『世界騒乱ーードル垂れ流しの政治的帰結』(田村秀男の経済がわかれば、世界が分かる)リンクより転載します。 ---------------------------------------------------------------- 【国際政治経済学入門】ドルの洪水が世界に騒乱を引き起こす
グローバル化されたこの世では、グローバルに因果がめぐる。そう感じたのは、ほかでもない。混沌(こんとん)としたエジプト情勢である。ムバラク長期政権に対する民衆の不満が爆発したわけだが、その底流にはインフレ圧力の高まりがある。エジプトは不況続きで需要不足なのになぜ物価が騰貴するのか。
答えは、米連邦準備制度理事会(FRB)が発行する巨額のドル資金の一部が原油や穀物など商品市場に大量の投機資金として流入することにある。その結果、国際商品価格が高騰する。国際商品が値上がると、輸入コストが大幅に上昇し、国内の消費者物価を押し上げる。インフレが社会不安の火種になるのはエジプトばかりではない。中東・北アフリカも中国もそうだ。米国はドル札の大量発行で株価を引き上げることにより、消費者心理を好転させて景気底入れに成功しつつあるが、世界の基軸通貨ドルの急激な量的拡大は、世界に思わぬ異変を引き起こすのだ。
■中東政変の遠因に
国際通貨基金(IMF)統計によれば、国際商品価格総合指数は2010年後半から騰勢を強め、最近では前年比で20%以上に達している。世界の地域別に消費者物価指数と国際商品価格の動向をさぐってみると、国際商品価格に最も敏感に反応するのは中東・北アフリカとサハラ以南のアフリカである。例えば08年、商品価格は前年比28%上昇したが、この両地域の消費者物価は15%跳ね上がった。アジアの発展途上国・地域平均は7.8%、先進国全体は3.4%にとどまった。(グラフ参照)
08年3月には、サブプライム・ローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン)危機のあおりで経営破綻した米証券大手のベアー・スターンズ救済のためにFRBが投じた資金の一部が商品投機に回った。原油、穀物価格は高騰したが、金融不安はこの年9月さらに「リーマン・ショック」に発展し、商品相場は暴落した。日米欧や中国など新興国での物価下落は激しく、デフレ圧力にさらされた。
対照的に、エジプトの場合、リーマン後も物価上昇率は10%台のまま推移している。失業率も9%以上と高いままで、いわば不況下のインフレ、つまり「スタグフレーション」のままだ。同じ独裁政治のチュニジアの政変がエジプトの民衆を駆り立てるだけの経済的背景は十分あった。
ドル資金の垂れ流しが商品投機を助長し、それが世界的な物価高騰を招くという08年前半の教訓からすれば、今回の危機ははるかに深刻になる恐れが強い。というのは、FRBの量的緩和政策は当時とは比較にならないほど大規模である。FRBは日本円換算で毎月平均10兆円前後の資金を長期国債購入に振り向けている。その資金の一部が株式市場と商品先物市場での投機に転用される。もとよりFRBは株式市場への資金流入は米国民の富を回復するとみて、後押しする姿勢を示してきた。
米国の個人金融資産は10年9月末、08年12月末比で4兆5000億ドル増えた。増加分の実に7割が株式と投信の保有合計額の膨張分3兆1430億ドルが占める。つまり、株価の値上がりで、米国の家計は日本円換算で300兆円、日本のGDPの6割相当ほど富を回復したことになる。米国の全世帯の半数がこの恩恵にあずかるのだから、もとより消費好きな国民性の米国人のこと、財布のヒモを緩めるのも無理はない。
■米景気回復の代償
米景気回復の代償はしかし、国際商品相場を通じて世界に向けてつけ回しされる。中国、インドなど新興国は流入する余剰ドルを吸収するために通貨を発行し、国内景気を拡大させ、石油や食糧の需要は世界的に拡大する傾向にある。米景気は復調し、原油などの実需が上昇するという投資ファンドの思惑が強まるから、投機が投機を呼ぶ。であれば、政治社会不安は今後、政治体制のひずみが鬱積している中東やアフリカなどで頻発する可能性は十分あり、チュニジア、エジプトはその前触れに過ぎないとも言える。
共産党独裁の中国も決して例外ではない。08年3月のチベット騒乱の原因の一つはやはりこの地域でのインフレだった。当時、チベットの食料品は30%以上も値上がっていたといわれる。現在、中国全体では消費者物価指数が年率5%に達している。胡錦濤(こ・きんとう)中国共産党指導部は、物価上昇の進行の阻止に躍起(やっき)となる一方、ドルの大量発行の米国を激しく非難する。
~後略~ ----------------------------------------------------------------
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