大悟達が練習に来た際、子供達に何か質問はないか?と投げかけるようにしているのですが、昨日、小学生(低学年)から、
もし、僕と同じ年齢に戻ったとして、どのような練習をしますか?
という質問がありました。
このような場面ですと、大抵は技の質問が多いのですが、少し変わった質問と言うか、何か意図があるのだろうかと考えさせられた。
質問者は大悟と同じく軽量の子だったので、ただ純粋にどのような練習をしたらいいのかという質問ってのが本筋だけど、もしかするともっと意味があって、
当時、大変厳しい練習をしていたと聞くが、今振り返ると、それは正しかったのか?間違いだったのか?
今の経験、知識をもって過去に戻ったらどのような練習をするか。
という意味なんだろうかと考えました。
すると、大悟は、
もし戻っても、昔と同じ練習をします。
だって、今の基礎となるのが当時の練習なんだから、当時と同じ練習をしなきゃ今以上はないじゃない。だから、小学生に戻っても同じ練習をします。
と回答し、
辛くはないですか?
という質問には、
ライバル達はもっとしているという感覚が常にあった。だから目の前の練習が辛いだなんて言ってられなかった。
と回答していました。
そして、
君達は僕達兄弟よりも遥かにセンスある子ばかりけど、僕達は絶対に負けないと思う。
必死さが全く違う。
大晟がしんどそうな顔するところなんて見たことがなかった。
目の前のことを頑張れる人間が、先々でも頑張れると思っています。
だから、今は目の前のことを全力で頑張ってください。
と回答していました。
何ちゅうか、それでいいと思います。
綺麗事ではなく、目標を達成したいのであれば、ぬるま湯では達成できないということを伝えて行くのも役目なのかなと。
何かにつけて、時代、時代とは言われる昨今ではありますが、根本、根底を養う時期の在り方ってのは重要だ。
根性、執念、粘り
今の時代にどう身につけて行くかだな。