story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

鉄色と貴女

2020年01月31日 22時48分59秒 | 詩・散文



さして美人ではないと思うのだけれど
あの頃の貴女には不思議に際立つ背景があった

僕が鉄道ファンだから
そして僕がポートレートカメラマンだったから
必然的に
僕が私的に撮影するポートレートは
鉄道が背景のものが増えてしまうのだけれど
どんな美女を撮影しても
鉄道という
ある意味、無機質なものを背景にした場合
女性が浮いた写真になるか
女性が沈み込んだ写真になるか

あるいは
多少は作品としてまともなものになっても
イメージとしては演歌歌手の
CDジャケットの域を出ないものになってしまうのだが

貴女は違った

堂々とそこに存在する背景に対し
毅然と
背景をコントロールする力を持っているかのように
僕には思えてしまった

だから
僕の貴女へのリクエストは
より鉄道の奥深くへ
さらには鉄道そのものへと移っていくのだけれど
貴女は一度だって
僕の期待を裏切らなかった

元々恵まれたプロポーションの持ち主で
ふっと、僕自身もその時に初めて気づくような
世のオトコを呆けさせるような色気すら感じることがあり

そして冒頭に
さして美人ではない・・などと書いたのが
悔やまれるほどの美しさを垣間見せることもあった

貴女は僕が出会った女性としては
多分にピカ一の美しさを持つ人だったのだろう

それを貴女自身が意識などしていないとしても

鉄道の世界は
鮮やかな色彩が人目に付く部分よりも
錆色が目立つ線路や機器のある部分のほうが
はるかに多いのは
これは鉄道を被写体とする鉄道ファン
昨今では撮り鉄と呼ばれる人たちにとっては
当たり前のことかもしれない

錆色であるがゆえ
女性の好む鮮やかな花などの
あの美しさとは全く異質であり
そこに似合う女性というものは
実はそんなに存在しないのではないかと思う

でも、あなたは錆色の中で
しっかり
自分の美しさを開花させてくれた

いちど、もしかしたらと
貴女を神戸港の倉庫街に連れて行ったことがあった

もちろん、鉄道の世界よりはるかに大きな港湾の世界
錆色の中で貴女はしっかりと美しかった

残念ながら
僕はいまだに
貴女ほどの、錆色の似合う女性を見いだせていない

あの
貴女を撮影し続けた
わずか数年は
僕という男にとって
至福の季節だったのかもしれぬと
今更ながらに思い返しては悔いる

そしてそれは
至極の宝石が手が届くところにありながら
手を届かせることのなかった自分への悔いかもしれない

つまりは僕が老いというものに向き合わなければならなくなった
今だからこそということだろうか

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 山陽電車二題 | トップ | 彼方からの女神 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

詩・散文」カテゴリの最新記事