story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

上沢昭和三十一年神戸市電上沢線

2019年11月18日 22時27分47秒 | 小説

神戸市電イメージ

「ねぇ、どこまで歩くん?」
ルミ子が訊く
理髪店の白衣を着たまま、早仕舞いとしてもらっていた
「知らんがな」
ミツオは笑いながらワザとぶっきらぼうに答える
こちらは、さっさと着替えて、ズボンとポロシャツのラフな格好をしている

さっき、湊川のトンネルを西に向かって出たところだ。

「知らんと歩いとん?」
「歩くん、楽しいやろが」
「しんどいばっかしやわ」
「ほな、電車乗るか」

ちょうど二人の真横を緑色の市電1番が通り過ぎた
ウオーンとモータが唸る
「電車賃13円、もっとるか」
ミツオが訊く
「そんなん、店をそのまま出てきたんやから、財布もないわ」
「ほな、歩くしかないな」
「そやけど、歩いてどこまで行くん」
「どっこも行かへんで」
「ほな、何であるくん」
「そやな・・なんか、目的が必要やな、女性としては」
「女やのうても、歩くには目的が必要やわ」
「ほうか、ほんなもんなんか」
「そらそやわ、あんたは何考えとるんかわからへん」
ルミ子は拗ねて見せた
ミツオが笑う

今度は反対方向から2番の看板を付けた市電がやってきた
ウオ~ン・・・電車はゆっくり加速していく

「そやな・・」
「うんうん、どっか、目的地決めたか?」
「長田の交差点に行ったら山陽電車と市電が交叉するさかい」
「そやな」
「そこで山陽電車の真ん丸っこい電車が来たら帰ろうか」
「真ん丸っこい?」
「そや、角ばったのとか、でっかいのとかはアカンねん」
「ほな、真ん丸っこいのがきいひんかったらどないするん」
「待っとくねん」

真面目な顔をしてそう答えたミツオを見てルミ子は吹き出した。
「ほんま、子どもみたいな人や」
ミツオはしばらく宙を仰いでから
「そんな男がええんやろが、きみは」
「ええとは思わんけど・・」
「ほななんで、ついてきたん?」
「昨日助けてくれたさかい」
「あのまんまほっといたら、きみは連中の餌食になっとるぞ」
「ほんま、助けてもろて嬉しかった」
「ま、それとこれは別や」
「別なん?」
「今日は、ぼくが歩くのについてくる人を探しとったと」
「なんやそれ」
ルミ子はまた笑った

昨夜、同じ理髪店で住み込みで働く仲間のうち
悪さばかりする3人がルミ子を無理やり自分たちの部屋に連れ込もうとした
ちょうど廊下を歩いていたミツオが驚くほどの勢いで彼らをふっ飛ばしてルミ子をその場から救った
「おまえら、女性とやりたかったら、まずきちんと好いてもらえるよう努力せえよ」
ミツオの捨て台詞だ

市バスも通る
タクシーも通る
バタバタと商売人のオート三輪も通る
チャリンコもスクーターも通る
ただっぴろい幹線道路である上沢通だ

「ちょっと待ってや」
ミツオはルミ子にそう言って道端のタバコ屋に立ち寄る
「あんた、おカネ、持ってへんのんちゃうのん」
「いや、ここは何とかなるんや」

そう言いながら、タバコ屋の年配の女性と何やら喋っていた

やがて、ミツオはタバコを咥え、マッチで火をつける

「交渉成立、あそこの息子、こないだ世話したったさかい」
「何の世話?」
「大したことやあらへん」
「ふううん」
「新開地で偉そうに屋台にインネンつけてからに、そこの親分さんを怒らせてもてな」
「ほお・・」
「ちょっと間に入って、親分さんに下がってもろたんや」
「そんなことできるん?」
「ま、ぼくと、呑み仲間やさかいな」
「誰が?」
「親分さんが」

ルミ子は呆れた
ミツオには相手を構わず飲み友達になる癖があったが
まさか親分さんとまで・・
「あんた、その親分さん、怖い人とちゃうのん」
「んん、ま、怒らせたら怖いんやろけど」
「ほな、どないゆうてタバコ屋の息子さんが悪さしたのん、黙ってもろたん」
「いやいや、めっちぇ、ええ人やさかいな、筋を通しただけや」
「どないゆうて」
「呑んで多少気が大きいなっても、将来性のあるええ青年でっさかい、ワシが責任を持ちますんで今回は堪えたってください、そないゆうただけや」
「ほお」
ルミ子にはどうもまだミツオのことが読み切れていない

長田の角を曲がると大きな交差点だ。
そして市電の何倍もの大きさの電車が
市電の何倍もの音を立てて入っていた

グググググウオ~~~
交差点を過ぎて二両連結の大きな電車がゆっくりと加速していく
「あかんなぁ、真ん丸の電車と違うわ」
「あんたは、ほんま、ようわからへん」
ルミ子は苦笑する
この男と添い遂げてもいいかと
そう思った瞬間だった

「あ・・真ん丸っこい電車、きたで!!200形や」
ミツオは子供のようにはしゃいでいる

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