稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

お母んと「ほうじ茶」

2020年11月18日 | つれづれ
お母んのお母ん、つまり祖母ちゃんの里は奈良の三笠山を越えた田原というところで
そこは奈良ではお茶の産地で有名で、遠い親戚からお母んは毎年新茶を買っていた。

この田原の茶は、そのまま飲むより、ほうじ茶にしたほうがおいしいとかで、
学校から帰ると、茶を炒る薄い煙とニオイが台所中に立ち込めていたのを懐かしく思い出す。

そういや、お母んは「ほうじ茶」が好きやった。

稽古帰りに自動販売機でジュースを買うことが多いが、
その日は自動販売機では珍しい「ほうじ茶」を見つけて思わず買ってしまった。



2015年10月に、お母んは腰の病気で、生駒の白庭病院に入院していた。
毎日のように、仕事帰りに病院に寄って、お母んと話すのが楽しみだった。
ほとんどが昔話で、幼稚園時代や小学校時代の話、同級生などの話題で話は尽きなかった。

「誠、悪いけど、新聞と、ほうじ茶買うてきて」とよく頼まれた。



お母んに頼まれたらもう嬉しくて嬉しくて、病院の傍のコンビニまで飛ぶように走っていった。
棒きれを放り投げられた子犬のように、お母んに何か用事を頼まれるのが嬉しかったのだ。

まだその頃のお母んは元気で、行けば笑顔だったし、
「仕事忙しいか?」「元気にしてるんか?」など聞いてくれた。

入院が長引くと、よく喋るお母んが、だんだんと話さなくなって、
「新聞買うてきたろか?」と言っても「いらん」と言うし、大好きなほうじ茶も前ほど頼まなくなってきた。
お母んの笑顔が少なくなってきたのが何より悲しかった。


(2015年10月)


(2015年12月)

長期の病院生活は、元気な者でも鬱になる。
退院したらお母んは元に戻れるんや!そう信じて希望を持ってた。
あんなに元気やったお母んやもん、大丈夫や、心配ない!

その後、腰が安定して退院は出来た。
でもすっかり鬱状態になってしまったお母ん。
そんなお母んに戸惑いつつ、どう接して良いのかわからなかった。

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5年前の、いろんな事を、ほうじ茶を買った瞬間に思い出した。
ほうじ茶を飲むことも出来ずに、しばらく自動販売機の前で泣いていた。

お母んに会いたいなあ。
またあの笑顔を見たいなあ。

こんどの墓参りには、ほうじ茶持っていくからな、お母ん。
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