story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

広島のあなた

2019年10月26日 07時54分33秒 | 小説



仕事行くけん・・

あなたは手入れができずに広がったソバージュの髪に手をやりながら
達観したような眼をしている

僕は自分にも仕事があり
しかも今日は休めない

うん・・というしかなく
だらしのない格好で下着をつける

「なぁ、もう一度」
昨夜の余韻を未だ諦めきれない僕は
あなたに伺ってみる
「だめ、仕事なんよ」

仕方ないか・・
そう思う僕の目の前でブラを身につけるあなたは
窓からカーテンを通ってくる光の中で神々しくさえある

やわらかな胸のあの先へ
もう一度、しゃぶりつきたいとは思うが
それをここで今一度燃え上がらせることの
危なさは僕も分かっているつもりだ
いや、その前にあなたは
誘いには乗らないだろう・・
仕事に出る時刻が迫っている

******

あなたと泊ることになって
公衆電話で広島市内の思い当たる宿に電話をかけてみた
この日はあいにく、どの宿も満室で
僕は、広島にはあなたと出会う以前から頻繁に
・・それは自分の趣味活動のためだったが・・
出入りしていて、
市内のビジネスホテルなどは熟知しているつもりだったが
いくら電話をかけても断られるばかり
ただ、最後の一軒に断られたとき
「どこか泊まれる宿をご存じありませんか」
と聞いてみた
「たぶん、駅北のTホテルなら・・」
そう教えてくれたフロントマンには感謝したが
そこは格式が高く
僕らの身分ではとてもと思うようなところだった

あなたは電話ボックスの外で心配そうに見ている
思い切って電話を入れてみると確かに部屋は空いていた
価格を聞くと何とか支払えない金額ではなく
電車道でタクシーを拾った

高級ホテルの一番安い部屋で
僕たちは最初は黙ってシャワーを浴び
「おやすみ」と言い合って掛け布団をかぶった
僕にはまだ女性経験はなく
こういう時の対処法が分からない

絞ったオレンジの照明
あなたのほうをこわごわ見ると
あなたもこちらを向いていた
「ええよ」
小さな声であなたがいう
僕は少し躊躇して
黙ったままやがてあなたの布団に潜っていく
「あら、いらっしゃい」
あなたはクスッと笑う
「ぼく、はじめてなんや」
「いいわよ、教えてあげる」
教えてもらうも何も
次の瞬間、僕は本能からあなたの浴衣をはだけさせていた

小さめの形の良い
固い乳房に触れた時から
知らないはずの女性との契りが始まった

甘い体液が部屋に満ちる
オレンジの僅かな光の中で
美しい女性の身体が激しくうごめく
いざなわれるまま
求めるまま
世の中にこういう時間があるのかと
この世にこれほど美しいものがあるのかと
僕は汗を流して動きながら
ため息が出そうになる

部屋の天井の右奥
自分の外で自分を見ている誰かがいるような気がする


やがて二人してそのまま疲れ果てて眠っていたようだ
少し開いていたカーテンから朝の光が差し込んでいる
素っ裸のまま、抱き合って眠っていたようだ

「起きたの?」
あなたが瞼を開けて聞く
まじかで見るあなたの表情が美しい
「うん」
「仕事に行かんとだめじゃ」
「うん」
「今何時?」
僕はあなたの身体から離れ、
ベッドわきのデジタル時計を見た
「7時半・・」
あなたは驚いた様子で一気に体を起こした
「大変、大急ぎで支度せんと」
そこからあなたは
全く笑顔を見せずに朝の支度をする

ホテルの会計はクレジットカードで済ませ
二人してJRの構内、地下の自由通路を歩く
あなたは無言だ

僕はあなたが欲しい
たった一晩、身体を合わせることだけが目的で
今まであなたに向かい合ってきたわけではない

そう、僕はあなたの人生が欲しい
あなたの生涯を歩く伴侶になりたい

だけど

あなたは今朝、朝の支度をしながら・・こういった
「ワタシ、だれかのもんになりとうないんよ」
「ワタシはワタシ、ずっとそう・・」

その瞬間、僕は見事に振られたと実感したのだ
だから昨夜のあなたは
僕に対するせめてものやさしさだったのかもしれない

だが、情けない僕のオトコのサガは
そのことを理解しない

「一回、帰ってから着替えて仕事に行く・・あなたも無理せず頑張ってね」
地下通路を出て、広電の乗り場が見えるころであなたはそう言った

これですべてが終わる
僕は観念するしかなかった

駅前から広電の路面電車が沢山発車している
あなたはそのうちの
「己斐」と行先を出した電車に小走りで向かう
「さようなら、また来てね」
僕は手を振るしかない
また来てええのんか・・
そう思うがそれは僕の安心であり不安でもある

あなたが乗り込んだ電車がたまたま
昔は神戸市電として走っていた電車だと気が付いた
何か意味があるのだろうかと苦笑する

 


******

昨日はあなたと広電に乗った

広電の車両は
基本的には路面電車で
それゆえに車体は僕らの知っている関西の電車よりかなり小さい
それでも乗った電車は「宮」と系統に大きく書かれた宮島線直通で
普通の路面電車が1両で走るのに
3両も連結していた



だがやはり、車両人一つ一つは小ぶりで
その小さな車内で
あなたは悲しげに車内の様子を見まわす

電車は路面電車ゆえに発車と停車を細かく繰り返すが
ふっと「このメンドクサイ感じが嫌なんよ」
などという
「通勤で電車に乗っとんやないの?」
あなたのアパートは皆実町で職場は相生橋だ
広電なら3号系統ですぐだろう
「この間、バイク買おたんよ、じゃけえ今はバイク通勤なん」
「まぁ、電車は夜10時過ぎまでしかないし、勤務も深夜準夜もあるだろうし・・」
「ワタシね、気が短いんじゃろうね・・この、のんびり感がだめなんよ」
「なるほど」
そうはいっても
あなたは興味深く電車のからの景色を楽しんでいるようだ

八丁堀から乗った電車は
ちょこまかとよく停まり、紙屋町の繁華街、原爆ドーム前
そして住宅街の中を、さして早くなく抜けていく

けれど己斐を過ぎると
路面電車から郊外電車に出世して
ぐんとスピードが上がる

「電車、ぶち速くなるね・・出世したん」
そう言って笑う
「宮島線、乗ったことないの?」
「うん、はじめてなんよ」

宮島では鹿の頭を撫で、社殿に詣でる
ロープウェイで山上に登り辺りの景色が広がることに驚き
はしゃぐあなたの姿があった

そして
そのあとが昨夜のホテルということだ

あなたが神戸から広島へ単身で移って
広島生まれとは言いながら
広島から「汽車」で、とことこ何時間も走った先の
さらにそこからクルマで何十分も走った先の

そこで生まれて育ったあなたが
就職で出てきた神戸から
いきなり「故郷に近いんじゃ」と広島市内に転職した
その気持ちは分からないでもないが
結局、大都会広島の街中に一人ぼっちで
あなたは僕のような
あなたにとってどうでもいいような「友達」にまで
SOSを出してしまっていた

だがこの頃にはようやくあなたにも
広島での仲間や友達もできて
少し心に余裕が生まれたのではないだろうか



僕はあなたの電車を見送って
JRの構内に入った
「みどりの窓口」ですぐに乗れる新幹線の特急券を買い
すぐに来た「ひかり」の座席についた
新幹線は広島の余韻も何もなく
いきなり山の中に入ってトンネルへ向かう

本当にまた広島に来てもいいのだろうか
いや、いいと信じてまた来るしかないのだろう
トンネルの闇、窓ガラスに自分の顔が映る
車内放送で各駅の到着時間が流れている

・・新神戸着は10時40分、大遅刻だ・・

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