story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

可部線太田川橋梁

2017年06月11日 14時18分28秒 | 詩・散文

空は青く、五月の風が囁く

鶯が鳴き、雲雀が囀る

川の流れる音、遠くで気動車の走る音

ややあって、すぐ近くの鉄橋を走る電車の音がする

 

電車が遠くへ去り

また川音と鳥の囀りだけの静寂

小さな風の音のようなものが聞こえる

すうぅ、すうぅ、すうぅ

 

河原で僕の隣で横になっているあなたの寝息だ

 

すうぅ、すうぅ、すうぅ

疲れているのだろうな

 

「どっか、静かなところで横になりたいんよ」

あなたのリクエストに応じて

僕が広島駅からわざわざあなたを連れてきたのが

この場所だ

 

可部線の電車が鉄橋で川を渡るこの場所

鉄道ファンである僕が何度も通って

古めかしい電車をカメラで追ったこの場所だ

 

電車は新しくなり、鉄道ファンの姿が消えたこの河原で

僕は今、あなたと体を横たえて午後のひと時を過ごしている

 

深夜勤だったと言った

それが明け方のお産で病院を出るのが遅くなり

寝る暇なく待ち合わせの広島駅に現れたあなたの目は

赤く充血していた

 

「映画でも行こうか」

「だめ、寝てまうわ」

「散歩・・」

「歩けんほどえらいんじゃ」

「じゃ、どうする・・」

「静かな気持ちのええとこで寝る・・」

「寝る・・」

「どっか、静かなところで横になりたいんよ」

それならばと可部線の電車に乗り、ここにやってきたというわけだ

 

どれほど経ったろうか

可部線電車が鉄橋を渡る音で気がついた

僕も寝入ってしまっていたようだ

 

あなたを見るとまだ夢の中にいるようで

無防備な寝顔が可愛い

 

あなたの顔に僕は自分の顔を近づける

白い肌、整った目鼻、細い髪

薄い唇は清楚で

上唇には細い傷跡のようなものがある

 

もっとあなたの顔に近づこう・・

「キスしたらあかんよ」

いきなり出た言葉に僕は驚くが

あなたは目を開けているとは思えず

だが、口元が笑っている

 

またそのまま静寂の時間

遠くの芸備線気動車列車の音が

二つの大河が合わさる山の中にこだまする

 

それでも、目が覚めてしまった僕は

あなたの方に体をむけ

寝ているであろうあなたを見ている

小さな胸の丘が白いブラウスに包まれ

ひとつ余分にはずしたボタンが白い肌を見せ付ける

短いスカートから無防備に伸びた白い足が寛ぐ

 

「きれいだ」

思わずつぶやく

またいきなりあなたの唇が動く

「襲わんといてね」

フフっと笑ったあなたは、ゆっくりと体を起こす

「ほんまにのう、男っちゅうもんは・・」

あなたは笑いながら僕のほうを見る

「いや、そんなつもりやない・・」

「うそ、今でもウチがじっとしとったら、いきなり乗っかってきたでしょ」

「いやいや・・」

「ま・・ええわ・・」

そういってあなたは立ち上がり、スカートの尻を払う

鉄橋を四角い電車が1両で渡っていく

「ええとこ、知っとるんやね・・おかげでよう寝れたわ」

あなたの目の充血は取れ、いつもの茶色い瞳が戻ってきた

 

雲雀が囀る

鶯が鳴く

遠くで芸備線気動車列車のエンジンとレールジョイントの音

川の流れの水音

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