見上げると、そこにに吊るしてあるはずのお目当てのバッグがない。フックには何もかかっておらす、ゆらゆらと少しゆれていた。
(しまった、売れてしまったか)
と思い店内に入ると、そのバッグは店の奥のカウンターにおかれ、その前に一人の紳士が立っている。
「これは生地が綿だけでなく化繊もまじっているんですよ。丈夫で縫製もしっかりしています」
と年老いた店の人がバッグのふたを開けながら説明している。店の主人であろう。紳士はバッグを買おうとしていたのだ。
店の他の商品を見るふりをして、わたしは紳士と店主の会話に全神経を集中した。
「ちょっと大きすぎないかなあ」
と紳士はバッグを手にとり、肩にかけ、鏡をのぞく。
(ああ、大きい大きい、あなたには似合わないよ。買うのやめてくれ)
と、わたしは気が気でない。
「こっちのカバンもいいよね」
紳士はバッグをカウンターにもどすと、目の前にぶらさがっている黒いカバンに手をかけた。
(そうそう、そっちの方があなたには合うよ。迷っているくらいなら黒い方にしてくれ)
わたしは、祈るような気持ちになってきた。
(なんでこの人、よりによってオレが目をつけたカバンを買わなきゃなんないんだ。しかもオレの目の前で。・・・ああ、もう10分早く来りゃーよかったな)
さざまな思いがわたしの脳裏をよぎる。
(そうだ、待ってないで、ほんとうはわたしもそのバッグがほしいんです、と思い切って申し出ようか。この紳士、わたしにどうぞと譲ってくれるかもしれない。
いやいや、それも大人気ないな。それに、もしわたしが申し出れば、ますますこの男、惜しくなって手放さないことにもなりかねない)
わたしの胸はドキドキと動悸が高くなり、からだが汗ばんできた。
しかし、わたしの思いをよそに、現実は冷酷であった。
「じゃあ、やっぱりこれ、いただこう」
そういって紳士は、わが愛しのバッグを買うことを決断したのであった。
そのあとどうなったか、結論を急げば、そのバッグは今わたしの手元にある。正確にいうと同型のバッグが手に入ったのだ。後日店の人が問屋に聞いてくれたところ同じカバンがあったというわけである。
実は、紳士が買うことを決め、店主と話しているあいだ、わたしは未練がましくカウンター上のバッグに近寄り、「これちょっと見せていただいていいですか」と声を発してしまったのだ。
「あっ、それは今、こちらのお客さまが・・・」
と、あわてる店主に、
「ええ、存じています。ただ、ちょっとだけ・・・」
といい、先日から気にかかっていたという事情も話すと、店主は明日問屋にもう一つ在庫があるか聞いてみるといい、紳士は自分はどうしてもというわけではないのでわたしに譲るといってくれたのである。
しかし、わたしとしては紳士の言葉にあまえるわけにはいかない。ほんとうはわたし以上にこのカバンに恋焦がれていたのかもしれないし、なによりわたしより先に買うことを決めたのだ。
「わたしより一瞬先にあなたが買われたということは、このカバン、あなたのものになる運命にあったのですよ」
などと柄に似合わぬキザな言葉をはき、店主に電話番号を教え、わたしは引き下がった。
その店から電話があったのは、翌々日、火曜日のことであった。
2003.5.31
(2007.4.28 写真追加)
数日前、神保町すずらん通りのカバン店でよさそうな一品を見つけたからだ。
そのショールダーバッグはA4ファイルがゆったり入る大きさで、黄土色の布地に焦げ茶の細い皮の帯が、横に一本、縦に二本あしらわれている。落ち着いた色合いのユニークなデザインであった。
値段は8,800円。ブランド品ではないので滅茶苦茶高くはなく、それでいて安っぽさもない。個性的だが、気取らずに普段着感覚で持ち歩くことができそうに思えた。
散歩用カバンは以前からほしくて探していたのだが、これまで気に入ったものにはなかなか出合わなかった。店の入り口左手にぶら下げられたそのバッグを見つけたとき、わたしは、これなら、と立ち止まってしばらく見つめてしまった。
そして日曜日、地下鉄の神保町を降りたわたしは、店が閉まっていないことを祈りつつ、すずらん通りへいそいだ。
その店は幸い開いていたが、ホッとしたのも束の間、入り口左手を見上げると、そこにに吊るしてあるはずのお目当てのバッグがない。フックには何もかかっておらす、ゆらゆらと少しゆれていた。
(しまった、売れてしまったか)
と思い店内に入ると、そのバッグは店の奥のカウンターにおかれ、その前に一人の紳士が立っている。
「これは生地が綿だけでなく化繊もまじっているんですよ。丈夫で縫製もしっかりしています」
と年老いた店の人がバッグのふたを開けながら説明している。店の主人であろう。紳士はバッグを買おうとしていたのだ。
店の他の商品を見るふりをして、わたしは紳士と店主の会話に全神経を集中した。
「ちょっと大きすぎないかなあ」
と紳士はバッグを手にとり、肩にかけ、鏡をのぞく。
(ああ、大きい大きい、あなたには似合わないよ。買うのやめてくれ)
と、わたしは気が気でない。
「こっちのカバンもいいよね」
紳士はバッグをカウンターにもどすと、目の前にぶらさがっている黒いカバンに手をかけた。
(そうそう、そっちの方があなたには合うよ。迷っているくらいなら黒い方にしてくれ)
わたしは、祈るような気持ちになってきた。
(なんでこの人、よりによってオレが目をつけたカバンを買わなきゃなんないんだ。しかもオレの目の前で。・・・ああ、もう10分早く来りゃーよかったな)
さざまな思いがわたしの脳裏をよぎる。
(そうだ、待ってないで、ほんとうはわたしもそのバッグがほしいんです、と思い切って申し出ようか。この紳士、わたしにどうぞと譲ってくれるかもしれない。
いやいや、それも大人気ないな。それに、もしわたしが申し出れば、ますますこの男、惜しくなって手放さないことにもなりかねない)
わたしの胸はドキドキと動悸が高くなり、からだが汗ばんできた。
しかし、わたしの思いをよそに、現実は冷酷であった。
「じゃあ、やっぱりこれ、いただこう」
そういって紳士は、わが愛しのバッグを買うことを決断したのであった。
そのあとどうなったか、結論を急げば、そのバッグは今わたしの手元にある。正確にいうと同型のバッグが手に入ったのだ。後日店の人が問屋に聞いてくれたところ同じカバンがあったというわけである。
実は、紳士が買うことを決め、店主と話しているあいだ、わたしは未練がましくカウンター上のバッグに近寄り、「これちょっと見せていただいていいですか」と声を発してしまったのだ。
「あっ、それは今、こちらのお客さまが・・・」
と、あわてる店主に、
「ええ、存じています。ただ、ちょっとだけ・・・」
といい、先日から気にかかっていたという事情も話すと、店主は明日問屋にもう一つ在庫があるか聞いてみるといい、紳士は自分はどうしてもというわけではないのでわたしに譲るといってくれたのである。
しかし、わたしとしては紳士の言葉にあまえるわけにはいかない。ほんとうはわたし以上にこのカバンに恋焦がれていたのかもしれないし、なによりわたしより先に買うことを決めたのだ。
「わたしより一瞬先にあなたが買われたということは、このカバン、あなたのものになる運命にあったのですよ」
などと柄に似合わぬキザな言葉をはき、店主に電話番号を教え、わたしは引き下がった。
その店から電話があったのは、翌々日、火曜日のことであった。
2003.5.31
(2007.4.28 写真追加)
もう既に売り切れてしまっていたとか。
買いたい物を探しに行ってなかった時よりショックが大きいですよね。
でも、無事GET出来ておめでとうございま~す。
早速、その鞄を手にして散策しているのでしょうか?
恥ずかしながら、これ、4年前の文章です。
昔の文で出ていますゥ・・・作品としてのエッセイと、お許しください。
あれだけ欲しくて手に入れたカバンも、フタのマジックテープがよく効かなくなり、実は今あまり使っていません。(浮気男)
ちゃんと考えずにトンチンカンな私でした。
マジックテープが駄目になった位なら奥様が
チョチョイのチョイって直してくれるのでは?
ストラップのほかに手で持てる持ち手があり (これがないと、意外と不便)、内部に小物と書類を整理して入れられる収納箇所があり、もう少し高級感があって・・・。
ポストupするの?( ̄ー ̄)
眠れる森の求をよく起こしてくださいました。
また眠りそうですが・・・。
がんばりまーす。