story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

雪の日の乗客・・列車編(詩小説バージョン)

2015年02月25日 07時01分14秒 | 小説

敦賀で列車を乗り換えた
JR京都線湖西線直通の新快速敦賀行きから
北陸線普通電車の金沢行き、へだ

敦賀駅構内は雪が積もり、景色が真っ白に彩られて目に痛い
風が吹き、粉雪が横に走る

寒い寒いと呟きながら乗り込んだ列車は
昔、急行列車に使われていた車両だ
出入り口から室内仕切りを経て車内に入ると
向かい合わせのボックスシートがずらりと並び
すでにボックスにはそれぞれ乗客が一人以上は座っているけれど
僕はそれでも一つの空きボックスを見つけて、そこに落ち着いた
暖房の程よく効いた車内が心地よい

やがて列車はガクンと言う衝撃とともに発車
電気機関車特有の甲高い警笛が聞こえる
なぜだろう、この列車が「普通電車金沢行き」などではない気がしてきた
そういえば、通勤や通学、買い物と言った風情の乗客はおらず
居眠りをしたり酒を飲んでいたりと
すっかり寛いでいる乗客は誰しも長旅の途路にあるかに見える

列車はすぐにトンネルに入っていき
窓には車内の様子がガラスで反射されて映るだけになる

ふと、僕の斜め向かいに女性が座っているのに気がついた。
女性は顔を伏せ気味にし、手にした文庫本を読んでいるようだ
「あの・・ちょっとお伺いしますが」僕は女性に声をかけた
「この列車、金沢行きですね」

女性は顔を上げ、僕を見つめ
一瞬の間のあと、不審げに答えてくれた
「いえ、急行きたぐに号、青森行きですよ」
「え?急行ですか?」
「そうですよ、乗り間違いをされましたか?」
「はい、てっきり、普通電車の金沢行きかと・・」
「金沢まで行かれるのですか?」
「はい、まさか、急行が今でも走っているなんて」
「でしたら、急行券は要りますけれど、このまま乗っておかれればどうでしょう」
「急行券くらいは構わないのですが」
「じゃ、少し金沢に速く着きますから、ちょうど良かったかもですね」

女性は静かに笑った
白い肌、肩のあたりまでのセミロング
薄化粧に淡い色の口紅
長い睫毛、大きな瞳のはっきりとした目
シンプルな白いワンピースを着た
年のころは四十歳になるかならないか
ちょうど女性が最も輝く頃合いではないだろうか

僕は話しかけついでに女性にも行き先を尋ねた
「わたしですか?青森で乗り継いで札幌まで行きます」
「札幌?列車で、ですか?ずいぶん、時間がかかるような気がしますが・・」
「他の方法ってあるのでしょうか・・飛行機や特急は料金が高いですし」

僕の質問に不思議そうに首をかしげながら、けれど可愛い表情で答えてくれる

「何の御本を読んでおられるのですか」
「宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」不思議な本ですよね・・」
「僕にはジョバンニが旅をしていることはわかるのですが難解で」
「そうでしょうか?ちょうど今、この列車も夜の中を走っていますし
汽車の中で読もうと、持ってきました」
「夜ですか?僕がこの列車に乗ったのはお昼間ですよ」
「大阪駅を確か夜の十時過ぎでした、敦賀は夜なかの一時過ぎですね」
「そんなはずは・・ないと思うのですけれど」
「もしかしたら、貴方、本当に間違えてこの列車に乗られたかもしれませんね」
「え? 何を間違ったのでしょう?」

トンネルの中を走っていたはずの列車はいつのまにか、夜の雪原だ
列車の明かりに照らされた雪が手前に見え
その向こうは夜の闇だが時折、人家の明かりが見える

タタトトタタン、タタトトタタン・・
列車がジョイントを重ねながら滑るように走る
時折、他の乗客の寝息も聞こえる。
電気機関車のあの甲高い警笛
夜の小駅を通過するとき、明かりの乏しい駅のホームで
外套を着た駅員がカンテラを持って列車を見送る
その横を列車は甲高い警笛を鳴らしながら通過する
窓には粉雪が横に降るのが見える

「本当に僕は列車を間違えたのでしょうか?」
「そうかもしれませんよ、この列車に乗っているのはあのとき
ここから先へ進めなかった人ばかりですから・・」
「ここから先へ・・ですか?」
「ええ・・そうです、北陸トンネルの先へ・・です」
「北陸トンネル・・さっきの敦賀の先のトンネルですね」

「そうなんです、わたしはどうしても、あのとき、北へ行きたかった
お母さんに連れて行ってほしかった。でも、行けなかったんです」
「行けなかった?どうしてですか?」

「あぁ、やっぱり貴方は列車を間違えておられます、この列車はあのときの乗客を
あのときのトンネルの向こうへ運んでくれる列車なのですから」
「あのときの乗客をですか?」
「わたしたちは焼けて逝った、さそりの月の乗客なんです」
「それは、銀河鉄道の夜の・・」

*******

昭和四十七年十一月六日未明
北陸本線下り急行「きたぐに」青森行き、寝台車の車内

「ねぇ・・貴方、起きて」
「なんやねん・・」
「なんだか煙の臭いがするの」
「うん、確かにな、でも、そりゃぁ、汽車やから」
「ちがうわ、この列車を牽いているのは電気機関車のはずよ」
「じゃ、煙の臭いはどこから?」
「きっと食堂車のあたり」
「食堂車?」

列車はトンネルの中を疾走する、減速の気配もない
他の乗客も気づいて騒ぎ始めた
・・火事か、食堂車らしい
声が広がる
・・列車は停まらないのか、
・・トンネルの中やぞ、止まったらえらいことや
・・いや、列車が止まるらしい、
・・停まった方が危ないんとちがうんか
・・そやけど、とにかく逃げなあかん
・・ここ、どごだば?
・・たぶん、北陸トンネルと違うのでしょうか
・・あほな、このトンネルは十三キロもあるんやぞ

「だめ、なんだか急に煙が」
「これはアカンやろ、何とか逃げんと」
「せめて、お腹の子だけ助かってほしいの」
「大丈夫や、ワシがついとる」
「ねぇ・・貴方・息が苦しい」
「大丈夫や、もうちょっと我慢してみぃ、すぐにトンネルの出口や」
「ねぇ、貴方・・」
「なんやねんな・・ワシも苦しいなってきた」
「このおなかの子、女の子のような気がするの」
「可哀そうに・・札幌を見ずにこの子も逝くのか」
「ねえあなた」
「なんや・・」
「今までありがとう・・」

*******

ふっと気がつくと列車はトンネルを出て雪原を走っていた
明るい、昼間の雪原だ
「まもなく南今庄、南今庄です」
車掌の声がする

小さな駅に停車し、数人が乗降する
無人化の進められた北陸本線では小駅には駅員はいない
ATSやらCTCとやらいう機械が駅員の代わりに列車を見守っている
列車はすぐに淡々と走り出した
広い雪原、ところどころに人家のある平和そのものの北陸の風情だ

「そういえば、かつてこのトンネルで大火災事故があったらしい」
僕はそのことをやっと思い出していた

白いワンピースの女性はどこにもおらず
僕の向かいの席には学校へ遅刻してでも行くらしい
女子高校生が大人しく座っていた


   (銀河詩手帖269号、那覇新一での掲載作品)

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