渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

ナイフの研ぎ(一部再掲)

2022年08月02日 | open
 
刃付けを変えてみた。
これはこの前に手を加えた別な
ナイフの
ように小刃の中を蛤に
するのではなく、
私の流儀
の研ぎ
を施して、狙った刃
味を
得る事にした。


ナイフ研ぎで平地の腹をこする
バカはいない。いたとしたら
それはバカである。確定。

なお、ブレードの断面形状の
グラインドによって
蛤刃か否か
などと言うのは、知見と呼
べる
ものにさえならず、
刃物に関する
見識が低すぎ
て話にならない。
蛤にもいろいろある。断面形状
のままベタ
研ぎにするのが蛤刃
かと思っているような
低レベル
の者が研ぎの深みも無知なまま
人様を非難して嬉々としている
としたら、
それほどの愚はこの
業界の斯界にない。
蛤刃にも角のない滑らかなRに
したり、
多角付けの蛤にしたり、
いろいろある。
極小の小刃部分のみをあえて
蛤にする場合
も勿論ある。
ベタ断面がコンベックス蛤の
刃物にあえて
小刃を付けて、
さらにその小刃をいろんな
状態にどうにかする場合も
無論存在する。
 
そして、私の研ぎは1ミリ程
の狭い小刃の
中をどうするか、
という研ぎなのである。
私から流派の研ぎ要諦のテキ
ストを貰った
人は、この研ぎ
の理論的な意味と状態を
正確に観察することがで
きている。
知見無き場合、この画像を見て
も意味不明
だろう。


私の研ぎとは、任意の狙った
刃味、切断
力、切開力、割断力
を得る事だ。
よく切れるなどというのは大前
提の前の
極限前提だ。そんなの
は当たり前。
当たり前のありきたりではない
研ぎを私
は刃物に施す事を目標
にしている。
私の研ぎは、物理的な数値だけ
でなく、
切り手の体感をも研ぎ
手が任意に掌中に
する研ぎだ。
使い手のお望みの、繊細でこと
細かい切り
味を実現させる。
「切れ味」ではない。「切り
味」を追求している。
特殊な用途以外、ほぼベタ研ぎ
はしない。
これらの内実の真の姿が理解
できない者
程、私のこの方
向性
と研ぎの現実的な実態
をネットで誹謗中傷し非難
たがる。
現実を知っている人は、私から
手渡された
刃物を実用に供して
「なんだこれは?」と
瞠目する。
それは現実であり事実であり、
真実なのだ。その目の前の手に
した刃物
こそが全てを物語って
いる。
刃物について、中身がどうして
こうなって
いて、なぜそうする
のかもサッパリ脳で
理解で
きないの
に的外しで人を侮
辱して
楽しむようなに、
人間が作る刃物の本当
の良
し悪しなど
理解できる道理
がない。
それは人の世には金輪際
い。人以外の人に非ずの
世界の事は不知。人の心
無き
魑魅魍魎の世界の事は
私には関係がない。

先ごろ、私以外の刃物好き
の人の研ぎを貶していた人間
本人の研ぎを見た。
論外だった。腹こすりまくり
の疵だらけ。一言でいうなら
無残。ネットで覚えた嘘研ぎ
を見よう見まねでやったド
素人の初心者(以下)である
事がすぐに看取できた。
そのような内実でよく人様
の事を揶揄したり「指導」
的上から目線で物言いする
なぁと思った。
こっぱずかしいの極みだ。


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