大切な方が、1月1日のお昼に亡くなりました。
年末から“長くない”“もう明日には...”
と言われながら、きっと気合いと根性で
新年だけは迎え切ったのでしょう。
そんな有名?な人でもなく、
とくに肩書きの強烈な人でもありません。
ただ、秘書時代に初めてお会いした頃から、
ずっと変わらず可愛がってくださり、
人のために一肌脱ぐことに何の躊躇もない、
ヤンチャで温もりのあるオジサンでした。
末期の病床で苦しまれてるはずなのに、
年末に会いに行った時も
“おぃ、おめぇ しゃんとせにゃぁおえんでぇ!”
と説教されました。
“お母さん、嫁さんを大事にせぇよ!”
細くなった腕で、掌で、ボクを叩いた。
その言葉とパンチの衝撃は切ないほど弱く、
やり切れないほど優しくて涙が溢れた。
そんな方の訃報が届いた時も、ボクは心を
揺さぶられながら初詣し、次の日は高校の
サッカー部OB会に参加し、今日は朝から晩まで
挨拶まわりに没頭した。
案外普通に心を保ち、楽しむべきところでは
楽しみ、頑張るべきところでは。
自分がとても、ろくでなしのようにも思える。
明日、通夜で、明後日、葬儀。
せめて、両日とも行かせていただこうと思います。
いつもお世話にしかなってなかったボクは、
その時どんな風に、どんな思いを届けられるだろう。
せめて、素直でいよう。
きちんと、お礼を言おう。
そして少しだけ立ち止まって、この方のために
自分に何ができるか考える時間を持とうと思います。
くれぐれも誤解のないように付記しておきますが、
けっして暗い気持ちで今、記してるわけじゃありません。
ただ、ひとつの“区切り”として。
沈んでても、喜んでもらえないから。
明日も、これからも、ますます元気にやろうと
思っています。。。
年末から“長くない”“もう明日には...”
と言われながら、きっと気合いと根性で
新年だけは迎え切ったのでしょう。
そんな有名?な人でもなく、
とくに肩書きの強烈な人でもありません。
ただ、秘書時代に初めてお会いした頃から、
ずっと変わらず可愛がってくださり、
人のために一肌脱ぐことに何の躊躇もない、
ヤンチャで温もりのあるオジサンでした。
末期の病床で苦しまれてるはずなのに、
年末に会いに行った時も
“おぃ、おめぇ しゃんとせにゃぁおえんでぇ!”
と説教されました。
“お母さん、嫁さんを大事にせぇよ!”
細くなった腕で、掌で、ボクを叩いた。
その言葉とパンチの衝撃は切ないほど弱く、
やり切れないほど優しくて涙が溢れた。
そんな方の訃報が届いた時も、ボクは心を
揺さぶられながら初詣し、次の日は高校の
サッカー部OB会に参加し、今日は朝から晩まで
挨拶まわりに没頭した。
案外普通に心を保ち、楽しむべきところでは
楽しみ、頑張るべきところでは。
自分がとても、ろくでなしのようにも思える。
明日、通夜で、明後日、葬儀。
せめて、両日とも行かせていただこうと思います。
いつもお世話にしかなってなかったボクは、
その時どんな風に、どんな思いを届けられるだろう。
せめて、素直でいよう。
きちんと、お礼を言おう。
そして少しだけ立ち止まって、この方のために
自分に何ができるか考える時間を持とうと思います。
くれぐれも誤解のないように付記しておきますが、
けっして暗い気持ちで今、記してるわけじゃありません。
ただ、ひとつの“区切り”として。
沈んでても、喜んでもらえないから。
明日も、これからも、ますます元気にやろうと
思っています。。。