story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

藍那

2020年03月27日 18時22分44秒 | 小説



「次で降りて話をしよう」
両開きドアの細長い窓ガラス越しに
雨に濡れた緑が流れていく

「雨やん」
少女は少年には顔を向けず、外を眺めながらきつく言い放つ

少年は心もとなげにそれでも絞り出すように
「ホームに屋根くらいあるやろ」と返す

新開地発押部谷行き電車は、西鈴蘭台からの長い下り坂を
レールジョイントの音をこもらせながらゆっくりと降りていく

ドアの窓から見える景色はただ緑で
乳白色の霧がところどころを覆う

電車がブレーキをかける
ずわわわわわ~~
この電鉄特有の柔らかい金属が削れる制動の音が車内に響く

ドアが開いて少女が先に飛び出した
少年があとに続く
「雨やん!」
少女が叫ぶ
「そこに屋根、あるやんか」
少年は急いで少女を屋根の下に誘う
他に降りた客はおらず、二人はホームを走って何両か分を急ぎ
粗末なベンチがあるだけの屋根の下に入る
山の中の駅だ

灰色の車体に窓回りを朱色にした三両編成の電車は
その間にドアを閉めて発車していく
最後部に乗務している車掌が、不思議そうに彼らを見ていく

雨は強く、夏の制服はほんの少しの時間濡れただけで
少女の肩のあたり、下着の線まであらわにする

「もう、えらい濡れてしもたやん」
少女はベンチに座り足元を見ながら呟く
「なぁ、ホンマに、あいつとデートしたんか」
少年は立ったまま少女に訊く
少女は濡れた髪を手で上げながら、それでも少年を見ない
雨が屋根をたたき、周囲の音を消す

「それがどしたんよ、うちかて、たまには違う友達と遊んでもええやん」
少女はやっと少年を見て、睨みつける
「友達ちゃうやろ、男やろ」
「男の子の友達くらいおるわ」
「なんでやねん、浮気やんか」
「浮気って、あんた、うちはあんたの彼女なん?」
少年は言葉に詰まる
少女が少し穏やかに続ける
「うちがあんたの彼女やって決まっとるんやたら、浮気や言われてもしゃあないけど」

少年の頬は紅潮して、被っていた制帽を手に持つ
「決まってないんちゃうのん、あんた、うちにそういうこと、言うたか?」
「い・・いや」
「そやろ、なんも自分から言うとらへんのに勝手に思い込んどるだけちゃうん」
少年はまるで先生に叱られでもしたかのように直立不動だ

「あんたとうちと、二人でしたこと言うたら、なんやねんな、思い出してみいな」
少年は立ったまま、身体を小刻みに震わせながら言葉を出そうとしている

「座りいな」
少女は自分の座っているベンチの真横を指さす
少年はおずおずと少女の隣に座る

向かいのホームに電車が入ってきた
ずわわわわ~~~と車輪とブレーキのこすれる音が響く
アルミ車両が鈍い輝きを雨の中に放つ

少年が何か言葉を出すが、電車の機器の音と雨音が重なり聞こえない
「え?何言うたん?」
少年は困ったように口をつぐみ、電車が出ていくのを待つ
少女もぼんやりと電車を眺める

「うちがここにおるん、次の電車までにするわ」
少女は宙を眺めながら独り言のように呟く

四両編成の電車は、モーターをうならせて上り坂に向けて出ていき
雨が屋根をたたく音だけの世界に戻る
山の中ほどには、ところどころ霧が漂う

「映画、行ったやん・・」
少年が意を決したように帽子を被りなおして口を開いた
少女はハッとしたように少年のほうを向く
「ヤマトな・・」
少女はため息をつきながら呟く
少年はもう一瞬のあと、言葉を続ける

「ポートピアも行ったやろ・・」
「すごい人やったけどな」
「でもいろいろ回れたし・・」
「あんた、ジェットコースター、怖いねんな」
少女はちょっと笑ったようだ
少年は頬を赤らめて頷く
「怖がりの男の子って、あん時、初めて見たわ」
少女が少し声を出して笑う

「北野、散歩したやろ」
「風見鶏、イングリッシュハウス、うろこの家・・」
「うん、アイスクリーム食べた」
「あれ、おいしかったかな・・よう分からんかった」
少年がふっと笑った

少女は突然、我慢ができないというふうに声を荒げる
「だから、うちにどないして欲しいのん?」
「うん・・」
「どないしてほしいんよ」

少年は思い切ったように立ち上がって、座っている少女の正面に来た
「お願いです、僕と」
そこで言葉が途切れる
「なんやのん?」
「僕と、いや、僕の、僕の」
「だからなんやのん」
「僕の彼女になってください」

しばらく無言の時間が流れる
雨は少し弱くなってきたようだ
道路を走るクルマの音が聞こえる

少女はうつむいて顔を両手で覆う
少年は少し心配になったのか、しゃがんで少女の顔に自分の顔を近づける
「やっぱし、あかんやんな」
恐る恐る少年が言う

少女は泣いているようだ

そのうち、電車の音が聞こえてきた
次の粟生行きだ

少女が立ち上がった
そして自分より少し背の高い少年の肩に抱きついた

二人は抱き合ったまま、屋根の下にいた
電車からは誰も降りてこず
だが、電車の乗客はそこで高校生のカップルが抱きしめあっているのを見たことだろう

開いたドアから「おうおう!」「ええな!」といった
同世代の少年少女たちの声が少しだけ聞こえた

電車は発車していく
雨は小止みになり、霧も消えていく
また静かな山間の駅のベンチで少年少女が身体を寄せ合って座っている

コメント
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