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story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

屋根の上

2012年08月28日 21時11分14秒 | 詩・散文

Photo

まあるい客車の屋根の

張り替えたばかりの帆布製の屋根の上から

何が見えたというのだろう

太陽の熱を吸って暖かくなった

小石や砂が敷き詰められた客車の屋根の通風器に腰掛けて

秋の空を眺めてみるのだけれど

底が抜けてしまったような空の向こうに何が見えたというのだろう

青春の気負いも

あるいはただの世間知らずな故に持っていただけのものかも知れず

それは恋愛を知ったかぶりしてみたところで

未だ女性と睦みあったことのない僕に

わからぬ細やかな感情の高ぶりというものにも似て

日本国有鉄道が消えていく

そのことに未練がないとその頃は思っていたけれど

実のところ僕は国鉄が好きだったのかもしれない

未だ見えぬ未来の鉄道への思いは

そのまま

見えるはずのない鉄道を離れた自分の未来にも繋がっていたのか

スハフ42形客車の

どっしりとした車体の上の優しい帆布は

まさしく優しさとは堅固さの上に成り立つものであるということを

今思えば

教えてくれていたような気がしている

そういえば

あの頃の僕は

ようやく一人の女性にまともに恋をするという場面に出くわし

大仰に

立派な国鉄マンになるなんて恥ずかしげもなく宣言していたり

その舌の根が乾かぬうちに

国鉄の現場を去って

写真などという全く違う世界に身を置くことになるのだが

それはしばらく後のことだ

屋根の上から下界を見おろせば

茶色の軌道敷にいくつものレールの筋がひかり

その筋はポイントで合流し分岐し

ただっぴろい工場敷地の隅々にまで拡がっていく

レールの上には茶色や青色の客車

それにたくさんの黒い貨車

なかにはアルミ色の貨車や朱色の気動車もあって

整備入場を待っている

けれど

目を反対側の工場敷地そのはずれのほうへ向けると

そこには輸送方式の改革で使われなくなった荷物車や郵便車や貨車

電化で不要になった気動車や客車が数珠繋ぎにされ

その脇の廃車では青いガスバーナーの煙がひと筋立ち上り

由緒正しき国鉄が無残な姿を晒して解体されていく

車両に命というものがあるなら

寿命を全うできずに溶鉱炉へ帰ることをどれだけ無念に思うことだろう

輸送の効率化近代化という名目で

捨てられ解体されていく愛すべきクルマたちの無念さだけは

自分にも理解できるような気がしていて

それは今の自分のルーツになっているのかもしれない

あの

日本国有鉄道が消えてから四半世紀

いや

僕が屋根の上から秋の空を眺めた大阪鉄道管理局高砂工場の

その機能が完全に停止してから三十年

僕は今もって鉄道ファンであることだけは公言しているのだ

(銀河詩手帖254号掲載作品)

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