この度、県内でも屈指の激戦区であった5年重量級を制した通称ムラッチこと村瀬浩樹。
村瀬が優勝に至ったのは単にデカくていかつい男だったからではないということを知って欲しいのと、私自身もあらためて選手から学んだことがあったので
今日は少しだけ紹介したいと思います。
まず、私は普段から、他人にあって自分にないものを意識して考えるようにしていて、道場の子供達にも、他人の良い部分を自分のものにしよう、自分への指導ではなくても、強くなる為には目と耳を凝らせてどんどん試してみようという話をしています。
なかなか子供達にそれを求めても難しい部分がありますし、たとえ意識していても、『自分に言っていることじゃない、出来なかったら恥ずかしい』という気持ちからかなかなか実行に移せません。
ただ、村瀬は最初からそういった意識を高く持っていました。
理由は幾つかあります。
まずは素直であること。
人の話が聞けること。
親御さんが協力的であること。
あと、道場に同級生の乾渡がいたことです。
村瀬が柔道を始めたのは2年生の冬頃。
既に道場では大和や乾渡達はバンバン練習をしていました。
おで(俺)はいつ試合に出れるの?
おで(俺)は乾渡に勝てば団体に出れるの?
当初からそんなことを言い、こちらが大和や乾渡へ指導する言葉を聞いて、自分で試している姿を何度も見ました。
全然、出来てないくせに、一生懸命間違ったことを繰り返すもんだから、こちらは『いやいや、村瀬、それは違うよ・・』と近づかざるを得ない。
また、分からないことがあれば、どんどん質問もしてくる。
普段、団体では乾渡がメンバーで出場することが多く、これも強くなりたいと貪欲な理由の一つなんでしょう。
ちなみに、マルちゃん近畿大会では乾渡との併用で、先に出場していた村瀬は、全勝でありながら乾渡と変えられた際、悔しくて号泣していました。
それも大人にアピールする悔し泣きではなく、人に気づかれないよう少し離れた所で泣いていた。
変更するには理由があったのですが、なぜ変えられたかは分かっていると思ったのであえて言いませんでした。
ま、とにかく、普段はのほほんとあほを装おってますが、実は賢い奴なんです。
柔道に華があるが、精神面が未熟な乾渡
柔道は地味だが、冷静な試合運びが出来る村瀬。
本当に対照的な2人ですが、来年の二枚看板選手。
これからも仲良く、時には厳しく切磋琢磨して欲しいと思います。
この二人だけに限りませんが、一生懸命な子は大事に育ててやらねばとつくづく思います。