明け方、私はベランダに面したサッシを開けた。
正面に公園のネットが張られてあるが、昇ったばかりの太陽の眩しい光が、網の目を溶かしていた。
太陽の背後から次々に雲が現れて、私の方向に進んでくる。
風が強いようだった。
風はサッシやベランダの物干し、配管パイプに当たると、それらをカタカタと鳴らした。
私の顔も風に打たれた。でも、それは何とも不思議な感覚だった。
風は「あちらの世界」から来たらしく、自然の息吹が何もない、無機質な人工物のようだった。
硬い風は、ペタペタと、子供の手のひらのように私の頬を叩いていく。
ふと見ると、濃緑の外套をまとった80歳くらいの老夫婦が、公園の脇の道を並んで歩いていた。
こういうカップルを見ると、ふだんは寂しい気持ちが浮かんでくる。
だが、このときは、まったくそうならなかった。
老夫婦は、やはり、「あちらの世界」にいて、私には何の繋がりもないからだ、
私はサッシを閉めた。
風が急に途切れると、部屋のカーテンがはためいた。
だが、カーテンももはや、私とは違う世界にいることは明らかだった。
ラックも、壁も、いびつに歪んで、どこかよそよそしい。
私はふとんの上に座り、数十錠あるクスリのシートを手に取った。
私は「やはり、勤めにいこうか?」と何度か自問した。
が、もう手遅れだと思った。
風も壁もこんなに硬くよそよそしくなってしまったのだ、
やり直すことなどできやしない。
すべてを終わりにしたい。断ち切りたい。
私は、小型のビールジョッキに水を注いで、抗うつ剤を口に含んだ。
(たくさんあるぞ?これを飲んだら、もう戻れなくなるよ)
「いいんだ」
私は、声に出して答えた。
恐怖感はなかったが、解放されるという気持ちもなかった。
「できごと」に「感情」が伴わない、のっぺりとした感覚だった。硬い風に頬を叩かれているときのように。
ただ、脳の奥底に、乾いた哀しみの塊りがあるのは感じられた。
私は、二種類のクスリを、七十錠ほど飲み続けた。
…目が覚めたのは、五十時間以上たってからだった。
正面に公園のネットが張られてあるが、昇ったばかりの太陽の眩しい光が、網の目を溶かしていた。
太陽の背後から次々に雲が現れて、私の方向に進んでくる。
風が強いようだった。
風はサッシやベランダの物干し、配管パイプに当たると、それらをカタカタと鳴らした。
私の顔も風に打たれた。でも、それは何とも不思議な感覚だった。
風は「あちらの世界」から来たらしく、自然の息吹が何もない、無機質な人工物のようだった。
硬い風は、ペタペタと、子供の手のひらのように私の頬を叩いていく。
ふと見ると、濃緑の外套をまとった80歳くらいの老夫婦が、公園の脇の道を並んで歩いていた。
こういうカップルを見ると、ふだんは寂しい気持ちが浮かんでくる。
だが、このときは、まったくそうならなかった。
老夫婦は、やはり、「あちらの世界」にいて、私には何の繋がりもないからだ、
私はサッシを閉めた。
風が急に途切れると、部屋のカーテンがはためいた。
だが、カーテンももはや、私とは違う世界にいることは明らかだった。
ラックも、壁も、いびつに歪んで、どこかよそよそしい。
私はふとんの上に座り、数十錠あるクスリのシートを手に取った。
私は「やはり、勤めにいこうか?」と何度か自問した。
が、もう手遅れだと思った。
風も壁もこんなに硬くよそよそしくなってしまったのだ、
やり直すことなどできやしない。
すべてを終わりにしたい。断ち切りたい。
私は、小型のビールジョッキに水を注いで、抗うつ剤を口に含んだ。
(たくさんあるぞ?これを飲んだら、もう戻れなくなるよ)
「いいんだ」
私は、声に出して答えた。
恐怖感はなかったが、解放されるという気持ちもなかった。
「できごと」に「感情」が伴わない、のっぺりとした感覚だった。硬い風に頬を叩かれているときのように。
ただ、脳の奥底に、乾いた哀しみの塊りがあるのは感じられた。
私は、二種類のクスリを、七十錠ほど飲み続けた。
…目が覚めたのは、五十時間以上たってからだった。
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