興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

ほめ言葉になっていない

2024-02-12 | 随感・偶感・歳時感

(すだれ)越しに入ってくる朝陽を受けて、観葉植物の葉に簾の縞模様が映っていた。

 

 

   

手前の葉には、奥の葉の影が落ちて、葉の濃淡がくっきり。これもなかなかおもしろい図柄である。

 

むかし、さる「生け花展」に行ったときのことを思い出した。

その展覧会の案内をくれた知人の作品は、部屋のすみに、白壁にいまにも接するような位置に置かれていた。

部屋の照明の加減で、その白壁には知人の生け花の影が映っていた。葉と枝の多いその作品は、壁のシルエットとともに微妙なハーモニー効果を醸し出していたのである。

「あれは影も含めて鑑賞するという演出だったの?」
と、後日その知人に会ったとき、わたしはほめるつもりで聞いた。

ところが知人はめんくらった表情を浮かべ、首をわずかに横にふりながら口をつぐんでしまった。彼女は生け花本体だけをほめてほしかったのだ。

考えてみれば一つの生け花展で、一つの作品だけそんな演出をするわけないではないか。

茶化すつもりはなくとも、無知と早とちりは人間関係を台無しにする。


2024 わたしの今年の漢字は「聴」

2024-02-05 | 随感・偶感・歳時感

        写真はわが家で作った恵方巻き。食べ始めだけ東北東を向きました。本記事と関係ありません。

 

2024年、わたしの今年の漢字一字は「聴」ということにしたい。
韓国語の勉強で、今年は「聴くこと」に比重を置こうと思うからだ。

わたしは長年韓国語の勉強を続けてきているが、とくに「話すこと」になかなか自信が持てない。
話すには、前提として十分に「聴くこと」ができなければならないのだ。

今通っている公民館の韓国語学習サークルでも、見ていると、韓国のテレビドラマが好きという人のほうが、上達が早いように思う。
耳が慣れているからであろう。

「文法」や「読解」、「作文」や「基本文型の反復練習」ももちろん大切である。しかし赤ちゃんは、おかあさんや周りの人たちの話を「聴くだけ」で話せるようになるではないか。

わたしは今年、 ‘韓国語学習の赤ちゃん’ になる。


カツサンド & Beer

2024-02-01 | 美酒・美味探訪

カツサンドをつまみに出してくれる「ホテルのバー」を、昔さるグルメ雑誌が写真入りで紹介していた。

「旨そうだな、一度行ってみたいものだ」
と思ったものだが、一流ホテルにも高級バーにもとんと縁のないわたしは、まだそれを果たせないでいる。

上の写真は、先日わが家で作ったカツサンド。

自家製のやわらかいパンと、厚みのある揚げたてのとんかつで作った、ほんのりソース味のするカツサンド。これは最高に美味しかった。

ところで、ホテルのバーでカツサンドをたのむ人は、どんな酒を飲んでいるのだろうか。

ウイスキー、ワイン、各種カクテル、いろいろだろうが、わたしなら断然ビールを選ぶ。

カツサンドのボリューム感に対抗するには、濃すぎないアルコール濃度で、ぐびぐびのどをうるおしながら飲めるビールが一番だと思う。

刺身には日本酒、ステーキにはワイン、カツサンドにはビールである。

休日には、日の高いうちに “カツサンド & Beer” を始めよう。


酸いも甘いも嚙み分けて

2024-01-23 | 美酒・美味探訪

和歌山県の農家さんから、通販で柑橘類を買いました。

上の写真は柑橘類の ‘三役揃い踏み’。(五役だけど・・

後列左から(大きいほうから)バンペイユ(晩白柚)、ブンタン(文旦)
前列左からハッサク(八朔)、温州ミカン、柚子。(温州ミカンと柚子はわが家で生ったもの)

 

 


   

これはバンペイユを半分に切ったところ。なんと半分は分厚い皮です。

一口に柑橘類といっても、大きさだけでなく色も形もまったくちがうのですね。

金子みすゞ(詩人)なら、
「みんなちがって、みんないい。」
と言うかもしれません。


形や色だけではありません。味もちがいます。
甘いの、酸っぱいの、甘くて酸っぱいの、などなど・・・。

大谷祥平選手なら、
「酸(す)い甘いも嚙み分けましょう」
と言うことでしょう。(言わないって)


「寒起こし」で耕し初め

2024-01-14 | 季節の移ろい

おととい、わが家の菜園に耕しに行ってきた。
今年初めての菜園行きである。わたしの ‘耕し初め’。

何回か書いているが、わが家の菜園は、家内が近所の農家さんから畑を借りて、自分でやっている。

わたしはたま~に、半強制的に駆り出され、いやいや手伝わされているという次第。

どの野菜をいつ、どの畝に植えるか、肥料や耕しの年間作業計画は、家内がぜんぶやっている。わたしは指示待ち族。

おとといのわたしの作業は、二畝の「寒起こし」。
土の表面が凍っていて、スコップでは歯が立たないほど固かった。
3本鍬を振り下ろして掘り起こすと、岩のように凍った表面の土が、ぼろッと少しずつはがれてきた。

寒起こし(寒中耕起とも)とは、寒のいちばん寒い時期に地中の土を掘り起こし、外の冷たい空気にさらすとともに、日中の陽に当てることである。

こうすることで地中にいる害虫の卵や雑菌が駆除され、土自体も中に浸み込んで凍った氷が溶け通気性が良くなり、ふんわりやわらかくなるという。

土起こしは、真夏の「マルチ張り・太陽熱の取り込み」による害虫・病原菌退治とあわせて、「健康な土作り」の重要な一環である。

この畝には5月にトマトを植える。

 

 


   

キャベツの畝では、トンネル(おおい)を取ると、順調に育っていた。
3月には食べ始めることができるようだ。

年間を通して、無農薬の新鮮な野菜を、ふんだんに食べることができるのは、一つの幸せと言っていいだろう。


初詣2024

2024-01-04 | 季節の移ろい

  明けまして おめでとうございます
     本年もよろしく お願い申し上げます


きのう3日、近くの氏神様に毎年恒例の初詣に行ってきた。
神様にお願いしたのは、例年通り家族の健康と家内安全。

お御籤も引いた。

すると今年は「末吉」。
「吉」の中でもいちばん下のランクで、神様のお告げによると、わたしの今年の運勢はかならずしも良いとは言えないようだ。

しかしネットをちょっと調べてみると、末(すえ)(これから先、将来)は吉になる、とも読めるようで、そこに希望を託そうか。

お御籤の下部の諸解説のなかにも、「これから運気が上向いてくる」というような意味のことが書いてあった。
(お神籤をすぐに結んできたので、文面を正確には覚えていない)

おもしろいのはその文章に続けて、「‘御守’ を持つとさらに良い」と書いてあった。
神様も商売が上手いな、と言ったら叱られるか。

ただ、実は、きのうはカメラ(スマホ)を持っていくのを忘れてしまったのだ。ポシェットに入れて玄関において、そのまま出てしまった。
(上の写真は今朝、散歩の途中、神社に再び寄って写したもの)

最近は、年のせいかよく物忘れをする。

「何事をするにも、忘れているものがないか、一つ一つ確認しながら慎重にやれよ」
というのが、神様のわたしに対する「今年のお告げ」なのかもしれない。


感動は時空を超える

2023-12-31 | 随感・偶感・歳時感

ビデオ録画していた映画「小公子」を、先日カメラ屋さんでDVDにダビングしてもらった。

ビデオ再生機ははるか昔に捨ててしまい、見る術(すべ)のなくなった古ビデオ(テープ)が家に山ほどあったので、わたし自身の ‘終活’ とも思い、ぜんぶ捨てることにした。

その際、思い入れがあってどうしても捨てられないものが数本あり、それを今回DVD化した。映画「小公子」はそのうちの1本だ。

 

 

 

   

この「小公子」をどうしても捨てられなかった理由は、きわめて感動的な映画だったという明確な記憶があったからだ。
今回ダビングされたDVDで、久しぶりに見返してみて、やはりストーリーの随所で目頭を熱くさせられた。





   

19世紀末のイギリス。ドリンコート伯爵家を舞台に、二人の伯父と父の死により突然貴族の跡継ぎとなったアメリカ育ちの少年、セドリックの物語。

感動したのは、セドリックの純真で愛情深い心、慈しみのこもった心に、である。
自然な何気ない言動で、お城(伯爵家)で働く使用人たちや領民たちの心をほどなくとらえてしまい、やがてかたくなで傲慢な祖父、ドリンコート伯爵の考え方や心もしだいにとかし、和らげていった。

セドリックとともにイギリスに来たセドリックの母、エロル夫人の愛情豊かな、それでいて毅然とした態度もすばらしい。
セドリックの幸せを第一に考え、人としての在り方を教え、伯爵のアメリカ人一般や自分に対する偏見には一歩も引かない。

セドリックのやさしさも、強さも、他者の幸せを考えることのできる資質も、この母の育て方によるところが大きかったのだろう、と思わせてくれた。

 

 

   

「小公子」の原作者はフランシス・ホジソン・バーネット。1886年に「LITTLE LORD FAUNTLEROY」という題でアメリカで出版された。
以来世界各国で翻訳出版され、日本でも1890年、若松賤子の翻訳、「小公子」というタイトルで初めて紹介された。

原作出版から140年、その間映画化も数度におよび、映画だけでなくアニメなどさまざまな媒体でも広く取り上げられてきた。
日本では原作の新訳もいくつかある。

名作は時代を超え、国を超え、表現媒体をまたいで広がっていくものだと思う。感動は時空を超え伝播していくのだ。


*今回わたしがDVDにダビングした映画のキャスト等の一部をここに記しておきたい。
  セドリック:リッキー・シュローダー
  ドリンコート伯爵:アレック・ギネス
  エロル夫人:コニー・ブース
  監督:ジャック・ゴールド
  制作:ノーマン・ローズモント
  脚本:ブランチ・ハナリス
  音楽:アリン・ファーガソン
  原作:フランシス・ホジソン・バーネット
  制作年:1981年、イギリス

*わたしがビデオに最初に録画したのは1988(S63)年8月6日、NHK総合で放映されたもの。今から35年前。
*最初のビデオ録画のせいか、今回のDVDへのダビングのせいか、音声が日本語吹き替えのみになっていた。(冒頭画面ではBILINGUAL<二か国語>とあったのに)
これが唯一残念である。でも吹き替えの声優の方々はとても上手く、役柄にピッタリであった。


控えめに香りを放っている

2023-12-25 | 季節の移ろい

黄色いバラは、フリージアという名前のバラ。厳寒の今の時季にも咲くたくましいバラだ。

本ブログに登場するわが家のバラの中で、まちがいなくいちばん登場回数が多い。初夏にはもちろん、夏にも秋にも、そしてこのように冬にも咲くからだ。

わたしにとっては ‘ブログネタに困ったときのフリージア’ である。

鼻を近づけてみると、わずかながらもちゃんと香りを放っている。


 雨にも負けず 
 夏の暑さにも 冬の寒さにも負けず 花開き
 いつも控えめに 香りを放っている
 なにごとも周りのせいにはせず 
 ひたすら わが道を歩む フリージア
 そういう者に 私はなりたい (賢治風) 


タケノコイモのホクホク感

2023-12-12 | 美酒・美味探訪

土の中に埋けておいたタケノコイモ(サトイモの一種)の一部を、きのう菜園から掘り出してきた。
三週間ほど前に畑から収穫し、そのまま畑のわきに掘った穴に埋めておいたのだ。

土の中に埋けておくと保存にもなり、追熟も進むようだ。

 

 


   

家に持ち帰り、きれいに洗ったタケノコイモ。

普通のサトイモより大きく、長く太い。タケノコイモの名前は、この形状から来ているようだ。
色はサトイモより明るいめの茶色である。

 

 


   

鶏肉といっしょに煮物にした。

味はサトイモよりぬめり感が少なく、ホクホク感が強い。甘みもあり煮物にはピッタリである。

クセもないので、さまざまな素材との相性もよさそう。煮てもよし、揚げてもよし、工夫次第でさまざまな料理に使えそうである。

タケノコイモの収穫と穴埋め - 興趣つきぬ日々 (goo.ne.jp)


鍾乳洞初体験:福島の旅2023後編

2023-12-07 | 散歩、時々旅

友人たちとの福島一泊旅。二日目は小野町からとなりの田村市に入り、「あぶくま洞」に寄った。

あぶくま洞とは、1969年(昭和44年)9月に田村市滝根町の石灰岩採掘現場で、採掘中に偶然発見されたという鍾乳洞。

ここでは、現在確認されている3000メートル以上の長さの鍾乳洞の一部、700メートルほどを、洞内観察の有料公開コースにしている。歩いて約1時間ほどの、見学兼観光コースだ。

上の写真はあぶくま洞入口付近の山の景観。

山腹全体に、削られたような白い岩石が山肌の表面に無数に飛び出ている。この辺一帯がかつては石灰岩採掘場だった跡だろうか。

 

 

   

ここは鍾乳洞入口から入って、少し歩いてきたところ。

鍾乳洞は、二酸化炭素をふくみ酸性化した雨水や地下水が、石灰岩層に浸み込み、浸食が進み、気の遠くなるような年月をかけて造り上げた大自然の造形である。

わたしは鍾乳洞を写真や映像で見たことはあったが、直に中に入り、現物を目の当たりにしたのは今回が初めて。その意味では貴重な体験であった。

 

 


   
   

照明も、場所により違う色でライトアップされている。
白磁の滝、妖怪の塔など、場所の特性や鍾乳石の形により、興味深いネーミングをほどこしていた。
鍾乳洞のでき方を教える解説板も見られ、見学者を惹きつけるさまざまな工夫がなされているのが、見てとれた。

 

 

   

ただ、正直なところ、日頃運動不足の老人(わたし)にとってはたいへんしんどいコースでもあった。
コースには比較的広いところ、天井の高いところもあるが、狭いところ、かがんで歩かなければならない天井の低いところがあちこちにあった。

岩に頭をぶつけつつ、同行の友人にリュックを持ってもらったり、手を引っぱってもらったり・・。
汗だくになってやっと出口に近づくことができた。友人たちには、心から感謝である。

 

 


   

ゆっくり休んで、次に向かったのは、同じ田村市常葉町の山中にある磯前神社(いそざきじんじゃ)

ここには、山腹の崖地によりかかるように建てられた社殿があった。(上の写真)

「懸造り」と呼ばれる建て方で、階段下の説明板によると、
「土台の三隅を自然石に架け、もう一隅を高さ2メートルの太い束(つか)(柱)で支えている」
のだそうだ。

建物の周りにスペースがないので、社殿に上がるには、床下のせまい空間をかがんで通りぬけ、反対側にかけられた小さいはしごを使って登る。

「あぶくま洞」で疲れ果てたわたしは、この社殿への参拝を、友人たちにことわってパス。
神様、お許しください。

 

 

   
   

田村市の中心部、船引町にある「丸信ラーメン」で昼食。
チャーシューラーメンと餃子。これもたいへん美味しかった。

 

 

 

     

今回の福島旅でも日本酒の蔵元2軒を訪ねた。田村市の玄葉本店と三春町の三春酒造である。
ただ両方とも残念ながら、入口は開いてなかった。

今は酒の仕込みの多忙期で、そのためのようだった。

上の写真の「三春駒」は、三春町のスーパーで購入。地元でしか売ってない酒である。大事に飲もう。


今回の福島旅は、わたしにとっては、自分の体力の限界をいやというほど知らされた旅でもあった。
日頃からウオーキング、筋トレに励まねば・・。


写真協力:Y.T.氏