興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

自分が思うほど、人はあなたのことを・・

2024-09-08 | 名言・佳言ピックアップ

このカテゴリー「名言・佳言ピックアップ」は、書籍・新聞・雑誌などからわたしが「共感した言葉」、「心に残った言葉」を拾って、とり上げたもの。

今回ピックアップしたのは、往年の名女優・高峰秀子さん(1924-2010)の言葉。


 自分が思うほど、
 人はあなたのことを
 考えていない


これは、高峰さんの「日めくり」の中にあった言葉である。
(『高峰秀子の日めくり言葉31』<高峰秀子・著/キネマ旬報社・2023年刊>)

 

 

     

わたしなりにこの言葉を解釈すると、

「あなたが気にするほど、他人はあなたのことを考えてはいない。人目を気にせず、堂々と自分自身の人生を生きなさい」

というくらいの意味であろうか。

気が弱いのに見栄っ張りで、人の思惑がすぐ気になるわたし(*個人の感想です)にとっては、勇気を与えてくれる言葉である。


無依の道人

2019-05-21 | 名言・佳言ピックアップ

ウォーキングは足を延ばして、ひさしぶりに武蔵野の古刹、臨済宗・平林寺までやってきました。

写真は平林寺の総門。

中に入ると山門や仏殿、本堂などの先に、広大な境内林が広がっています。(国指定の天然記念物)

爽やかな今の時季、新緑の雑木林は散策には最高なのですが、今日はここに来るまで相当歩いてきたので、それは次の機会に・・・。

 



 

   

総門の前に書かれた平林寺の今日の言葉は、

 「和顔愛語 いつもおだやかな顔に やさしい言葉

です。 大切なことですが、実行するのはなかなかむずかしいですね。

 

 




  

わきにあったポスター掲示用のケース。

ポスターには「無依の道人(むえのどうにん)」という言葉がありました。 臨済宗の教えのようです。

 

 

     

デジタル大辞典で「無依」を引くと「仏語。物事に執着したり、頼ったりしないこと。」とあり、「道人」を引くと「仏道を修行する人。」とあります。

「人に頼らず、物事に縛られず、自分の進む道は自分で歩みなさい」という教えでしょうか。 当たらずといえども遠からず、でしょう。

わたしは、柴田トヨさんの「朝はくる」という詩を思い出しました。


  朝はくる

 一人で生きていく
 と決めた時から
 強い女性になったの
 でも 大勢の人が
 手をさしのべてくれた
 ・・・・・
 
       (『くじけないで』柴田トヨ・詩/飛島新社・刊)

「無依の道人」・・・いい言葉を知りました。


行く言葉が美しくてこそ・・

2018-08-05 | 名言・佳言ピックアップ

今回の「名言・佳言ピックアップ」は、韓国のことわざをとりあげます。
 

가는 말이 고와야 오는 말이 곱다  カヌン マリ コワヤ オヌン マリ コプタ

韓国語を日本語にそのまま置き換えると、
行く言葉が美しくてこそ、来る言葉が美しい
となる。
日本の「売り言葉に買い言葉」(相手の暴言に応じて、同じような調子で言い返すこと<デジタル大辞泉>と、表現はちがえども同じ意味である。
でも、こちらのほうが善意の大切さを前面に出していて、表現自体美しい。

詩人の茨木のり子さんは、著書『ハングルへの旅』(1986年 朝日新聞社)の中でこのことわざを紹介し、「(韓国では)中学生以上は皆知っている諺だそうだ。」と書いている。韓国では広く使われていることわざのようだ。

日本にもこれと同じような、善意を前面に出したことわざがある。
ことわざ辞典の決定版、『故事俗信 ことわざ大辞典 第二版(北村孝一・監修/小学館)をパラパラ見ていて、たまたま二つほど見つけたので、辞典の解説文とともに、以下にご紹介する。

人の憂えを憂うるときは人もまたその憂えを憂う
「人の心配事に同情してやれば、人もまたこちらの心配事に同情してくれる。*金言童子教(1716)*古今俚諺類聚(1893)

人に善言を与うるは布帛(ふはく)よりも煖(あたた)かなり
 「人をいたわり、ためになることばをかけるのは、着物を与えるよりもいっそう暖かに感じられる。*訓蒙故事要言(1694)*荀子−栄辱

いずれも江戸時代の書物にもある言葉だそうで、昔から人々に語り継がれてきたもののようだ。
今は「売り言葉に買い言葉」ほどに広く使われてはいないが、庶民の貴い人生智、処世智を簡明に表していて、美しい。

*上の写真はムクゲの花。本記事とは関係ありません。


暗雲の上には希望の光が

2017-12-11 | 名言・佳言ピックアップ

今朝の東の空です。

黒雲の背後に朝日が当たって、輝いているのが分かります。

こんなことわざを思い出しました。

 どの雲にも銀の裏地が付いている

ことわざ辞典の決定版『故事俗信 ことわざ大辞典 第二版』(北村孝一・監修/小学館)には、

「地上から見て黒い雲も、その上面は太陽の光を受けて銀色に輝いている。不幸のむこうには必ず幸福があるから、希望を捨ててはならないことのたとえ。〔英〕Every cloud has a silver lining.」

とあります。

英語のことわざが本(もと)になっているようです。辞典の解説文も「不幸のむこうには必ず幸福がある」と言い切っているところがいい。
励ましを与えてくれることわざです。


基地と原発

2014-12-27 | 名言・佳言ピックアップ

共感した言葉、心に残った言葉を、本や雑誌などから引用する「名言・佳言ピックアップ」。
今回は、先日亡くなった菅原文太さんの言葉をとり上げます。

「日本がはっきりとドイツに劣るのは、ドイツは同じ第二次大戦の敗戦国でありながら米軍基地を激減させたこと、また、今度の福島原発の事故を受けて、きっぱりと脱原発に舵をきった。そのドイツ国民の決断力だ。この二つの点で日本はドイツにかなわない」

(雑誌「本の窓」<小学館>2011年8月号のなかの、菅原文太氏の「対談・外野の直言、在野の直観 第九回・野田正彰氏」から)

精神医学者でノンフィクション作家でもある野田正彰氏が、ドイツは戦後、戦争というものをきちんと清算し、戦争をくり返さないための教育を徹底して行っている、と話したのに対し菅原文太氏が述べた言葉です。


ほんとうにその通りと思います。なぜ日本は戦争の悲惨さを舐めた同じ敗戦国でありながら、ドイツのようにできないのでしょう。

ご存知のように菅原文太さんは、「日本は絶対、再び戦争をしてはならない」、「安全な無農薬有機農業を広めたい」と考え、みずから農業活動を実践するとともに、現在の日本の状況に対し積極的に発言してきた人です。

小学館のPR誌である「本の窓」を、わたしがこの三年ほど購読しているのは(有料です)、ここに載っている文太さんの連載対談「外野の直言、在野の直観」を読みたいがためでした。
わたしは、日本は今この時期、ほんとうに大切な人を亡くしたと思えてなりません。

菅原文太さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

          

今回が拙ブログの今年の最終記事となります。
この一年も拙ブログにおいでいただいた皆さま、まことにありがとうございました。

来年は、実は少し考えるところもあり、もっと自分自身の身近な話題や、内面の思いを伝えることに記事の比重を移していきたいと考えております。

掲載頻度がさらに落ちるかもしれませんが、続けてまいります。どうか変わらぬご声援とご指導のほど、お願い申し上げる次第です。

皆さま、どうぞよいお年を!

*写真は飯田橋駅近辺から見た外堀。本記事と関係ありません。

http://blog.goo.ne.jp/kyusan2/e/21b72b91d0df08343f6f895e61eb80de


解釈で憲法は変えられない

2014-06-06 | 名言・佳言ピックアップ

共感した言葉、心に残った言葉を、新聞・雑誌・書籍などから引用する「名言・佳言ピックアップ」。
今回は、弁護士、弘中惇一郎氏の ‘解釈改憲’ に関する言葉をとりあげます。

「憲法は文字で書いてあるし、そのときの社会事情もあるから、一定の解釈の幅というのはありえます。でも、それを超えてやるのは、解釈という言葉に名を借りた改憲ですから、そんなこと(憲法第九条の解釈改憲)はできないに決まっているのですよ」

(雑誌「本の窓」<小学館>2014年6月号掲載「対談・外野の直言、在野の直観―解釈で憲法は変えられない」での菅原文太氏との対談から)

さらに弘中惇一郎氏は、

(国民が選挙で選んだ)代表を縛る法律が憲法なんです。だから、代表といえども憲法の範囲のなかでしか法律はつくれないし、したがって法律の執行もできない」

とも述べています。これはいうまでもなく憲法は為政者を縛る法律であるという「立憲主義」の考え方ですね。


憲法九条、つまり「戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認」を規定した条文の根幹が、「現行憲法下でも集団的自衛権の行使が容認できる」などとする、 ‘単なる一政権の一時的な‘憲法解釈’ によって、簡単に骨抜きにされていいわけがありません。

それは、平和主義はもとより法治主義という歴史的な試練を経てきた人類の英知が、いとも簡単に捨て去られるに等しい。

弘中惇一郎氏も、上の言葉でこのことを言っているのです。


憲法九条が要らない、じゃまだというのであれば、正式な手続きを踏んで、堂々と正面から変えればいいのです。

憲法第九六条に憲法の改正手続きが定められています(各議院総議員の三分の二以上の賛成による発議と、国民投票での過半数の賛成による承認)

たとえ与党内で一致しても、時の内閣が閣議決定をしても、集団的自衛権の行使を「国民が承認」したことにはなりません。
「ならぬことはならぬものです」と、わたしは強く言いたい。


今、多くのマスコミは集団的自衛権行使容認をめぐる ‘与党協議’ の動きを、あたかも「一生懸命検討している」「これで決まる」かのごとく、連日逐一伝えています。(2014年6月現在)

無批判な報道は、「ならぬこと」を「なること」と ‘印象操作’ しているようなものです。

マスコミの責任も、きわめて重いと考えます。


*上の写真はわが家の庭で咲いた薔薇、ピース(平和の意)。本記事と直接関係ありません。


倹約は灯心から

2014-01-09 | 名言・佳言ピックアップ

今回の「名言・佳言ピックアップ」は日本のことわざをとりあげます。

 倹約は灯心(とうしん)から始めよ


『故事俗信 ことわざ大辞典 第二版』(北村孝一・監修/小学館)には、

「倹約するには、まず行灯やランプの灯心を低くして、灯油(灯し油)の節約をはかることからはじめよ。倹約は、身近で小さなところからはじめよ」

と解説があります。
今でいうと、こまめに消灯するなど、節電をするところから始めなさい、ということでしょうか。


今年は4月に消費税が上がり、円安などを背景に、すでに諸物価がじわじわと上がりつつあります。
わたしも今年は、これまで以上に節約、倹約をしなければならないと思っているところです。


一方、同じ『故事俗信 ことわざ大辞典 第二版』には、このようなことわざも載っています。

 食わぬ辛抱はできず

解説を見ると、「ほかのことはともかく食欲だけは我慢できない」とあります。

つまり、節約、倹約にも限度があるということでしょう。


日銀がきょう(9日)発表した生活意識アンケートによると、個人の景況感が2期連続で悪化したそうです(昨年9月調査と12月調査)
<9日の東京新聞 Web版による>

「物価の上昇に収入の増加が追いついていないと感じる人が多いとみられる」と東京新聞は分析しています。


政府は昨年、国民の中に景気回復の実感がないうちに、いち早く消費税増税を決め、2パーセントの物価上昇目標を掲げました(政府は ‘物価安定目標’ と言い換えている)

庶民のフトコロは、これからの負担増にどれだけ耐えられるのか。

わたしは、政治家たちがその辺のところを、どれだけ分かっているのか訝っています。

 

*写真はコサギ。 本記事とは関係ありません。


Try Again !

2013-12-28 | 名言・佳言ピックアップ

今回の「名言・佳言ピックアップ」は、昔、英字新聞から拾った言葉をとり上げます。

 Try Again!    (もう一度、やってみよう!)
 

これは今から45年前に、英字夕刊紙アサヒ・イヴニングニュースに載った、アメリカの女性コラムニスト、アン・ランダース(1918-2002)の言葉です。

彼女は当時、アサヒ・イヴニングニュースに人生相談のコーナーを持っていました(アメリカの新聞の転載記事です)。
上の言葉はその人生相談の記事中にではなく、別枠で寄稿した彼女のエッセイの中にあったものです。

その新聞はもうとっくに失くしてしまいましたが、わたしが自分の感動した言葉、心にとまった言葉を本などから拾って書きとめた‘名言ノート’に、そのエッセイの一部が残っています。

その記事の日付(12月25日)から、たしか「人生相談アン・ランダースからのクリスマス・メッセージ」というようなものではなかったかと思います。


  Each day,we make a series of small decisions. These decisions determine the direction in which our lives will move.
  No one, irrespective of how wise he is, how highly principled or how experienced, can make the right decision every time.
  To err or fail is no disgrace. The disgrace lies in not learning from our mistakes - not recovering from our defeats - not getting up to try again.
    ―― Ann Landers  Asahi Evening News 12.25.1968
 

<余白の意訳>

 わたしたちは誰しも、日々小さな判断を積み重ねながら暮らしている。そしてその判断の連続が、わたしたちの人生の方向を決めていく。

 どんなに賢い人でも、どんなにしっかりした人でも、また、どんなに経験豊富な人でも、すべてにおいて、いつでも間違いのない判断ができるとはかぎらない。

 間違いや失敗は恥ずかしいことではない。恥ずかしいのは間違いや失敗から学ばないことであり、失意から立ち直ろうとしないことであり、元気を出してもう一度やってみようとしないことである。

 

昔、この言葉をノートに書きとめ、これまでわたしはそれを何回見返したことでしょう。そして何度励まされてきたことでしょう。

もうすぐ今年も終わり、新しい年が始まります。 新年は心の改まるとき、まさに Try Again! の精神を発揮するときですね。

 

本記事が、本ブログの今年の最終掲載になります。この一年も変わらずおいでいただきました皆さま、まことにありがとうございました。

来年もよろしくお願い申し上げます。

 

*写真は今年7月に行った越後一宮、弥彦神社。今回の記事と直接関係ありません。


雨の日には 雨の中を

2013-10-05 | 名言・佳言ピックアップ

今回の「名言・佳言ピックアップ」は、相田みつを のことば(詩)をとりあげます。
 

 雨の日には 雨の中を
 風の日には 風の中を みつを
 

「なんだい、いまさら相田みつをかい」
と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、わたしが相田みつを(の詩)を知ったのは、もうかなり前のことです。

30年近くも経つでしょうか。まだ 相田みつを が世に広く知られる前のことでした。

たまたま上の写真の本(冊子といったほうがいいかもしれません)を手に入れ、この「雨の日には・・・」のほか数々の詩を知り、大変慰められ、励まされました。
 

長い人生には、さまざまなことがあるものです。 時には会社に行きたくないことも、わたしにはありました。
そんな時、この「雨の日には・・・」の詩に、どれだけ励まされたことでしょう。


この本は、米田典夫という方の尽力で、出版に結びついたようです。
相田みつをが世に出る一つのきっかけになったかもしれません。

いまは手に入らないでしょうが、ご参考までに奥付を記しておきます。

 昭和55年7月25日 初版
 昭和57年3月1日 第5版 (わたしが持っているのがこれです)
 著作者  相田みつを
 発行者  米田建築株式会社(兵庫県川西市)
      代表取締役 米田典夫
 企画制作 株式会社JDC出版部
 カメラ  千葉千

 


 https://www.youtube.com/watch?v=X_gmFLPrCrQ
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」ピアノ版。(You tube)
ピアノはジャック・フェヴリエ。緩急、強弱をつけすぎない素直な演奏で、
曲の美しさをよく引き出しています。


要言は煩わしからず

2013-09-05 | 名言・佳言ピックアップ

今回の「名言・佳言ピックアップ」は、日本のことわざをとりあげます。

 要言は煩(わずら)わしからず


『故事俗信 ことわざ大辞典 第二版』(北村孝一・監修/小学館)には、「要を得た言葉は簡潔で、しかも十分に言わんとする所を伝える」とあります。

確かに、自分の言わんとすることがよく整理されていないときほど、くだくだと長ったらしい文を書いたり、持って回った話をしたりしてしまうものです。

ポイントを押さえて、ムダのない言葉で話したり書いたりしたいものです。


わたしの自戒の言葉です。
 

 

http://www.youtube.com/watch?v=JVcAqmyMyfU&feature=em-hot-vrecs
↑ ラフマニノフの交響曲第2番 第3楽章。 アンドレ・プレヴィン指揮NHK交響楽団の演奏。(You tube)
美しい曲です。ロマンチックな旋律をゆったりと歌わせた、胸がせつなくなるような演奏です。

*写真は横浜山手町の外交官の家。 本記事と関係ありません。


長崎市長の言葉

2013-08-09 | 名言・佳言ピックアップ

今回の名言・佳言ピックアップは、本日8月9日の田上富久長崎市長の「平和宣言」から引用いたします。


「今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された『核兵器の非人道性を訴える共同声明』に、80か国が賛同しました。
 南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。
 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました」


知りませんでした。

この 『核兵器の非人道性を訴える共同声明』 が今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出されたことを。 そして日本がこの声明に署名しなかったことを。

(日頃新聞をあまり読まず、テレビもほとんど見ないわたしとしては、不明の誹りは甘んじて受けます)


田上市長によると、この声明のなかには、 「人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない」 という文言があったとのことです。

日本政府がこれに署名しない理由は、何なのでしょう?


田上市長はさらにこう続けています。

「人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。
 これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。(略)
 日本政府には、被爆国としての原点に帰ることを求めます」


まさにその通り。 田上市長のこの平和宣言は、わたしには素直に受けいれることのできるものです。

日本はこの声明に、なぜ署名しなかったのでしょうか。

日本は、 「いかなる状況においても核兵器を使うべきではない」 と、なぜ信念を持って強く主張することができないのでしょうか。


今日、長崎で、田上市長の言葉を目の前で聞いていた安倍総理は、これについて国民に対し、 「説明責任」 があるように思います。


念のため、全文を下に張り付けておきます。
http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/appeal/

写真は妙高高原、いもり池の睡蓮。 本記事と関係ありません。


おのれこそ おのれのよるべ

2013-07-24 | 名言・佳言ピックアップ

今回の「名言・佳言ピックアップ」は、「法句教」の中の言葉を取りあげます。

「おのれこそ おのれのよるべ
 おのれを措(お)きて
 誰によるべぞ

 よくととのえし おのれこそ
 まことに えがたき
 よるべをぞ獲(え)ん」(160偈)


ブッダ(釈尊)の言葉とされる法句教(真理の言葉)には、さまざまな訳があるようですが、わたしはこの友松圓諦の訳が好きです。(『法句教』友松圓諦・訳、講談社学術文庫)

古文調で、五七調の韻律が格調を生み出しているからです。

この160番目の句は、自分こそが自分の拠りどころなのだという自立・自尊の精神を教えています。人生、他人に甘えず凛として生きたいものです。


ただわたしには、「よくととのえし おのれこそ」のところが分かりにくい。どうすれば自分を「よくととのえる」ことができるのでしょう。

『法句教』の中には、例えば「忍辱(しのぶこと)こそ最上の行(ぎょう)(184偈)、「誹(そし)らず 害(そこな)わず 戒(いましめ)におのれをまもり 食(かて)において量(ほど)を知り」(185偈)という言葉が出てきます。

(同書巻末の現代語訳では「忍耐こそは最上の苦行である」「そしり罵(ののし)ることなく、そこない傷つくることなく、清浄に至る戒律に自らを守りつつしみ、食するに又その限量を忘れず」とあります)

「ととのえる」というのはそのようなことでしょうか。道は決して容易ではありません。

わたしの場合はまず、食べ過ぎ(飲み過ぎ)を改めることから始めねば・・・。


*写真は月見草。 本記事と関係ありません。


未来の日本人を危険に曝す

2013-06-29 | 名言・佳言ピックアップ

共感した言葉、心に残った言葉を、新聞・雑誌・書籍などから引用する「名言・佳言ピックアップ」。
今回は、池田清彦早稲田大学国際教養学部教授の言葉を取りあげます。

「原発再稼働とは、たかだか9社の電力会社の赤字を救うために、未来の日本人を危険に曝す暴挙に他ならない」
(週刊朝日2013.6.28号の連載コラム「池田教授の机上の放論・連載156」より)

池田教授は同じコラムの中で、このようにも述べています。

「現実には、地震の巣のような日本列島で再び大きな原発事故が起きない保証は全くなく、原発を稼働させれば溜まる一方の放射性廃棄物の処分については、その目処さえ立っていない」


池田教授の主張はその通りだと思います。いったん原発事故が起こった場合の被害の大きさ、悲惨さはいうに及ばず、稼働によって増殖され続ける放射性廃棄物のことを考えれば、原発はもうやめるしかないのです。

政府および国会議員の方々は、原発で「儲け」を得る人たちの声を代弁するのでなく、国民と「未来の日本人」の絶対安全を最優先で考えてほしいと心から願います。

http://dot.asahi.com/news/incident/2013061900039.html


*上の写真は阿佐ヶ谷「鳥久」にて。 本記事と関係ありません。


きょうもお洒落ができる

2013-06-22 | 名言・佳言ピックアップ

共感した言葉、心に残った言葉をとりあげる「名言・佳言ピックアップ」。
今回は、わたしの韓国語の先生、韓国人女性、Kさんから直接聞いた言葉をとりあげます。

K先生は毎朝起きると、次の 三つの言葉 を心の中で唱え、その恵みに感謝しているそうです。それは、

 ・私にはきょうもすることがある
 ・私にはきょうも会う人がいる
 ・私はきょうもお洒落ができる

の三つです。
 

人間誰しも晴れの日ばかりとはかぎりません。雨の日もあれば風の日もある。ときには嵐の日だってあります。
仕事に失敗したり、あらぬ誤解を受け孤立したり、思わぬ事故や病(やまい)に遭うこともあるでしょう。

そこまで深刻でなくとも、なんとなく気が乗らない日もあるものです。

そんなとき、K先生のこの三つの言葉が効いてきそうです。

きょう、なすべきことのあることを喜び、会う人のあることに感謝し、お洒落ができることに胸はずませる・・・。
K先生がいつも明るくハツラツとしているのは、ここにその秘密があるのかもしれません。

さて、わたしも、ドッコイショと立ちあがり、まずヒゲでも剃るとするか。

*写真はわが家の庭に咲いたデルフィニウム。花言葉は「あなたは幸福をふりまく」。本記事とは関係ありません。


微笑むこと

2013-06-10 | 名言・佳言ピックアップ

今回の「名言・佳言ピックアップ」は、作詞家の 阿久悠氏 の言葉を取り上げます。

阿久悠氏(1937‐2007)は、『昭和おもちゃ箱』<阿久悠・著/扶桑社・刊>という本の中で、「昭和最後の秋までは、細々ながらもあった」ものを列挙しています。(「昭和と歌謡曲」)

阿久悠氏の、時代や人間に対する鋭い見方が伝わってきて、教えられるところ大なので、以下それらを箇条書きにして記しておきます。


・人を愛すること。
・気遣うこと。
・労(いたわ)わること。
・目を見て話すこと。
・気配を感じること。
・今行うことが三手先でどうなるかを読むこと。
・生理的不快を知ること。
・言葉をタップリ持つこと。
・自分の弁護のために相手をおとしめないこと。
・声高に正義を語るより、まず日常の正しいことを重んじること。
・笑わなくてもいいから微笑(ほほえ)むこと。
・大人になりたがること。
・人間は十人十色だと違う個性に魅(ひ)かれること。
・はじらうこと。
・照れること。
・美意識の窮屈さを合せ鏡にすること。


(最後の「美意識の窮屈さを合せ鏡にすること」の意味が少し分かりにくいのですが、「自分の美意識を主張し過ぎるのは、他者にとっては時に窮屈であるかもしれない。そのことを分かっていること」くらいの意味でしょうか)
 

まったくの‘昭和人’であるわたしにも、この「気配を感じること」「はじらうこと」「照れること<謙虚さの表れか>」などは、できるかどうか自信がありません。

でも、「目を見て話すこと」「微笑むこと」は、心がければできそうな気もします。


ともあれ阿久悠氏のこれらの言葉は、この平成という時代を生きるわれわれ日本人一人一人が、今こそ味わうべきメッセージであると思えてなりません。

*写真は、黄薔薇、フリージア。本記事とは関係ありません。