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シュルレアリスム百科事典 in Russia

2012-09-22 06:26:33 | 文学
ロシア版『シュルレアリスム百科事典』の編者の一人ガリツォヴァは、20世紀ロシア文学とダダイズム/シュルレアリスムとの類似性・同時性に注目した論文でも知られ(邦訳あり)、この分野でのスペシャリストです。この百科事典には、「ブルトン」や「アラゴン」という項目はもちろん、「ロシア」や「ズダネーヴィチ」という項目も設けられており、広くロシア文学に目配せした編集になっています。もし日本だったら、「瀧口修造」や「日本」という項目があるでしょうね。

さて、ロシアにおけるシュルレアリスムというテーマは、個人的な印象ではこれまでそれほど活発には論じられてこなかったような気がしています。もちろんこのテーマで書かれた論文は存在していて、例えば、フォースター「ロシア文学におけるシュルレアリスムの問題に寄せて」;ハルジエフ「マヤコフスキーとロートレアモン」;カーリンスキー「20世紀のロシア詩におけるシュルレアリスム」等々があります。

ただ、ロシア未来派をイタリア未来派と比較して論じる立場がそれなりの正当性を保ちえるのに対して(仮に一部のロシア未来派がその関係性を否定していたとしても)、ロシア・アヴァンギャルドとフランスのシュルレアリスムとを比較することは、難しいと思われがちです。というのも、ロシアからフランスへザーウミを輸出し、ツァラと共闘したズダネーヴィチのような例外を除いて、直接的な影響関係を両者の間に見ることが困難だからです。ロシア・アヴァンギャルドの幾つかの事例はブルトンの実験とは直接的には明らかに無関係であり、フランス・シュルレアリスムがロシア・アヴァンギャルドの詩人に影響を及ぼしたとみなすことができないのです。

このような、世界文学における影響関係と同時多発性の問題は、現代において益々先鋭化しています。ハロルド・ブルームを援用したインターテクスチュアリティの理論、ドゥルーズの「反復」理論、あるいはハッチオンのパロディ理論・アダプテーション理論を礎に、ダムロッシュの世界文学理論を射程に収めた理論的構築が為されるべきでしょう。更に現代世界文学を論じる際には、ウェブ理論が必須であると思います。直接的な影響関係抜きの同時多発的文学の存在は、これまでも意識的・無意識的に言及されてきましたが、ロシア文学におけるシュルレアリスムを考える際にも、この理論的枠組みが必要になるときが来るかもしれません。個人的には、直接的な因果関係がなくとも、二つ(以上)の事例を対照させることで浮かび上がる要素もあるはずですから、もっと気楽に取り組んでもいいように思うのですが、アカデミックな世界ではなかなか難しいようです。もっとも、シュルレアリスムとアヴァンギャルドに関しては、フロイトの無意識の発見がしばしば媒介になり、その切り口から両者の関係性に照明を当てることができるかもしれません。

このように、ロシア文学とシュルレアリスムとを比較して論じることには学問的な困難さが伴うのですが、しかしある種のロシア・アヴァンギャルド文学を読むとき、その印象がシュルレアリスムの詩に近似している、あるいはブルトンの提唱する理論の明証となっていることに、驚きを隠せません。近年立て続けに翻訳の出たハルムスについて、その作品集は彼をシュルレアリストであると言明しています。その本には解説が一切付されていなかったため、その根拠が分からないのですが、しかしロシア版『シュルレアリスム百科事典』もまた、ハルムスの所属したグループ「オベリウ」をシュルレアリスムの代表例に数えています。ハルムスやオベリウに所属した詩人たちをシュルレアリストとみなす立場は、必ずしも主流であるとは言えないと思いますが、ただしこのような見方は、やはりある真理を突いているのではないでしょうか。シュルレアリスムのオブジェクト(対象)への関心とオベリウ・グループの物/対象への関心という興味の一致の他に、ふつう結合しえないイメージの結合という創作法の一致も看取されます。『百科事典』が指摘するように、ダダイズムからシュルレアリスムへの移行と、ロシア・アヴァンギャルドの発展史は、音声への関心から意味への関心という点で軌を一にしており、それぞれ言語実験を音声的領域から意味的領域へ移しているのです。恐らく、その文学史的な発展を個人史の枠組みで達成してしまったのが、20年代前半~後半にかけて作詩していた一部のアヴァンギャルド詩人たちでしょう。

『百科事典』を読みながら沈思する。でもこのテーマは難しいな・・・


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