Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

ジャック・フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』

2008-11-20 00:43:20 | 文学
結局、すぐに読んでしまいました。
で、おもしろい。
もしこれがウェブサイトだったら、「お気に入り」に登録決定。

ところで今日、『異色作家短編集』のあとがきを書店で立ち読みしていて、その中に風間賢二の文章があったんですが、彼の若い頃の読書の思い出が、今のぼくと見事にリンクしていて、まるで自分のことのようでした。彼は、こんなことを言っていました。

自分はフランス純文学バカで、ミステリやSFなどは大衆小説だと思って見下していた。ただ、澁澤龍彦から入った怪奇小説や幻想小説の本などは、かっこいいと思っていつも小脇に抱えていた。ところが、ふとしたきっかけから純文学以外の小説も読んでみて、衝撃を受けた。エンターテインメント小説の免疫がなかった自分には、展開やオチが派手に見え、一気に夢中になってしまった。その中に、ジャック・フィニイもいた。

この文章の「フランス純文学バカ」を「ロシア純文学バカ」に変えたら、これはぼくのことです。確かに、幻想小説の本をいつも持ち歩いているわけではないし、SFを見下したりはしていませんが、でもたくさん読むわけではないのに幻想文学を見つけると欲しくなるし、SFやミステリは自分には関係のない世界だと思っていました。ところがどうだ。ジャック・フィニイの小説のこのおもしろさは。

『ゲイルズバーグの春を愛す』に収められている小説の幾つかは、SFとかファンタジーとかに分類は可能なのかもしれませんが、そういう区分を超えて、とにかく読ませるし、設定も展開も興味深い。いずれも読み応えがあり、一定のレベルに達している。「もう一人の大統領候補」などは、堅苦しい題名とは反対に、優れた児童文学だとみなせうる出来だと思います。

「独房ファンタジア」は最も印象深い一編。少し甘ったるいストーリーですが、かなり強烈なイメージを喚起します。「脱獄するのではないか」という恐らく大方の予想を裏切った、優しい結末には驚きました。「悪の魔力」は魔法の出てくる不思議な話で、少しHなドタバタコメディー。「おい、こっちをむけ!」は世に名を残したいという執念の男の物語。幽霊になってでも名前を残そうとします。「大胆不敵な気球乗り」は、気球に乗りたいという願望を実現させてしまった男の少しファンタジックな物語。「コイン・コレクション」は、人生の別の可能性の世界に迷い込んでしまった青年の戸惑いや喜びを描きます。これは量子力学の異端の思想「姉妹宇宙」に想を得ているのかもしれません。表題作「ゲイルズバーグの春を愛す」と「クルーエット夫妻の家」「時に境界なし」「愛の手紙」は、現在と過去との相克が中心テーマ。

「ゲイルズバーグ」は、過去の名残りをとどめる町ゲイルズバーグに近代化の波が押し寄せようとするとき、奇妙な事件が起きる、という話。工場建設を推進するはずの人物が、夜、あるはずのないレールの上を走る電車に轢かれそうになり、町から撤退することを決める。また古い建物の火事を消した昔の消防士たち。死んだ男からの電話。「過去が現在を撃退している」このゲイルズバーグとそれを愛する「私」。幻想的な物語です。

「クルーエット夫妻の家」は、家と共に次第に過去化してゆく夫婦を描き、明らかに過去を美化しています。「時に境界なし」は一種のSFとみなせます。ぼくはどうもSFというやつは苦手で、なんとなく設定や道具立てなどがバカらしいと感じてしまうのですが、この小説にもそう感じてしまいました。ただ、過去へ旅するという発想は、ありふれたものながらも、ジャック・フィニイ独自の考え方にも通底しており、すんなりと読むことができます。もっとも、最後のオチはもう途中から予測できてしまいましたが。「愛の手紙」はこのあいだ感想を書きました。

この中では、最初に挙げた「もう一人の大統領候補」が一番短編の魅力に溢れているように感じました。虎を催眠術にかけたという少年の物語なのですが、その真相が最後に明らかにされます。

いやあ、おもしろかった。世界にはおもしろい小説がいっぱいあるのですね。『異色作家短編集』を読んでみようかな…


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