story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

BAR

2007年01月12日 14時23分51秒 | 小説

親友である「かな~つ」さんに捧げます。

(夢)

みっちゃんあそぼ!
うん!
何して遊ぶ?
うんとね・・影ふみ・・
うん!
じゃ、影を踏まれたら鬼だよ!
うん!
さいしょはあたしから!
うん!

何してるの?
あ!かなちゃん・・
ね!ね!何してるの?
あのね・・影ふみ・・
いいな!
あたしもまぜて!
う・・うん・・いいよ。
じゃ、あたしが鬼するね!

あ・・ごめん・・あたし、塾だ。
塾?じゅんちゃん、塾なんて行ってた?
行き始めたのよ・・最近。
じゃ、しかたないね・・さよなら!
うん!さよなら!

あ・・あたしも帰らなきゃ。
どうしたの?
お母さんに4時には帰っておいでって・・
そうなんだ・・仕方ないね・・
うん!
じゃ、さよなら!
さよなら!

影ふみ影ふみ・・
自分の影はいくら頑張っても踏めるわけがないのに・・
影ふみ影ふみ・・
自分で自分が踏めるわけないのに・・

(朝)

はっと目が覚めた。
寝汗をかいている。
カーテンから陽の光が漏れている。
小鳥の囀りが聞こえる。

ああ・・そうだ・・
私はなぜかいつも蚊帳の外だった。
子供のときからずっと・・

友達が楽しく遊んでいるときでも、私が入ると急に皆がよそよそしくなる。
私は、いつも、平気な風を装っていた。
装わなければ自分が壊れてしまいそうだったからかもしれない。

休日とあって、目覚ましはかけていなかった。
私は、ゆっくりベッドから起きあがり、バスルームに入った。
鏡で寝起きの自分を見る。
私は贔屓目に見ても美人ではない。
自分でも表情が貧相な気がする。
胸も小さくはないはずだが、プロポーションが良いとは自分でも到底思えない。
寝起きの爆発したような髪が、私をさらに近寄りがたいものにしている気がする。

だけど、皆が避けるような雰囲気は持っていないはずだ。
いわば普通の女に・・自分では見える。

夕べも、友人たちとの飲み会に参加していて、皆が楽しくおしゃべりしているその中で、私が何かを言うとその場が静まり返る・・そんなことが何度もあった。
いや、私が口を開けば必ずそうなったのかもしれない。
どうしてだろう・・?
私という人間は周囲の人間にとって招かれざる客なのだろうか?

シャワーを浴びる。
暖かいシャワーは体に残った酒の酔いを流してくれる。
私にはどうして魅力がないのだろう・・
あの、華やかな友人たちのような輝きが、どうして私にはないのだろう・・

お天気も良いし、外に出ようと思ったけれど、それも億劫になってきた。
することはない。
冷蔵庫を開けても食べるものはない。

カップラーメンが幾つか残っていたのを思いだし、食器棚の隅を探してみた。
それは確かに、そこにあって、私は何も考えず、それに湯沸し機からお湯を入れて、貪るように食う。
耐えがたい化学調味料の味が口の中に残るが、それでも私はそれを食べる。
どうでもいいのだ。
何でも良いのだ。
それが私の人生・・
どうでもいい女の、居ないほうがいい女の・・

(夜)

結局、夜になって私はアパートを出た。
まるで、太陽の光を避けているかのようだ。
自分で自分が可笑しい。
男と女がもたれあい、もつれ合いながら歩いている。
私には一度も、ああいう楽しみもなかった。
いや、一度だけ・・あったかもしれない。

その男は、にこやかに近づき、何度か食事をし、そして、一度だけ抱き合ったあと、去っていった。
男の求めるものは、私にはなかったということか・・
せめて身体だけでももう少し魅力があったらなぁ・・
そう思っただけで、哀しくもなかったし、苦しくもなかった。
自分の魅力のなさに、自分で呆れた。

そんな私が、夜の町を歩くとき、ネオンがきらめくあたりを何も考えずに歩く。
私は、こう言うところを歩くのが好きなのかもしれない。
でも、本当は明るい昼間に楽しげに歩きたいとも思う。

ネオンをたくさん見ていると・・
なんだか泣きそうになる。
どうしてだろうね・・
泣くようなことは何もないのに・・

どこかのお店に入りたい。
でも入る勇気もない。
だからいつも歩くだけ・・
こうして、夜の風に吹かれて・・

夜の蝶にもなれないよ・・
私、何がしたいのだろう・・

いきなり、何かにぶつかった。
大きな音がした。
「ごめんなさい!!」
男の声がする。
私は、ぶつかった弾みで、転んでしまった。

「ごめんなさい!」
男は私に一生懸命謝る。
そんなに、謝らなくてもいいのに・・
「いいですよ・・」
私は、そういって立ちあがろうとした。
男は、私に手を貸してくれ、また謝る。
「本当にごめんなさい!」

足元にはギターやらタンバリンやらが転がっている。
私が立ちあがったあと、男は、それらを無造作に拾い、抱えながらまた謝る。
「本当に!ごめんなさい!」

男の顔は髭だらけだ。
若いのか、年をとっているのか、まったくわからない。
髭もじゃが神妙に何度もお辞儀をする。
「いいんですよ・・怪我もしていないですし・・」
そういってやると、男は、さらに申し訳なさそうだ。

「あの・・」
「なんでしょう?」
「折角ですし、お時間さえよろしければ私の店へお越しになりませんか・・」
「??」
「私は、すぐそこで小さなバーをやってます。お詫びに・・たいした物はありませんがご馳走させてくださいませんか?」
「はあ・・」
「焼酎専門のバーなんですよ。奄美の焼酎なんです。」
「はあ・・」
「ぜひ!」
結局、男の顔も決して悪人には見えないし、私は、断る理由もなく、男についていくことにした。

(BAR)

その店は小さな店だった。
オレンジ色の明かり、棚に並んだ焼酎の瓶・・
「お酒は強いほうですか?」
さっさと自分はカウンターの向こうに入って、男が聞いてくれる。
男はこの店のマスターなのだ。
「いえ・・呑めないわけではありませんが・・」
「じゃ、自慢の焼酎を・・」
「焼酎ですか?」
「いけませんか?」
「呑んだことがないのです。」
「どんなお酒がお好きですか?」
「ワインとか・・カクテルとか・・」

ワインもカクテルも格別好きなわけではない。
いや、好きなお酒というものが私にはないのだ。
友達がそう言う話をしていても、私には無縁のものだと思っていた。
「では、軽くてさわやかなものをお試しください」
マスターはそういって、氷を割り、グラスに入れ、酒瓶から酒を注ぎ、その上に水を注ぎ、マドラーで混ぜて・・勝手に私の前にグラスを置く。
「お気に召さなければ、それはそれで結構ですから・・」
私はグラスを取った。
花のような香りが漂っていた。
「香りはいかがですか?」
「花のような・・」
「その香りを御理解頂けると嬉しいですよ」
一口、そうっと含んでみた。
焼酎というからには、きつい飲み物を想像していた私には、意外な優しさが口の中に広がった。
「いかがですか?」
「うれしい・・」
思わず出た言葉だった。
「そういっていただけると、お誘いした甲斐もあるというものです」
「おいしいです・・」
私は自分が笑顔になっているのがわかった。
「今日は最初のお客が、このような素敵な美人で、しかもおいしいと言ってくださる・・こんなに幸先の良い日は滅多にありませんよ」
髭もじゃが笑う。
笑うと案外、可愛い顔に見える。
「でも・・」
「なんでしょう?お気に召しませんか?」
「私は美人ではありません・・」
美人と言われるそのお世辞に歯が浮く感じがする。
「そうでしょうか?」
「はい・・」
「美人を美人といってはいけませんか?」
「美人じゃないので・・」
マスターは一瞬、私を見つめ・・そして、そのことにはもう触れず・・私の前に豚肉らしい料理を出してくれた。
「豚肉の塩茹でです。豚肉はお嫌いですか?」
「いえ・・」
嫌いも好きも、私にはそういった感覚はないのだ。
出してくれたその肉を頬張った。
見た目と違い、驚くほど優しく、線の細いその味わいは、すとんと心に何かが落ちるような気すらする。
「おいしいです・・」
毛むくじゃらのマスターの、その髭の奥で優しい目が笑う。
「どうぞ、今日はお詫びで、私のおごりです。ゆっくりしてくださいね」
うん・・
頷く私の目から涙が落ちる。
「どうかなさましたか?」
「いえ・・あんまりおいしいものだから・・」
おいしいは嬉しいというべきだっただろう・・
私が味わったことのない感情だ。

(ギター)

さっきからギターが鳴っている。
耳の後ろのほうで・・
私はどうやら眠っていたらしい。
カウンターに肘をついて・・
あまりにお酒がおいしくて、そしてこの店の雰囲気に安心したのか、私は眠ってしまったのだ。
体を起こすと、ぼんやりと目に入るのは焼酎の瓶と、何人かの人間たち・・
「お目が覚めましたか?」
はっと、顔を上げると、あのマスターが少し心配そうな表情をしていた。
「ちょっと飛ばしすぎましたか?」
「あ・・いえ・・疲れが出たのでは・・」
私は身体を起こした。
「お疲れですか?ではあまりお酒を飲ませてはいけなかったですね。重ね重ね失礼しました」
マスターは少し不安そうにそう言ってくれる。
「いえ・・本当に疲れているだけです。酔っていませんからご心配なく・・でも・・」
「でも?」
「心配してくださり、ありがとう・・」
自分でも素直に礼を言えたのが不思議だった。

「こちらの方!すごい美人ですね!」
横から素っ頓狂な声が聞こえる。
みると、ギターを抱えた男が私のほうを向いていた。
「はあ・・」
「光栄ですよ!美人の隣に座るなんて!」
「はあ・・」
「嬉しいなあ・・」
「でも・・私は美人ではありませんから・・」
「そんなことはない!あなたはすごく美人です!」
男はそう言ったかと思うと、またギターを抱えて弾きはじめた。
なんだろう・・すごく懐かしいラブソング・・
私をちらりと見ながら、男は一心にギターを弾き、歌を唄う。
「彼、巧いでしょう?」
マスターが私の耳に口を寄せて囁いた。
「はい・・懐かしい歌・・」
「この歌がわかりますか?すごく古い歌なんですけれども・・」

そうだ・・
父が良く口ずさんでいた歌だ。
機嫌の良いときに、風呂場でひとり、気持ちよさそうに唄っていた歌だ・・
あれはもう・・何年前だろう・・
優しい、けれども大きな父だった。
私が17のとき、突然倒れて遠くへ行ってしまった父が・・唄っていた・・

男の歌が終わる。
私は思わず拍手をしていた。
「照れるなあ・・ずいぶん、久しぶりなんですよ!」
彼は、私の顔を見た瞬間、年甲斐もなく真っ赤になってしまった。
「あら・・本当に照れておられるのですか?真っ赤ですよ」
私は自分が言った事もないような軽口を言う自分に、少し驚きながらも、この場所が自分にとって心底落ち着ける場所であることを知った気がしていた。
「少し酔っただけですよ。でも、本当にきれいな方ですね・・」
男は照れ隠しか、そんなことを言う。
「私、きれいですか?」
生まれて始めて私は自分がきれいでありたいと願っていたのだけれども、そのときは気がつかなかったのだ。

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