story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

大阪環状線

2006年05月30日 14時21分11秒 | 小説

なんや・・寒いの・・
さむうて、かなわんがな・・
背中がぞくぞくしてきたで・・
あかん・・せっかくとっといた150円やけど
わし、ぬくもらな・・死んでまうわ・・

せやけど、切符買うのん・・いややな・・
そこらに落ちてえへんか・・
小銭でも落ちてえへんか・・

新今宮駅・・
寒い・・寒い・・寒いがな・・・
腹へってきたがな・・
あかん・・寒いがな・・
あ・・今・・駅員はん・・おってないわ
駅員はん、おってはれへん・・
よっしゃ・・いくで・・
誰も見てへんな・・
まだ5時やし、駅員はんも眠いのやろ・・

えい!
ピー!
キンコンカンコンキンコンカンコン!
鳴っとるわ・・鳴っとるわ・・自動改札の奴・・
これで120円得したで・・
電車賃、得したで・・
しやけど、電車・・けえへんがな・・寒いがな・・

来たで来たで・・
違うがな・・
緑色はあかんのやがな・・
緑の電車はぐるぐる回ってくれへんのや・・
じぇいあーる難波行きやて・・
あんなとこが難波やあるかいな・・
あそこは湊町やがな・・
難波いうたら・・南海電車の出るとこやがな・・

南海電車・・懐かしいなあ・・
わし、初芝に住んでたんや・子供の頃やけど
懐かしいなあ・・
銀色の電車・・
そら・・釜が崎から南海電車見えるで・・
高い建物に登ったらな・・
そやけど、下からやったら電車の音だけで、電車は見えへんのや
高架やさかい・・

やっときたで・・
あれれ・・
電車、橙色とちがうがな・・
青やがな・・
そやけど・・大阪環状線って書いたある・・
これでええのやろな・・
やっぱり朝や・・よう、空いたあるで・・
なんや、えらい上等の電車やがな・・
ま・・ええわ・・
ここで今日は寝かせてもらうさかい・・
ホンマに寒かった・・
春やのにな・・寒いのや・・今年はおかしいで・・
背中がぞくぞくしとるわいな・・

ああ・・
ケツの下から温もってきたで・・
うれしいなあ・・
只で温もらせてもらえるんや・・
ありがたいなあ・・
ゆうべは、あんまり寝られへんかったさかい・・
ちょうどええわ・・
たたん・・ととん・・たたん・・ととん・・
ががん・・どどん・・
川かいな・・
大正やな・・
たたん・・ととん・・たたん・・ととん・・

「お父ちゃん!」
「ん?誰や?」
「あたしやんか!おとうちゃん、何してるのん!」
「ああ・・芳子かいな・・おかあちゃんは・・」
「おかあちゃんや、あらへんわいな・・お父ちゃん、何してるのん」
「わしか・・わし、電車に乗ってるねん」
「電車?」
「そや・・寒いさかいな・・」
「寒いのんかいな?」
「そや・・なんや・・ゆうべから寒うておかしいのや」
「お父ちゃん・・」
「なんやねん・・芳子・・」
「寒かったら・・帰っといでや」
「帰る・・そない、ゆうても・・お前」
「ええやんか・・気にせんと帰っといでよ」

ああ・・夢か・・
ええ夢と違うな・・
わし、涙が出とるやないか・・
芳子・・会いたいなあ・・
なぁ電車よ・・
聞いてや・・電車よ・・
芳子はな・・わしの一人娘や・・
うるそうてなあ・・
やかましいてなあ・・
そやけど・・
死んでしもたんや・・

わし、自分のクルマで・・酔っ払い運転や・・
事故おこしてなぁ・・
芳子も女房の珠美も・・死んでしもたんや・・
わし・・わしも死にたかったで・・
そやけど、死にきれん・・
死にきれんで、気がついたらここにおったんや・・
芳子の夢・・
久しぶりに見たなあ・・
芳子にあわせてくれて・・
おおきになぁ・・
電車よ・・

大阪駅やな・・
えらい人や・・
わしも、あないやって・・通勤してたな・・
毎日毎日・・背広にネクタイで通勤してたなあ・・
もう・・何年かわからへんくらい・・昔の話や・・
電車が仰山あるな・・
あれは北陸へいく特急やな・・
かっこええがな・・

どうでもええのや・・

「あんた」
「うん?」
「さっき、芳子があんたに声、かけたやろ!」
「あ・・ああ・・夢でな・・」
「夢とちゃいまっせ・・」
「なあ・・珠美・・死んだ人間は生き返らへん・・あたりまえのこっちゃ・・」
「そら・・そっちの世界の話でんがな・・」
「そっちてお前・・」
「そや・・うちら、今、こっちから声、かけてますねんで・・」
「ああ・・珠美・・お前も夢か・・」
「夢ちゃいますって・・あんたが可哀相で、気の毒やさかい・・」
「なんや・・お前・・わし・・許してくれるん?」
「許すも何も・・はじめから何とも思てません」
「そやけど・・わし、お前らを殺したんやで・・」
「あれは事故ですがな・・疲れてるあんたに運転させたうちも悪いのやさかい」
「ホンマか・・ホンマか・・ホンマなんか・・」
「そや・・ホンマでんがな・・」
「わし、わし、帰りたい・・帰りたいねん」
「それやったら・・はよおいで・・」

あ!
びっくりしたわ・・
嫁はんまで・・出てきよる・・
ええ夢、見せてくれるなあ・・
電車・・おおきにな・・
この電車・・ええ電車やなあ・・
わし、よう温もったで・・
そやけど・・降りたら寒いよって・・今日は環状線、ぐるぐる・・ぐるぐる回らせてもらうわな・・

ああ・・大阪城や・・
きれいやな・・
朝日があたってるのやな・・
ホンマにきれいや・・
大阪の町はええとこが多いなあ・・
ああ・・ぬくうなってきたら・・
目があけてられへんわ・・
ぬくいなあ・・
ありがたいなあ・・

「お父ちゃん!」
「なんや・・芳子・・今日は、よう出るな・・」
「出るってなんやの・・うちはお化けかいな!」
「そやけど、死んでるのやから・・お化けみたいなもんや」
「失礼やな!ごちゃごちゃ言わんと、はよ帰っといで・・」
「わし、150円しかもっとらへんがな・・」
「かまへん・・お金なんか要らんさかい・・はよ、おいでよ・・」

「あんた!」
「うわ・・珠美も一緒かいな・・」
「せっかく芳子が迎えにいってるのやで・・はよう・・おいでよ」
「分かった・・分かったがな・・」
「ほな・・立って・・歩きなはれ・・」
「歩くて・・電車の中やがな・・」
「かまへんから・・そのまま歩きなはれ・・」

なんや・・嫁の奴・・えらそうに・・
そやけど、娘も余計、煩うなったが・・大きなったなあ・・
あ・・歩いてみたら身体が、ぽかぽかするで・・
なんや・・軽いな・・
わし、こんなに軽やかに動けるの・・久しぶりやな・・

ああ・・
嫁と娘が手え・・振っとるわ・・
はよいかな・・
はように・・行かな・・煩いさかいな・・
もうちょっとで・・通天閣がまた見えるのやけどな・・
ま・・ええわ・・

 

 

コメント (2)
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