氣楽亭 日乗

大阪生まれで奈良県広陵町の長閑で氣楽な田舎暮らしの氣功師が氣ままに綴る懐かしい昭和の年代記です。

由利徹

2012-05-02 09:42:01 | 懐かしい芸人
「由利徹」はもともと「ピストン堀口」に憧れてボクサーを目指していたらしい。
それでなのか後年にはボクサー「斉藤清作(たこ八郎)」を弟子にしました。

映画では「網走番外地」シリーズや「異常性愛路線」で有名な石井輝男といった監督たちに認められその多くの作品に顔を見せています。
石井輝男作品「無頼平野」に出演した際に何回もNGが出されたがその度ごとにアドリブで違うギャグを出して来て周囲を感心させました。
TVの「がんばれ!!ロボコン」に出演していたので子供達にも大人気に成ります。

「ビートたけし」は「クメピポ! 絶対あいたい1001人」の最終回に出演した際「最も面白いと思ったお笑い芸人は誰か?」と聞かれて
本来は芸人ではなく喜劇役者である事を指摘しつつ「由利徹」の名前を挙げていました。

「由利徹」は戦後の喜劇・軽演劇界で活躍したことから浅草出身と誤認されがちだが、本人は「新宿出身だ」と断りを入れています。
もともと「ムーランルージュ新宿座」の舞台でデビューしたのでした。
なお浅草芸人の代表例とし「由利徹」は「深見千三郎(「ビートたけし」の師匠)」の名を挙げている。

「オシャ、マンベ」 このギャグが有名に成った為に葬儀の際には「北海道・長万部町」から弔電が届いたという。
「胸毛もあるのよ」 後年、僚友・南利明の「ハヤシもあるでよ」(南が出演したオリエンタルのCM)というフレーズも流行しました。
(ちなみに由利は胸毛が濃かった)
パントマイムのギャグ 「花街の母」の曲に合わせて縫いものをする。
「チンチロリンのカックン」 「カックン・ルンバ」(歌)『カックン超特急』(映画)などが作られました。
後にプロ野球の凡退時の鳴り物の節として定着します。

なんとも懐かしい昭和の芸人です。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿