story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

詩小説・・冬涙

2015年12月28日 00時02分14秒 | 詩・散文

北風が荒れ、晴れているはずの空を灰色の雲が覆い
わずかに水平線あたりだけが明るく見える夕方
僕はあなたの面影を探しにここにやってきた
そう、あの日もこんな寒い日だった
寒い日の夕方、日没を見ようと言い出したあなたの
・・・・僕たちはそのころ、すでに離れなければならない状況に追い込まれていたのだ・・・・
そのあなたの言葉に舞子駅から海岸に出て
マンションの裏手の石垣とわずかな砂浜があるこの海辺で
二人立ったのだ
日没時、太陽は僕たちの期待通りに
水平線上わずかなところで顔を出してくれ
周囲を赤く染める
寒い季節の浮島現象が遠くの島々を浮かすようにみせてくれる
そこにさしかかった太陽は浮島を飲み込みながら
それも不思議に島が浮いたまま太陽の円の中に入り込んで
さらにその場所で太陽の左右の裾が流れ
達磨太陽と呼ばれる一年でも数えるほどしか見られない光景を現出させてくれる

僕たちはいつの間にか、立ったまま抱き合っていた
二人して何も語らず太陽を眺める
強い風が頬を容赦なく襲う
あなたの身体の温かさが僕にゆっくりと伝わってくる
太陽はやがて半円から円の上部の弧だけしか見えなくなり
それもやがて点のように最後の光を強く出しながら消えていった

呆然と、と言うのはこのときの僕の気持ちだったのだろうか
あなたの心の中まで僕には見えない
「もう、会えないね」
つい、先ほど明石の街中で歩きながらあなたが口にした言葉
僕たちが会うことで傷つき悲しむ人たちがある
それは今までも見えていたはずなのに
誰かにわずかに覚られたことで二人の長い秘密の季節が終わることを
僕たちは改めて感じていた

太陽の沈んだ空は急速にオレンジから紺へ、紺から濃紺へその色合いを変えていく
僕とあなたに吹き付ける風は強く冷たく容赦がない
日が沈んだことで風の力は勢いを増し
それゆえに僕たちは離れることができないでいる
やがて、僕は自分の感情の高まりから
あなたを正面から抱きしめた

風の冷たさゆえか頬が凍えているような
あなたの唇を僕の口で覆いこんだ
あなたのオーバーのチャックをはずし
あなたの胸の柔らかさに僕の手が震える
あなたの息遣いが激しくなり二人はそのまま石垣の上

あの時から三年が過ぎていた
僕の家庭は壊れず、あなたは風の便りでは今も独身で
だからまたあの頃のような関係に戻りたいと
そう願っていてもそれを言い出せない自分があり
いや、それはしてはならぬことだと・・
自分に言い聞かせてきた

今、この海岸に立つ僕は
あのときを再現しようとしえいるのだろうか
冷たい風、白い波、その中であなたの唇の柔らかさ
あなたの胸のやわらかさ温かさ
そして激情は抑えられず
寒さのなかで、誰も見ていないことをいいことに
僕たちはこの場所で石垣の上に寝転んで
男と女の営みをやってのけてしまった
あの頃の自分に帰りたいと思っているのだろうか

けれど
今日の太陽は水平線上にも顔を出してくれず
空は赤くならぬままに、群青へと変わっていく
家庭を壊したくない僕は
ただ、自分のよくのためだけにあなたを求めていたのだろうかと
自問もしてしまう

答えなどないのかもしれない
純粋に僕はあなたが好きだった・・
そう言ってしまえばそれで済むことなのかもしれない
自分の感情が自分でコントロールできず
あの白い波のようにあちらこちらへ無謀にも寄せて
そしてぶつかって返されていく

会いたい!
そう、言葉が出た
最初は小さく、やがて大きく
海に向かって叫ぶ
「会いたい!」
蒼に染まる海と空の間に

淡路の黒い・・そして裾に人工の光を瞬かせる島影がたたずんでいる
涙が頬を流れる
海も島影もかすんでいくがその涙さえも
冷たい風に洗われる冬の早い日没後だ

コメント
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