story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

選挙

2007年02月20日 15時17分57秒 | 小説

酔った頭で俺は考える。

なにを偉そうにスピーカーでがなりたてても、所詮はおのれらの生活のためじゃないかと・・

日の暮れた街中を選挙運動の街宣車が走る。
あと数日の投票日までの「最後のお願い」だ。

知ったことか・・
俺は思う。

福祉がどうの、市民生活がどうの・・
おまえたちが本気で政治とやらをやっていれば、悪くなるはずのないものが現実に悪くなっているではないか・・

けれども、それとて、所詮は酔った俺の頭の中の会話でしかなく、俺は、暴れ出したい気持ちを押さえ、歩く。
いつもの飲み屋から、またいつもの飲み屋へ・・

俺ももう四十歳に近く、俺の生活はここ20年来、同じ事の繰り返しだ。

「最後の!最後のお願いです!わたくし、カノウをよろしくお願いいたします!」

女の声だ。

街宣車の看板には女の名前が書いてある。

女だとて同じ事・・
政治をやろうなんてのは真っ当な人間のすることではないと俺は思う。

行きつけのスナックの赤い扉を開ける。
薄ぐらい明かりの店のカウンター席にオヤジがひとり、座っている。
「いらっしゃぁい!今日は昨日よりお元気かしら?」
店のママが俺を見て声をかけてくれた。
「おうよ!昨日より今日は元気だ!」
俺はわざと素っ頓狂な声を出してオヤジの隣の席に腰掛けた。

二つ三つ、オヤジとは席をあけて座れば良いものだろうが、この店の入り口から三番目の席は俺の席だと・・俺は信じている。

俺が隣に座るのを少し迷惑そうにしていたオヤジは、俺の身体を上から下まで眺めたあと、「こちら、常連さん?」と店のママに聞いた。
「そうそう!常連さんというより、毎日さん」
「ああ・・毎日さんなんだね」

俺は少し不愉快になる。
俺が毎日店に来ようが来るまいが、オヤジには関係がない。
「毎日・・来てはいけませんか」
俺があらぬ方を見て、そうつぶやくとオヤジは「いやいや、これだけ美人のママさんだもの、私だって毎日来たいですよ」などとほざく。
「じゃ、毎日来れば良いじゃないですか」
「いや、私はちょっと遠方なもんでね・・」

はあ・・そう呟いたものの、俺はオヤジに親近感は抱かないし、早くこの店を出ていって欲しいと思い始めている。
「じゃ、常連さんなら、お願いしちゃおう!」
オヤジは俺の気持ちがまるで読めていないらしく、能天気にそんなことを言う。

「お願い?・・何でしょうね・・」
俺は煙草を取り出し、ママに火をつけてもらいながら、あらぬ方を見たまま聞き返す。

オヤジは少し改まった感じで、俺のほうへ身を寄せてくる。
俺はオヤジから身体を避けるように反らす。

「実はね、今度の選挙のことなんだよ」
「は?」
「だからさ、選挙のことなんだよ。君は誰か入れる人を決めているのかい?」
「なんのことです?」
「決めてなかったらぜひ、頼むよ。自明党の山本だ」
「さあ・・俺は選挙に行ったことはありませんから」
「いや、今度は大変なんだ。自明党はかつてはいろいろ福祉などで実績もあるし、ここで野党の民生党が勝ってしまうと日本にとってもこの地域にとってもだね・・」
「俺は関係ありませんから」
俺はさすがに苛立ちを隠せなくなってきた。
煙草を大きく吸い、苛立ちをぶつけるかのように大きく吐いた。

「君たちのような青年が政治に関心を持てないのは良くないよ」
オヤジは今度はそう言ってくる。
「俺に選挙は関係ありませんし、俺は青年ではありませんから」

ママが俺の前に水割りと小皿を置いてくれる。
俺は水割りを一口飲む。
「いや、政治が嫌いなら嫌いでいいんだ。今回だけ頼むよ」
オヤジは俺にさらに身体を寄せてくる。
おれは、一気にグラスの水割りを飲み干した。
「あんた、その山本何某の友達か何かか?なんでそんなことを始めて出会った人間に頼めるの?」
オヤジはここぞとばかりに俺にさらに顔を近づける。
「私は自明党の山本の応援の為に、東京からきたんだよ!」
「はあ・・それはそれは・・」
「民生党の加納って女候補・・あれは駄目だよ!キャパ嬢だったんだ」
「キャパ嬢だったら、何かいけないことでもありますか?」
「不謹慎じゃないか!そんな商売にいた女が政治の世界に出ようなんて」
「ふうん・・別に商売は関係ないんじゃないんですかね」
「違うな!高い志を持った素晴らしい人材が必要なんだよ」
オヤジは唾を飛ばして俺に噛み付いてきた。
ママが心配そうに見ている。

もう駄目だった。
俺は席を立った。
「あら・・もう帰るの?」
慌てたママの顔を見ると腹が立つとも言えず「用事があったのを思い出したから」とごまかした。
けれども、ママも悪い。
こんな馬鹿なオヤジを、言いたい放題にさせるなんて・・

店の扉を開けて、外に出るとママが追ってきた。
「ごめんね!しんちゃん、あのお客さん、しつこくて、帰ってくれないのよ」
「ママの知り合いか?」
「中学校の同期らしいの・・ぜんぜん覚えてないんだけどね」
俺は、困り果てたママの顔を見ると、おかしくなってきた。
「今日はいいよ・・また明日来るし・・」

夜風に吹かれて歩き出す。
滑稽なことがあったものだ。
何党か知らぬが、何かの組織の指令での応援だろう。
そんなものに本気で取組んでいる人間がいるなんて・・

がなりたてていたスピーカーの音は消えて、夜の町に静けさが帰ってきていた。
俺は、道を真っ直ぐに歩こうとして、その先に選挙運動の事務所があるのを思い出した。
自明党の山本とやらとは違うが、選挙のための事務所であることに変わりはなく、俺はそこを避けたくなった。
選挙が終わってくれれば、町の様子も普段どおりになるのに・・
俺は、そう思いながら、明かりのついた選挙事務所の手前を曲がり、川沿いの細い道に出た。

川の水音が囁くように広がる道を、俺はようやく、ほっとした気持ちで歩いていく。

満月が俺や川を照らしている。
川は人工的に掘り下げられたコンクリートの護岸に囲まれるように流れ、あたりは月明かりに照らされ澄みきった群青色に染まっている。

川にかかる小さな橋のたもとに人影があった。
俺は、その人影が女であることだけを見て、その前を通りすぎようとしていた。
「すみませんが・・」
しっかりした女の声が俺の前に飛び出す。
「煙草の火を持っておられませんか?」
月明かりにロングの髪の、それほど若くはない女であることが分かる。
「ああ・・いいですよ」
俺は、女の無防備さに少し呆れながらもライターを貸してやった。
「ありがとう・・」
女は煙草に火をつけると、大きく吸い、ため息とともに大きく煙を吐き出した。
「おかげさまで、ほっとしたわ・・ありがとう・・」
女がライターを返す時に女の冷たい手が俺の手に触れた。

「こんなところで、何をしているんです?」
俺は、女の無防備さに少し関心を持った。
「ちょっとね・・一人になりたくて・・」
そう、言いながら煙草を吸う。
女は月に向かって煙を吐き出す。
「美味そうに煙草を吸いますね・・」
「美味しいもの・・」
女はいたずらっぽく笑う。
夜目に慣れた目で、女を見ると俺より少し年上くらいの、まあ美人かなといった感じだ。
「でも、こんなところで、知らない男に声をかけるなんて・・無防備じゃないですか」
俺は、ちょっと意地悪い質問をしてしまった。
そう思った。
でも、女の答えは、まったくその意地悪を意に介していないものだった。

「あら・・あなた、狼ってわけ?」
そういったかと思うと女は笑い出した。
「いや・・そう言うわけではないのですが・・」
「狼さんなら、あたしを奪って逃げてくれるのかな?」
「は?」
「もう、面倒なの・・」
「なにがですか?」
「大勢の色々な策略で近づく人間ばかり相手にしてたらね・・」
女は俺の目をじっと見た。
きれいな目だ。

「少し、疲れているのじゃありませんか?」
俺は、女の目に吸いこまれそうになる自分を押さえようとしていた。
「疲れて・・いるわよ・・」
女は、少し下を見ながら、今度は煙を地面に向けて吐き出した。
「でも、もう少しなの!」
「何がですか?」
「面倒なこと!」
「でも、あと少しなら、頑張ればいいじゃないですか」
「そうなのよ!あなた・・いい人ね!」
女はちょっと弾けるようにそういったかと思うと、俺の腕の中に飛び込んできた。
不意を衝かれた俺は、ただ、女を受け入れるしかなかった。
「ね・・キスして・・」
女は俺の腕の中でそう言ったかと思うと顔を寄せてきた。

長く、柔らかく、暖かいキスだった。
俺には何が起こったか理解することが出来なくなっていた。
女の身体の柔らかさも、心臓の鼓動も俺には久しぶりの経験だった。

やがて、女は満足したかのようにゆっくりと離れていく。
「ありがとう・・びっくりしたでしょ」
「ええ・・」
俺の戸惑いを女は軽く笑う。
その笑顔が可愛い。

「また会ってくれます?」
女は俺の目を見据えて聞いてくる。
「ええ」
「じゃあね。今度の月曜日、ここでこの時間に!」
「・・月曜日ですね」
「待ってるわよ」
「はい・・」

俺は女に圧倒され、けれども、女の持つ不思議な魅力にも充分惹かれ始めていた。
月明かりと街灯の明かりに照らされた女の表情は、数分前よりはるかにきれいに見える。

「じゃ、行かなくちゃ・・あたしはこれで・・」
「はい・・」
「あなた、本当にいい人ね!月曜日よ!」
そう言ったかと思うと、女はすぐに駆け出してしまった。
俺の通ってきたほうへ走り、そしてすぐに角を曲がり見えなくなってしまった。

俺は呆然としていた。
しばらくは先ほどの余韻が俺の身体から抜けず、俺はそこを動くことが出来なかったのだ。

それから10分も俺は立ちつくしていただろうか・・
やがて、俺の耳に川のせせらぎが聞こえ始めた。

俺は自分の煙草に火をつけ、大きく吸いこんだ。
そして、胸の中でしばらく煙草の煙を溜め込んでから月に向かって大きく吐き出した。
煙は空に上がりながら風に流され消えていく。

俺は歩き始めた。
しばらく歩いて、町の人が良く使うバス停の明かりの脇を通るとき、何気なくそこに立てかけられている掲示板を見た。
それは選挙の立候補者のポスターを貼り付けるために立てられている掲示板だった。

俺は、その掲示板の中からさっき、不愉快な思いをした自明党・山本何某を探した。
そのポスターはすぐに見つかったけれど、その次の瞬間、俺の目はそのポスターの隣にある女性候補のポスターに釘付けになってしまった。

民生党・かのう祥子と大きく書かれたポスターの名前の横に写っていたのは、まさに、あの女だ。

少し悪戯でもするかのような表情で写っているのは、俺がさっき、出会った女だった。

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夢と夕陽と海

2007年02月04日 16時46分01秒 | 小説

風が強く、波頭が白く、海の色が濃く・・
僕は、風に逆らって海岸に出ようとしている。

海岸に出たところで何もないのだ。

そこにあるのは僅かばかりの砂浜とテトラッポットと
そして、打ち寄せる波だけだ。

それにしても、少し離れた街中では
ほとんど感じることのない風が
どうして海辺では、こんなにも・・僕を押し戻すほどに
強くて冷たいのだろう。

そこにあるものを僕が見ることを、
海が拒んでいるようにしか感じられない。

やっと砂浜に出た僕は
今度はテトラポットで砕け散る波しぶきを
頭からかぶることになる。

それでも、砂浜に立ちたい。

それでも、ここから夕陽を眺めていたい。

夕べの夢はなんだったのだろう。

良平よ・・
どうして、今ごろ夢に出てきたのだ。
おまえは夢の中で、僕にこう言った。
「生きるのが嫌になった」

良平よ・・
おまえはとうに、自ら油をかぶって火をつけたではないか・・

もしかしたら良平よ・・
あれから25年・・
おまえは、また同じ事をしてしまったのだろうか・・
いや、そうなってしまいそうなのだろうか・・

人は、生まれて死にを繰り返すという。
もしかしたらおまえは、次の生をまた、自ら終えようとしているのだろうか?

良平よ・・
多分、この世に戻っているとしたら別の名前で呼ばれているだろうおまえよ・・

おまえは、その苦しみへの投げやりを・・
永遠に解決できないのだろうか・・
それとも、解決が出来そうだから僕に救いを求めているのだろうか・・

夢の中の僕は
また学生に戻って、何かを一生懸命に学ぼうとしている。

そして、その一生懸命に何かを学ぶその思いは
今の僕の今の思いと同じ物だ。

夢の中では僕に大きな影響を与えて、
いろいろなものを僕に教えてくれて、
そして自分自身もきちんと楽しんでいたあの女性が
やはり僕に
何かを教えようとしてくれていた。

そこへ唐突に現れた良平よ・・
おまえへの思いを僕は今でも自分が強く持っていることを不思議に思う。

冷たい風の中、10分も立っているとそれだけで身体は芯から冷えていく。
それでもここに居たい。
あの夕陽が沈みきるまでここに居たい。
それを見たところで何かが変わるわけではなく、
それを見たところでいつもと何かが異なるわけでなく、
それでも僕はそれを見たいのだ。

太陽はもう、何億年もこうして毎日この海の向こうに沈んでいくのだろう。
そして、そこから毎日、星や月の時間が始まるのだろう。
その間の、昼の色から夜の色へと移り行くそのすべてを
眺めることが出来る場所は少ないと思う。

そして、そのすべてを眺めることの出来る場所が
自分の住んでいる町のすぐ近くの海辺であることに
僕は素直に感動もする。

だからこそ、こうして贅沢に海や空に語り掛ける時間を
日常の中に作り出すことが出来る。
・・それでも、悲しみを海に捨てるなどは到底出来ない。

僕にとって悲しみとは人生の一部であり、
自分が通過した印のひとつでもあるのだ。

悲しみを消すなどということは僕には出来ない。

良平よ。
いや、おまえだけではなく、すべての僕より先に逝った友人たちよ。

病気や事故で亡くなった友人は僕にはまだ少ない。
先に逝ったものたちは、その多くが自ら命を捨てた人たちだ。

人生を全うするとはどういうことなのか・・
生きると言うことは、どんな苦しみを乗り越えてでもそれを優先させねばならぬのか・・

自ら死を選んだ君たちは
果たして人生の敗者なのか?
それとも、いずれ生まれてくる命なれこそ、そう言う正しさもあるべきなのか?

ああ・・
それでも僕は生きたい。
生きて生きて、もうこれ以上は自分の生命の灯火が続かないところまでは
生きぬいてやりたい・・
僕は、今でもそう信じている。

大自然の作り出す雄大な映像を見て、
自分がちっぽけな存在であると認識するなんて嘘だ。
少なくとも僕はそう思う。
けれども、
僕が信じることが出来るのは、
生きようとする限り、僕を守る大きな力のあることを
生きようとする限り、僕を信じて見てくれている大きな力のあることを・・

それを僕は、いや、人は、
太陽にその力を見るのかもしれない。
太陽が沈むその瞬間の、あのやわらかで大きな暖かさの中に
自分を守ろうとする意思のあることを、
人は本能的に知るのかもしれない。

思えば、この海岸で今の僕と同じように夕陽を見つめる人間は
過去数千年はいただろう・・
この町の、先住民の、その人たちの中にも
必ず、こうして海を見つめる人がいたことだろう。

先人よ・・
教えて欲しい・・
僕等は人間は進化したのか?
あなたたちが居た時代に比べて、僕等の時代の人間は
悩みや苦しみが小さくなっているのだろうか?

先人よ・・
教えて欲しい・・
良平や僕のほかの友人たちのように
あなたの時代に、
自ら死を選ぶ人は居たのだろうか?

良平よ・・
僕には生きるということが、他の何より大切なものとして見えているのだ。
良平よ・・
僕は声を大にして
生きる意思をはっきりさせてやりたいのだ。

おまえが昨夜の夢に僕に投げかけた課題は
これで答えになっているだろうか?
いや、答えになっていなくても、
僕にはこれでしか、答えの出しようがないのだ。
僕にはこれが最高の答えなのだ。

見てくれ・・良平よ。
待った甲斐があったというものだ。
今、まさしく夕陽が沈む。
今、まさしく、海の向こう・・はるかな山脈の向こうへ
夕陽が沈む。
生きるのだ。
生きることが僕なのだ。
冷たい風に逆らって、
冷たい世間に逆らって、
それがドンキホーテのような滑稽さであったにしても、
それが道化師のように周りに失笑をばら撒くだけであったにしても
それがそのまま赤っ恥のように見えたとしても・・

僕は生きるのだ。
良平よ。
聞いてくれ・・
いや、大切なほかの友人たちも聞いて欲しい・・
僕は生きる。
少なくとも、君らが生きぬけなかったこの世界の薄情を
逆にこちらが足蹴にしてでも
生きぬいてやる・・
これが僕の君らへの思いなのだ。

太陽よ・・
向こうに沈むそのときに、
どうか僕のこの思いを、友達たちに伝えてくれないか・・
何千、何万の・・あるいは何億の人間や獣たちの思いを
向こうまで持っていってくれないか!

ふっと気がつくと、
そこは藍色の空の下。
冷たい風は更に冷たく、波頭はさらに白く・・
波の音はいっそう激しさを増し・・

僕はようやく気分が落ち着くのだ。
良平よ。
また会おう!
いつでも、夢の中にやってきてくれよ!

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